ゴブリンの住処とラミア
中は真っ暗で先が見えない。一度、光魔法であるライトを使って辺りを照らしてみる。
光魔法と闇魔法は消費魔力が高いので長時間は使用したくないが、多少レベルが上がっているおかげで魔力量は増えている。だからこういうときこそ試していかないと。
もし、半分ほど魔力が減ってきたらファイアに変えよう。ライトほど明かりは強くないが真っ暗の中を歩くよりはマシである。
しかし、洞窟の出入口が見えなくなるくらい奥まで入ったというのに逃げたゴブリンどころか他の仲間ゴブリンすら見つからない。
幅も広くはないし、一本道だからどこかに隠れるような場所もないはずだ。ならばゴブリン達はまだまだ奥に行ってしまったというのか。
「おかしいな……こんな真っ暗の中でゴブリン達は洞窟を自由に動き回れるものなのか? それともゴブリンは夜目が利くとか?」
「夜目が利くのかはわからないけど、確かに明かりがないと足場も悪そうだから転けちゃうかも……」
『ねーねー。トーチがあるよー。よー』
プニーがうにょーんと指を……いや、身体を差す方へと目を向ける。
洞窟の壁と同化していてわかりづらかったが、確かにそこはかがり火を焚くときに使用する鉄製の籠があった。
よく見てみれば、かがり籠は前方にも後方にも続いているように見える。
つまり普段はこれで火を灯しているはずだ。なのに設置されている割り木はまだ十分に残っているというのに火は消されている。
ファイアサーチでかがり籠に残る熱の温度を調べると、まだその周辺は僅かながら温かい温度が残っていることを検知した。
「……これ、ついさっき消したみたいだね」
「逃げたゴブリンがか? でも、俺達もすぐに追いかけて来たのに一つ一つ消す余裕はないと思うし、消すことに意味があるのか……?」
レイヤの言う通り逃げたゴブリンが消すにしてはかがり籠の数が多い。
仲間と共に消したというならわかるけど、あまりにも静かだし、こんな声が反響する洞窟の中なのだから声が聞こえないのが不思議だ。
なんだか、嫌な予感がして寒気がする。それでも前に進まないといけないのでレイヤと共にさらに奥へと進んだ。
「……あれ?」
「!!」
ついに逃げたゴブリンを見つけた。しかし、彼一匹だけ。そこは行き止まりになっていて他に仲間がいるとは思えなかった。
ゴブリンは私達の存在に気づき、怯えながら行き止まりとなる岩壁を叩く。これ以上の逃げ場がないのに必死に岩壁を叩いたり蹴ったりと、まるでその先が続いているとでもいうような。
「行き止まりならこいつだけで終わりだな」
レイヤが短剣を構えてゆっくりゴブリンの背後に近づけば、その首を斬り落とした。
「……一先ず、ゴブリン討伐は完了なんだろうけど、いまいち釈然としないな」
「私はまだ怪しいと思う。だってこのゴブリン一匹が全ての火を消したとは思えないし、仲間が他にいるはずなんだよね」
「そうなると……怪しいのはここ、だな」
ゴブリンが必死に叩いていた岩壁を見上げた。どう見ても行き止まりでこの先に道があるとしたら、この壁は岩を積み上げただけのフェイクということになる。
近づいて壁を調べてみると、岩と岩の間に僅かな隙間があり、覗いて見れば道が続いていることに気がついた。
「レイヤ! やっぱりこの先にも道があるよ! しかも先の方にはうっすらと明かりがついているから向こう側は火を灯してるみたい」
岩壁の向こう側の奥にはぼんやりとかがり火が見えた。やはりまだ仲間がいるのだろう。
「そうか……でも、どうやって岩壁を壊す? 一つ一つ岩を退かすとなると時間も要するし、崩れたら危険だ」
「私が魔法で試してみるよ。レイヤは下がってて」
プニーをレイヤに託し、彼らには後ろに下がってもらう。
威力が未知数で怖いから出来ればあまり使わずに置いておきたかった攻撃魔法だけど、いかにも怪しい所を無視して帰ればまた被害は出るだろうし、魔物のいる可能性は取り除かなければ。
片手でライトを灯しながら、もう片手は岩壁に手を向ける。大丈夫。まだ魔力には余裕がある。
「ウォーターキャノン!」
今朝覚えたばかりの水魔法。手のひらに魔力を込めると、大砲の如く大きな水の弾が勢いよく岩壁へとぶつかった。
大きな音と共に全ての岩を水圧で吹き飛ばしたその威力は水大砲の名に恥じないものである。
岩壁にぶつかったことにより、水弾は弾けて辺りを水浸しにしたが、人に当たれば間違いなく骨が折れると思う。
そんなあまりにも強い魔法に身体は固まってしまうものの、すぐにハッとしてレイヤとプニーに声をかける。
「せ、成功したよっ」
『イル、凄いー! いー!』
「助かった、ありがとう」
プニーが再び私の肩へと移動する。これで塞がれていた道を進むことが出来ると安心しながらも心のどこかで抱く嫌な予感はまだ拭えない。
「イル。俺は魔物に詳しくないが、ゴブリンはこんな感じで人の目を欺くことをする狡賢い奴らなのか?」
「魔物学者じゃないからはっきりとは言えないんだけど……少なくとも私が知る限りではゴブリンは頭のいい魔物ではないはずだよ」
ゴブリンは個々では弱いため集団で行動することが多い。それでも知能はあまりないので作戦など立てずに集団で好き勝手に動く魔物だ。
つまり、レイヤの言いたいことは本当にこの先にいる仲間はゴブリンだけなのかということ。
岩を積み上げて壁を作るだなんて明らかにゴブリンだけの知性では思い至らない方法だと思う。
「たまにゴブリン達を統括するゴブリンキングが指揮を取ることもあるの。ゴブリンの進化とはいえ、キングの名がつくだけあって強くて、頭も切れる。……だから、もしかしたら奥にはゴブリンキングがいるかもしれないね」
「キングは強いのか?」
「ゴブリンより強いのは当然だけど。上位種だし、ジャイアントボア並かそれ以上のレベルも有り得そうかな……」
自分で説明しながら凄く怖くなってしまった。だってキングってついてたら絶対強いよね!?
ステータス上昇中のレイヤならまだしも、私じゃ太刀打ち出来ない可能性の方が高いよ!
ゴブリンだけなら私でもなんとかなると思っていたのに、ゴブリンキングがいたら私とレイヤでは絶対に受注出来ない討伐ランクになるだろう。
ここは一度引き返してギルドに報告し、中級者以上の冒険者に託すのが一番だと思う。
そうレイヤに伝えようとしたら、彼は突然おやつのかりんとうを頬張り始めた。
「とにかく俺は先に進んでみる」
かりんとうを食べてステータス強化を持続させるレイヤは引き返す気はなさそうであった。
そりゃあ、引き返したらスタービレに帰ることが出来るのは随分先になるかもしれない。しかし、私ならともかくレイヤが急いで帰る理由はないと思うのだけど……。
(帰りが遅くなればなるほどリリーフから小言を食らうかもしれないから早く元凶を潰さないと……)
レイヤは真剣な表情で先頭を歩く。理由はわからないが、恐らく彼にも予定があるのかもしれない。
ならば私も腹を括るしかないんだけど……レスペクトがいない私達でゴブリンキングを倒せるだろうか。
壁を壊した道を歩くこと数分。相変わらずの一本道ではあるが、かがり火が灯っているため光魔法はもう必要ないだろうと思い、ライトはすでに消しておいた。
そしてようやく開けた場所へと辿り着いた。どうやらここがゴールと思われる。
なぜなら何十匹のゴブリンとその後ろには統括するボスが佇んでいるのだが、驚くことにゴブリンキングではなかった。
身体の大きいゴブリンキングとは程違い、細身の女性である。
紫紺の長い髪に踊り子の衣装を身に纏う彼女はとても美しい。男性ならば目を奪われてもおかしくない美貌だろう。
しかし、人間だと思った彼女は紛れもなく魔物であった。だって、下半身は蛇のような身体をしている半人半蛇だったから。
「愚かな子達ね。ここを見つけなければ生きて帰ることが出来たのに。好奇心は猫を殺すって知らないのかしら?」
くすくすと鈴の音が転がるような声で言葉を紡ぐ。人型の魔物は人語を話せるとは聞いていたけど、下半身さえ見なければ人間と大差ない。
会話が可能なら話し合いをすることも出来るんじゃないかと思ったけど、口を開く彼女の言葉からは話し合いでなんとかなりそうなものではないと察する。
それにゴブリン達なんかよりも強いのは彼女を見て明らかだった。オーラが違う。
息を飲んで小さな声でアプレイザルを唱え、彼女のレベルを確認する。
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・ラミア Lv.46
上半身が人、下半身が蛇の身体を持つ。好みである異性を魅了させて血を啜り、肉を食らう傾向がある。それ以外は蛇の身体を巧みに使い、容赦ない力で絞め殺す。
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説明が物騒! しかも前回のジャイアントボアよりレベル高いよ!? もう、中級者以上の冒険者じゃないと駄目なんじゃないかなっ?
慌てふためく私とは違い、冷静なレイヤはいつ攻撃を仕掛けられても対応出来るように短剣を構えていた。
「お前がゴブリン達に指示を出して馬車を襲わせたのか?」
「えぇ、そうよ。私にぴったりの装飾品とか、食料になる人間を探してもらったの。まぁ、宝石くらいしかいいのはなかったわ」
ふぅ、と溜め息を吐いたあと「でも」と呟いたラミアの目が変わった。あれは蛇の目だ。
蛇に睨まれた蛙の気分というのはまさにこのことだろう。身体が硬直してしまう。
「あなたは私好みよ。あまり変化のないその表情を私の手でいっぱい歪めさせたくなるわ」
あまりいいとは言えない趣味をお持ちで……。しかし、レイヤが好みということは魅了させて血を啜り、肉を食べてしまうということなのだろうか。それはまずいっ!
「ねぇ、そちらのお連れのあなた。彼を差し出してくれるならあなただけは生きて返してあげてもいいわよ」
「えっ?」
「彼を私に寄越しなさいって言ってるのよ」
「出来るわけないでしょっ! レイヤを犠牲にして逃げるほど最低な人間じゃないんだから!」
いくら私が臆病とはいえ、薄情なことは出来ない。レイヤは大事な友人なのだからなんとしてでも二人で無事に帰らなければ。
ちらりとレイヤを横目で見れば、ほんの少しだけ嬉しそうに笑っている彼と目が合った。
「ありがとう」
お礼を言われるとなんだか自分の言ったことが急に恥ずかしくなってしまい、言葉を詰まらせながら「ど、ういたしまして」と返す。
「こいつを片付けて早く帰ろう。リリーフも待っているだろうし」
「うんっ」
「……何よ、私を倒そうと思ってるの? そういうのはこいつらを排除してからにしなさいよ! あんた達、行きなさい!」
ラミアの掛け声と共にゴブリン達がいっせいに襲いかかって来た。
レイヤは先程と同じように短剣一つでゴブリンの首を次々と飛ばしていく……が、先程とは違い、かまいたちのような目に見えない速さではなくなっていた。
きっと、ドーナツとかりんとう分の二重効果を得ていたステータス強化が切れて、さっき食べたかりんとう分の強化のみになったのだろう。
それでも彼の姿は認識出来るとはいえ、動きを止めるのはゴブリンには難しいと思う。
首を斬るのも先程は一撃で出来たけど、今は二、三度は斬りつけている。
威力が落ちたとはいえ、それをカバーしてやってのけるのだからレイヤは凄い。
しかし、ゴブリンの数はなかな減らなくて、次々と襲って来る。
ゴブリンは数が多ければ多いほど対応する度に体力も落ちてくるし、そうなると手強く感じる。だから数の多いゴブリンは厄介だと言う人も少なくはない。
レイヤばかり退治するのは負担が大きいので、肩に乗るプニーにはしっかり掴まってもらうようにお願いすると、私もゴブリン達に手を向けて魔法を発動した。




