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実践と公式の場でのお茶会

 その日、私はデジールのお母さんであり、私の伯母様にあたるコールドレーム様に呼び出され、迎えに来たアドラシオンとともに魔界へと訪れた。

 レイヤ達はあまり私を行かせたくはない様子だったけど、私が大丈夫だよと説得して何とか許可が下りたとはいえ、内心はドキドキである。

 何か粗相があったのだろうか。それとも何かしなければならなかったのだろうか。あれこれ考えながら少しだけ胃がキュッとした。


「……ねぇ、アド。コールドレーム様は何か怒ってる様子だったとかわかる?」


 魔王城の王太后であるコールドレーム様のお部屋に向かう途中、デジールの側近であるアドラシオンにちょっと探るように尋ねてみた。

 彼は私の不安を理解してるのか、彼のモノクルは控えめに光らせつつもにこりと笑いながら答える。


「いつも通りです」

「……そっかぁ」


 それがわからないんだよね……。何せコールドレーム様は旦那様のアイントラハト様以外には素の姿を見せることはないほどのポーカーフェイスである。彼女の隠された本音を知るのも伯父様だけなのだろうし。

 ……なのに、私がそんな彼女の一面を知ってしまったのは今でも少し罪悪感があるのだけど、それを知らなかったら私はコールドレーム様のことをただただ厳しい人だと勘違いしていた可能性は大いに有り得る。


「アイントラハト様もコールドレーム様自らイルさんを招待したことに喜んでおられましたので、そう緊張せずともよろしいかと」

「それなら大丈夫、かな?」


 アドラシオンがそう言ってくれるなら少しだけ安心した。さすがに彼も適当なことを言わないはず。多分……。デジールとのやり取りを思い出すとまた若干不安に思わなくはないのだけど。


 そして、コールドレーム様の私室へと辿り着くと、アドラシオンは扉をノックをした。


 私は静かに息を呑んだ。






「こちらは以前、夫の説法を行脚していた際に見つけたソルトクッキーです。食べる際はそちらのチョコレートソースにディップしてお食べなさい」

「は、はいっ。いただきます」


 そして現在。なぜかコールドレーム様のお部屋でお茶会が始まったのである。

 彼女曰く「あなたは礼儀作法を覚える意欲があるのでワタクシが直接指導します。作法は本で得るよりも実践が一番ですから」とのこと。

 怒られるような事案でなくてホッとしたし、確かにそうかもしれないと彼女から教えを乞うつもりで安易に「お願いしますっ」と返事をすれば、まさか豪華なティーセットが用意されてるとは思わなかったので驚いてしまった。


 コールドレーム様の付き人もいないようだし、本当に二人きりである。

 ティースタンドは三段になっていて、上からケーキやクッキー類、スコーン、サンドイッチが並んでいた。

 早速コールドレーム様がお勧めしたソルトクッキーに手を伸ばそうとしたら、彼女の持つ紅の扇子が閉じられた状態で私の指先を阻む。


「お待ちなさい。食べる順番は下段からという決まりがあります」

「あっ、申し訳ございません!」


 思わず手を引っ込める。アフタヌーンティーのマナーについてはまだ勉強していないため、何もわからない状態なので慌てて謝罪をする。


「あなたが基本的なマナーを知らないということはまだアフタヌーンティーの作法は頭に入っていないということですね」


 バッ、と扇子を開き口元を隠すコールドレーム様の言葉と狐目の視線が胸にぐさりと突き刺さる。うっ、と声が漏れそうになった。


「誠に、申し訳ありません……」


 しおしおと身を縮ませながら頭を下げる。まさかコールドレーム様とお茶会するとは思っていなかったので、後回しにしていたのが駄目だった。


「謝罪の必要はありません。指導ですからこれから覚えておきなさい」

「は、はい」


 よ、良かった。何も勉強しなかったのかと怒られなかった。でも彼女から直接教えていただけるのなら本よりも身につけられる気がする。

 ちょっとだけ安心したのもつかの間、コールドレーム様は口元を扇子で隠したまま少し目を逸らす。


「ですが、少々ぎこちないですね。公式なお茶会ならば緊張でそうなるのも理解できます。とはいえ、それを他者に見せるのもよくありませんので平常を保ちなさい。弱々しく見えます」

「はいっ」


 魔王族に籍を置くことはないけれど、唯一残った私の家族の品位を落としたくはない。

 私の表情や言動でデジール達の印象が変わったり、不満が出るようならその責任はあまりにも大きいだろうし、私としてもそんなことになってほしくない。

 だからキリッと顔を引き締め、背筋も伸ばして姿勢を正す。


「……悪くはありません。公の場ではその姿勢を意識しておくと良いでしょう。でも今はワタクシとイルしかいません。多少なりとも表情は崩しても構いませんよ」


 礼節に厳しいコールドレーム様がそんなことをおっしゃるだなんて。

 そんな中途半端でいいのかな、とも思ったけど、もしかして伯母と姪だから壁を作りすぎないように、という配慮なのかもしれないと感じて、言われた通り普段の表情に戻してみる。


「ありがとうございます。親戚として認められたみたいで嬉しいです」

「認めるも何も血筋は変わりありません。あなたには魔王族の血が流れていますので、繋がりは決して切れないでしょう。とはいえ親類と言えども振る舞いにはお気をつけなさい」

「はい」


 親しき仲にも礼儀あり、って言うもんね。確かにそこは馴れ馴れしくしすぎないようにしないと。


「では早速始めましょう。公式なお茶会や晩餐会にはこちらのグラスが用意されています」


 そう告げると彼女は水の入ったワイングラスを手に持つ。そのままくいっと一口飲んだ。先に水を飲むのかな。

 でもアフタヌーンティーに水があるのも不思議に思う。喉を潤すなら紅茶だけでいいはずなんだけど、何が違うのかなと眺めていたら、コールドレーム様がグラスから口を離した瞬間、水色がみるみるうちに真っ黒に染まっていったのだ。


「えっ? 伯母様、これはいったい……?」

「こちらはモーリュという薬草を漬けたモーリュ水です」


 モーリュ? 聞き慣れない薬草の名前を呟くと、コールドレーム様は話を続けてくれた。


「魔法を防ぐ薬草であり、それゆえ魔力に反応するものですね。水に漬けたモーリュ水を一口飲めば体内にある魔力に反応し黒く染まります。そして魔力の強さが濃度によって表れます」

「つまり、この真っ黒な色を出したコー……伯母様の魔力は相当高いということですよね……?」

「えぇ、そう言われてます」


 デジールも言っていたけど、コールドレーム様は魔力が高い。デジールはもちろんのこと、アイントラハト様もそうだ。この身で魔力を見せつけられたし、体調に響くほどの魔力量なのは確かだ。

 やはり魔王族って魔力が高いんだね。


「魔力量をこのように可視化することでわざわざ魔力を見せつける行為をせずとも己の力を知らしめることができるのです。公式のパーティーなどでは、モーリュ水を飲んで必ず魔力量を披露しなければなりません。一種のパフォーマンスみたいなものですね」


 なるほど。確かに魔力を溢れ出してその魔力量を見せつける行為は魔力が高ければ高いほど頭痛もするし、身体も重くなった。

 そんなのを魔王族のみんながやり出したら体調不良者がたくさん出てくるだろう。それを避けるためのものだと思えば平和である。


「さぁ、イルもやってごらんなさい」

「はい」


 ワイングラスを手に取り、両手で支えて飲もうとしたら、パチンと閉じた扇子の先が私の手へと向けられた。


「両手で持ってはいけません。片手で持てないほど力がないという印象を抱かれ、笑われてしまいますし、魔王族の威厳にも関わります」

「は、はいっ」


 慌てて片手で持ち、一口モーリュ水を喉へと流す。無味かなと思ったけどちょっとだけピリッとした刺激がして、ほんのりと清涼な香りもした。

 すると透明な水は黒く変色する。おそらく濃い方だとは思うけど、コールドレーム様のグラスの中身と比べると明らかに違っていた。

 彼女の水は全く透明度がない純黒。対して私の水は確かに濃くはあるけれどうっすらと透視できるみたいで、グラスを通した向こう側が見えた。


「イルの魔力量は魔王族として申し分ありませんね」

「そう、ですか? 伯母様と比べると薄いですけど」

「ほとんどの魔族はもっと薄いものです。特にイルは魔族と人間の混血ということを考慮しても濃い魔力量ですよ」


 魔力に関しては魔王族のお母さん譲りだから私の力ではないのだけど、お母さんやデジール達の顔に泥を塗らない魔力量なら少し安心した。


「モーリュ水は一口飲むだけで全て飲み干さないように。こちらは飲み水ではなく、あくまでも魔力量を見せるためのものですから。テーブルに置いておきましょう」

「はい」

「そして一番気をつけなければならないことは他者のモーリュ水を零さないこと。誤ってグラスを倒したりしても『あなたの魔力を認めない』という宣戦布告ともとれる行為です」

「……そうなってしまったらどうなるんですか?」

「一騎討ちになるでしょう。ですが普通に考えればモーリュ水の結果に間違いはありませんので、自分より高い魔力量に喧嘩を吹っかけるような行為はまずありえません」


 つまり魔力量が高めの私が誰かに宣戦布告されることはない、と彼女は言いたいのだろう。それなら安心だけど、気になることがあった。


「その逆ならありえるということです……?」

「……事実を言えばないとは言い切れません。魔力量の高い者が低い者を虐げるような行為はたまに見受けられます。自分の魔力量を誇示したいのでしょう。実に愚かな行為です。ですが、それを止めるのは我々魔王族なのでイルが気にすることは何もありません。安心なさい」


 堂々とした言葉を聞いて胸を撫で下ろす。とりあえず場が荒れるようなことがあればコールドレーム様達が何とかしてくれるのだろう。

 とにかく私は他人のモーリュ水を零さないように気をつけなければならない。我ながらそっちの不安しかないのだから。


 その後はサンドイッチに手を伸ばしてみる。炭を練りこんだらしい薄黒い食パンに魔界獣のローストされた薄切りのお肉を食べると、美味しくてすぐに次へと手を伸ばしたくなったが、マナーを考えるとそれは意地汚いかもしれないと考えてぐっと堪えた。

 紅茶は人間の国王グランミシオン様から贈呈されたものらしく、薔薇のような香りが鼻を掠め、とてもお高い紅茶だと断言できる。


「よろしかったらお砂糖を一粒お入れなさい」


 そうおっしゃるのでそれが美味しく飲めるのだと思い、彼女の勧め通りにシュガーポットから砂糖を一粒取ってみると、想像していたものとは違って花びらを砂糖漬けしたようなものだった。

 それをほんのりと赤みのある紅茶に入れると砂糖が溶けて黒い花弁が浮き上がる。


「わぁ、綺麗ですね」

暗闇薔薇ダークネスローズの砂糖漬けです。そちらのローザリアクラウンと非常に合います」

「ローズとローズなんですね」

「えぇ。人間の王族御用達の紅茶だそうです。一輪が王冠の如く大きく花咲いた紅の薔薇、ローザリアクラウンの花弁が使用された茶葉と、魔界で咲く暗闇薔薇ダークネスローズの砂糖漬けを同時に口にすることはそうそうありません」

「人と魔族の王様達のおかげですよねっ」

「その通りです。……ですが、王族同士親交を深めても民達が全員そうなるわけではありません。それでもいつかはこちらのお茶のようにお互い良い所を認め合い、助け合えるような時代が訪れるといいのですが」


 先代魔王様であるアイントラハト様はチョコレートがきっかけで人との戦争を止めた。そして人間の王族と交流をし、人知れず仲を深めた……のだけど、人間の戦争経験者達を含めほとんどの人は知らないし、おそらくあと数十年は秘密にされるはず。

 戦争経験者にとってはどんな理由であろうと魔族を憎んでいるから。だから彼らの代がいなくなるまでは積極的な友好同盟も結ばない様子。

 もちろん逆も然り。しかし魔族は長寿ゆえに人よりも長く記憶に残るので戦争時代を知る者がいなくなるまで数百年はかかるはず。

 だからアイントラハト様や奥方のコールドレーム様が魔界のあちこちで人間との関係を正すように伝え回ったのだそう。

 人と魔族が互いの種族を隠すことなく、交流できる日が来るのはまだまだ先になるはず。それこそ私が生きている間にできるかどうかである。


「……きっと、いつか来ると思います。私もそんな日を心待ちにしてますので」

「そう願っているのなら頑張りがいがありますね」


 少しだけコールドレーム様の口元が緩んだ気がした。気がしただけで実際はそうではないのかもしれないし、ただの気のせいかもしれない。


 香り高い紅茶を味わいつつ、次はスコーンへと手を伸ばしてみる。


「スコーンはこのように手で割っても問題ありません。硬ければナイフを使用しても構いませんのでその時々で判断なさい」

「はいっ」


 見本のようにコールドレーム様がスコーンを上下に割って見せた。そして白いクリーム……クロテッドクリームとジャムを一口分塗って口へと運ぶ。食べ方も本当に綺麗な人だ。

 私も見習ってクロテッドクリームとジャムをつけて一口頬張った。

 ほんのりと温かいスコーンにコクのあるクリーム、そして酸味と甘みのバランスの良いイチゴジャムが合わさったそれはとても美味しくて目を見張るものだった。


 そのあとはようやくコールドレーム様お勧めのソルトクッキーを手にする。

 チョコレートソースにディップしたクッキーは少し大粒の塩を感じながらも甘みのあるチョコレートソースがまたいい味を出していて軽く食べられた。


「今度、この王城で貴族を招いたお茶会を予定しています」


 少しずつアフタヌーンティーでの所作に慣れてきた頃、コールドレーム様が雑談を始めてくださった。


「そうなんですねっ、たくさん集まるお茶会なんですか?」

「えぇ、魔界の貴族もそれなりにいます。当日は百を超える家柄は参加するはずですので家族兄弟合わせると魔貴族数百名はいらっしゃるでしょう」

「お茶会というよりまるで大きなパーティーみたいですね」

「確かにそうかもしれません。そしてこのお茶会ではイル、あなたを正式に我が魔王族の血筋だと発表したいと考えております」

「……えっ?」


 思わずカップを持つ手がピタリと止まる。何かの聞き間違いではないか? と思うも、確かに今とんでもないことを口にされたということは理解する。


「デジールの誕生日の際、人間という身分を隠してパーティーに出席したそうですね」

「え、あ、はい」


 え。それって何かまずかったのかな? 確かあの日はアドラシオンが人間は目立つからと気を利かせて隠蔽魔法で元人間の魔族というふうに見せてくれたはずなんだけど。


「魔王族の血を引く者が人間という理由で身分を偽るのはあってはなりません。威厳が損なわれます。ですので公に明かすことを提案させていただきました」

「えっ、えっ、でもそれって大丈夫ですか? 人間を憎んでる魔族だって多いはずですし、魔王族の皆様に大変なご迷惑になるのでは……」

「もちろん人間を強く恨む魔族もいるでしょう。ですがそれをなくすため、ワタクシや夫が人間に対する考え方を変えたという演説をあちこちさせていただいてました。今や民達はワタクシ達の考え方を知らぬ者はいらっしゃいません」


 しかしだからと言ってみんながみんな私を受け入れるわけではない。

 確かに王城内の使用人達には私が魔王族の血筋のある人間だと知っているけど、やはりその視線は何か言いたそうな秘めたる感情があるように思える。

 本当に私の存在を公の場に出していいのだろうか。不安しかない。


「これは魔族と人間が交流する第一歩とも考えています。ですが安心なさい。先ほどのモーリュ水のようにあなたの魔力は魔王族に匹敵するものです。例え気に入らなくても魔力量を見てしまえば喧嘩を売られることも文句を言われることもありません。それより何より魔王族ですので、重臣でもない者の否定は不敬となり得ますので」

「そ、うですか……」


 でも人と魔族の仲を良いものにしたいっていうコールドレーム様の気持ちはよく伝わる。おそらく一番それを願っているのは先代魔王様のアイントラハト様だろう。


「が、頑張りますっ」


 そう言うしかなかった。拒否したくなかったと言えば嘘になるけど、考え方を変えれば私はもう魔族の前に出しても恥ずかしくない作法を身につけた人間ということじゃないだろうか。

 それならばコールドレーム様にも認められたものだし、彼女の期待に応えたいもの。


「少し声が震えておりますが、引き受けてくださったこと感謝いたします」

「あ、あはは……」


 漠然とした不安しかないのだけど、やるしかないのだ。私の言動によって魔族と人間が協力し合えるかどうかで未来が変わるかもしれないし。……あれ? そう思うと結構責任重大では? やっぱり私には荷が重いんじゃないかなこれ!?






「……イルくん、少し雰囲気が変わったね」


 ある日の冒険者ギルドにて。レイヤとプニーが受けた依頼を報告するということで私も職員のみんなの顔を見たいから一緒にお邪魔させていただいたら、私が来たというのを聞きつけてきたギルド長のドルックさんが執務部屋から出てきてくれた。

 忙しいのにわざわざ申し訳ないなって思っていたら急に彼は訝しむような表情で口にする。


「え? そうですか?」

「なんというか、貴族のような上品さが増しているような、そんな感じがしてね……」


 そう言われて心当たりのある私はハッとした。そうなんです! と声を上げてドルックさんに明るく説明する。


「実は礼儀作法を学んでいまして! それに気づいていただけて嬉しいですっ」


 普段からも姿勢を意識したり、立ち姿も気を抜かずにいたからだろうか。ドルックさんはすぐに気づいてくれてついつい喜んでしまった。

 しかしドルックさんは、あまりいい顔をしてくれなくて小声「あれ?」と思ってしまう。


「うーん……確かに悪くはないが、あまり君らしくないね」

「私、らしく……ですか?」

「今までここで育ったイルくんの面影がなくなりそうな感じがしてね」


 そう苦言を呈したドルックさんは、他のギルド職員に聞かれないように私の耳元へと唇を寄せた。


「……原因は魔族絡みだろう?」


 小声で耳打ちをするその言葉はさすがドルックさんと言ったところである。

 レイヤが彼を睨みつけるが、そんなことを気にする様子はなく、ドルックさんはしばらくしてから耳元から顔を離した。


「優しい君が彼らに何か言いくるめられて貴族並みの品格を身につけたら今度は籍を置くように言われるんじゃないかってヒヤヒヤするよ」


 ドルックさんは私と魔族が関わることをあまり良しとしていない。そう思うと人と魔族の確執はなかなか取り除けなさそうだと実感してしまう。


「イルはあなたが思うよりしっかりしています。あまり子供扱いするのは失礼では?」


 どこか棘のある物言いをするレイヤが割り込んだ。するとドルックさんは笑みを浮かべたまま、絶対零度の見えない吹雪を吹かせるようにその場を凍りつかせる。……魔法じゃないのに凄く寒い!


「僕にとっては娘同然のような存在だからね。心配くらいはするだろう?」

「娘同然にしてはところどころ距離が近いとは思いますけど、過干渉は嫌われる要素しかないかと思いますが?」

「……へぇ? 言うようになったね、君も。恋人だからって調子に乗ってるのかい?」


 な、なんだか今度は二人の間に雷が落ちるようなバチバチしたものを感じる。これは、これはとてもまずいのでは!?


「あ、あのっ! ドルックさんが私のことを心配してくださってるのはよく伝わってますし、レイヤも私のことを思って言ってくれるのはよくわかってるのでひとまず落ち着いてくださいっ」


 喧嘩は良くないと二人の間に入り、何とか落ち着いてもらおうと訴える。


「私はただ新しい家族の恥にならないように学んでいるだけなので、成り上がろうとかそんなつもりはないんです。私としてはやっぱり今のこの生活が好きですから。でも確かに意識しすぎて肩を張っていたのかもしれないので、少しは楽にしようかなって思います。お二人とも気を遣っていただきありがとうございます」


 私は大丈夫だから。という思いを告げる。ただ二人は私の心配をしてくれてるだけなので。


『イルは大丈夫だもんね。ね。僕達から離れないもんね? ね?』

「うん、そうだよ。私はずっと帰る場所は変わらないから」


 レイヤの肩から私の肩へと飛び移ったプニーに念押しされるように尋ねられる。

 もちろんだよというように笑顔で答えるとプニーは喜んでくれたみたいで首筋にうりうりと擦り寄ってきた。ひんやりとしていて気持ちがいい。


「……」

「あれが役得ってやつかぁ……」


 レイヤに黙ったまま見つめられ、ドルックさんは諦めるように溜め息をついたが、言い合いが終わったようで何よりである。






 そしてコールドレーム様主催の貴族達を集めたお茶会当日。

 パーティードレスとまではいかないが、お洒落なワンピースで着飾って私は王城へと招かれた。

 ワンピースはお母さんが魔界で着用していたものをアイントラハト様がリメイクしてくれたもの。

 黒のスリットが入ったワンピースの下には白のスカートが見えるもので、お母さんの服を着ていると思うと応援してもらえるようなパワーが湧いてくる。

 胸にはデジールとアイントラハト様の血で作られた魔血晶のブローチもつけてるので自分に大丈夫と言い聞かせた。


 お茶会の会場となる大広間はすでに貴族達が集まってひと足早く楽しんでいるらしい。

 その様子を高い吹き抜けのある広間の二階からこっそり見下ろす私はその人の多さに緊張が高まる。

 せめてレイヤとプニーが傍にいれば心強かったんだけど、コールドレーム様から「魔王族として人間のあなたを紹介するので他の人間が会場にいると混乱させてしまいます。スライムならまだよろしいですが、大人しくできますか?」と言われてしまったので様々な懸念を考慮し、プニーにもお留守番をしてもらうことにした。

 レイヤもプニーもレスペクトも魔界で家族だと紹介されることにあまり賛成をしているようではなかったが、反対もすることはなかった。

 やっぱり私に残された家族、親戚だから気を遣ってくれたのかもしれない。


「イル、そろそろ参りましょう」

「は、はいっ」


 コールドレーム様に呼ばれ、私は彼女の後に続いた。

 一階へと下り、コールドレーム様とともに会場に入る準備をする。


「イル。先ほども言いましたが、あなたは身体が強ばりやすいので堂々と胸を張りなさい。そして挨拶のあとは私の教えた守護の挨拶を忘れることのないように」

「はいっ」


 そう、コールドレーム様のおっしゃる通り私は数多くの魔貴族様達の前で挨拶をしなければならなくなった。

 コールドレーム様は短いもので結構だと口にするけど、その短いものでも何を語ればいいか頭がぐるぐるしてしまう。

 とにかく度胸で乗り切らなければ。そう強く決心したあと、お茶会会場内から「王太后コールドレーム様のご入場です!」という声とともに大広間へと向かう扉が開いた。


 扉の先では魔貴族の皆さんが席から立ち上がり、女性はスカートを摘み上げて、男性は胸に手を当てて、頭を垂れて「王太后コールドレーム様にご挨拶を申し上げます」と綺麗に揃わせながら声を上げた。

 コールドレーム様はそのまま広間へと進み、奥の魔王族専用の席へと到着すると、彼女は席前に立ったまま参加者に自分の顔が見えるようにくるりと振り返る。

 私も彼女と同じように並んで立ちながら必死に冷静を装った。


「顔をお上げなさい」


 許可を出すと、頭を下げていた魔貴族達がすぐに頭を上げる。

 そこでようやく私の存在を初めて目にした彼らは誰だと言わんばかりの怪しむ視線を私に向けられた。

 隠蔽魔法もかけていないので人間だと気づかれるのもすぐだった。誰かが小さく「人間……」と呟いたのも聞こえてきたのだ。

 動揺の声が僅かに聞こえてきたがコールドレーム様は注意することなく口を開いた。


「まず初めに紹介いたしましょう。私の隣に立つこの子は先王アイントラハトの妹君シンシアの忘れ形見であるイルです」


 その一言だけ会場が大きくざわついた。「シンシア様は行方不明だったのでは!?」とか「シンシア様の子なのに人間ではないか!」とあちこちから声が上がる。

 公式の場ではお母さんはまだ行方不明扱いになっていたんだ。魔貴族達からすると初めて聞く大事件とも言える発表に驚愕しただろう。

 ……本当に大丈夫かな。凄く大騒ぎになっているんだけど。

 気持ち的にちらりとコールドレーム様の顔を見たかったけど、前もって彼女から「何があっても私の顔色を窺ってはいけません。常に前を向かなければやましいことをしていると思われます」と言われたので私はただただ正面を向くだけ。


「シンシアは人間と添い遂げてイルを産みましたが、残念ながら不幸な事故に遭い、彼女を残してお相手とともに亡くなりました。イルはほとんど人間と変わりませんが、魔王族の血を引いていることに変わりはなく、魔力量も魔王族に相応しい量を持っています。イル、モーリュ水を」

「はい」


 私の席に置かれていたモーリュ水の入ったワイングラスを手に取り、早速それを口につける。

 みるみるうちに変わる黒色の濃さは以前コールドレーム様とアフタヌーンティーしたときと変わらない濃淡だった。

 それを見た魔貴族達は驚きの声を上げる。中には拍手をしてくれる方もいたので受け入れてくれたのかなと思い、少しだけホッとした。


「イルは自分が魔王族の血が流れていることを最近知ったため、ずっと人間として生きていました。これからも彼女の生き方は変わりありませんが、魔界に足を運ぶことも多々あります。その際は魔王族の一員として接してください。彼女もワタクシ達の家族になるため、そのように恥ずかしくない振る舞いを身につけておりますので」


 改めてみんなの前でそう言われると緊張からか息を呑んだ。本当にコールドレーム様達の顔に泥を塗らないような振る舞いができるているかずっと不安なのに。


「イル。挨拶をなさい」

「はい」


 きた。きてしまった。挨拶だ。主に自己紹介をすればいいし、短くてもいいらしい。とにかく意識するのは声が小さくならないこと。声を震わせないことだ。

 私はモーリュ水をテーブルに置くと、胸をしっかりと張り、拳を作った手をもう片手で包み込むようにして手を前に組む。


「ご紹介に与りましたイルです。この場を借りてのご挨拶となりますが、以後お見知り置きください」


 きっとこれだけで十分だと思う。あとは守護の挨拶をすればいいだけ。

 それでもせっかくだから人間と魔族の仲が少しでも近づけるような一言を残したいとも思った。ちょっとでも人に好意を持ってもらえるように。


「先日、伯母様とお茶をさせていただいた際に人間界産地の紅茶と魔界産地のシュガーを合わせて飲みましたが、とても美味しかったです。伯母様はそのお茶のように互いを認め合い、助け合う時代がくることを願っていました。私もないところを補える歯車のひとつになれたらと思います。どうか、一人でも私のような人間と交流をしていただける方が増えてくださると幸いです。それでは最後に。宵闇が常にあなた方を守りますように」


 上手いこと説明できなかった気がするけど、仲良くしたいって気持ちは伝えたつもり。

 そして左手を胸に当て、右手は額の高さに上げて軽く手を開く。その際にコールドレーム様から伝授されたアレンジとして小指をしっかりと上げた。

 それがコールドレーム様から許可された挨拶だとすぐに参加者に伝わったのだろう。コールドレーム様の後ろ盾があるということを。そのため会場はざわついた。

 それだけではなく、デジールとアイントラハト様の魔血晶の存在に気づいた者も少なくはない。

 魔王族の印が入っているため、私は魔王族にも認められ、後ろ盾になるという証明にもなるのだからよりいっそうざわついたと思われる。


 その結果、私は大きな拍手を浴びた。表向きは魔貴族達に認められたと思っていいのかもしれない。


 ひとまず難所を乗り越えて無事にお茶会が再開された。

 心臓をバクバクさせながらコールドレーム様と同じ席に座るも、私は気を抜かないように必死に姿勢を正す。

 こうしている今も魔貴族達から私の存在が相応しいかどうか値踏みされるような視線を向けられるのだから。


「挨拶、頑張りましたね」

「あ、ありがとうございますっ」


 モーリュ水を一口含み、自身の魔力量を可視化させたコールドレーム様からお褒めの言葉をいただき、嬉しさに笑みがこぼれた。


「ですが“私のような”という言葉は自分を卑下してるように聞こえますので気をつけなさい。全体的にへりくだっているようにも聞こえますが、及第点といたしましょう」

「は、はい……」


 む、難しいなぁ挨拶って。でも失敗をしてないならいいのかな?

 そんなことを考えながら心を落ち着かせるため紅茶を飲み、ホッと一息をつく。


 しばらくはコールドレーム様と緊張しながらも談笑し、用意されたティースタンドの順番を守りながら料理に舌鼓を打った。


 時間が経つと私に向ける視線は少なくなっていた。粗相はしてないと思うのでチェックの必要はないと判断されたのかな。だからといって最後まで姿勢を緩ませたりはしない。






「失礼いたします、コールドレーム様。アイントラハト様がお呼びです」


 するとコールドレーム様のお付きの方が彼女に声をかけた。どうやらアイントラハト様がコールドレーム様と話がしたいのか呼び出したと見受けられる。

 コールドレーム様はナプキンで口を拭い「わかりました」と返事をすると席を立った。


「イル。ワタクシは少し席を外します。あなたを一人にさせてしまいますが、不安ならさずそのままでいてくだされば問題はありません」

「わかりました。大人しくしています」


 元々騒ぎを起こすつもりはないので、コールドレーム様の言われた通り私は椅子から立ち上がるつもりはないと言わんばかりに返事をする。

 コールドレーム様はそんな私を見て頷くと、お付きの方とともに大広間から出て行った。


 一人になってしまったことは少しだけ寂しさと不安が混じり合うものの、そんな長い時間席を外すことはないと信じて私はカップを手に取り、紅茶を味わった。


 それから数分経った頃だろうか、とあるテーブルからガシャンというグラスが倒れるような音が聞こえたので視線をそちらに向けた。

 誰かがカップの中身をぶち撒けてしまったのかなと思っていたら何やら騒がしい声が耳に入る。


「な、何をするんですかっ!」

「あー悪ぃ、悪ぃ。お前のモーリュ水の色があまりにも相応しくないと思ってなぁ?」


 どうやら男性が女性のモーリュ水をわざと倒したらしい。これは以前コールドレーム様に注意されたやつだ。

 他人のモーリュ水を零すその意味……あなたの魔力を認めないという異議を唱える行為。

 灰色髪のハーフアップした女性が慌てて倒れた自分のグラスを起こした。

 僅かに残ったグラスの中は水に数滴の黒い絵の具が入ったような薄暗い色をしている。

 対してグラスを倒し、真ん中に分けた茶髪の男性のグラスの中身は彼女より濃いめの黒。魔力量では間違いなく彼の方が上だろう。


「コールドレーム様が開かれた茶会でこのような行為が許されると思っているのですかっ?」

「はぁ? そのコールドレーム様の茶会に相応しくない奴が混ざってるから優しい俺が指摘してやってんだろ?」


 モーリュ水の濃淡に言いがかりをつけるなんて……。これがコールドレームが危惧していた展開なんだ。

 でもこれはまずいのでは? コールドレーム様がいない間にこんな騒ぎを起こすなんて。

 しかしコールドレーム様は不安でいることなく、このまま待っていてと言っていたので大人しく待っている方がいいのかもしれない。

 私はそわそわしながらコールドレーム様の帰りを待つのだけど、いつ戻ってくるかわからないので焦るばかり。


「俺の言うことに文句があるってなら見せてみろよ。お前のチンケな魔法でな?」

「っ……」


 女性は悔しそうに歯を噛み締め、強く拳を作っている。男性の態度に反論したいけど、実力差に押し黙るしかないような。


「ほら、早く出せって。お前の全力をよ」


 嘲笑する男性に拳を作って僅かに震わせる女性はどんな心情だろうか。恐れか、悲しみか、悔しさか。

 コールドレーム様が戻ってくるまでそれを眺めなきゃいけないのも心苦しい。それにこのままでは彼女にとって伯母様が開いたお茶会が嫌な思い出になってしまうのも嫌だった。


「……」


 怒られちゃうかな。そう思いながらも、私は席を立った。

マナーが悪いのかもしれない。魔界では無礼なことをするかもしれない。時には耐えることだってしなきゃいけないかもしれない。

 でも魔貴族達のトラブルを治めるのが魔王族ならば、みんなにそのように紹介された私が担わなきゃいけないだろう。

 他の貴族達が私の方を見てるのだ。私が黙ったままなのか、何かアクションを起こすのか見られているような気がする。


 無意識に息を呑んだ。コールドレーム様がいたから洗練されたはずの空気が嫌な感じの空気になるのも無視できない。

 たった一人で、誰も近くにはいなくて、魔族でもないただの人間の私は騒動の原因となるテーブルへと向かう。


「そこまでにしてください」


 男性は面倒くさそうに私を一瞥するとわざとらしく盛大な溜め息を吐き出した。


「これはこれは。人間でありながら魔族の血も流れる混血魔王族様じゃないですか。何か?」


 少し棘のある言い方だ。座り方も怠そうに椅子の背中に凭れかかっている。

 やはり自分の存在はそう簡単に受け入れられるものではないだろう。それは予想済みである。むしろ真っ向から否定しないだけマシだと思うしかない。


「伯母様主催のお茶会です。なぜこのような騒ぎを起こしたのですか?」

「間違いを正しただけですが? こいつ程度に魔力があることすら烏滸がましい。無色透明であるべきなんですよ」


 髪を掻き上げながらさも当然だと言わんばかりに発言する男性。女性の方は耐えるように唇を噛み締めて顔を俯かせていた。


「モーリュ水の結果に間違いはないはずですが、それを否定するということでしょうか?」

「不正したに決まってんでしょーよ。赤子並にしか生きてない人間様にはご理解いただけないでしょうね。あなたのモーリュ水だって本当かどうか疑わしいし?」


 魔族からしたら私の年齢でも赤子なんだ……。まぁ、それは仕方ないか。

 長寿である彼らにとって人間の寿命は一瞬だし、赤ん坊感覚かもしれない。だったらもっと赤ん坊に優しくして……。

 でもここで怯んではダメだ。コールドレーム様のお茶会を馬鹿にされたようなものなんだから。せめて毅然な態度を見せておかないと。


「その発言は伯母様が不正をしたと受け取りかねませんが、そのような意味でおっしゃっていますか?」


 そう問いかけた瞬間、へらへらしていた男性の表情は一変し、滝のような汗を流し始めた。


「そ、それは……そういうことじゃ……」


 この反応からして彼はコールドレーム様に強く出られない。それどころか恐れも抱いているのだろう。


「伯母様はそのようなことはされません。だから私はコールドレーム様が主催したお茶会に間違いなんてありえないと考えてますし、モーリュ水に不正を起こす隙も与えさせないはずです」

「……ハッ。そんなのなんとでも言えますよね? 魔王族の血縁とはいえ人間様であらせられるイル様の魔力は実は低いとか、それを隠すためにコールドレーム様が指示した可能性がないと言いきれますかね?」


 その問いに私は躊躇うことなく頷いた。確固たる自信があったから。


「伯母様は真面目な方です。身内だからといって甘やかしたり贔屓にすることもありえません。私は伯母様を信じてますし、このお茶会で不正もないと断言します。だから彼女の魔力についても異議はありません」

「……!」


 言われっぱなしだった女性がハッとした表情で顔を上げる。

 少し頼りないかもしれない笑みを浮かべ、私の視線は男性の方へ向いた。


「それでもまだ彼女の魔力について不満に思うのなら私が彼女の後ろ盾になりますので、直接私に言ってください」

「えっ……?」

「は……?」


 思いのほか場が静まり返った。そんなにまずいことを言ってしまったのかと、心は穏やかではない状態ではあるが、口に出した言葉はもう戻せない。

 それに彼女より彼の方が、彼より私の方が魔力も強いし、立場的には私の方が上でもあるので、相手も簡単には文句を言うことはできないはず。

 これで彼も騒ぎ立てないでくれたらいいのだけど。


「そのくらいにしておきましょう」


 聞こえてきた声はコールドレーム様のもの。いつの間にか彼女は侍女を連れてこの大広間に戻ってきていた。


「グリーチ、カフェク。ご協力感謝いたします」


 ……え? と、声が出た。私が理解するより先に不穏な雰囲気を漂わせたあの二人が胸に手を当ててコールドレーム様に頭を下げた。


「「とんでもございません」」


 あれ? え? どういう状況? そう戸惑う私の元へコールドレーム様が近づく。


「イル、動揺しすぎです」

「あ、はいっ!」

「今のはあなたの行動を試す芝居です」

「あ、芝居なんですね。それは良かっ……えっ? 芝居……?」


 一瞬流しそうになったけど、芝居という言葉にさらに疑問符が浮かぶ。行動を試すって……?


「えっと、なぜ……? いや、その前に私何かやらかしましたかっ?」


 もしかしてお茶会マナーの抜き打ちテストだったりする? その不安が一気に溢れた私はコールドレーム様に食い気味で尋ねた。

 おそらく血の気が引くような顔色をしているに違いない。


「落ち着きなさい。あなたがどのような行動をするかワタクシ個人が気になっただけです。騙すような真似をしてしまったことについては謝罪をいたします」


 そう言うとコールドレーム様はゆっくり膝を曲げて頭も下げる。

 まさかの王太后様による謝罪。いや、さすがにそれは恐れ多くて私は両手と首をぶんぶんと横に振った。


「そんなっ、別に騙されたとは思ってません!」


 コールドレーム様なら何か考えがあってのことだと思うし、謝罪されるほどのこととは思ってないのも事実。

 そんな私の返答を聞いてコールドレーム様は姿勢を戻した。


「そのようにおっしゃっていただけるなら安心しました。皆様もご協力ありがとうございます。引き続きお茶会をお楽しみください」


 招待客にもそう声がけしたのだけど、まさか招待した魔貴族全員知らされていたりする……?

 わ、私だけ知らなくて生意気なことを言ってたってこと? それはちょっと……いや、かなり恥ずかしい気しかしない。


「イル、席に戻りましょう。改めて説明します」


 そのように言われ、小さく「はい……」と返事をした私はコールドレーム様とともに元いた席に座った。


 なぜか先ほどの騒ぎの原因となった二人も一緒の席に着いたので、申し訳なさもあって私はすぐさま頭を下げる。


「生意気なことを口にしてしまって申し訳ありません……」

「お、おやめください! 私達はイル様の謝罪を求めてはいませんっ」

「そうです! 謝罪をするならば失礼な態度をとった私の方です!」


 コールドレーム様に協力をした女性も男性も、私の謝罪に大層慌てふためいていた。

 そんな中、コールドレーム様は静かに口を開く。


「イル、あなたが軽々しく頭を下げることではありません。先ほども言いましたが、これはあなたの行動を見るための芝居ですよ」

「……あの、行動を見るためとは?」

「トラブルが起こった際にどう出るか。それを確かめさせていただきました」


 それはつまり私がコールドレーム様の言いつけ通り大人しくしたかしていないかを知るために……?

 それを察した私は怒られる覚悟を抱かずにはいられなかった。


「不安げな顔をするのはおやめなさい。あなたが私の言うことを聞いて大人しくしたとしても、トラブル解決に動いたとしてもワタクシは咎めるつもりはありません。どれも正しい行動として評価します」

「ほ、本当ですか? 余計なことをしたのでは、と……」

「魔王族の権威を振りかざすことさえしなければ問題はありません。イルならそのような心配は最初からしていませんが」


 信用してもらっているのなら嬉しいのだけど……。失礼とかじゃなかったのかな。

 いくらコールドレーム様にお願いされたとはいえ、事の発端を作り出すきっかけとなった魔貴族のお二人にあれこれ言っちゃった気がするし。

 ちらりと二人の顔色を窺うのだけど、二人も私と同じように気がかりな様子でこちらを見ていた。


「グリーチとカフェクは昔ながらのワタクシの友人ですし、萎縮する必要はありません」


 灰色髪のハーフアップの女性がグリーチさんで、真ん中分けの茶髪の男性がカフェクさんというらしい。


「そうです、イル様。むしろカフェクの失礼な振る舞いや無礼な言葉の数々を前に感情的にならず、立ち向かって私を庇っていただいたのですからお気になさらずっ」

「ばっ……! 私のさっきの態度はそういう芝居なんだから仕方ないのですが!? ただでさえグリーチは私に比べて楽な役割だったのに……」


 ……どうやら本来この二人は仲が良いのかもしれない。でもあのピリピリした空気が本物じゃなくて良かった。


「イル。念のために聞いておきましょう。なぜあなたは首を突っ込まなくても良かった問題に一人で挑んだのですか?」

「あ……えっと、そんな立派な理由じゃないんですけど……」


 改めて尋ねられると恥ずかしくなる。もったいぶるほどのことでもないので、コールドレーム様にぽつりぽつりと説明した。


「せっかく伯母様が開いたお茶会なので……参加された方にも嫌な思い出とかになってほしくないだけで……あと、魔王族と紹介をされたからには……何とかするべきかな、と……」


 自分が行動に起こした理由を話すのはやはり気恥ずかしくなる。

 ハキハキと答えなかったからなのか、コールドレーム様はしばらく黙っていた。

 グリーチさんとカフェクさんも彼女を見てハラハラしている様子だ。そんな反応をされたら私も内心焦ってしまう。


「……そうですか。良い心構えですね」


 たっぷりと間を空けたから怒らせてしまったのかと思ったら全然そんなことはなく、むしろ褒めてくれたので一瞬固まってしまうもすぐにハッとして、彼女にお礼を口にした。


「ですが、軽々しく後ろ盾になると発言しない方がいいでしょう。相手のことを知らないのならなおのことです」

「は、はい……」


 褒められたと思ったらすぐさま注意を受けてしまう。いや、コールドレーム様の言う通りだもんね……。

 交流のない初対面の方に場を収めるためとはいえ、魔王族の後ろ盾発言は少し考えなしすぎた。


 少し肩を落として反省していると、コールドレーム様は紅茶を一口含み、優雅にお茶を飲んでいた。綺麗な人は何をしても綺麗である。


「……ところでイル」

「はいっ」


 また何かっ!? そう思いながらも背筋をピンッと伸ばす。

 まだ何か注意を受けるのではないかと心構えをしていたが、彼女は黙ったまま私を見つめるだけ。


「……」

「……」


 息が詰まりそうですコールドレーム様! これも何かマナー的なあれですかっ?

 グリーチさんとカフェクさんにちらりと目を向けると、お二人も何とも言えない表情で目を伏せたり、顔を逸らしたりしていた。


「……あの、伯母様……?」

「……失礼。考えが纏まらなかったもので」

「あ、はい。大丈夫です」


 そんな言いにくい何かだったんですか? とはさすがに聞けないので、彼女の言葉を待つ。


「あなたは人間として籍を置いているようですが、魔族として籍を置かれてはどうでしょう?」


 唐突なお言葉に目を丸くした。彼女の友人達も同様である。


「どこか厳しさに欠け、危なっかしい所もありますが、心構えは素晴らしいと思います。何よりワタクシがそう願っていますから。人として短い一生を終えるにはもったいないです」


 あ、これは魔界に籍を移すだけでなく、長寿の魔族にもなってほしいというお誘いだ。

 とてもありがたい。ありがたいことだし、長生きできるのも凄いことだと思う。

 それでも私はコールドレーム様からの願いであっても首を縦には振らなかった。


「……申し訳ございません。そのようにおっしゃっていただけて嬉しいですけど、私は人として生まれ育った場所で好きな人達と一緒に歳を重ねたいんです」


 私だけが魔族になって年老いていくみんなを見送りたくはない。だからってみんなを魔族にしたいわけでもないし、みんながみんな長寿になりたいとも思わないだろう。

 いくら魔族と人間の混血児とはいえ、人間として生活した時間があまりにも長いのだ。

 はっきりと伝えるそんな私の強い意志を受け止めてくれたのか、コールドレーム様は少し黙ったあと小さく頷いた。


「……なるほど。あなたの気持ちはよくわかりました。もし気が変わることがあればいつでも申してきなさい。夫もデジールも喜びますから」

「はい。ありがたいお話感謝します」


 ぺこりと頭を下げる。まさかドルックさんの言った通り、籍を置くようにという話が出るとは思わなかったけれど、食い下がることはなくて良かったと胸を撫で下ろし、その後はつつがなくお茶会の時間を終えた。






「……イルは本当に長寿になりたいとかは思わなかったのか?」


 その日の夕飯時、魔界から帰ってきた私はレイヤとプニーにお茶会で起こった話を伝えた。

 レイヤは何とも言えないような表情で私に尋ねる。言葉の真意はわからないけれど、気遣っていることだけはわかった。


「魔王族だが、一応イルにとっては家族だからな」


 両親がいないからこそ、私が残ったのは家族は母方の血縁者であるアイントラハト様を始めとする魔王族の方々だ。

 お父さんとお母さんが亡くなってしまった私は少しだけ家族に飢えているという自覚がほんの少しだけある。

 だからレイヤもそれを察してくれたに違いない。


「そうだけど、私はやっぱり生まれ育ったスタービレが好きなの。知ってる人達と同じ時間を生きていたいから……」


 両親の死によって世界との関わりを遮断するように塞ぎ込んでいたときもあった。

 それでも少しずつ出会いが増えて、好きになる人達も増えてきた今の私にとっては彼らや彼女達と同じように人間として過ごしたい。


「それにね、今一緒に住んでくれてるレイヤとプニーとレスペクトが私にとっては一番の家族だから」


 照れくさいけど、えへへと笑いながら思っていた言葉を伝える。

 そんな私の発言に少しだけ驚いた表情をした後、耳まで赤くしたレイヤが視線を下に逸らしつつ、ぽつりと呟いた。


「そうか……家族。イルにそう言ってもらえて嬉しい」


 恥ずかしながらも気持ちを伝えてくれるレイヤに私もさらに顔を赤くする。

 感覚としてはレイヤとは家族のつもりなんだけど、おそらく彼は夫婦という意味で受け止めたのかもしれない。

 そこまで深い意味で言ったわけじゃないけど、でもいつかはそうなると思う、はずなのでそう受け止めてもいいのかもしれない。

 でもやっぱり言い出しっぺとしては恥ずかしさが膨れ上がるわけで……。


『イルもレイヤも顔赤いよ。よ。風邪なの? の?』


 プニーが追い討ちをかけてくる。悪気がないからこそドキリとしてしまうのだけど。


「ち、違うよっ。ちょっとこう、興奮? しちゃっただけで!」

『元気ってこと? と?』

「そう、かな~?」


 あはは、と笑いながら上手く誤魔化す。レイヤもうんうんと頷いたけど、すぐに私へと目を向けた。


「……イル、俺もイルと同じ時間を生きたいと思う。例え、イルが魔族として生きることを決意したとしても俺は何としてでも同じ魔族になるつもりだ」

「あ、ありがとう……」


 そこまで言ってくれるとは思わなかった。もし私が魔族として生きることを選んでも、レイヤも迷いなく人間を捨てて魔族になるなんて……なんか嬉し恥ずかしくて胸が幸せで擽ったい。

 プニーも『僕も! も!』と跳んでくれた。スライムの寿命ってどうなんだろう? スライムが長寿になるとどうなるのかな。

 レスペクトもこの話をしたらどう反応するんだろ。そんなことをぼんやりと考えた夜だった。


 後日、アイントラハト様が家に訪問して「妻が『イルに魔族になってもらうことを断られてしまった』と嘆いていたぞ」と笑いながら報告された。

 詳しいことまでは言ってなかったけど、もしかして泣かれてしまったのかなと思うとそれはそれで良心が痛んでしまったのだ。

 レイヤはその話を聞くと眉間を寄せながら「イルの良心を付け込むような話に胸を痛めなくていい」と言うものだからレイヤとアイントラハト様が一瞬だけ火花を散った光景を見ることになってしまった。

 レイヤ、物言いがはっきりしてるから色んな人と一触即発になりやすいので正直私としては気が気ではないのだけど……。人の対人関係って難しい……。


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