ティラミスと冒険者ランクAとランクE
初日のプニーはとにかく体力をつけるために走り込みを始めた。部屋の中を何周も。
人間ならば筋トレを導入されるのだが、ラートさん曰く「動物型の魔物なら筋肉がつくのでしょうけど、スライムって個体と液体の両方を持つ粘弾性物質でもあるし、筋肉がつかないかもしれないから当分はダッシュばかりになるわね」とのこと。
そもそも従魔を訓練することなんてあまりない。スライムを従魔にする人は多いが、戦闘の相方というよりペット感覚で契約しているので基本的には戦闘人数としては数えないのだと。
そして先ほど体力作りの訓練を終えた俺の方はラートさんと実戦訓練を受ける。
最初に構えや正しい得物の持ち方などしっかり習ったり、前回の復習をしつつ実際に動くわけだ。
しかし、ラートもさんも俺と似たタイプのスタンダードな長剣を使っているのに扱いが全く違う。
何度も刃を交えていたのに息切れはひとつもしないし、こちらが攻撃を仕掛けたとしても全ていなす。
そんな実戦訓練の中でもラートさんはひとつひとつ俺に直す点やアドバイスをくれる。
「レイヤちゃん、腕だけの力だけじゃなく足にも力を入れなさない」
「はいっ」
「ほらほら、レイヤちゃん。周りをよく見ないとプニーちゃんにぶつかるわよ」
「はいっ」
実戦訓練が終わると俺の訓練時間は終了となる。プニーも沢山走り回ってヘロヘロになって溶けているので俺の肩に乗せて帰宅した。
翌日も同じように訓練をしたその日の夕飯時のこと。
『僕もう訓練やめるー! るー!』
プニーのギブアップ宣言に俺とイルは瞬きを繰り返す。……まだ二日目だというのに。
「どうしてだ?」
『だってずっと走ってばっかだもん! ん!』
「体力作りは必要だからな」
『魔法はちょっとしかしないし! し!』
「魔力がそんなに多くないから倒れないために調整しながらやっているからな」
『やだやだやだーー!!』
身体をうねうね動かして駄々をこねるプニーに溜め息を吐く。やはり無理だったのだろうか。
「プニーが嫌なら仕方ないよね。合わなかったなら無理に続けることはないんだし」
イルは残念がるどころかどこか安心したような表情をしていた。
プニー自身の身を守るためなのと、その主人であるイルを守るために始めたはずなんだが、余計なことをしたのかもしれない。
『ほんとー? とー?』
「うん。私がプニーを守るからね。もう怖い思いをさせないって約束するから」
『イルが守る……る……。怖い思いも……も……』
「……プニーがやめたいなら俺も無理強いはしない。ただ、始めたばかりは誰でも大変だということはわかってくれ。何事にも継続するのは難しく、やめることは簡単だからな」
『……』
プニーが俺とイルを交互に見て何かを考える様子を見せる。うーん、うーん、と唸りながらしばらく考えた末、プニーは答えた。
『僕……もうちょっとだけ、頑張る……る……』
「えっ? プニー今やめるって言ってたのに!?」
『疲れるけど、イルをもっと助けるように頑張る! る!』
なぜ急に考えを改めたのかはわからないが、これはいい傾向なのではないか?
「普通の人でも考え直せるのはなかなか出来ないものなのにプニーは凄いな」
『! うんっ、プニー凄い! い!』
「ほ、本当に? 無理してないっ?」
『してる! る! でも、イルを守る方が大事っ! じっ!』
「それは有難いんだけど……うーん……やめたくなったらすぐに言ってね?」
『わかったー! たー!』
「じゃあ、明日も頑張れるように今日作ったスイーツを持ってくるね」
『はーい! い!』
イルが冷蔵庫に入っているであろうデザートを取りに向かっている間、俺はこそっとプニーに尋ねた。
「なぁ、なんですぐに考えが変わったんだ?」
『イルが僕を守って怖い目にあったら嫌だから。ら。誘拐はもっと怖いから……ら……』
語尾が段々と小さくなる。実際に誘拐にあったからこそ、その恐怖を味わってほしくないのだろう。
いじらしいなと思いながらプニーの頭を撫でてやればすぐに喜んでくれた。
「じゃーん! 今日はね、ティラミスを作ったの」
そう言ってテーブルに置いたのはカップティラミスだ。
ガラスのコップの中にはコーヒーシロップが染みた生地とマスカルポーネクリームが層になっている。
天辺にはココアパウダーが振られていて俺のよく知っているティラミスの風貌だ。
一口食べてみれば、滑らかな口溶けの中にほろ苦さがあってイタリア定番のスイーツだけあるなと頷いてしまう。
デザートに舌鼓を打ちながらイルが今回覚えたものの話になった。
魔法が覚えることが多い中、ティラミスを食べて得たのは『消費魔力軽減』というスキルらしい。
文字通り魔力消費の負担が軽くなるとのこと。
「どのくらい魔力の消費が軽減されるのか試してみたら、大体30%くらいは抑えられてるみたいなんだよね。魔力回復増幅のスキルもあるし、この二つ揃ってるなら魔力の枯渇による心配は減るね!」
嬉しそうに言っていたからよほど便利なのだろう。
確かにイルは魔法を色々と覚えているが、光や闇魔法の魔力消費は多いとよく言っていた。
魔力切れになって倒れたら大変だし、これで少しは使いやすくなるのかもしれない。
翌日の稽古は休みにして、次にラートさんの訓練を受けるのはその翌日である二日後。
プニーもまたやる気を出してくれているので安心しながら訓練所の受付へ向かう。
指導員一覧に目を通し、今日もまたラートさんは空いてるんだなぁと思いながら彼に指導のお願いを伝えた。
それにしてもこんなに人気がないものなのか? 他の人を見れば前回は埋まっていたけど今回は空いているという人や、常に一、二時間以上の指導待ちがある人もいる。
こう何度も見ると、ラートさんだけがいつも埋まっていないのが疑問だ。
確かに少し奇抜というか印象深い人ではあるけど、そこまで避けられるような人だろうか?
「お待たせ致しました、レイヤさん。五番の教室でラートさんがお待ちです」
「ありがとうございます」
「あれ? 今、ラートの名前が聞こえたけど……もしかして、君はラートの指導を受けるの?」
受付嬢から番号を聞いたのでその教室へと向かおうとしたところ、知らない男性に声をかけられた。
三十代と思われるその人は重量感たっぷりある大剣を背負っている。
「はい、そうですけど」
「君、ここは初めてかい? あいつの指導は受けない方がいいよ」
「プランダーさん! そのような物言いはやめてください!」
「おいおい。俺は親切で教えてやってんの。金を払ってる受講者にはそれに見合う指導者に見てもらうべきだろ?」
受付の女性がプランダーという名の男に注意をするが、相手はへらへら笑いながら答える。感じが悪いな。
「俺、ラートさんの指導は初めてじゃないので大丈夫です」
「あ~……プロフィールとか確認してないの? ダメだよ、ちゃんと指導してもらう相手の情報は見ておかないと」
薄ら笑いで指導員のプロフィール表と書かれた冊子を渡してきた。
そういえば初回の指導員選びにてこのプロフィール表を軽く見たっけ。
本人の写真、身長、体重、特技、使用武器などなど書かれていたが、そのときは空いているラートさんの項目しか読んでいなかったな。
……まぁ、体重は秘密だったり、日課が美容だったりと、今思うと彼らしいとは思うけど。
でも、使用武器に関しては全武器使用可と書かれていたのでそれは凄いと純粋に思った。
そんな器用なことが出来るのだから指導員としても適任なんだろうなと思っていたのになぜこの男は難癖をつけてくるのか。
「……見ましたけど?」
「えぇ~? 本当に~? なのにラートの指導を受けるって?」
一言一言癪に障るな、この人。
そう思っていたら男はプロフィール表を開いてラートさんのページのとある項目に指を差した。
「ここ、見た? 冒険者ランクE。こんな低ランクな奴に何が指導出来るってわけ?」
冒険者ランクE。確かにラートさんのプロフィールにはそう記載されていた。
「その点、この俺、プランダーは冒険者ランクAだ。もちろん、このスタービレ訓練施設の教官としてもトップだな! だから俺にしておけ。な?」
あぁ、この人も指導員か。そういえば一番待ち時間の長い指導員の名前もプランダーだったな。なるほど、この男だったのか。
「俺はすでに何度もラートさんに指導してもらってますので問題ありません」
「おいおい。俺の話は聞いてたのか? せっかく受講料払っててそんな低ランク指導者なんかの所に行っても得られるもんはねぇぜ?」
しつこいなこの男。なぜこうもラートさんを見下すのか。
無視してさっさと行こうかと思っていると、肩に乗るプニーがだらけ始めた。
『ね~……レイヤ~。まだ訓練は出来ないのー? のー?』
「あぁ、そうだな。早く行こうか。ラートさんが待っているし。……それじゃあ、失礼します」
頭を下げるのも躊躇われるが、社会人としての経験が強い上に無意識で頭を下げてた俺はラートさんが待つ訓練部屋へと向かった。
「あ、おいっ! ……くそっ、せっかく教えてやったのに!」
レイヤが受付から去ると、慌ててプランダーが声をかけるも彼は無視をしてラートの元へ向かう。
そんな様子を見たプランダーは小さく舌打ちをした。
「プランダーさん! ラートさんに生徒が出来る度に引き抜くような行為はやめてくださいって何度も言いましたよねっ?」
「事実言っただけだろ? 嘘じゃねぇんだし」
「久々にラートさんの元に入った生徒さんなんです。余計なことはしないでください!」
「選ぶのは受講者だろ。そもそも冒険者ランクEの奴を指導員に入れるのがどうかと思うぜ、俺はな」
ラートを貶める物言いをし、プランダーも受付を離れる。
受付嬢が彼の名を叫ぶも男は立ち止まることなく、訓練所の奥にある訓練教室へと足を進めた。




