パンプキンパイと作物荒らしの調査依頼
収穫祭まであと二日。スタービレの町は収穫祭に向けて準備に励んでいた。料理大会などの催し物で使うステージの準備、屋台などの設営、町の飾りつけなどなど。
料理大会以外では作物の品評会などもあり、準備は町中だけでなく農家の人達なども収穫や出品する作物の品定めを行うため、町はいつもより忙しない期間に入る。
まぁ、私は料理大会のデザート部門に出場するだけなので材料はちゃんと揃ってるし、特に準備はない。
昨日は念願のレスペクトが住む木造牛舎も完成したし、彼もようやく雨風を凌げることが出来るようになり、私も一先ず安心である。
あとは収穫祭当日までいつも通りに過ごそうと思っていた。
ドンドンドン。
「?」
朝から来客である。レイヤと共に朝食のサンドイッチを頬張っていた手を止めて、誰だろうと思いながら席から離れて玄関扉へと向かう。
「はーい」
ガチャリと扉を開けると、そこには冒険者ギルドの受付担当であるダークブルーの髪をした眼鏡の青年フロワさんがいた。
そんなフロワさんを早くも監視するレスペクトの姿も数メートル先に見える。自分のテリトリーに入って来たから牛舎から出て来たのだろう。
フロワさんもレスペクトの視線に気づいてるのか少し顔が青い。
「フロワさん? 朝からどうしたんですか?」
彼は以前にもこうして家に足を運んでもらったことがある。そのときは従魔管理リングの装着を頼む話だった。今回はなんだろうか?
従魔管理リングの代金ならレスペクトのミルク配達のおかげで一気に支払ったから滞納とかはないはずだし。
「朝からの訪問で申し訳ございません。実はイル様にご協力していただきたい案件がございまして……」
「協力?」
冒険者ギルドの受付担当からの直々のお願いとなると嫌な予感しかしない。絶対魔物討伐関連でしょ……? しかし、話を聞かないとわからないので彼に詳しい話をしてもらうことにした。
フロワさん曰く、ここ数日同じ畑で農作物を食い荒らされる被害が出ているという。
下調べによれば野犬の可能性もあるし、魔物の可能性もあるのだとか。魔物だとしても下級レベルだろうということで報酬金もかなり安いようだ。
しかし、畑は収穫祭に出品する作物もある上に生活費でもある。このままでは畑は壊滅状態になってしまうので、一刻も早く農作物を守って原因となる生き物を追い払ってほしいという緊急クエストに値する依頼が冒険者ギルドに来ているらしい。
「でも、タイミングが悪いんです……収穫祭前だからどこも忙しいし、暇な冒険者はもっと割のいい依頼を受けますので。しかし、このままでは依頼主の生活が危ぶまれます。こちらとしても魔物が町に入り込んでいる可能性があるなら早急に対処したいところなんです」
確かに話を聞く限りどうにかしてあげたいという気持ちになる。
野犬ならまだしも、魔物だったら住人の安全のために冒険者ギルドもなんとかしなければと動き、引き受けてくれそうな冒険者を手当り次第訪ね回っているのだろう。
「イル様の従魔さえいれば例え魔物であろうとも追い払うのは簡単なものだと思われます。よろしければ引き受けていただけませんか?」
「うーん……私、冒険者ギルドに入ったのは素材を売るためなので、魔物退治はちょっと……」
「そこをなんとか……! 昨日からお断りされる方が多くてこちらも参ってるんです!」
ずいっと切羽詰まったようなフロワさんに詰め寄られる。よく見ると目の下に隈が出来ているので、もしかして夜通し引き受けてくれる人を探していたのだろうか。そう思うとちょっと同情してしまう。
「レ、レスペクトと相談させてください……」
とりあえず私一人で決めてはいけない案件なので、フロワさんの後ろで無言の圧力をかけるレスペクトに目を向けると、会話が聞こえていたのか首を横に振った。人に興味のない彼には関係ないので当たり前の返答ではある。
「そこをなんとか出来ない、かな……?」
『……』
ダメ元でお願いしてみるも、レスペクトが無言を貫く。しかも不機嫌オーラまで漂わせているのでこれは完全にダメなやつだ。
「じゃあ、代わりに俺が行く」
どうしよう、と思った矢先、同じく話を聞いていたであろうレイヤが自らその役目を買って出てくれた。
「え、レ、レイヤ?」
「なんか大変そうだし、俺で出来ることなら引き受ける」
「……失礼ですが見ない顔ですけど、あなたは冒険者の方ですか?」
「いや。でも、多少は戦える。それでもダメか?」
「あぁ、いえ、猫の手も借りたいほどですし、そんなに難しい依頼ではないと判断してますのでランクなど設定しておりません。ですので、冒険者登録さえしていただければ問題なく受けられます。ただし、原因となる生き物が自身の手に負えないレベルの魔物でしたらすぐに避難と報告をお願いします」
「わかった」
「ま、待ってレイヤ。さすがに相手がわからないんじゃ危険じゃないかな?」
「この人も言ってただろ。手に負えなかったら逃げる」
話がどんどん進んでいく。もし、危ない魔物だったらどうするのっ? いくらレイヤが多少戦えるって言っても、低レベルの魔物くらいしか相手出来ないと思うし、彼だけに任せるのはやはり危険……それならまだ攻撃魔法を色々覚えてる私の方が……。
「レイヤが行くなら私も行く!」
つい、そう言ってしまった。フロワさんにはお礼を言われたが、レイヤは「無理しなくていいからな」と言われ、レスペクトには舌打ちをされてしまった。だってレイヤ一人に任せるには不安要素が高いし……世間にも疎いし……。
被害に遭う時間帯は深夜から朝方にかけてなので、それまでの間、レイヤは仕事へ向かい、その帰りに冒険者ギルドへ寄って冒険者登録をしてもらうことにした。
私は新しい魔法かスキルを得るために新しいスイーツを作ることする。
戦闘になったときのために使える魔法やスキルも多くある方がいい。野犬の仕業か魔物の仕業か、それによって対処は変わるし、心構えをしなければ。
夜まで時間があるし、今日はパンプキンパイを作ろう。材料は硬質小麦粉と軟質小麦粉、冷水、バター、塩、かぼちゃ、カトブレパスのミルク、砂糖、卵黄。
パイ生地は前に作ったアップルパイと同じ要領で作り、タルト型に敷いておく。
かぼちゃは薄切りにして皮を落とし、蒸して柔らかくなったら砂糖とバターを入れてマッシャーで潰しまくる。
レスペクトのミルクと卵黄を混ぜたら少し冷ましてからパイ生地の中に投入。今回はパイの上には格子状のパイ生地などは乗せずにそのまま石窯オーブンで焼けば完成。
あとはレイヤが帰って来たら一緒にパンプキンパイを食べてレベルアップし、作物荒らしの原因を突き止めるだけ!
「頑張るぞー!」
時刻は深夜。被害に遭う農家のさつまいも畑へとやって来た私達は茂みに隠れながら様子を窺う。私とレイヤ、そしてレスペクトも一緒だ。
レスペクトは最初こそ面倒なことをしたくないと首を横に振っていたが、私が行くと言い出したので『従者の面倒を見なければならないからな……』と盛大な溜め息と共について来てくれた。
深夜なのでレスペクトが町に歩いても人と会うことはなかったのでそこは安心だ。それでも手を煩わせてしまうことになるけど彼がいるのならばとても心強いものである。
「本当にレスペクトが来てくれて良かったー。パンプキンパイで食べて覚えたのがウォータープルーフだったから今回は使う機会なさそうだったからね」
そう。夕飯時にレイヤと共に食べたパンプキンパイでウォータープルーフという水魔法を覚えたのである。
魔法の詳細を確認すると『水を弾いたり、染み込むのを防ぐことが出来る』と書かれていた。つまり防水魔法だ。
こういうときに限って生活魔法を覚えるのだからタイミングが悪い。これも不運のせいなのか。さすがに防水では対抗出来ないのでウォータープルーフはまたいつか使ってみよう。
『さっさと終わらせて帰るからな』
「早く出て来てくれたらいいんだけど……」
「野犬が来るか魔物が来るか、だな」
『フン、来るのは魔物だ。臭いが残ってる』
「えっ!? そうなのっ?」
「?」
あ、そうだ。レイヤにはレスペクトの言葉がわからないんだった。
そう思い出してレイヤにシェアの魔法をかけて少しの間だけ言語理解を共有する。
「来るのは魔物なんだって。……強そうなのが来たらどうしよう」
「魔物か……まぁ、圧倒的なレベルの差なら退避するしかないけど、あまりにも強い魔物ならもっと町の被害が多そうな気がするな」
『そいつの言う通り。臭いからして下級程度の雑魚だ』
「な、なるほど……」
下級なら私でもなんとかなるだろうか。でも、気を抜いてはいけない。どんな魔物でも油断したら殺られてしまうから。
中級レベルの冒険者くらいになると下級魔物だからと油断をして大怪我を負う人も少なくない。相手も私達と同じ生き物なのだから最後まで抗うだろうし、ただでやられる魔物はいないのだから。
そのときだった。何かの唸り声が畑の奥から聞こえてくる。直感でそれが魔物の声だと判断すると身体が強ばった。
次第に声が近くなり、奥から魔物と思わしき姿が何頭か現れる。暗くて見えづらいが恐らくあれは……。
「……猪?」
「魔物の猪、ワイルドボア……だね」
アプレイザルで鑑定をしてみると、ワイルドボアと名前が表示された。それが、ひいふうみい……四匹いる。難しい依頼じゃないと聞いていたから数は一匹か二匹くらいの気持ちだったのに結構いるんだなぁ。
四匹は畑を我が物顔で踏み荒らし、匂いを嗅いでさつまいもを探している様子だ。
その大きさはカトブレパスであるレスペクトよりも断然小さくて下級レベルの魔物だが、性格は獰猛だと聞いたことがある。人と出くわせばすぐに襲いかかってくるのだとか。下級とはいえ油断するとすぐに突進されて大怪我を負ってしまうだろう。
「イル。そのアプレイザルってのはレベルはわかるか?」
「うん、レベル18~20みたい」
「それくらいなら退治出来ると思う」
「え。でも、レイヤの持ってる武器ってダガーだし、そんなに威力もないと思うんだけど……」
レイヤが腰に提げているのは前に私が彼に貸した父の護身用の短剣。そんなに威力もないし、小さな魔物相手ならまだしも、魔猪では明らかに武器が弱すぎる。
だからレイヤを引き止めようとしたのだけど、彼は「大丈夫」と言って出て行ってしまった。
「ちょっ、レイヤ!?」
『あんな小僧に後れを取るわけにはいかん。お前はここで隠れておけ』
「あ、レスペクトもっ!?」
いや、レスペクトは大丈夫なんだろうけど、私だけ待機なのっ?
おろおろしていたら先にレイヤがワイルドボアの一匹に目掛けてダガーで切りつけた。
とはいえ、刃渡りは短いから切り傷程度にしかならないはず。どうしよう、私も魔法で援護とかした方がいいのかな。
……と、考えていたら、レイヤが切ったワイルドボアは真っ二つに胴体が切り裂かれ、一撃で仕留めていた。




