終戦の歴史とその切っ掛け
「……それで、どうして私にスイーツ作りを? 私、プロじゃなくて趣味で作ってる程度なんだけど……」
「そうなんだが……ほら、余とそなたとは顔見知りであろう?」
「いや……フードで顔が隠れていたし私からすると顔見知りと言うには……」
初めて会ったときのことを思い出すが、ぶつかってすっ転んだ上になぜかよくわからない花の種を渡されただけだしなぁ。顔の表情もよく見えなかったし。あ、そうだ。花の種といえば。
「そういえばあの花の種はなんなの? 鑑定しても鑑定出来ないってに表示されるし……」
「あ、あ~……あれはなぁ……魔界ではよくある花でな、魔界産の花だとバレたら大問題になりかねんので、ちょいと詳細を見せんために封印魔法をかけてただけだ。ただの花で危険性はないから安心せよ! なぁ、アドよ!」
「はい。いかにも怪しげな種子ではございますが、あれは(あなた達を監視するための)観賞用の花です」
魔界に生息する花だったんだ。まぁ、確かに危ない様子もなく、ごく普通の花のように見えるから二人の言う通り危険性はないのだろう。
「……まぁ、少し前からそなたについて調べていたから単純に気になったというのもあるし、昨日の料理大会では優勝は逃したが審査員の評価は良さげであったのでお主に頼むことにした」
「えっ、調べていた……?」
「カトブレパスの中でも最強と言われてもおかしくないあやつを従魔にしたと王都新聞を読んで興味を持ったのでな。観察しておったのだ」
待って……私とレスペクトの従魔話題の掲載はスタービレ内の新聞のみだったはず。……そういえば、リリーフは時間が経てば王都新聞に載ってもおかしくはないって言ってたっけ。
「魔王たるもの、人間の情勢くらい知っておかんと思って毎日王都新聞を読んでおるのだ。ふふん、どうだ。凄いであろう?」
「先代の魔王様に言われて渋々読み始めただけなのに偉そうな物言いはおやめください」
「偉そうではない! 余は偉いのだぞ!」
……なんだろう、この二人。側近の人は魔王という上の立場の人に仕えているはずなのに物怖じしないというか、辛辣というか……。
「そもそも先代様であるアイントラハト様がデジール様に人間について勉強しなさいと宿題を課せられたから彼女の観察を始めたのでしょう」
「そういうことを言うでないっ! 魔王としての威厳がなくなるではないかっ!」
「大丈夫です。あなた様は最初から威厳など持ち合わせておりませんので」
「ぐ、ぬぬっ!」
さっきから思ってたんだけど観察ってどういうことなんだろう……。知らないうちに遠目から見られてたってことなのかな。
「あの……ちなみにスイーツは何を作れば?」
「よくぞ聞いてくれた! 実はイル、そなたに作ってもらいたいのはチョコレートを使ったスイーツだ!」
チョコレートと聞いた瞬間、私は固まってしまった。なぜならばチョコレートは希少価値が生クリームよりも高い高級品である。つまり、材料がない!
「結論から言うと無理……」
「なぜなのか!? イル、そなたはスイーツを作れるのであろう!?」
「いや、作れる物は限られるから……。そもそもチョコレートだなんて高価な物は手に入れるのも苦労するのに……」
ただでさえチョコレートの生産は王都のみでしか生産されていない。量産化を目指してはいるのだが、人手も土地も足りないのが現状。
何度か貴族による投資もされたのだが、新しい土地でチョコレートの元となるカカオの木を根付かせるのがなかなかに難しく、環境が合わなかったり、樹木が病気になったり、失敗に終わることが多い。
木を育てるわけなので何年もかかるし根気がいる。そしてカカオ栽培をしたことのない人達が育てるのでやはり失敗はつきものである。
失敗が続くと年月だけが過ぎていくので貴族も途中で諦め、出資を止めて何度も量産化が中止となった。
どうやらカカオ栽培に向いている土地が圧倒的に少ないらしい。
王都で栽培しているカカオは昔からあったもののようで、唯一上手く育っている物とのこと。その場所が城の中にある一角なので国がチョコレートを育てているわけである。
兵士を使って二十四時間体制で監視をしているのでコストはかなりかかっているからチョコレートの価値は上がるのだ。
カカオを採取したら今度はチョコレートとして作り上げるのでさらに人件費がかかる。
だからチョコレートはお高いのだ!! それでも美味しいから貴族などのお金持ちはすぐに手に出来てしまう。
しかし、もし城に敵などが攻めに来たら恐らくカカオの木はダメになってしまうだろう。そうなったらもう一生チョコレートが食べられない可能性もありそうだ。
「安心せよ。ちゃんとチョコレートは持って来ておる。アドよ、頼むぞ」
「かしこまりました」
デジールがアドラシオンにお願いをすると、彼はパチンと指を鳴らした。瞬間、空間に歪みが出来て黒い円が浮かび上がる。
そしてアドラシオンが黒い円の中に手を入れた。どうやらアイテムバッグのようだ。彼は腕を引くと、長方形の薄いパッケージを取り出した。
赤い色のパッケージにはチョコレートと書かれている。
「チョ、チョコだ!!」
「そうです。こちらが魔界で生産されているミルクチョコレートでございます」
「……魔界、で?」
「はい、魔界で作ってるチョコレートです」
何かの聞き間違いかと思ったのだけど、アドラシオンはにっこり笑って間違いじゃないと伝えるかのように魔界という言葉だけ強調する。
「あぁ、確かに魔界産チョコレートって書いてあるな」
レイヤがチョコレートのパッケージを見ながらそう言うので私も改めて確認する。……本当だ。ちゃんと『魔界産チョコレート』ってポップな書体で書かれている。
「魔界でもチョコレートって作れるんだ……」
「そうだ。全ては余の父上のおかげである。聞くがよい! 父上の偉業を!」
自慢げな顔で唐突に彼女は語り始めた。その父上である先代魔王の話を。なぜかアドラシオンも拍手をするのでこれは真面目に聞かなければいけないものなのかもしれない。
今から五十年以上前、人間と魔族は互いに存続をかけた戦を起こしていた。
魔界は海の先の遥か向こうにある。人は幾度も魔王退治に出撃するも敗れるばかり。
しかし、一組のパーティーが魔界へと辿り着くことに成功し、魔族との戦闘続きでありながらも初めて魔王アイントラハトと顔を合わせることが出来た。
人間にしてはやるな、と褒めたが、一行はすでにボロボロの状態。戦いにすらならないだろうと思っていた。
しかし、人間は退く様子はなく、最後の力を振り絞って微力ながらの回復をするも心許ない。
張り合いがないと魔王が思ったそのとき、わずかに香る甘い匂いに彼は気づいた。
「……なんだ、この甘い香りは?」
「甘い、香り?」
「その娘のポケットから匂うな。なんだそれは?」
魔王が指を差したのは魔法使いの女性であった。みんなの視線が彼女へと向けられる中、女性は隠す物でもないと思ったのか、ポケットから匂いの元となるそれを取り出して見せた。
一欠片ずつ銀紙に包装されたタブレットのチョコレートである。一行が魔界に辿り着く前に親しくしていた貴族から頂いた物でみんなで分けた残りである。
魔法使いはまさか魔王の前にチョコレートを出すとは思ってもいなかったので、みんなの視線を受けながらも少し恥ずかしかったそうだ。
「……チョコレートよ」
(チョコレート……)
(こんな場面でまさかのチョコレート……)
当時、魔界では存在しなかったチョコレートという物に魔王は興味が湧いたのか、彼女の手の中にあるチョコレートを見つめた。
「ほう? こちらでは聞いたことのない物だな。食える物なのか?」
「えぇ、ちょっとお高いスイーツね……」
(あの魔王がチョコレートに興味を持ってる……)
(魔王なのに可愛い……)
魔王はチョコレートの前に鼻をひくひくさせて確認をした。しばらくして「ふむ」と呟き、香りの正体がわかったところで一行はそろそろ戦闘に入るだろうと警戒し、戦う準備を始める。
ところが、魔王アイントラハトは驚くことを口にした。
「娘よ、一粒いただけないだろうか?」
「「えっ?」」
まさかの言葉に一行は間抜けな声が出てしまった。今から生死を賭けた戦いが始まるかもしれないというときに、どこの世界で敵対する相手のチョコレートを強請る魔王がいるのか。……ここにいたわけだが。
一行はせっかく張り詰めていた緊張感が抜けていくような気がした。
どうするべきかと悩むも、チョコレートに興味を持つ魔王がどこか人間臭いというか、子どもっぽいと思ったのか、魔法使いは丁寧に包装を外して一口サイズのチョコレートを魔王に差し出した。
二、三メートルはあると思われる魔王にしてはそのチョコレートのサイズはとても小さい物だったが、彼は早速それを口に入れる。
それは人にとっても魔族にとっても運命が変わった瞬間だった。
「な、なんだこれは! 味わったことのないデザートだ! 口に入れると溶け始めるし、ずっと食っていたくなるな……こんな美味い物が人間の地にあるのか!」
魔王アイントラハト、衝撃を受けるほどチョコレートにハマった。そんな反応を見せる魔王に一行は戸惑い、驚きで混乱する。
「むむ……こんな美味い物を生み出した技術を持つ者を滅ぼすのは実に惜しい。……よし、お前達。我はこのチョコレートというものを実に気に入った。感動を覚えるほどの一品である。どうだろうか、このチョコレートの製造法から素材となる種などを提供してくれないか? もちろん相応の対価は払うし、人間の土地への侵略もやめさせよう」
「「えぇっ!?」」
まさかの交渉である。とはいえ、一行には判断出来ないものなので一先ずこの件は保留となり、一週間後には返事をしてもらうという約束で彼らは魔王に丁重な扱いを受け、人間の領土へと戻ることが出来た。
そして国の王は魔王の対応に驚きながらも一行から受け取った魔王からの手紙に目を通し、周りからは「相手の要求を飲んだ振りをして倒そう」や「むしろ罠の可能性がある」と言う者もいる中、王は決断した。
「チョコレートで大人しくするというのなら試す価値はあるだろう。和解出来るに越したことはない」
と、そう言う当時の国王のおかげもあってか、人と魔族は和平条約を結び、魔王は国王からチョコレートの原料となるカカオの種と自身の持つ宝物庫の宝を交換した。
魔王の座を子どもに託し、自身はチョコレートを生産するために時間をかける。しかし、数年は上手くいかず失敗するのも幾度かあった。それでもアイントラハトは諦めず失敗する度に国王から種を購入して育てていく。
部下や魔族達の間では、人間の土地を奪うことを諦め、植物を育てようとするアイントラハトの奇怪な行動に不信感を抱く者もいれば、そんな彼にいつまでも着いて行くという者もいた。
カカオ栽培を始めて八年の時が流れた。ようやく彼の努力が文字通り実を結んだ。
初めてカカオを採取し、そのあとはチョコレートとして製造に取り掛かる。実ることが出来ればあとは簡単だった。
チョコレートの製造法も国王から聞いていたのであとは試作に試作を重ね、あの日初めて口にしたチョコレートに近づけるように努力した。
製造法を聞いたとはいえチョコレート作りは繊細な物。さらに二年の時を費やし、アイントラハトはようやくあのチョコレートに近づけることが出来た。
そして仕上がったチョコレートを魔族に与えるとあっという間に魔界でチョコレートが流行り、それからもチョコレートの生産を続け、今では大量生産に成功したとのこと。
「と、いうわけである」
「和平条約の切っ掛けがチョコレートだったなんて……」
「さすがの人間の王もチョコレートで和解したとはとても国民には言えなかったので極秘扱いになりましたね」
人の間でも大きな歴史にも残る人間と魔族戦争。そんな重要な秘密を知ってしまっていいのだろうかと思いつつも、先代の魔王様の心をも引きつけるチョコレートはやはり凄いものなのだと改めて思い知った。




