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ミルク氷と持ちかけられる取引

 その日はペット達のお世話後、依頼主である旦那様から話があると彼の執務室へと呼び出された。

 ……一体なんだろう。仕事に関する大きな失敗は起こしていないはずなんだけど、そろそろ何かやらかしてもおかしくない気もする。


「失礼します。旦那様、お呼びでしょうか?」

「あぁ、イル。本日もご苦労だったね。とりあえずそちらに座っておくれ」

「は、はい」


 主人の顔色は特に怒っている様子ではない。一先ず怒られるようなことではなさそうなのでホッと一安心である。

 近くのソファーに腰をかけると、旦那様は傍に控えていたメイドさんに声をかけて、お茶を用意するように言いつけた。

 てっきり旦那様のものなのかと思ったらメイドさんは私の前に紅茶とクッキーを用意してくれる。


「だ、旦那様っ、私は大丈夫ですよ?」

「気にしないでくれ。少し話をしたいのに何も出さないわけにはいかないからね」


 恰幅の良い旦那様がそう言うと、私と向かい合わせになるソファーへ彼は座った。


「話、とは?」

「実はね、怪我をしていた専属の世話係がそろそろ復帰の目処がついたようでイルとの契約を今週末で終了しようと思っているんだ」


 どうやら私がこちらでお世話になる切っ掛けとなった専属のお世話係さんが満を持して復活するとのことだった。良かった良かった、それはめでたいことである。

 元々怪我をしていた世話係の人が治るまでのお仕事なので私もそろそろかなと思っていたところだ。お世話になった期間は約一ヶ月くらいだろうか。


「わかりました。完治して良かったですねっ」

「あぁ、彼は幼い頃からの親友でね。私も安心したよ。しかし、君の働きも目に見張るものがあるから手放すのは惜しいがね。ペット達はみんな君を慕っているようだし」

「あはは、それほどでも……」


 慕っているというか……言語理解のスキルのおかげでペット達の言葉がわかるようになったから、あれこれ注文をつけられてるだけなんだけどね。

 愛想笑いをしつつ、紅茶を注いでくれたティーカップに手を伸ばし、一口いただいた。……お高い味がする! 風味も強くて美味しい!

 目を輝かせながらクッキーも一枚摘んで口に入れると、こちらも凄く美味しかった。私が作ったクッキーとはまた違って美しい色合いでバターの味もしっかりしていて、こちらもお高いクッキーだと断言出来る。


「そういえば新聞も見たよ。カトブレパスを従魔にしたんだってね?」

「うぐっ!?」


 まさか旦那様からその話が出るとは思わずクッキーが変な所に入ってしまい、慌てて紅茶で流し込む。……うぅ、勿体ない。


「だ、大丈夫かい?」

「あ、はい、すみません……ご存知だったんですね」

「そりゃあそうさ。なかなかない大きな話題だったからね」

「あはは……」

「それで話はもうひとつあるんだけどね、むしろこちらの方が本題と言うべきか……。単刀直入に言おう。君のカトブレパスから取れるミルクを定期的にこちらで売って欲しい」

「えっ……」


 まさかの要求に思わず次のクッキーを摘んだまま固まってしまった。

 そうか、カトブレパスを従魔にしたなら生クリームの元になるそのミルクを欲する人が現れるということだ。


「そのクッキーは専属のパティシエが作ったもので、私も気に入ってるものなんだ。他にも色々と作るんだがどれも美味くて、この屋敷にしか振る舞われないのも勿体ないと思い、彼の腕を買って新しい事業を立ち上げようと思ってね」

「スイーツ店……ですか?」

「あぁ、そうだ。しかし、カトブレパスのミルクを日々安定した量で手に入れるのはなかなかに難しいからね。だからクリームを使わない物を商品にしようと思っていたところだったんだよ。でも、君がカトブレパスを従魔にしたと知り、お願いをしたいと思ったわけだ」


 なるほど。スタービレでカトブレパスを飼育している人はすでにスイーツ店や王都で直接契約しているから余らない限り他の人が直接手にすることはない。

 従魔にしたばかりの私なら、まだどことも契約をしていないと考えて話を持ちかけたのだろう。


「それにあのカトブレパスは相当レベルが高いという話じゃないか。それだけでブランド力としても申し分ないし、従魔ならば家畜用のカトブレパスとは違いストレスも少ない上に個体値も高い分、品質も高くなるだろう」


 確かにカトブレパスを従魔にしているのはこの町だと恐らく私だけ。

 飼育している人達はあくまで飼ってるわけで従魔ではないから、そこにいるカトブレパス達は人を襲わないように過剰なくらいの束縛をされている。

 邪視が一番危険視されているため、最低限として目は潰す、または封印魔法をかけなければならないし、魔力減少魔法がかけられている足枷も嵌めているとか。

 そのため受けるストレスは大きく、さらに品質に現れる。それでも最低限の品質は保っているし、美味しいのであえて改善することはないらしい。


「どうだろうか? もちろん高品質な分、通常の取引より高めの金銭を支払うつもりだ」


 なんと魅力的なお話だろうか。確かにカトブレパスのミルクはお金になるもんな……。でも、私が一人で決めることではないので、悩んだ末にぺこりと頭を下げた。


「すみません。私の一存では決めることが出来ませんし、うちのカトブレパスが嫌がる恐れもありますのでお断りさせていただきます……」


 とても有難いお話ではある。それを蹴るなんて申し訳なさしかないんだけど、レスペクトのことを考えずに決めるのはよろしいことではない。


「そうか……確かにそちらの従魔の意見も必要だろう。君達の信頼関係にも関わるだろうし。じゃあ、せめて保留という形でも構わないかい? カトブレパスの意見を聞いてからの返答を願いたい」

「わかりました、それなら。……でも、あまり期待しないでくださいね?」

「あぁ、そうするよ。でも私としてはいい返事を期待したいところなので出来れば説得を頼みたい」


 にっこり笑いながらもやはり向こうも簡単には諦めないらしく商魂が逞しいと思える。まぁ、こればかりはレスペクトの判断に委ねるしかない。






『別に構わん』

「えっ!?」


 レスペクトに説明をしたら渋る様子もなく彼は即決した。思いもよらぬ答えに思わず大きな声を上げてしまう。


「で、でも、自分のミルクを商売に使われるんだよ? 嫌じゃない?」

『人間には必要な金と交換出来るのだろう。ちゃんと価値に見合った契約ならば問題ない』

「ふざけるなって怒るのかと思った」

『イル。契約上お前の主は私だ。上の立場の者が下の者の面倒を見て養うのは当然のことだろう』


 フン、と鼻を鳴らすレスペクトだが、なんとかっこいいことを言ってくれるのだろうか! 魔物に養われる私の方がダメ人間みたいだけど。


『それにあれにも金をかけているようだしな』


 あれ、とレスペクトが顔を向けた先には建設中である彼専用の牛舎があった。


「あはは……でもありがとう。気を遣ってくれて」

『お前のためではない。主人としての当然のことだ』


 格が違うなぁ、このカトブレパス……。

 こうもあっさり了承するとは思わなくてびっくりしたけど、旦那様も喜んでくれるだろう。そうなると収入もちょっと良くなるだろうし、従魔管理リングや牛舎工事の費用も少し早めに払えるかもしれない。レスペクト様々である。






 さて、今夜は夏らしいスイーツを作ってみたいなと思い、レシピブックで探してみた結果、ミルク氷というものに目をつけた。

 材料も牛乳、砂糖だけのようで作る分には問題ないのだけど、レシピに載っている道具であるかき氷機というものがない。

 レシピによれば氷を削る道具らしいのだけど、さすがに自宅にはなかった。そもそも見たことがないので町に売っているのかもわからないため、もしかしたら王都に行かないと購入出来ないのかも……。


「氷を削るものがあればいいんだよね……」


 きっとそういうことなのだろうけど、氷を削るなら丈夫な刃が必要だ。しかしそんな都合のいいものはない……が、私にはひとつ試す価値のある魔法があったので一度作ってみることにした。


 鍋に牛乳と砂糖を入れて火にかけ、砂糖が溶けたら製氷皿に流す。

 フリーズですぐに凍らせたら次はシロップ作り。シロップのレシピもいくつかあって、その中で今作れそうなものはコーヒーシロップだった。

 コーヒーシロップの材料はインスタントコーヒー、砂糖、お湯。

 鍋にお湯を沸かし、コーヒーの粉末を入れて溶かしたら砂糖も投入。

 半分くらいになるまで煮詰めたら冷やすためクーリングの魔法をかけるとコーヒーシロップの完成。


「あとは削るだけだね」


 製氷皿から外した氷の上に手をかざし、魔法発動の前にどのくらいの力加減にするか強くイメージをする。何も考えずに魔法を使うと大変なことになりそうなので慎重に。


「……ウィンドカッター」


 恐る恐る呟いた言葉。その後、手のひらの下からガガガッと鈍く削られるような音が聞こえた。

 しばらくして手を離すと、そこには荒く削られたミルク氷の姿が。


「で、出来た……!」


 風の刃を飛ばすことが出来ると説明されるウィンドカッターを応用したらいいんじゃないのかなと思ったので試してみたけど、これは成功なのではないだろうか!?

 テンションが上がった私は急いで削ったミルク氷を山の形に整えて、コーヒーシロップをかける。


 こうして完成したミルク氷のコーヒーシロップがけ。コーヒー色に染まる白い雪山に美しさを覚えつつ、早速スプーンで一口運ぶ。

 しゃくしゃくした甘いミルク氷と少し苦味のあるコーヒーシロップが合わないわけがなかった。

 ひんやりしていて涼を取るにはいいスイーツである。それに攻撃魔法でも使い方を変えれば料理にも応用出来るみたいだし。


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レベルアップしました。ファイアアローを覚えました。


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 目の前に現れるステータス画面。レベルが上がり、魔法を覚える度に女神イストワール様による加護の有難みを感じる。

 しかし今回覚えた魔法は攻撃魔法なんだろうな。ううむ、使う機会がない方がいいな。


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・ファイアアロー

火の矢を放つことが出来る。


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 やっぱり。対魔物用だね……。小さい獲物を狙うには使いやすいイメージ。


 それにしても新聞の影響って強いなぁ。うちは新聞なんて購入してないから私としては実感ないけど、思っていたよりも私の顔が知られているみたいだ。うーん、噂されるのは困る……。

 ……。まぁ、一先ず旦那様との取引について集中しよう。うん、そうしよう。きっと時の人になって終わるだろうから騒ぐのは今だけだよ。


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