ショコラテリーヌと再度押しかける魔王
翌日、出発準備を終えて昼頃にエルフの村に向けて出発しようと決めた矢先のことだった。ドンドン、と扉が叩かれる。
最近来客が多いなぁと思いながら「はーい」と声を出して玄関のドアを開けた。
「どちらさま……えっ?」
扉を開けるとそこには魔王デジールと側近のアドラシオンが立っていた。……なんで?
「イル! 約束通り来たぞ!」
「や、約束?」
「また来ると言ったではないか」
た、確かにそう言っていたけど、昨日の今日で来るとは思っていなかった。せめてもう少し日にち空けるとか……。
彼女達の後ろにはまた警戒心剥き出しのレスペクトが睨んでいる……と思う。
「あの、私達用事が……」
「そんなの後でよかろう! 余はまたそなたのチョコレートのスイーツが食いたいのだからな!」
そう言ってもらえるのは有難いのだけど、こちらにも予定があるわけなのでわかりましたと頷けないのだ。しかし、後ろにいたレイヤがぼそっと耳打ちをする。
「相手の要求を聞いた方がいい気がする」
「でも、そうしたらエルフの村に出発出来なくなっちゃうよ……」
ぼそぼそと互いに小声で話すが、昼に出ないと目的の馬車に乗れなくなってしまう。
料理大会が終わるまで待ってくれた上に、和菓子を楽しみにしているレイヤのためにも早く材料を入手したいのに。
「相手が相手だ。断って機嫌を悪くさせない方がいいんじゃないか?」
うっ。確かにそうかもしれない。何せ相手は魔族である。人と比べたら魔族は魔力も多いし、私のような人間なんて捻り潰されること間違いなしだ。
「出発は明日でもいい。少女の姿とはいえ現魔王なら機嫌損ねて戦争とか起こされたら大変だと思う」
レイヤの言う通りだろう。相手はチョコレートのために戦争を終わりにした魔王の子。その血筋が流れる娘がチョコレートのために戦争を起こしてもおかしくないのかもしれない。
「わかった、作ってみるね」
平和に暮らすため、私はデジールの頼みを聞くことになった。
昨日と同じくリビングテーブルに案内し、私はキッチンでレシピブックを開いて何にしようか悩む。
無難にチョコレートクッキーとかにしようか。そう決めかけたそのとき、「余はこれを食ってみたい!」と、突然後ろからデジールに飛びかかられてしまい、レシピに指を差すのだが、その勢いにバランスを崩した私は転んでしまった。
「あいたた……」
「イル、大丈夫か?」
レイヤが駆け寄り、手を伸ばしてくれる。ごめんね、ありがとうとお礼を言ってその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
デジールは大丈夫だろうかと彼女に目を向けると、いつの間にかアドラシオンに正座をさせられ、怒られている様子。
「まったく、背後から飛びかかるのは敵だけにしなさいと何度言ったら理解してもらえるんですか?」
「うぅ……美味そうな写真があったからつい……」
「申し訳ございません、イルさん。私が見張っておきますので調理をお願い出来ますか?」
あ、はい。そう返事をして私はデジールが指を差していたスイーツを確認してみた。ショコラテリーヌである。
必要な製菓道具にパウンド型が記載されていて、そういえば収穫祭前にアッシュさんに作ってもらったばかりなのを思い出す。
材料もビターチョコレート、バター、砂糖、卵なので作る分には問題ない。
それならばリクエストに答えようと袖を捲り、いざ料理開始!
まずは湯煎でチョコレートとバターを溶かし、別のボウルには卵を入れて掻き混ぜる。
そして、チョコレートと同じく湯煎で人肌ほど温めると溶かしたチョコレートの中に少しずつ分けて加える度に掻き混ぜていく。
パウンド型には耐熱ペーパーシートを敷いてから、型にチョコレートを流し込む。
そしてバットの中央に乗せてから数センチくらいまで湯を張り、さらに天板の上に乗せると予熱で温めた石窯オーブンに焼いていく。
焼き上がったショコラテリーヌは粗熱を取って冷やすだけなので、クーリングを使って熱々のショコラテリーヌを冷やせば完成だ。
型から取り出すと濃い色のチョコレートの塊がドンとその強い存在感を漂わせる。ヒートで少し温めた包丁で丁寧に切ってお皿に盛る。
念のため先に味見をしておこうと自分の分のショコラテリーヌをフォークで一口刺して口に運んだ。
「!」
瞬間、口には少し苦味のあるとても濃いチョコレートが広がっていく。たった一口だというのに濃厚さがあるせいか、ボリュームもあるような気がして満足度が高い。
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レベルアップしました。フレイムウォールを覚えました。
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レベルアップを知らせる画面が現れるとどうやら今回は火魔法を覚えたようだ。
名前から察することが出来るけど、恒例ではあるので慣れた手つきで詳細情報を確認する。
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・フレイムウォール
炎の壁を作り出すことが出来る。
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炎の壁ということは攻撃魔法というより防御魔法になるのだろうか。ただの壁よりダメージが強いし、危ないだろうな。……使う場所を間違ってしまうと火事になりかねない。
「あ! イル、そなた先に食べておるのか!?」
後ろのリビングテーブルに座っていたデジールが騒ぎ出す。やはりバレてしまったか。
「ご、ごめんね。やっぱり魔王様となるとちゃんと上手く出来てるか確認しなきゃと思って」
慌てて切り分けたショコラテリーヌをデジール、アドラシオン、レイヤの分を持って行く。
座っているデジールとレイヤにはテーブルの上にショコラテリーヌを置き、アドラシオンだけは座らず、デジールの後ろに立っているので彼には直接手渡しにする。
「もしかして、私の分ですか?」
「はい。昨日もトリュフを食べてたからこっちも食べるかなと思ったんだけど、いらなかったかな……?」
「いえ、私はデジール様から毒味としていただければ十分だったのでまさか個別で用意されるとは思ってませんでした。有難くいただきますね」
……昨日、その毒味で魔王と取り合いしてたから別で用意しなきゃと思ったんだよ。
彼はすぐに手をつけようとしたデジールを睨んでその手を止めさせ、毒味役として先に一口食べる。
「……ふむ。大丈夫ですよ、デジール様」
「うむ!」
アドラシオンからのゴーサインが出たのでデジールと、なぜか一緒に待ってあげたレイヤが早速ショコラテリーヌへと手をつけ始める。
自分ではちゃんと美味しく出来たとはいえ、相手の口に合うかはわからない。
昨日のトリュフは美味しかったって言ってたし、大丈夫だと言い聞かせながらも緊張感は高まる。もし、口に合わなかったらどうなるだろうか……不敬罪とかで私、死んだりしないよね?
「んー! 美味いな、これは! 毎日食っていたいものだ!」
キラキラと目を輝かせて食べるスピードを上げるデジールに一先ずホッと胸を撫で下ろす。
しかし、こう見ると普通の女の子に見える。……ハッ! あまりにも若い子だったからつい砕けた口調で話してしまったけど、魔王様ならもっと敬語で話すべきなのではないか……?
や、やってしまった……もうすでに不敬罪では? いつ殺しにかかってもおかしくないのでは? 非常にまずいのでは!?
「……ル……イル! 聞いておるのか!?」
「え、あ、はいっ!? なんでしょうか魔王様!!」
「なんだ、今になってその態度は」
「い、いえ……今さらながら失礼な物言いをしてしまったと思ってしまって……」
「構わん、構わん。そなたは余の頼みを聞いてくれたのだから普通に接してくれてよいぞ。気軽にデジールと呼ぶがいい」
「あ……ありがとう」
どうやら私の不躾な態度には怒ってはないようだ。側近のアドラシオンからも特に注意は受けていないので本当に今までの話し方で問題なさそうである。
「それで今回もいい物を食わせてもらった。褒めてつかわすぞ」
「あ、うん。どういたしまして」
「では、また来るのでそのときは頼むぞ!」
「え、あ、ちょっと待っ……!」
食べ終えたデジールは今にも帰宅する雰囲気を出すので、しばらくは家にいないということを伝えようとするも、デジールとアドラシオンは風に巻かれるようにその身をくらました。
「あ……」
瞬間移動魔法なのだろうか。昨日は家を出て行ったからてっきりその様子は見ていなかったけど、ああやって移動して来たのだろう。
とはいえ、話ができないのが悔やまれる。レイヤは不思議そうに消えた二人の場所を確認したあと、完全にいなくなったのだと理解して食べ終えたみんなの食器を片付け始めた。
「……ねぇ、レイヤ。もしかして明日も来るのかな……?」
「可能性がないとも言い切れないな……」
「これじゃあ、いつまで経っても出発出来ないよね」
「今日と同じ時間に来るなら俺達はその前に出発するしかないな。家にさえいなきゃ諦めるだろ」
「そうだね。……ちゃんと説明が出来なかったのが残念だけど、こっちにも予定があるし」
さすがに毎日来られると困るしね。せめて明日はお休みしてくれたらこちらも出発しやすいんだけど。
本来ならすでにこの時間は馬車に揺られているはずだったんだけどな……そう思いながら軽く溜め息を吐いた。




