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もう一人のランクAと訓練生の取り合い

「ハロー。レイヤちゃん、プニーちゃん……って、あら? なんだかもう疲れた顔してるわね?」


 訓練室へと入ると顔に出てしまっていたのか、ラートさんに何かあったのかと言いたげに尋ねられてしまった。


「あぁ……はい。変な人に絡まれまして……」


 受付でラートさんの受講を邪魔しようとした別の指導員のことをわざわざ言うまでもないと思い、それ以上は詳しく話すことはしなかった。

 ラートさんも「あらあら」と自分の頬に手を添えながらも、突っ込んだことは聞かずにいてくれたので一先ず安心である。

 さすがにラートさんの同僚に絡まれた上にラートさんのことを馬鹿にしていたなんて言えないし、彼もいい気分にはならないだろう。


「それは大変だったわね。まぁ、変な人なんてどこでもいるんだからさっさと忘れちゃいなさい。さぁ、今日もやっちゃいましょ」

『頑張るー! るー!』

「あらぁ、プニーちゃんは今日物凄くやる気があるみたいなのね」

「そうですね。でも二日目にはやめるって言っててちょっと焦りましたけど」

「あ~そうよねぇ。そもそも続けるのは大変だからプニーちゃんみたいな子なら無理せずに少しずつスケジュールに組み込むのがいいわよ」

「へぇ……てっきりそういうのには厳しいのかと……」

「もちろん。この根性なし! って罵ることもあるわよ。その人のに合った指導法ってやつね。厳しい方が伸びる子もいれば褒めて伸びる子もいるし」


 じゃあ、俺はどうなんだろう。と聞いてみようと思ったが、すでに厳しいと感じていることもあるし、俺には若干厳しめなのかもしれない。


 そこへ、ノックもせず荒々しく訓練部屋の扉が開いた。

 誰だそんな不躾な奴はと思って視線をやれば、先ほど俺に絡んできたばかりのあの男……プランダーが入って来た。

 ラートさんも同じことを思っていたのか、呆れるような表情で口を開く。


「ちょっとプランダーちゃん。訓練中にノックもせず割り込んで来るってどういうことかしら?」

「お前には用はねぇよ。俺はこいつに話があるんだからな」

「俺……?」


 訝しげな顔で聞き返せば相手は突然俺の腕を掴み始めた。


「今から一流の指導をしてやるよ。だから来い」


 は? いやいや。何言ってんだこの人。口からそう言いそうになったが、ぐっと堪えてその手を振り払った。


「お断りします。そもそも貴方には他の生徒さんがいらっしゃるんじゃないんですか?」

「多少の時間のズレくらい大丈夫だっての。冒険者ランクEよりAの方がいいに決まってんだろ? 俺の凄さを見たらお前も俺に乗り換えるはずだ」

「結構です。貴方がどれだけ凄くても俺にとってはラートさんも十分に凄い方ですし、指導者としても文句ありません。それに、ランクで人を見るような人から何も教わりたくありませんので」

『僕もラートがいいー! いー!』


 プニーも同意見で安心した。

 それに実際に刃を交えた俺からすると、ラートさんはランクEで収まるような人ではない。同じランクEの俺よりも遥かに上の実力があるのは体感でわかる。


「お前のために言ってやってるってのにわからず屋だな! いいか? 俺がこのスタービレ訓練所の中で唯一のランクAを持つ指導員なんだぞ! ……あぁ、いや、もう一人いるって噂だな。神出鬼没なのか俺は会ったことねぇけど、同じランクAの実力を持つ女」

「女性、ですか……」

「蝶のように舞い、蜂のように刺す戦闘スタイルだが、名前も姿もお目にかかることがなかなかない謎の多い女だ。(バタフライ)(ビー)の名前を取ってイビーと周りは呼んでる」


 その戦闘スタイルを聞いて思い当たる人物が一人いる。

 ひらりひらりと攻撃をかわしたかと思えば、隙をついて鋭い一撃を食らわそうとする、その人を。


「まぁ、今はそんなことはどうでもいいな。悪いことは言わねぇ。そんな変態野郎なんかやめて俺の生徒に……っ!?」


 その瞬間、男の言葉は止まった。

 いつの間にかラートさんがプランダーの背後を取り、彼の喉元にまるで凶器のように爪の先を当てていたから。

 正直なところ、その動きは一瞬だったため目に追えなかった。

 今までの稽古なんかとは全く違うスピード。どれだけレベルを下げた特訓だったのかと思うくらいだ。


「プランダーちゃん……ちょっと調子に乗りすぎじゃない? アタシに対する言動は多少目を瞑っていたけど、訓練生の邪魔をするなんて指導員失格よ? この子達はアンタじゃなくアタシを選んだんだからさっさと仕事に戻りなさい」

「なんだと!? 低ランクが舐めん、なっ!?」


 ラートさんの言葉を受けて頭にきたのか、プランダーは手を振り払って距離を取り、背中の大剣を手にして彼に刃を向けたそのときだった。

 太腿にあるレッグホルダーからナイフを取り出したラートさんは大剣の中心に向けて投げ飛ばしたのだ。

 大きな音と共に当たった瞬間、あろうことか重量感ある剣は大破してしまう。

 ……目を疑う光景だった。イルのスイーツで能力強化してからでないとレベルの高い相手は苦戦する俺と違ってあの力はなんなんだ。

 ただ力任せに小さな得物を投げて大きな得物を破壊するなんてことが出来るものなのか。

 いや、もしかしたら能力強化の魔法のようなものをつかったとか? どちらにせよ、その実力はやはりランクEなんてものではない。


「あらあら、これくらいで破損しちゃうなんて随分とお粗末な相棒ね。それとも使い手が弱いのかしら?」

「な、何をしやがった!?」

「見たまんまじゃないの。実力、見せてあげてんのよ。まぁ、あれくらいじゃ本気度10%くらいかしらね?」

「適当なこと言ってんなよ! 何かカラクリがあるはずだ! ランクEのくせに……!」

「現実を受け入れられなくて仕方ないのね。視野が狭くて可哀想だこと。そうだ、レイヤちゃん。ランクアップするにはどうしたらいいかわかるわよね?」


 突然話を振られて戸惑うものの、指導員からの質問なので答えないわけにはいかないため口を開く。


「えっと、依頼をいくつかこなして規定のポイントに達してから昇級試験を受けるんですよね? あと大きく貢献した人にもギルド長の推薦があればランクアップが出来るとか……」


 という話だったはず。イルと冒険者ギルドの人の話によれば。


「そうよ。まぁ、後者はあまりないことだから、試験を受けなきゃいけないのが当たり前なの。でもね、中にはいるのよ。アタシみたいにランクアップしない人間って」


 ニコッと笑みを見せたラートさんだったが、いつもよりも悪どい表情をしていた。まるで悪人のようである。


「ランクアップしない、だと!? それになんの意味がある!? ランクアップすれば相応の依頼を受けられるし、得られる報酬も上がるってのに! 冒険者として生きるならランクアップするのが当たり前だろ!」

「プランダーちゃんってばまだわからないの? 冒険者ってみんながみんな依頼をこなすために冒険者になったわけじゃないのよ。冒険者にならないと出来ないことがあるでしょ?」


 その言葉を聞いてイルのことを思い出す。そもそも彼女が冒険者になったのは倒した魔物を買い取ってもらうための身分証として冒険者ギルドに登録しただけだ。


「買い取り、ですか?」

「あらぁ、レイヤちゃんの方がよくわかってるじゃないの。そうよ、アタシは冒険者(アドベンチャラー)ってより狩猟家(ハンター)なの。お肌をぷるんぷるんさせてくれるクラーケンの皮パックのためにクラーケンを狩ったし、媚薬を作るためにマンドラゴラを探し求めたし、欲しい素材以外は買い取ってもらうために冒険者ギルドに登録したのよ」


 媚薬……という言葉が聞こえたが、深く突っ込まないことにしよう。


「アタシはアタシの美しさを磨くために好きなことをしてるだけだから、依頼を受けるためのランクアップには興味ないのよ、面倒臭いし。そんなことより適当に魔物を狩って売っちゃう方が手っ取り早いわ」

「だから、本当の実力はランクEじゃないって言いてぇのかっ? それでも俺より下だろ!?」

「あなたの相棒がそんなになってるのにまだそんなこと言うわけ?」

「ハンッ! 俺の武器はこいつだけじゃねぇよ!」


 諦めの悪いプランダーが右手に力を込め始めた。もしかして魔法を発動するつもりなのか? さすがに彼も危ないのでは?

 魔法は何が出てくるかわからないので俺も動こうとしたが、プランダーが唱える方が早かった。


「ファイアーソードッ!」


 右手には剣の形をした火を生み出した。放出魔法ではないのが幸いだろうか。まだ対策を練れる。


「プランダーさん! 仕事仲間に何をするつもりですか! 早く魔法を解除してください!」

『喧嘩はだめだよー! よー!』


 ラートさんの前に立ち、持っていた剣を構えて一先ず説得を試みる。これでやめてくれるとは思わないが、話し合いは大事だ。


「うるせぇ! こっちの実力を見せてやるってんだよ!」


 やはりと言うべきかプランダーはこちらに向かって襲いかかる。ランクAの実力の持ち主を前にして自前の剣で防げるかどうかはわからない。


「大丈夫よ、レイヤちゃん」


 背後から言葉を告げられるとパチンッと指を鳴らす音が耳に入る。


「ダークプリズン」

「!?」


 プランダーの動きが止まった。いや、制止させられた。床から現れた黒い足枷がプランダーの両足を捕えたから。

 次に手枷、首枷、と順番に真っ黒な影のような枷がプランダーの動きを封じた。


「ぐっ、うっ! な、なん、だっ、これはぁ!!」

「プランダーちゃんってば忘れたの? 指導者に攻撃するのは禁止よ」

「て、めぇ! 一体何者だよっ!! こんなっ、ランクAの俺にこんなことするなんてよ!!」


 床に固定される枷のせいで身動きが取れないプランダーさんはなおもラートさんに食ってかかる。

 しかし、魔法はこれだけじゃないらしく、床からさらに大量の黒い影が飛び出した。


「ひっ……!」

「ほんと、察しが悪いわねぇ。あなたもさっき口にしてたでしょ? 同じランクAの指導員の話」

「ま、まさか、テメェがっ……!? 女だって話だろ!」

「どーもぉ。勝手に名前をつけられたイビーちゃんでぇす。心はいつまでも女よ」

「ふざけんな! テメェが俺と同じなわけが━━」


 黒い影がプランダーを飲み込んだ。彼の声は止み、目の前には大きな黒い球体があるだけ。先ほどまで騒いでたのが嘘のように室内は静かになった。


「……あ、あの、ラートさん……プランダーさんは、もしかして……死……?」

「あらやだ大丈夫よ。指導員同士の攻撃は禁止なんだもの。ただ闇の牢獄に閉じ込めただけだから安心しなさいな」


 それを聞いて一先ず安心した。闇の牢獄とはどんな感じなのか気にはなるが、絶対にとんでもないことに違いない。

 しかし、魔力消費が激しい闇魔法を簡単に使うのだから相当な魔力持ちなんだろう。


『ラート、凄い! い!』

「ほんとー!? ありがとうね、プニーちゃん!」

「……それにしても、ラートさんってランクAだったんですね」

「ランクAかどうかは知らないわよ、ランクアップしてないんだし。恐らくそれくらいはあるんじゃないかってギルド長に言われただけで勝手に広まったんだもの」


 溜め息混じりにそう口にすると、続けてプランダーへの愚痴が炸裂した。

 プランダーちゃんはいつもアタシを下に見てるだの、アタシについた訓練生をすぐ引き抜こうとするだの、と文句が次から次へと出てくる。


「そもそも、普通に考えてもただのランクEが指導員になれるわけないんだから気づくもんでしょ。プランダーちゃんってばバッカよねぇ。ギルド長がどうしても指導者になってくれって何度もお願いされたから引き受けたのに。本当は嫌だったんだけど、アタシ格好いい人や可愛い人に弱いから……」

「最初からプランダーさんにそう言えば良かったんじゃないんですか?」


 信じてくれるかは別として、少なくともギルド長からの推薦というのは認めざるを得なかったはず。

 しかし、ラートさんは企むように笑みを浮かべ、再度悪人の顔をするのでぞわりと鳥肌が立つ。


「んふふっ。だってランクだけでしか人を見ない男がその低ランク者にコテンパンにされてネタバレされるのって超気持ちいいじゃない?」

「……ラートさん。その顔、悪者みたいなのでやめた方がいいですよ」

「えっ!? うっそ! やだもー! 気をつけてるつもりなのに~!」


 バシバシと背中を痛いくらいに叩かれた。そこへ悪者に反応したのか、プニーが首を傾げるかのように身体をこてんと横へ傾きながらラートさんに問いかける。


『ラート、悪い人なの? の?』

「違うわよ、プニーちゃん!」


 まるでプランダーのことを忘れたかのような空気ではあるが、大きな黒い球体の存在感が強すぎてちらちらと目に入ってしまう。

 いつまであいつはこのままにされるのだろうか。そんな俺の考えに気がついたのか、ラートさんは「心配しなくてもいいわよ」と口にした。


「そろそろ出してあげるから。少しは大人しくなったでしょ」


 パチンッと指を鳴らすと、真っ黒な球体は弾けるように消えてなくなった代わりにプランダーが膝から崩れ落ち、顔色悪くして恐怖に震えていた。……一体、何があったのか。


「ぁ……ひ、光……」

「プランダーちゃん、ちょっとは頭冷えたかしら?」

「~~っ!!」


 ラートさんと顔を合わせるや否や、プランダーは声にならない声で後退りをし、ふらつきながら立ち上がると……。


「ば、化け物っ!!」


 そう言って縺れるような足で逃げ出した。


「ちょっと! 誰が化け物よ! 失礼じゃない! せめて美魔女と言いなさい!!」


 対するラートさんは傷つくどころか訂正を求めるような返しをする。

 人は見かけによらないとはまさにこのことなんだろうなと思いながら俺はその様子を見つめた。


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