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従魔スライムと誘拐

 まだプニーという名を与えられる前のこと。そのスライムには沢山いた兄弟の一匹として生まれた。

 スライムの中では一番のんびりとした性格で、危機感が薄く生存率が低いタイプに分けられる。

 それでも家族や兄弟スライムの中ですくすくと育ち、一人立ちが許されるようになると、彼は喜んで旅立った。

 今まではあれはダメ、これもダメ、と注意ばかり受けていたので自分の意思で行動出来るのが嬉しくて仕方なかったからだ。


 あてのない出立ではあるけど、そのスライムは林の中をぽよんぽよんと跳ねながら歩く。

 ふと、仄かに香る甘い匂いにスライムは反応した。


『いい匂い~。い~』


 匂いにつられて林道に飛び出した。何度も親スライムや兄弟スライムから『人間と鉢合わせになってしまうから林道に出てはいけない』と注意を受けたにも関わらず。

 しかし運が良かったのか、人はいなかった。もし、人間がいたら即座に退治されてしまっただろう。

 そんな危険もあることを教えられているはずなのに、彼は好奇心に従うがまま匂いを辿り、林道を挟む反対側の林の中に飛び込んだ。


 そこでスライムはイル達と出会い、ビスコッティを初めて味わってから、その美味しさに目覚めてイルの従魔になり、プニーという名を与えられた。






「すみません。そういうのは全てお断りしているんです」


 プニーがおやつのビスコッティを食べていたときだった。

 家に客人が訪問したようで家主のイルが対応していたが、何やら揉めているような言葉がプニーに届く。


「でもパティスリー・ザーネとは契約してるじゃねーか」

「お世話になっているからですよ。大量契約するつもりはこの先もないですから諦めてください」

「いいじゃねーか。もう一個くらい契約してもよ」

「俺達もあんたんとこの生クリームがあれば商売が上手くいくんだって。頼むよ」


 ビスコッティを消化してからイルの元へ近づいてみると、玄関には男二人がイルに頼みごとをしている様子だということがわかる。

 男達の目的はただひとつ。カトブレパスのミルクを売ってもらうこと。しかし、イルはパティスリー・ザーネにしか契約していない。

 自身とレスペクトの負担になるし、パティスリー・ザーネに売るだけでも十分な収入になっているからだ。

 それでも、このように何度も色んな業種の人間が売ってくれと乗り込んで来る。その度にイルは断っていた。


「だから困ります。こちらにも事情がありますし」

「互いに儲けられるんだからそこをなんとか!」


 どうやら今回の相手は諦めが悪い様子。たまに押し切ろうとする者もいるが、イルは折れるつもりはない。

 いつもならばレイヤが相手を追い払ってくれるのだが、今は剣の扱いに慣れるため、冒険者ギルドで簡単な依頼を受けようと出掛けたため不在である。


『イルー。困ってるの? の? 僕手伝うよ! よ!』

「そうなんだけど、大丈夫だからちょっと待っててね」


 主が困っているなら手助けをしなければと意気揚々と声をかけるが、イルに頼られることなく待機を命じられ、プニーはびよんびよんと伸ばしていた身体を縮こませ、しゅんと落ち込んでしまった。

 

 その後、イルが困っているのを察知したレスペクトの圧により男達を追い払うことが出来た。

 イルはレスペクトにお礼を言って玄関のドアを閉めると、落ち込んで床に溶けるように伏せるプニーを見つける。

 それだけじゃなく、ぐすぐすと泣くような声も聞こえたため慌てて駆け寄った。


「プ、プニー!? どうしたの!?」

『う~……イルが困ってるのに……僕、手伝えなかった……。た……』

「あ~……ごめんね。プニーを危ない目にあってほしくなかったから……。でも、その気持ちだけで十分だよ。ありがとう」

『……イル、嬉しい……? い……?』

「うん。嬉しいよ」

『イルが嬉しいなら良かった! た!』


 ぴょこんと大きく飛び跳ねて喜びを表現するプニーを見たイルは元気になって良かったと胸を撫で下ろす。






 イルに町へと連れられたプニーは大人しくイルの肩に乗っていた。

 従魔管理リングが完成したので冒険者ギルドにて引き取るのが目的だが、プニーはそんなことよりもイルと一緒に町を見るのが楽しくて気になるものはなんでも彼女に問いかけた。


『イルー。あれはなにー? にー?』

「あれは靴屋さんだよ。足に履くものだね」

『あっちはー? はー?』

「あっちは本屋さん。お話や研究とか色んな知識を紙に纏めた物が沢山あるんだよ」

『すごーい! い!』


 冒険者ギルドに着くまでの間、街の景色を眺めているとプニーはワゴンや屋台が並ぶ通りに興味が湧いたため、寄り道をすることにした。

 果物や野菜、ジュースや花屋など小さなお店を小さな従魔と共に見て回る。


 その途中、夕飯の買い出しの時間に当たってしまったのか、セールタイムが始まる呼び込みが聞こえ、それに反応した人達で押し掛け始めた。

 道が混雑し、人混みから出ようとイルは人を掻き分けて人の波から脱出したが、ふと肩が軽くなったことに気づく。

 軽いとはいえ確かに重みかあった肩に目をやると、先程までいたプニーの姿は忽然と姿を消していた。


「! プニー!?」


 まさか人の波に飲まれてしまって落っこちたのでは? そう思い、イルが辺りを見回したり出たばかりの人混みに目を向けるも人が多いせいか見当たらない。


「プニー!!」


 近くにいないか名を叫ぶと人だかりの方から『イル~~!』とプニーの声が聞こえた。

 やはり人混みに飲まれたのだと思って声を頼りにもう一度混雑に飛び込むが、スライムの声は段々と遠ざかり次第に聞こえなくなってしまった。


「プニー! どこっ!?」


 どれだけ声を掛けても返事はない。近くにいないのか、それとも声が出ないのか。

 もしかして踏まれてしまったのかもしれないと足元もしっかり確認するがプニーの姿はどこにもなかった。






『イルー! イルー!』


 プニーはずっとイルの名前を呼んでいたが、彼女には届かなかった。

 なぜならプニーは男達に捕まっていて、どんどん離されていたから。


 人混みに入ってすぐのこと。プニーはしっかりとイルの肩に乗っていたのだが、人混みに乗じてその身は何者かの手に掴まれ、主人と引き離されてしまった。

 プニーを攫ったのは先程イルに契約を求め、レスペクトのミルクを欲していた男達。


 レスペクトに睨まれたあと逃げ帰ったが、それでも諦めきれない二人はイルの後をつけて、どうにか契約に結びつけることが出来ないか考えた。

 その結果、家に訪ねたときにプニーが大事にされていることを知ったため、交渉の材料として利用することに決めた。

 人混みに入ったのを好機だと思い、すぐにプニーを攫うと、イルに気づかれる前にダッシュで逃げる。


 こうしてイルのもう一匹の従魔であるプニーは誘拐されてしまった。


『ねぇ、イルの所に連れてって! て!』

「大丈夫だ。あとで会わせてやるからよ!」

『ほんとー? とー?』


 騙されていることも知らず、プニーは男達に捕まったまま彼らの一人である男の家へと連れられてしまったのだった。






「レスペクト! プニーは帰ってる!?」

『騒々しい奴だな。お前と一緒に出掛けたのに一匹で帰って来るわけなかろう』


 あれから町中を探してみたが見つからず、もしかしたら家に帰ってるかもしれないと僅かな期待を抱き、急いで家に戻ってレスペクトにプニーが帰宅したか尋ねるも答えはノーだった。


「ど、どうしよう! プニーとはぐれちゃったの! 人混みに飲まれたみたいで近くをいくら探してもいなかったし、最初は返事があったのにしなくなってて……どうしよう、私のせいでプニーに何かあったら……!」

『……少しは落ち着いたらどうなんだ?』

「だって! あの子はスライムなんだよ!? まだ従魔管理リングも装着してないからどこにいるのかわからないし、もし野生のスライムだと思われて殺されたりなんてことがあったら、ど、どうしよう……レスペクトぉ……私、どうすれば……」


 最悪な未来が過ぎってしまったのか、気が動転したイルはどばっと涙を流し始める。

 このままでは従者が使い物にならなくなると溜め息をついたレスペクトはイルに手助けをしてあげることにした。


『いいから落ち着け。まず話を整理しろ。最初は返事がしたのならそのときは確実に近くにいたのだろう』

「う、うん……近く、というか段々声が遠ざかっていった感じだったかな……混雑してるから人に流されたと思うんだけど」

『すぐに殺られたのなら周りもそれに気づくだろう。少なくともイルがいた場では無事なはずだ。それにあれはお前に懐いているのだから声が聞こえたときは奴もお前の声が聞こえてるだろう。それでも寄って来ない上に声が遠ざかるのならその理由は絞られるな』

「プニーの意思で私から離れてないってことだよね……? も、もしかして誘拐!?」

『捕獲された可能性はあるだろうな。お前の従魔と知ってか知らずかはわからんが第三者が関わっている線は強い。……まぁ、あれは小さいから人間の荷袋に入り込んで出られなくなったのならまだいいが』

「で、でも誘拐なら身代金を要求されるんじゃ……! 私の手持ちで足りるのかな!?」


 冷静になりかけたイルだったが、誘拐の可能性があると知ると慌てて自身の全財産を思い出し始めた。

 ようやく貯金が貯まり始めたところなので十分な要求額を払えるか心配になる。


(何度言っても落ち着かん奴だ……)


 まだそうと決まったわけではないが、あまりにも慌てふためくイルを見てレスペクトは深い溜め息を吐き捨てる。

 そのときだった。聞き覚えのある声がレスペクトの頭に響いた。


(……レスペクト……)

『ん?』


 この感覚は彼にとっては久々のものだった。脳内に響く声。それはカトブレパス同士でよく行っていた思念伝達。所謂、テレパシーだ。

 カトブレパスの約半数はテレパシーが使えて、思念伝達が出来る者はリーダーとして仲間を仕切ったりする。


(……プニーか?)

(! レスペクト? どこ? レスペクトの言葉が聞こえる! る!)

(私はいつも通り外にいる)

(? レスペクトの声が聞こえるのに外なの? の?)

(お前が私を呼び掛けたのだろう……)

(?)


 どうやらプニーはテレパシーが出来る存在なのに本人が自覚していない様子。

 何度目かの溜め息をつきそうになったが、目の前であわあわする従者を見て、先にプニーの無事を伝えることにした。


『イル。安心しろ。今のところプニーは無事だ』

「えっ? えぇ? どういうこと?」

『奴から精神感応をしてきた』

「精神、感応?」

『……テレパシーと言えば伝わるか?』

「あ、うん! って、レスペクト、テレパシーも出来るの!?」

『出来るが、相手も出来なければ意味がない』

「ということは、プニーもテレパシーが出来るってことなんだ……。じゃ、じゃあ今どこにいるか聞いてくれるっ?」

『わかってる』


 一先ずプニーが無事だと知って安心したイルは連絡手段が取れたことで現在地を把握するため、レスペクトに尋ねるように願うと、彼はすぐにプニーへと問い掛けた。


(今お前はどこにいる?)

(えーとねー……さっきイルの家に来てた人間のおじさんの家だよー。よー)


 あまりにも能天気な声で答えるのでレスペクトは頭痛を覚えた。


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