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新たな仕事先と不運からの幸運

「こんにちは、アッシュさん」


 鍛治職人のドワーフ族、アッシュさんのお店へと訪ねると休憩中らしく、額にゴーグルをつけた状態で椅子に座りながら新聞を読んでいた。


「お。来たな。頼んでたもんは出来上がってるぜ」


 そこだ、と目で訴えた彼の視線の先にあるテーブルの上にはいくつかの紙袋があった。

 私の名前が書かれたメモが貼りつけてある紙袋を手にして、中を確認する。


「これがサバラン型なんですねー」


 ミニリングの形で中央には小さな窪みがある。いつものように魔力を込めると個数が増える仕様にしてもらった。

 大きなホール型にしようか悩んだけど、知り合いが増えてきたから一人分のサイズにして個数を調整出来る方がいいかなと思って小さなサイズにした。


「サバランはいいぜ。洋酒がたっぷりと染み込んでてよ」


 さすがお酒好き。アッシュさんはサバランがお好きなようだ。


「また頼むぜ」


 ニッと笑ってようやく気づいた。サバランを強請られているということに。


「次回持ってきますね!」


 アッシュさんにはお世話になっているし、私の作ったものを欲してくれるのは凄く嬉しいことだ。

 しかし、アッシュさんに作ってもらった製菓道具の中でまだ使ってないものがあるからそちらも早く使いたいところ。


「そういや、新聞に載っていたが町の外には気をつけな。近くの町がキラービーに襲われたらしいからな」

「キ、キラービー……」


 その名の通り殺人蜂だ。人間の子どもほどの大きさで毒を持っているため、襲われたらたまったものではない。

 集団で行動しているため被害が大きいし、クイーンキラービーを倒さない限り、何度も襲ってくる。

 そんな恐ろしい魔物が近くの町を襲ったなんて……スタービレにやって来ないことを祈るしかない。


「まぁ、厄介ではあるが一匹一匹は弱ぇからな。そこそこの冒険者が退治してくれるだろう」


 それを聞いてホッと安心する。それならギルドもわざわざ私に討伐依頼を出すことはないだろう。……大きな虫なんて気持ち悪いし。


「あ、そうだ。アッシュさん、今日モンブラン作ってきたのでどうぞ」


 アッシュさんにモンブランを持ってきたことを思い出した私はアイテムバッグからモンブランを取り出し、差し出した。


「おお。ありがとよ。また小洒落たもんを作ったなぁ」

「ラム酒が入ってますのでアッシュさんも気に入るかと思って。あと栗といえば秋の味覚ですからね」

「確かにそうだな。……うん、いい味だ。うめぇ」


 フォークなどを使うことなくそのまま、モンブランにかぶりついたアッシュさんは白い髭にマロンクリームをつけた状態でうんうんと頷く。

 いつもはちょっとぶっきらぼうなのにそんな子どものような一面を見てくすりと笑ってしまう。


 そこへ、すみません。と店の入口から男性の声が聞こえた。


「ザーネです。お願いしていた物は出来ましたか?」


 えっ、今、ザーネって言った!?

 驚きながらお客さんを確認すると、間違いなくパティスリー・ザーネの店主ザーネさんの姿があった。

 いつもはコックコート姿しか見ていなかったので私服姿の彼は新鮮である。

 帽子で隠れていた金色の髪もしっかり見えていて、サラサラした髪質で綺麗だった。


「あぁ。テーブルに置いてるから取って行きな」

「ありがとうございま……イル様?」


 どうやら向こうも私の存在に気づいたようで目が合った。いつもと雰囲気の違うザーネさんに戸惑いつつも挨拶する。


「あはは、こんにちは、ザーネさん」

「こんにちは、奇遇ですね」

「そうですね。ザーネさんも製菓道具の依頼をしてたんですか?」

「はい。私は愛用の道具が折れてしまったので修理をしていただいたんです」


 テーブルに置いていたザーネさんの依頼品が入っているであろう紙袋を手に取り、彼は「アッシュ様の腕を信用してますので安心して愛用の道具を託すことが出来ます」と話してくれた。


「なんだ、お前さん達知り合いか」

「はい。毎朝彼女のカトブレパスから新鮮なミルクを届けに来ていただいてます」

「あー。そういやそうか。イルはカトブレパスを従魔にしてたし、ザーネはカトブレパスのミルクを使ったケーキが有名だったな。合点がいったぜ」


 なるほどな。と呟きながらアッシュさんはいつの間にかモンブランを平らげていた。早い。


「あ、そうだ。ザーネ。お前さんとこの店、人が足らねぇっつってたな。こいつを使ってやったらどうだ? 甘いもん作れるし」

「……はい?」

「……」


 突然のことで頭が回らなかった。ザーネさんも驚いてるのか、瞬きを繰り返すだけ。


「え、あの、アッシュさん! いきなりどういうことですか!?」

「ザーネんとこ、この間の収穫祭の料理大会で優勝しただろ? その影響で連日客が多くて大変だから人員を増やすっつってたんだよ。だからお前さんを勧めた」


 あぁ、確かにレスペクトのミルクを配達しに向かうと開店前だというのにお客さんが沢山並んでいる光景を毎日見るもんね。


「って、私は趣味程度にスイーツを作ってるだけでプロの人とは程遠いんですけど!?」

「なんだ。そっち方面を目指してるわけじゃねぇのか? お前さん、冒険者を兼ねてるわりには菓子作りばっかしてるからパティシエになるのかと思ったんだがな。しかし、なおさら職はついておいたほうがいいぜ」


 うぅ。痛い所を突いてくる。そりゃあ、私もミルク配達だけで一生を過ごすつもりはないからちゃんと働こうと思っていたところなんだけど、さすがにスイーツ作りを仕事にするつもりはないし、私レベルでプロになろうだなんて本職の人に申し訳ない。


「……パティシエを目指すのなら是非うちに、と思っていたんですが」


 ぽつりとようやく口を開いたザーネさんはどこか残念そうな物言いだった。……相変わらず表情では読み取れないが。


「な、なんだか、すみません……」

「いえ、こちらこそすみません」


 互いに謝りあってしまった。逆に気まずい。話題を変えようかと考えたが、先に口を開いたのは意外にもザーネさんからだった。


「失礼ですが、イル様は職をお探しですか?」

「えっ、と、はい。そろそろゆとりが出来たのでうちのカトブレパスの力だけじゃなく自分でも稼ごうと思いまして」

「では、うちで働きませんか?」


 ……ん? 話が戻った? でも、菓子職人の仕事にはしないと言ったばかりなんだけど。


「あの、趣味程度にスイーツ作りをしている私にパティシエは荷が重いです……」

「えぇ。ですので、接客業の方をお願いしたいと思います」


 接客業……。そういえばパティスリー・ザーネはテイクアウト用のケーキとお金を受け渡しする業務やカフェも併設しているから給仕の仕事もあるんだっけ。

 それに接客業なら経験はある。……お皿を割ったり、料理を駄目にしたこともあるけど。

 まぁ、どの仕事をしてもやらかすときはやらかしていた。最近は調子がいいんだけど。

 それに知っている人に雇ってもらうのは凄く有難いかも。


「私で大丈夫でしょうか?」

「はい。イル様はお人柄もいいので接客に適しているかと」

「いいじゃねーか。ワシらと違ってお前さんは愛想はいいからな!」


 アッシュさんもそう言ってくれるのならお言葉に甘えてしまおうかな。


「じゃ、じゃあ、雇っていただけると嬉しいです! あ、でも、とんでもないことやらかしたらすぐにクビにしてくださいね!」

「やらかす前提で話をするな。そこは頑張りますと言わんか」

「が、頑張ります!」

「こちらこそよろしくお願いします。ですが、雇用についてしっかりと確認していただきたいので詳しくは商業ギルドの募集事項に目を通していただけますか? こちらからギルドには連絡を入れますので。もし、条件に合わなければ無理に引き受けなくても構いません」

「わかりました」


 ザーネさんしっかりしてるなぁ。雇い主として当然のことかもしれないけど、気遣ってくれてる。

 ……そう思うと、ずっと前に姪が手伝ってくれるからその日付で解雇になったのは相当理不尽じゃないだろうか。


「では、私は失礼致します」

「おう」


 ぺこりと頭を下げたザーネさんは店を出た。

 まさか、こんな短時間で職が決まるとは思ってなかったな……。


「さて、ワシも仕事に戻るとするか。お前さん、次もまた何か注文するならさっさと言ってくれよ」

「あ、そうだ。クグロフ型をお願いしたいんです」


 次に注文するものを決めていたのでアッシュさんにお願いすることにした。

 クグロフってレシピを見たとき形が可愛くてお洒落で一度作ってみたいなぁって思ったんだよね。

 それにしても製菓道具が多くなってきたけど魔力を流せばコンパクトなサイズに変更出来るよう作ってもらってるのでまだまだ色んな道具が欲しいところである。


 アッシュさんの店をあとにした私はその足でベーカリー・リーベへ買い物をしようと町中を歩いていた。

 進行方向の先に水撒きをした名残なのか水溜まりが出来ているのを発見する。

 今までの経験上、こういう所で転んでびしょ濡れになった回数は少なくないのでそんな不幸を回避しようと無意識に水溜まりを避けた。


 注意深くなったなぁと思ったちょうどそのとき、一人の幼児が走ってきた。

 なぜそちらへ行くのか、水溜まりに向かったその子は足を滑らせ、べちゃっと音を立てて転んでしまう。


「だ、大丈夫っ!?」


 慌てて駆け寄って身体を起こしてあげると、うるうると目を潤ませて大声で泣き出した。


「びええぇぇぇぇん!!」


 あわあわしながら「い、痛かったよね?」とか「ご両親はどこかな?」と宥めつつ保護者を探そうとしたが、突然幼児が私のスカートを引っ張り、それで顔を拭きだしたのだ。


「!?」

「ママーーっ!!」


 まさかの行動に驚くのもつかの間、顔を拭き終えた幼児は母を見つけたのか、すぐに私の元から離れてしまう。

 一瞬のことすぎてポカンとしてしまったが、スカートは子どもの手によって汚れてしまった。

 よく見たら泥もついているではないか。これはさすがに目立つし、結構精神的ダメージがでかい。

 この格好でベーカリー・リーベに向かうのも良くないだろうし、面倒ではあるけど一旦家に帰って着替えるべきか。

 いや、それとも魔法で水を出して乾かせば楽かな。でも恥ずかしいから人に見られないように物陰に隠れてやる方がいいかも。

 色々考えながら、はぁ、と溜め息を零して下へ向けていた視線を上げた。


「あ~派手にやられちまったな?」

「ク、クラッ……クラフトさん!?」


 目の前にはまるで一部始終を見ていたかのような発言をするクラフトさんがいた。

 いや、まるで、ではなく実際そうなのだろう。何もよりによってクラフトさんにこの姿を見られてしまうなんて……うぅ、ツイてない。


「な、なんでここに……?」

「休憩だからちょいと散歩をな。しかし運が悪かったな」

「……はい」


 クラフトさんの目がスカートへと向けられ、少しいたたまれなくなってしまい、恥ずかしくなった私は視線を逸らす。


「そんなに大したことなさそうだが、これからどっか行く予定あるのか?」

「あ、えっと……クラフトさんのお店に行くつもりでしたけど、一旦着替えるか洗うかしようかなと……」

「なら、ちょうどいい。俺も今から戻るとこだし、うちで洗ってきな」


 ニカッと笑いながらそう言ってくれるクラフトさんに「え」と声が漏れる。


「い、いや、それは申し訳ないです!」

「気にすんなって。すぐ洗えば落ちるだろ? わざわざ帰って着替える方が面倒だし、うちに来る予定なら一石二鳥ってもんだ」


 ここまで言ってくれるのなら甘えてもいいだろうか? それにクラフトさんと二人で会って話が出来たんだからこれはもう運命と言っても過言ではないのでは?


「……それじゃあ、ご迷惑じゃなければ」

「おう。じゃあ、行くか! ……っと、その前に」


 シュルッと自身の前掛けの紐を解くと、それを今度は私の腰に当てて後ろで紐を結んだ。


「えっ?」

「やっぱ女の子は汚れを気にしちまうだろ? こうすれば隠れるよな」


 ク、クラフトさんの前掛けが私に! 待って待って! こんなことがあっていいのっ? こんな幸運なことが起きるなんて私死んじゃうの!? それともお付き合い出来る秒読み段階っ!?


「俺は気にしねぇけど、リリーフやソレイユにはよく女の気持ちを考えろって言われててよ。使い古してるからアレだが、まぁ、ないよりはマシだろ?」

「あ……ありがとうございますっ」


 ソレイユ、というのはクラフトさんの亡くなった奥さんの名前。リリーフのお母さんだ。

 その名を聞いてちょっとだけ舞い上がっていたテンションが下がってしまう。

 若干、クラフトさんも懐かしんでいる表情をしていて、まだ私が彼の隣に入れる隙がなかった。


「じゃあ、行くか」

「はい!」


 頭を小さく振って温かく笑うクラフトさんと一緒にベーカリー・リーベへと向かい、スカートを洗わせてくれたのちにパンなどを買わせてもらった。

 時折、クラフトさんの奥さんであるソレイユさんの存在を思い出しながら。


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