ブッセと邪視の力
本日もお仕事をさせていただいてるお屋敷のペットが元気で仕方ない。
馬小屋清掃を終え、四頭いる馬達のブラッシングしている最中なんて五匹の犬達に服を引っ張られ、四匹の猫達に足元で絡まれたりと構ってアピールをされてしまう。
『遊んで遊んでー』
『撫でて撫でてー』
『ご飯まだー?』
『散歩っ散歩っ』
『やめないか、お前達。次は私のブラッシングだ』
ブラッシング待ちの残りの馬達も待っているし、てんやわんやである。
言語理解を得たせいでペット達の言葉がわかるようになってからというもの、彼らの望む対応をしたらペット達はさらに注文をつけるようになり、言葉がわかる人間ということで凄く懐かれてしまった。
ただし、私の言葉は彼らには伝わらないので、どんなにお願いを言っても意味を理解してくれないため一方通行である。
それでも最近は私が困っている、疲れているという状態は顔の表情で気づいてはくれているようだ。大体年長ペットさんが気を遣ってくれるけど。
ちゃんと会話は出来ないけれども、言いたいことはなんとなくわかってくれる子がいるからまだ有難い。
そんなハードな仕事をこなしたお昼。前日に作っておいたスイーツを頂くことに。
アイテムバッグから取り出したのはブッセだ。
材料は軟質小麦粉、卵、砂糖、粉砂糖、そしてカトブレパスのミルクを使った。
卵は卵白と卵黄でわけて、それぞれかき混ぜながら砂糖を数回にわけて加え合わせる。
卵白の方は角が立つくらいのメレンゲになれば卵黄と混ぜ、さらにふるいにかけた軟質小麦粉も混ぜていく。
久しぶりに使った絞り袋で天板の上に生地を小さく絞り、その上から粉砂糖をかけてから予熱で温めた石窯オーブンで焼いていく。
焼きあがったブッセを少し冷ましている間にカトブレパスのミルクをひたすらかき混ぜるあの作業をして、生クリームを作る。腕が鍛えられそう……。
そして仕上げたクリームをブッセに挟めば完成である。
ペット達にご飯を与えた隙に彼らから離れ、ようやく一人きりになった庭でぱくりと一口。
生地の外側はさっくりとしていて、中身はふんわりしている。そして生クリームが挟まっていて小さなケーキみたいな美味しいスイーツだ。
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レベルアップしました。ハイスピードを覚えました。
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あ、待ってましたレベルアップ! なになに、今回はハイスピードを覚えたらしい。速度を上げることが出来る補助魔法かな?
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・ハイスピード
速度を上げることが出来る。
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うん、やっぱり。ビンゴ! つまりこれがあればペット達の追いかけっこも簡単には捕まることはないね。
あとは……そうだ! 生クリームを作るときの混ぜる作業で使えばハンドミキサーみたいに早く混ぜることが出来るんじゃないかなっ! そうすれば少しは楽に生クリームが出来るかも!
「生クリーム作りが捗るね~」
次のブッセを食べながら嬉しさにほくほくしていると、ご飯を食べ終わったのか、ペット達が私の匂いを辿って構って攻撃をしに襲いかかってきたのだった。……全然休めない。
お仕事を終えて本日分のお給金を受け取ると、ベーカリー・リーベでパンの購入とブッセのお裾分けをし、オルールの森へと向かう。
カトブレパスにも生クリームとブッセのお裾分けと新たにミルクを分けて欲しいため。
「ハイスピード」
町に出て早速自分の足にハイスピードの魔法をかけてみる。普通にゆっくり歩いても早足のようなスピードになるので思わず「おおっ」と声が出てしまった。
では、走ったらどうなるのか。試しにオルールの森へと駆け出してみるとビュンッと突風が吹くかの如く驚くべき速さで走ることが出来た。
「嘘でしょーーーーっ!?」
思わず叫びながら走って、凄い勢いでオルールの森まで近づいて来たため慌てて足を止める。
町からオルールの森まではそれなりに距離はあるはずなのにこんなに早く辿り着いてしまうとは。……まぁ、スピードが上がったとはいえ走ったので息は切れてしまうのだけど。
「はぁ、はぁ……日が暮れる心配はなさそうだね……」
また日暮れギリギリになって危ない魔物が出て来たら大変だしね。これならカトブレパスに心配しないよね。
オルールの森へと足を踏み入れてカトブレパスを探し始める。今日はすぐに見つかるかなー?
よく彼がいそうな場所へと向かう途中、私は気づかなかった。痺れ花が足に触れたらしく、そのせいで麻痺効果のある花粉が付着したため、急に右足が痺れてすっ転んでしまった。
「~~っ!!」
声にならない声で麻痺に苦しむと数十秒後には痺れは緩和され、よろよろと立ち上がる。
これだけですんで良かった……全身に浴びて数時間も麻痺で苦しんだときに比べたら軽いものだ。
『……お前は遊んでいるのか?』
その声にハッとして前を向くと、いつの間にかカトブレパスが佇んでいた。相変わらず目元は隠れていて邪視を秘めているその瞳は見えないけど、声からして呆れている様子がよくわかる。
「あ、あはは……ちょっと痺れ花の花粉に触れちゃったみたいで……」
『麻痺耐性も持たないとは難儀な身体だな』
「カトブレパスは麻痺耐性があるの?」
『当然だ』
凄い……痺れ花の花粉なんて屁でもないんだろうな……。カトブレパスって本当に強そう。中級魔物くらいのレベルは余裕でありそうだもんね。
『また来たということは乳を所望か』
「うん。あとはまた生クリームとスイーツを分けに来たよ」
残りの生クリームとブッセをカトブレパスの前に差し出すと彼は瞬く間にそれらを食べ尽くした。一瞬である。
そしていつものように彼からミルクも頂いた。
「そういえばカトブレパスのミルクってどのくらい出るの?」
『知らん』
「牛より沢山出るって聞いたことはあるんだけどなぁ……。あと、牛だとミルクも溜めたままは病気になるらしいけどそういうのも大丈夫なの?」
『魔物を家畜と一緒にするな。残った乳は体力や魔力に充てるだけだ』
「便利ー」
やはり普通の動物とは訳が違うということなのだろう、不思議なものだ。
「カトブレパスはずっとこの森に住んでるの?」
『……質問が多いな』
「魔物と会話出来る機会なんてそうそうないから色々気になっちゃって」
えへへ、と笑うと相手は溜め息を吐いた。質問ばかりするから面倒臭くなったのだろうか。
でも、カトブレパスはあまり話を振らないし、そうなると私から話しようかなって思っちゃうのだけど、もしかしたら彼は話をするのが好きじゃないのだろうか。
『……ひと月前にここへ来た』
あ、答えてくれた。律儀な魔物だ。
「そうなんだ、結構最近なんだね。でも、カトブレパスがいてくれて助かったよ。おかげでスイーツのレパートリーも増えたから。ここに来てくれてありがとうね」
『お前のために来たわけではない』
ふん、と鼻を軽く鳴らす。確かにそうなんだけどね。それでも私にとってはこうして出会えてミルクを分けてもらえたのは有難いことだから。
それにしても、カトブレパスを前で会話をするのだって少しずつ慣れてきたなぁ。砕けた喋り方をしても大丈夫そうだし、殺そうとしないし。
『……』
「? どうしたの?」
すると座っていたカトブレパスが突然ゆっくりと立ち上がった。何やら森の奥の一点を見つめている様子。
『娘、私がいいと言うまで目を閉じていろ』
「えっ?」
『早くしろ』
「う、うん」
急かされてしまい、よくわからないまま目を閉じた。一体どうしたのだろうか。もしかして黙ってどこかへ行くとか?
だったらわざわざ目を閉じる必要はないだろうし、カトブレパスはまだ近くにいる気配もする。
んー。と悩んでいると遠く方からドサッと何かが倒れるような音が聞こえて思わずびくりと肩を震わせた。
え? なに? 今の音。もしかして知らないうちにまた魔物が出て来たとか!?
『もういいぞ』
その声が耳元で聞こえて恐る恐る目を開ける。特に視界には何も映っていないので先ほど聞こえた音は気のせいだろうかと思い始めた。
「突然どうしたの?」
『目障りな奴がいた』
「魔物がいたのかな……」
『似たようなものだ。人間よ、そろそろ帰るがいい』
そろそろ暗くなる。短い時間だったけど、カトブレパスは私が魔物に襲われないように心配してくれているみたいなのでその言葉に従うことにした。
「そうだね、じゃあそろそろ帰るよ。また来るねー」
カトブレパスにまたねと伝えて出口へと向かう。しばらくしてオルールの森から出ると、森にいた鳥達がいっせいに飛び立った。
少し驚いてしまい何事かと思ったけど、それ以外に特に変わった様子はないので首を傾げつつ、深く気にすることなく帰宅した。
娘が住処へと帰るため、森を出ようとするその背を見届けてから先ほど聞こえた倒れた音の元へ向かう。
そこには弓矢を持ちながら震えて倒れる人間の男がいた。
「……っ!」
『愚かな人間め』
この人間は私の目を狙って矢を放とうとしていたようだ。矢に魔法付与までつけて威力を大幅に上げ、あろうことか同種族の娘ごと貫くつもりだった。
なんと愚かな、なんと非道な、なんと哀れな人間。
人間に狙われるのには慣れている。この身に価値があるのは知っているから。腕に自信があるのならかかってくればいい。
しかし、関係のない同族を巻き込むとは卑劣極まりない。
娘と共に射抜こうとしたその瞬間、遠くにいる男に目を合わせた。邪視を発動し、この男は今に至る。
呪いをかけてやったのだ。恐怖に震え、身動きすらも取れないような幻覚、幻聴、災いが降りかかるように死の神を背後に遣わせてやった。
醜い男をそのまま転がせ、私は森の奥へと引っ込む。
非常に腹立たしく、不機嫌になった私は娘の気配が森からなくなったと同時に殺気を放った。今宵は誰も私に近づけないようにと。森の鳥達は逃げ出すようにすぐにこの場から飛び去って行った。




