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ボンボンショコラと新たに知るイベント

 二月に入った頃、その日は自宅でレイヤ、プニー、リリーフ、デジール、アドラシオンといういつものメンバー……というべきなのか、とにかくみんなでお茶会を始めた。

 今回はアフタヌーンティーみたいにしようと、ティースタンドを用意して、軽食のサンドイッチや焼き菓子、ケーキなどを準備してみた。主にデジール好みのチョコレート系ばかりではあるけど。

 そんな中、ふと思い出したかのようにレイヤが呟いた。

 

「そういえばここはバレンタインというイベントはないのか……?」


 その問いかけに私を含むレイヤ以外のみんなは疑問符を浮かべた。


「ばれん、たいん?」

「何よ、それ。初めて聞いたわ」

『おまつり? り?』

「余も聞いたことがないな。アドは知っておるか?」

「いえ、私も初耳ですね」


 リリーフもプニーも魔族組のデジールとアドラシオンも知らないとなるとレイヤが以前いたという世界の特別な行事なのだろうか?

 そんな私達の反応にレイヤは「やっぱり……」と言いたげな表情をしていた。


「昔、俺の住んでいた地域では有名なイベントだったんだ」

「どんなイベントなの?」


 レイヤがいた世界の詳しいことはよくわからない。だから余計に興味を持った私はレイヤに詳細を尋ねてみる。しかし彼はどこか言いづらそうに、そして恥ずかしそうに目を泳がせていた。


「……文化の違いはあるが、俺の所では主に女性が想い人にチョコを使った菓子を贈って告白したり、恋人や友人、家族に愛や感謝を伝えるイベント、だな」

「告白……愛……」


 お、思っていたよりも照れくさいイベントだった! 何だかこっちも恥ずかしくなる!


「つまり、あんたはそのバレンタインにイルからチョコと愛が欲しいってわけ?」


 リリーフが呆れながらレイヤにズバリと言う。それを聞いた私とレイヤは火が出るように真っ赤になった。でもレイヤがその話題を出すってことはやっぱりリリーフの言う通りなのかもしれない。


『僕もイルからのチョコとアイが欲しいー。いー』


 ぴょこぴょこと跳ねる可愛いほうの従魔、プニーは相変わらず可愛い。いくらでも用意してあげたい。

 でもチョコを作るのは全くもって問題ないのだけど、あ、あ、愛を伝えるっていうのはどうすれば……!? そりゃあ、レイヤとはお付き合いしてるけども、愛を伝えるって難しくないかなっ!?


「ほんっと、冬場なのにあっついことね。そもそも女性だけが動くイベントってのもどうなわけ?」

「……一応、一ヶ月後には受け取った者がお返しをするホワイトデーというのもある」


 つ、つまり私がレイヤにバレンタインの贈り物をするとひと月後にはレイヤからお返しがあるってこと? それはちょっと気になる。


「なるほど、告白する日ということか! ならば余はリリーフにチョコを用意して告白しようではないか!」


 本日は女の子姿の両性魔王様が「フハハ!」と笑いながら意気込んでいた。……それを本人の前で言っていいものなの? いや、デジールはすでに告白どころかプロポーズをリリーフにしたんだけど。


「告白してもあんたの伴侶にはならないわよ」

「ぬうぅ……」


 相変わらず魔王様になびかないリリーフの言葉はデジールの胸に突き刺さる。……頑張って、デジール。相手は町一番の美人さんであり手強いリリーフだから。


「ですが面白そうなイベントではありますね。チョコならば魔界では流通してますし。しかしスイーツなどに加工する者は少ないのが現実ですので魔界で流行るのは難しいでしょう」


 そっか。確か魔界はチョコレートの大量生産は成功してるけど、チョコそのものがすでに完成品として魔族は満足しているため、スイーツやお菓子として調理する人はあまりいないんだっけ。


「そうか? 好いてる者に特別な物を授けるのなら他者と差別化したいものではないのか?」

「それはそうですが、まずはチョコレートスイーツを広めなければ浸透はしないかと」

「むむ。チョコレートスイーツの良さを先に知らしめねばならぬか……」


 チョコレートスイーツを作る人が沢山いればデジールもわざわざうちに食べに来ないだろうし、魔界のチョコレートスイーツ職人問題はなかなかに難しそうだ。


「確かに女性が好きなイベントではあるのだろうけど、こっちからすればチョコレートは高価なものよ。庶民が参加するイベントじゃないわね」


 そう。そうである。魔界からの差し入れでチョコレートのストックが沢山あるので忘れがちだけど、魔族とは違い、人間にとってはチョコレートは希少で高価で貴族達が口にするものが一般的。

 普通ならば私達は気軽に手に入れられるものではないので、チョコが必要となるバレンタインのイベントには不釣り合いなのだ。


「必ずしもチョコじゃないといけないことはないが。メッセージカードとか花とか、結構何でもありだったりするから」

「そう? チョコ限定でないならそのイベント自体は悪くないわね」

「リリーフ、バレンタインに興味があるの?」


 恋愛には無関心と言ってもいい彼女にしては珍しい反応。気になった私が尋ねると、ガタッと音を立てて席から立ち上がったデジールが青ざめた顔で口を開いた。


「ま、まさか、リリーフ、好いてる奴に贈り物をするのか!?」

「なんでそうなるわけ? 商売になるって思っただけよ」


 溜め息を吐き捨てるリリーフだったが、その理由がピンとこなくて、私は「商売?」と聞き返す。


「バレンタインのイベントについて私が町で噂を流し、バレンタインの贈り物商品としてうちのパンを売り出すのよっ」


 贈り物のひとつとしてリリーフの家のベーカリー屋のパンを……? それって告白にパンを渡すってこと……? 確かにチョコに比べると身近ではあるけども。なんというか、商魂たくましい。

 リリーフが別の意味でバレンタインというイベントに燃えているのはいいけど、はたして町でそのイベントは流行るのだろうか? 新しいイベントがどこまで定着するかはわからないなぁ。

 でもせっかく教えてもらったレイヤの故郷のイベント。少なからずレイヤは私からのチョコと、あ、愛が欲しいと言うのなら私は何がなんでも乗っからなければ……!

 頑張ろう。他ならぬレイヤが求めるのならば。そう心の中で小さく拳を作り、やる気に満ち溢れていると、唐突にこの場にはいない人物の声が聞こえてきた。


「随分と楽しそうではないか」


 その言葉とともに私達の前に姿を現したのはデジールの父であり、先代の魔王様であり、私の伯父にあたる人。アイントラハト様である。

 そんな彼の登場にアドラシオンは頭を下げ、デジールは驚きのあまり席を立つ。


「ち、父上!? 何用でここにっ!?」

「お前がここへ行ったと聞いて、我も姪の顔を見に来ただけだ。そう焦るでない」

「ア、アイッ……いえ、伯父様! こんにちはっ」


 いくら親戚とはいえ彼は人間と魔族との戦争でとんでもない力を見せつけた先代魔王。今でこそその座をデジールに譲ったけれど機嫌を損なわせたら私なんてあっという間に消し炭だろう。

 それにしても伯父様呼びはいまだに慣れないものだ。


「今日もまた美味そうな物が並んでおるな。我も少し摘めるか?」

「え? あ、はい、よろこんで!」


 アイントラハト様はティースタンドをジッと見つめ……いや、主にチョコレートケーキへと視線を注がせていた。さすがチョコレートに人生……じゃなく魔生? を狂わせられたお方だ。

 デジールがよく食べるのでお代わりもあるため、急いで準備をしようとしたが、デジールが声を上げる。


「父上! これは女子会なので父上は参加できない茶会である!」

「えっ」


 突然何を。別に女子限定のアフタヌーンティーではないのに。というか、レイヤとプニーもいるし……。レイヤなんて「俺は男だが」と言わんばかりに不服そうな顔を見せる。

 きっとデジールは自分のスイーツが減るのではないかと危惧したに違いない。なんて欲張りな魔王様なのか。……今に始まったことではないけども。


「ふむ。女子会か。それならば仕方あるまい」

「! まさか、アイントラハト様!?」


 アイントラハト様は我が子の言うことに納得した様子だったけど、アドラシオンが何かに気づいたようで声を荒らげた。

 彼が慌てる様子を見ることはあまりないので珍しかったのだけど、急にアイントラハト様の全身がピカッと輝き出してその眩さに目が開けられなくなる。


「っ! ……?」


 しばらくして光が収まったようで恐る恐る目を開けて見れば……そこには艶やかな雰囲気とダイナマイトボディを持つ女性が立っていた。

 そうだった。デジールと同じように魔王の血脈の者は両性体だったけ……。だからアイントラハト様も女性の姿にもなれるわけだ。

 ……ってことはアイントラハト様の妹であるお母さんも逆を言えば男体になれるってことでは? それはめちゃくちゃ見たかったなぁ。

 それにしても撫でつけるような金色の美しい髪と力強い赤い瞳。それらは間違いなく男体のアイントラハト様の要素が残っている。

 いや、それよりも目を引くのはその豊満な胸。凄い。とにかく凄いのだ。今まで食べたチョコレートの量がそこに詰まっているのではないか。


「これならば女子会に参加できるのだろう?」


 にんまりと笑う熟した女性の色香。これには思わず同じ女性としてドキッとするし、格好良さも兼ね備えているので見惚れてしまう。私もこうなりたいっ。

 衣装は男体のままのパンツスタイルだけど、サイズ調整はちゃんとできている。でもドレスも凄く映えそうだ。


「お、伯父様っ! いや、伯母様? とにかく素敵です!」

「そうか? 久々の姿ゆえに慣れないが、イルに褒められるのなら悪くないな」


 男体のアイントラハト様は先代とはいえ魔王の威厳が強いのだけど、同性だからなのか女体のアイントラハト様は近づきやすい。そして何より美しい。

 もちろん男体の方も格好いいのだけど、男性っぽさを残す女性の姿にときめきを抱かずにはいられない。


「女性の声も格好いいですし、同じ性を持つ身としても憧れちゃいます!」


 そう。声もいい。低く中性的にも感じるその声も聞くだけで痺れてしまう。いいな、格好いい。同じ女の人なのにこんなにも違う。


「元の我の姿にもそれくらいの賞賛は欲しいが、姪に羨望の視線を貰うのは気分がいいものだ。どれ、なかなか見ることはできない姿だろう? よく見るといい。何なら触っても構わん」

「さ、触ってもいいんですかっ!?」

「そなたは大事な妹の娘なのだから親戚であり我にとっても娘のようなものだ。遠慮せずとも良い」


 女性の姿になったとはいえ高身長なのは変わらないアイントラハト様に触れる許可が下りる。 え、そんな、本当にいいんですか?

 私の目は彼女の胸元へと集中してしまう。抱きついたらどんな心地良さが待っているのか。


「イルっ」


 大きく息を飲んだあと「では……」とアイントラハト様に近づこうとしたその瞬間、レイヤに手を引かれしまう。


「え?」

「……いくら同性とはいえ、元は異性だ。そうやすやすと触れるのは……良くない」


 苦々しい表情でそう告げるレイヤを見て、ハッとしてしまう。そっか、そうだよね。さすがに品がないよねっ。


「ご、ごめんね、はしたない真似を……!」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「我は妻子持ちである。何を心配しているんだか……」


 はぁ、とレイヤの態度を見て溜め息をついたアイントラハト様はどこか呆れている様子だった。……ん? 私、見当違いなこと言った? アイントラハト様の言葉からして、もしかしてレイヤはヤキモチを?

 そう気づいて照れくさくなったその時、アドラシオンが勢いよく膝をついた。


「アイントラハト様っ! 幾百年かぶりにそのお姿を拝見できたこと、このアドラシオン感激の極みでございます! もう二度と拝めないと思っていただけに、この心が舞い上がるようです!」


 ……アドラシオン、もしかして泣いてる? こんなに強い感情を押し出しているなんて、アイントラハト様のこの姿に何か思い入れでもあるのかな。


「どのような美しい女神であろうと裸足で逃げ出すその神々しいほどの美麗さ、いまだに衰え知らず! 私の心を魅了して止まない完璧な美! この瞬間まで生きていて良かった……いや、むしろあなた様のその神聖なる御身に押し潰されて死ねるのなら本望っ!」

「……この姿になるとこやつが面倒くさくなるのであまり女の姿にはなりたくはないが、相変わらずだな」


 若干、アドラシオンから距離を取ったアイントラハト様が呆れ返るように呟く。

 アドラシオンは元々アイントラハト様の右腕であり、デジールよりも尊敬しているのは知っていたけど、今のアドラシオンは感情が昂っている様子。

 リリーフなんて「何、この側近……気持ち悪っ」とドン引きである。

 何だかアドラシオンの新たな一面が見えたというか、イメージが少し崩れたというか……。とにかく今のアイントラハト様の姿がお気に入りなのはわかった。


「……そもそもなんで魔王族だけが性転換できるのよ」

「子孫を残すため、そして運命の番を見つけるためには性に囚われないようにと余は聞いておる」


 リリーフの問いにデジールが答える。リリーフに求婚したデジールも性に囚われていなかったので、そう言う教育を先祖代々からずっと続けていたのだろう。

 でも確かに運命の相手というのが必ずしも異性とは限らないのかもしれない。そう思うとそのような考え方も素敵とも思える。

 運命か……なんかロマンチックだ。そう思ってちらりとレイヤに目を向ける。

 彼とは創造神であるイストワール様の手によって必然的に出会ったのだけど、はたしてこれは運命と言えるのだろうか……と、ぼんやりと考えた。



 ◆◆◆◆◆



 それからしばらくして、リリーフはベーカリー常連客にバレンタインというお祭りを宣伝しまくった結果、噂に噂が呼び、色んなお店でバレンタインフェアというのを多く見かけるようになった。……さすが人気ベーカリー店の看板娘、宣伝も上手い。

 でもこの時期のイベント事は少ないというのもあるから、よその地方のお祭りであっても乗っかろうとしているのだろう。それに女性も男性もどこかソワソワしてるような雰囲気も感じるし、若者受けが良さそうという印象だ。


 ベーカリー・リーベではリリーフの考案によりバレンタイン商品としてハート型のパンが販売されていた。

 いちごパウダーが練り込まれた生地にイチゴジャムが入っていて、味ももちろんのこと美味しい。

 ……まぁ、パンをあげて告白や感謝の気持ちを伝えるかどうかは別として、バレンタインという認知度を上げるにはとても貢献した逸品だと思う。それに実際売り上げもいいとリリーフは語っていた。


 そしてバレンタインデーの前日。レイヤとプニーが冒険者ギルドへ行って依頼をこなしている間に私はバレンタインプレゼント作りをする。

 材料のチョコレートもあることだし、ここはレイヤの故郷に倣ってチョコレートスイーツを作ろうと意気込んだ。

 お馴染みのレシピブックを見て、何を作ろうか見繕った結果、ボンボンショコラというのに決めた。


 材料はチョコレート、レスペクトのミルク、無塩バター、ブランデー、アーモンドダイス、ドライラズベリー。

 まずはガナッシュ作り。生クリームの元となるカトブレパスであるレスペクトのミルクを鍋に入れて沸騰させる。

 その後、火を消してから割り入れたチョコレートを入れて混ぜ、溶けたらバターとブランデーも加えて混ぜ合わせる。

 耐熱ペーパーシートを敷いたバットにチョコレートを流し入れたら表面を平らにして冷蔵庫で冷やす。

 次にコーティング用のチョコレートを湯煎する。しっかり温度を測らなきゃいけなくて、最初は40度くらい。それから冷水につけて26度くらいにし、そしてまた湯煎にかけて30度くらいに上げる。テンパリング? らしい。

 ちなみに熱探知魔法で温度を表示するよう調節すれば温度計いらずなのでちょっと楽である。

 その後冷やしたガナッシュを取り出して、表面をコーティングチョコレートで薄く塗る。

 固まったらひっくり返してチョコを切り分け、コーティングを塗った面を下にしたままフォークを使ってチョコレートの海に浸し、全体をコーティングする。

 一粒ずつコーティングしたチョコレートは耐熱ペーパーシートの上に乗せ、トッピングとしてアーモンドダイスやドライラズベリーを乗せて再度冷せば完成である。


「では恒例の味見をひとつ」


 ドライラズベリーのかかったボンボンショコラを一粒摘み、口へと運ぶ。

 パキッと小さなチョコレートの膜が砕け、滑らかなガナッシュクリームが口の中で甘く蕩けていく。ほのかに香る洋酒もいい味わい。凄い、一粒だけで幸せが口の中いっぱいになる。


========================================


レベルアップしました。ディケイを覚えました。


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 もう一粒摘みたくなる気持ちを必死に抑えていると軽快な音とともに画面が目の前に表示される。……まだ使用可能な魔法があるのかぁ。そろそろ打ち止めにしてくれてもいいのだけど。

 しかしディケイとは聞いたことがないなと思い、詳細を確認するため画面を指で押す。


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・ディケイ

腐敗させることが出来る。


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 ……おっかない。これはなんか恐ろしい魔法だ。腐敗だよ? これ絶対物でも人でも対象となる危ないやつでしょっ? これ、闇魔法かな……一度鑑定を使って詳しく確認しよう。

 アプレイザルを唱えて、ディケイについて調べてみる。魔法の使用範囲やさらなる魔法の情報が書かれていたけど、とある一文を見た瞬間固まってしまった。なぜならそこには魔族魔法と記載されていたから。


「インフェルノだけで十分なのに……」


 思わず顔を覆う。おそらくインフェルノよりかは脅威はない……のかな? いや、待って。腐敗だよ? 脅威じゃなくない……? 怖い、そんな魔法を簡単に使用できる自分も怖い。

 ……この魔法を使う機会がないといいな、うん。


 ひとまず新しい魔法については置いておいて、ラッピングの準備をしよう。



 ◆◆◆◆◆



 翌日、バレンタインの当日である朝。朝食を食べ終え、いざ手作りチョコをレイヤに渡そうと私は席から立ち上がる。


「レ、レイヤっ。あの、これ……っ、わっ!?」


 アイテムバッグを使用し、亜空間に収納していたチョコを取り出した。そのまますぐに差し出そうとしたらテーブルの脚に爪先を軽くぶつけてしまい、バランスが崩れる。

 しかし転びそうになる私をレイヤが手を伸ばし、咄嗟に助けてくれた。


「っと、大丈夫か?」


 彼に抱き留められ、ドジを踏んだ恥ずかしさとレイヤとの近い距離に胸が飛び跳ねた私は頬が熱くなる。

 不運の呪いはなくなったのに、運の数値が低いことには変わりないため忘れた頃にやらかしてしまうのはどうにかならないものか……。


「ご、ごめんね。大丈夫、ありがとう」

「あぁ……ところで、それは……?」


 レイヤの視線が私の手にあるボンボンショコラの入ったラッピングへと注がれる。……上手く渡すタイミングがズレてしまった。


「えっと、今日はレイヤが教えてくれたバレンタインだから、これはそのチョコでレイヤに……」

「本当に、用意してくれたのか……催促したようで悪いな」

「そんなことないよっ。だってレイヤはあまりあれこれ欲しいって言うことないからむしろ嬉しいくらいだったし」


 はい、と彼に渡すとレイヤはどことなく照れくさそうな表情で受け取ってくれた。でもこれで終わりじゃない。愛を、愛を伝えなければ。


「まだレイヤは私に色々気遣ってるんじゃないかなって思うから、もっとお願いとか我儘を聞きたいの。この先もずっと一緒に仲良く過ごしたいから……それにレイヤのことはこれからももっと好きになるから遠慮はしてほしくなくて……」


 色々と言うことを考えていたけど、何だかまとまらなくなってきた。もう一度レイヤに告白してるみたいだし、それが余計に恥ずかしくなる。


「その、だからっ、レイヤのことをいつまでも好きなの!」


 無理やり話をまとめるように、そしてもうどうにでもなれといったヤケクソな思いでレイヤへの気持ちを改めて伝える。

 定まらなかった視線をレイヤへと向けると、彼は口元を押さえながら照れているのを隠している様子だった。でも耳まで赤いので隠しきれていない。


「あ……ありがとう。俺もイルへの気持ちはこれからも変わらないと断言できるくらい好きだ」


 すでに何度か言われているのに、いまだに慣れない。レイヤが私に向ける「好き」という言葉には幾度もドキリとさせられる。


「それと、気遣っているかいないかと言えば、確かに気遣ってはいる。相手が好きな人ならなおのこと。それにこれでも十分お願いや我儘は伝えてるつもりだ」


 ほ、本当に? 全然そうは見えないのだけど!? むしろ私がお願いや我儘を言ってるような気だってするし。


「……納得してない顔だな」

「そ、そりゃあ……」

「じゃあ、今お願いを聞いてくれるか?」

「もちろんっ! 何でも言って!」


 何でもは言い過ぎだろうか? 無理難題を言われるとは思ってないからつい口にしてしまう。

 するとレイヤの手が私と頬へと触れ、彼はさらに顔を寄せてきた。至近距離のレイヤは心臓に良くない。整った顔が近くて息が止まりそう。


「キスがしたい」

「!!」


 雰囲気的にそうなんじゃないかって思っていたのだけど、こんな近い距離で面と向かって言われたらこくこくと頷くしかない。いや、頷かない選択肢は元からないけど!

 許可を出せばすぐにレイヤからの接吻を受けた。体温が上がって、胸の鼓動も激しくなるけど、レイヤの気持ちが沢山伝わってくる。彼も私を好きでいてくれて、こうして言葉や行動で示してくれてるのか嬉しくて仕方ない。

 しばらくして唇が離れるとお互いに顔が真っ赤になってしどろもどろとしてしまう。いまだにキスしたあとの反応というか態度というか、どうしたらいいのかわからないのでただただ照れてしまう。


「え……っと、チョコもありがとう。大事に食べる。来月はちゃんとお返しもするから」

「あ、うんっ! 楽しみにしてるね」


 照れ笑いしながらレイヤは来月のホワイトデーというお返しイベントの約束をしてくれた。かなり楽しみ。レイヤからのお返しなら何でも嬉しいしね。


『イルー! 次は僕の番ー? んー?』


 ぴょこんと薄緑色の従魔が私の肩に乗った。その瞬間、時間が止まった私はプニーがいたことを思い出してハッとする。

 プニーの前でレイヤとイチャついたりなんかしてしまった! もしかして空気を読んで大人しくしてたのかな……そう思うと気遣わせてごめんねという罪悪感が渦巻く。

 レイヤも照れ隠しなのか咳払いをひとつ。


「そ、そうだよっ! プニーの分ももちろんあるからねっ」


 慌ててプニー用のボンボンショコラも取り出して、包装したチョコを彼の前に差し出す。


「いつもそばにいてくれてありがとう。そんなプニーが大好きだよ」

『わーい! い! 僕もイル大好きー! きー!』


 何度も飛び跳ねて喜びを表現するプニーに癒されつつ、私はラッピングした箱を開けて、可愛い従魔にボンボンショコラを食べさせた。



 ◆◆◆◆◆



 バレンタインの日から一ヶ月が経った。今日はバレンタインのお返しをするホワイトデーという日。町はバレンタインのときと同様の盛り上がりを見せていて、あちこちカップルや夫婦が多い印象を受ける。

 中には小さな男の子が恥ずかしそうにしながら女の子に花を渡したりと、見ていてほっこりする現場を見かけた。


「おぉ、イルじゃねぇか。ちょうどいい」


 そんな中、偶然にもばったりと出会った鍛冶屋でドワーフのアッシュさん。ドワーフ族の特徴である小柄な体格なのに相変わらずその見た目は歴戦の猛者のよう。

 しかし彼の言葉から察するに何か私に用がある様子。


「こんにちは、アッシュさん。どうかしましたか?」

「ほら、受け取りな」


 突然彼が持っていた紙袋から何かを取り出し、私に向けて軽く投げる。慌ててそれを受け取ると、私の手の中には黄金に輝くリンゴが強くその存在を主張していた。


「えっ?」


 何このお高そうな代物は。戸惑いながらアッシュさんを見ると彼はさも当然のように答えた。


「なんつったか……あーあれだ。ホワイトデーってやつ。先月のお返しだ」


 それを聞いてバレンタインの日を思い出す。確かに沢山作ったボンボンショコラをお世話になっている人達に配り回って、製菓道具を造ってくれるアッシュさんにも渡した。


「で、でも私お返しとかは大丈夫って言ったはずでは……?」


 いつもの差し入れ感覚で渡したつもりなので「お返しは大丈夫なので!」と確かに言った。間違いなく。自信だってある。


「何言ってんだ。お前さんはただでさえよく差し入れしてくれるってのに高価なチョコを使われちゃお返しのひとつくらいするのが礼儀ってなもんだろ。わざわざお返しの日があるならなおさらだっての」

「何だか気を遣わせて申し訳ないです……」

「ワシとしては申し訳ないより礼を言ってくれるほうがいいんだがな」

「あ、ありがとうございます!」


 確かにそうかもしれないと思い、すぐにお礼の言葉を伝えるとアッシュさんは満足げな表情を見せた。


「それにしても……お高そうなリンゴですね」

「ゴールデンアップル。見た目通りの名前だ。まぁ確かに希少価値はあるがな。たまたま見つけたもんだから好きに使ってくれや」


 希少価値があると聞いて思わず固まる。一体いくらするものなのか。彼に問いたいところだが、それは逆に失礼な気もして尋ねることが出来ないまま、アッシュさんは「じゃあな」と去っていった。


 ……ホワイトデーそうそう凄いものを貰ってしまった。金ピカのリンゴを収納魔法に入れて、生で食べるかジュースにするかジャムにするかそれともスイーツにするか悩みながら目的地のひとつであるベーカリー・リーベへと向かう。


 カランカランと音を立てて店内に入るといつもの温かいパンの匂いで包まれていた。レジには誰もいなかったけど、入退店時に響く扉の鐘の音を聞いて厨房からクラフトさんが姿を見せる。


「おっ。イルか。待ってたぜ」

「こんにちは、クラフトさんっ」

「ちょっと待ってな。例のもん持ってくるからよ」


 そう言うとクラフトさんはもう一度厨房に引っ込むが、大きな紙袋を持ってすぐに戻ってきた。


「先月のお返しだ。沢山あるからな」

「ありがとうございます!」


 クラフトさんにも先月チョコレートを渡していた。もちろんリリーフの分も含めて。

 その際に彼は「お返ししねぇとな」と言うものだから物凄く遠慮したけど、クラフトさんは引かないので妥協案として彼の作るパンをお返しにお願いした。

 しかし受け取った紙袋は想像以上にずっしりする。


「……何だか、とても量がありそうですね」

「ハハッ。重くなっちまったのは悪かったな。中はパンでできたバスケットとその他色々なパンを詰め込んでるからよ。レイヤ達と食べてくれ」

「パンでできたバスケット……! そんな凄い物も作れるんですねっ」


 さすがクラフトさん。食べられるバスケットだなんてちょっとテンションが上がってしまう。凄い。


「そういえばリリーフは配達ですか?」


 せっかくだからリリーフの顔も見たかったのだけど、彼女の姿が見えないので店にはいなさそう。そうなると配達をしてる可能性があると思い、クラフトさんに確認すると彼はすぐに頷いた。


「あぁ、そうだな。待っとくか?」

「いえ、まだ行く所がありますので」

「お返し祭りだったか。そりゃあ忙しいわけだ」

「別にお返し目的で渡したわけじゃないんですけどね……なかなか引いてくれない人が多くて……」

「いいじゃねーか。悪いことじゃないんだからよ」


 それはそうなんだけども、それでもお返しをされると申し訳なくなってしまう。じゃあバレンタインは何もしない方がいいのかとも思っちゃうのだけど、せっかく感謝の気持ちを表す日だから何もしないのは失礼な気もするし……。


「そんな恐縮するなって。イルがいいって言ってもお返しを用意してるならそれは紛れもない厚意なんだからよ。無理強いしたわけじゃないからありがたく貰っておくもんだぜ」

「そ、そうですねっ! 堂々と受け取りたいと思いますっ」


 クラフトさんがそう言うのなら! と思う気持ちと、せめて躊躇うようなお返しじゃなければ……と思う気持ちが同時に芽生える。

 今までの経験からするとあと一人、私の想像以上のお返しを準備していそうで違う意味でドキドキするのだ。今から心の準備をしておかねば。

 そう言い聞かせながら私はクラフトさんの店をあとにした。


 その足で次の目的地に向かおうとしたのだが、まだ約束の時間までには早いので少し散歩することにした。

 ふらふらと町の中で時間を潰していると、私の勤務先であるパティスリー・ザーネまで足を伸ばした。

 いつもは女性客で多いお店だが、今日は男性客も多いようだ。おそらくホワイトデーだからなのだろう。女性に人気の洋菓子店だからお返しにもぴったりなはず。

 ……ということは、ザーネさんも忙しいのだろうなぁ。なんてぼんやり考えながら店の前を通り過ぎたところで声をかけられる。


「あ、イル」


 パティスリー・ザーネでともに働く仲間であり先輩である。ちなみに彼女の名はキャマラ。ずっと先輩と呼んでいるので名前で呼ぶ機会は全然ないのだけど、頼りになる人である。

 そんな彼女がゴミを捨てるため裏口から出てきたところに私を見つけたようだ。


「先輩っ。お疲れ様です」

「おっつ~。あ、そうそう。イル、バレンタインにさ、みんなにってチョコレートくれたでしょ? そのお返しにみんなで作ったクッキーがあるから持って行ってよ」

「えっ? お返しはいいって……」


 お世話になってるという意味で渡しただけなのに……。みんなにもお返しは不要なのでって言ったのに……。私の周りの人は律儀すぎる。


「さすがに高価なチョコレートを使った物を渡されちゃこっちだってお返ししないと気が済まないよ」


 ……チョコレート菓子が駄目だったのかもしれない。そうだよね、高価だもんね……。魔界産とはいえタダでチョコレートが手に入るがゆえに消費しようとしたのがいけなかったのか……ううむ。

 ともかく用意してくれたのを拒否するわけにもいかないので裏口からお店へと入り、先輩から直接沢山のクッキーが詰まった紙袋を受け取る。うん、いい匂い。職場のみんなが作ってくれたクッキーだなんて食べるのが楽しみだ。

 香りを堪能すると、店長さんであるザーネさんがほくほくする私の存在に気づき、こちらに顔を出してくれた。


「イルさん、いらっしゃってたのですね」

「あ、こんにちはザーネさん。すみません、わざわざクッキーを用意していただいて」

「いえ、こちらこそお気遣いいただきありがとうございます」


 ザーネさんは基本的に感情が表に出にくい人である。しかし最近は少しだけ感情が顔に出ているような気がした。とはいえほんのちょこっとだけど。

 今も良いことがあったのか、少しだけ頬が緩んでる気がする。でもその理由は何となくわかる。


「ザーネさん、今日はレアーレさんとお会いするんですか?」


 率直に尋ねてみる。……いや、人様の恋愛事情に深入りしすぎだろうか。しかし口にしてしまった言葉は戻せない。

 しかしザーネさんは気を悪くすることはなく、少し恥ずかしそうな表情で頷いた。


「……はい。彼女にお返しをしたいので」


 何のお返しなのか問わずとも理解できる。今日はそういう日なのだから。それにしてもレアーレさんとは良い関係が続いているようで良かった。このままゴールインしてほしいところである。

 そんなちょっと微笑ましいお話をしつつ、私はザーネさん達と別れた。いただいたお返しは魔法で収納しておいて。


 ……さて、そうしている間にも約束の時間だ。金額的にとんでもない代物がお返しじゃないといいなと願いながら私は冒険者ギルドへと向かった。


「こんにちはー」

「おっ。来たな、ボスのお気に入り」


 中へ踏み込むと、買取担当であり魔物の解体も行うフォルスさんがからかい混じりでカウンターから出迎えてくれた。


「お、お気に入りは言い過ぎでは……?」

「全然。ギルド職員はみんなそう思ってるぜ」


 強く否定できないほどの待遇や贔屓を受けてる自覚は確かにある。お気に入りならばそれはそれでありがたいのだけど、はたしてギルド長の立場として一人の冒険者に肩入れしすぎるのはどうなのだろうか……。


「先月はチョコレート菓子ありがとな。貴重なチョコを口にするとは思わなかったが、すげー美味かったぜ」

「お口に合ったのなら何よりです」

「あの出来なんだから口に合わないわけがねぇよ。あぁ、それでよ、ギルド職員みんなからのお礼っつーことで、お返しも用意してんだわ。俺が代表して渡すから受け取ってくれ」

「え!? お返しはいいって……」


 これでもう何度目か。同じようなやりとりをする気配しかない。そして案の定「あんな立派なもん貰ったんだからむしろこれは安いくらいだぜ」と返されてしまい、何かの詰め合わせが入ってそうな大きめの箱を手渡された。

 ……気を遣わせてしまったなぁ。来年からはチョコレートで贈るのはやめよう。そう固く決心する。


「わざわざお返しのご用意までしていただいてありがとうございます」

「まぁ、そう大層なもんじゃねぇが、口に合うはずだ。フルーツの詰め合わせだしな」

「フルーツなんですね、嬉しいですっ。食べるのを楽しみにしてますね」


 通りでずっしりするなぁと思ったけど、フルーツだと聞いてなるほどと納得する。フルーツは生でも加工でも何をしても美味しいからどう消費しようか悩みどころだ。帰ったら中身を確認して種類を把握しよう。


 さて、それじゃあギルド長室へと行かなければ。そう思いフォルスさんと別れてギルドのクエストに関する受付へと向かう。

 そしてドルックさんに取り次いでもらうため職員の一人である受付のフロワさんに声をかけた。


「こんにちは、フロワさん」

「こんにちは、イル様。本日ギルド長と面会予定でしたね」

「はい、よろしくお願いします」

「かしこまりました。……あ、その前にこちらをお受け取りください」


 ダークブルーで眼鏡をかけた彼がカウンター下から何かを手にし、それを私の前に差し出した。プレゼント包装された小箱と手紙である。

 これは……? という視線をフロワさんに向けると彼はすぐに答えた。


「姉さんからです」


 その言葉に全てを察した。バレンタインの日にはフロワさんのお姉さんであるレアーレさんにもチョコレートを渡したから。……思えば彼女も律儀な人だ。お返しを用意されるのも当然だったのかもしれない。


「本当は直接お渡ししたかったそうですが、生憎姉さんは仕事で……午後からは約束もあるのでお時間が取れないと……」


 今にも呪いそうな勢いで下唇を噛むフロワさん。おそらくレアーレさんのその約束相手はザーネさんだろう。不満で不満で仕方ないという雰囲気が凄く滲み出ている。


「ですがイル様はこちらのギルドにいらっしゃる予定がありましたので、私が姉さんの代わりにお渡しすることになりました」

「それはわざわざありがとうございます」


 レアーレさんからのお返しってなんだろう。それに彼女からの手紙もついているので早く読みたいな。

 拝読するのを楽しみにしながらフロワさんからお返しを受け取ると、急に空気が凍りつくような寒気をフロワさんとともに抱く。

 なぜ唐突に? と思うも、この感覚に心当たりがないわけではなく、おそるおそる異様な圧が突き刺さるほうへと目を向けた。


「やぁ、楽しそうだね二人とも」


 そこにはニコニコと人の良さそうな笑みの後ろには猛烈な吹雪が見える……ような気がするドルックギルド長が立っていた。

 相変わらずの高身長にがっしりした体格のせいでその威圧感は凄い。悪いことは何もしてないはずなのに「あわわ……」と狼狽えてしまうほどである。


「そろそろイルくんが来る頃かなと思って迎えに来てみたんだけど……おかしな光景だなぁ。ギルド職員によるイルくんへのお返しは纏めてと聞いていたんだが……フロワくんのそれ、個別のお礼かい?」

「い、いえ! これは私の姉からイル様へのお返しです!」


 フロワさんが勢いよく首を横に振り、私もその通りと言わんばかりに首を縦に振った。それで納得してくれたのか、背後に見える幻の吹雪は消え去り、彼は明るく笑った。


「なぁんだ。それならそうと言ってくれなきゃ。勘違いしちゃうところだったよ」


 フロワさんからの個別のお返しはなぜか駄目な様子。おそらく勘違いしたままだったらフロワさんがとんでもない目に遭っていたのかもしれない。そんな未来を回避できたのなら少しだけ安心である。


「それならもうフロワくんに用はないね? じゃあ行こうかイルくん」


 はい、しか聞き入れないであろうその問いかけ。もちろん約束なので私はその二文字の返事をして彼のあとに続いた。


 受付カウンターの奥にあるギルド長室の部屋。ドルックさんとともに室内に入ると、そこには先客がいたようで陽気な声で出迎えてくれた。


「どぉも~イルちゃん~」

「あ、ラートさん? こんにちは」


 来客用のソファーに座りながら手を振るのは戦闘訓練施設の指導員であるラートさん。女性的な言動は相変わらずで、華奢ながら男性的な身体も健在。しかし冬場でもお腹を出す服装である。寒くないのか、それとも保温魔法でもかかっているのか。


「彼も君にお返しをしたくて来ちゃったみたいでね」

「ドルックちゃんのことだからイルちゃんを呼び出してると思ってね」


 だから来たのよ。そう口にするとラートさんは手提げ袋を手にして、私の前へと持ってきてくれた。


「ボンボンショコラ美味しかったわ。これはそのお礼よ。シャンプーとコンディショナーセット!」


 受け取った物はどうやら整髪剤。これは何だか純粋に嬉しいっ。いつも綺麗なラートさんが選ぶものなら間違いないだろうし。


「わぁ、ありがとうございますっ。早速今日使いますね!」

「えぇ、ぜひ使ってちょうだい。何せ摩擦ダメージを減らすガーゴイルの石の粒子とアルラウネの花の香りが使用されているから香りも抜群よ」


 ……おおっと、これはただのシャンプーとコンディショナーじゃなかった。

 ガーゴイルとは石でできた魔物で、石像の真似をして人を襲うと聞く。そしてアルラウネは女性や小動物の形をした植物型の魔物。花の香りで人を誘き寄せるくらいにその匂いはいいと聞く。

 そんな魔物素材が使われているということはおそらくラートさんのお気に入りの魔物素材商品専門店の品だろう。つまりお高い……。


「それはまた……いい値がするのでは?」

「お返しにはちょうどいいくらいなものよ。それにイルちゃんの魅力も上がるだし、そこは喜んでくれなきゃ」

「……アルラウネの花の香りで人が寄ってくるだろうね。そんな悪い虫がつきそうな物を用意するとは」


 私の身を心配してくれてるのか、ドルックさんがラートさんを睨む。そんな白獅子の眼鏡越しの眼光を浴びたというのにラートさんは気にせずにケラケラと笑うだけ。


「やぁね。そんなホイホイと寄ってこないわよ。香料は薄めているからちょっと振り向くくらいね」

「彼女が注目されることには変わりないだろう? まぁ、イルくんの周りはボディーガードが多いから余程のことはないだろうけど」


 ボディーガードと聞いて、レイヤやプニー、レスペクトの姿を思い出す。みんな頼れる家族である。……いや、レイヤとはまだそういう関係じゃないんだけどっ!


「さて、僕からのお返しも受け取ってもらおうかな。はい、これだよ」


 一体何を渡されるのだろうとドキドキしながらドルックさんが差し出したものに視線を落とす。何やらチケットのように見えたそれを受け取ると、そこには王都の劇場で公演されている有名な舞台タイトルが書かれていた。


「舞台チケット……?」

「その通り。若い子が好きそうなものらしいので君のお返しにいいかと思ってね」

「劇場で舞台なんて見たことないです……ありがとうございますっ」

「喜んでもらえて何より」


 王都の劇場なのでかなり大きい。きっと壮大な舞台だと思うけど、一度は見てみたいと思っていた。

 それにしても今まで彼にプレゼントされたもので考えるとそこまでお高いものじゃないはず。ちょっとだけ安心したのもつかの間、チケットをよく見れば送迎付きボックス席と書かれているのを見つける。


「……あの、この送迎付きボックス席というのは?」

「そのままの意味だよ。移動屋が王都の劇場まで送り迎えをしてくれるんだ」


 移動屋……テレポートで人を目的地に飛ばしてくれる人達で、利用するにはそれなりに値が張る。それにボックス席って貴族とかが座る場所では……?

 普通の観劇チケットだと思っていたのに段々とこのチケットの価値が上がっていく。


「普通の席じゃ駄目だったんですか……?」

「ボックス席の方が伸び伸びとして楽しめるし、飲食も可能だからね。それに五、六人くらいは席に座れるからせっかくだしレイヤくんを誘うといい」

「そ、うですか……」


 躊躇いつつも突き返すわけにもいかないのでありがたく頂戴するしかない。まぁ、一人で観るよりかはいいのかな……。それならレイヤだけじゃなくリリーフとか誘ってもいいってことだし。


「……ドルックちゃん、あの舞台って仲睦まじい恋人が浮気して、浮気された子が恋人と浮気相手を惨たらしく復讐する話でしょ? 少なくともカップルが観るには避ける舞台なのにえげつないわね」

「さて、何のことだか」


 ラートさんが何を思ったのか、ドルックさんにひそひそと耳打ちをする。しかしドルックさんは清々しい表情のままだったので、一体何の話をしてるのか検討もつかない。


 そんな彼らのお返しを受け取った私は冒険者ギルドを出て家に帰ることにした……その最中である。頭に金属音が鳴り響く。テレパシーを受けた音だ。


(……イル。早く戻ってこい)


 おっかないほうの従魔、カトブレパスのレスペクトからの念話だ。


(レスペクト? どうしたの?)


 どこか呆れ声の様子。だから緊急性はなさそうだと判断した。


(リリーフと魔族どもがやって来て騒々しいことになってるから早く戻れ)

(え? う、うん。わかった。すぐ帰るよ)


 騒々しいのは今に始まったことではないんじゃ? と思ったものの、リリーフとデジール達が家まで来てるのなら待たせてはいけない。そのため私はテレポートを使って自宅前へと瞬時に移動した。


「なぜだ、なぜだリリーフ! どうして余のお返しを受け取ってはくれぬのだ!?」

「だから、重いって言ってるでしょ!」

「重くなどない! 石は大きいがこれでもとても軽いのだっ」

「デジール様、そういう意味ではありませんよ」


 移動魔法を使用して家の前へと辿り着けば、レスペクトの言う通り何やら騒々しい様子。言い争い? というまではいかないけど口論になりかけの状態である。どうして私の家の前で……。


「ふ、二人ともどうしたのっ?」


 ひとまずリリーフ達の元へと駆け寄る。どうやら男体デジールが片膝をついてリリーフに何かを献上しているようだ。ホワイトデーだからそのお返しなのだろう……けど、よく見てみればデジールの手には小さなケースがあり、それは開いていた。……もしかしてこれは。


「イル! ちょうど良かった! リリーフが余のお返しを受け取ってくれぬのだ!」

「そりゃそうでしょ。そんなのを差し出されたらあたしだって困るわよ!」

「えーと……デジール。そのお返しの品というのは?」

「結婚指輪だっ」


 ……もしかしてだった。小さな箱の中には指輪らしきものが光っているのだ。

 確かにリリーフはバレンタインにデジール用にとパティスリー・ザーネで購入したクッキーを渡していた。そのときの彼は微笑ましいくらいに喜んでいたが、まさか想像以上のお返しを用意してくるとは。もはやバレンタインのお返しという範疇を超えている。

 デジールの後ろに控えているアドラシオンなんて笑いを堪えているのだけど、なぜデジールの暴走を側近である彼は止めないのか。


「このブラックダイヤモンドはリリーフのために手に入れ加工したものだ。まぁ、どんな素晴らしい宝石であろうとこれをはめたリリーフには適わんのだがな」


 妖しいくらいに光る漆黒の宝石。魔王の伴侶にピッタリと言えばピッタリだし、美人さんのリリーフならブラックダイヤモンドだってよく似合うだろう。しかし指輪としてはやはり石が大きい気もする。


「デジール、さすがに結婚指輪は気が早いよ。リリーフが拒否してるからそこは諦めよう」

「……うぅ。リリーフに似合う石を見つけたというのに……」


 しゅんと項垂れる魔王様。何だか少し可哀想だ……。そりゃあデジールも生半可な気持ちでリリーフに求婚したり、結婚指輪を用意したわけじゃないだろう。彼は彼なりにリリーフのことが好きで一生懸命アタックしてるわけだ。……ただ先走りすぎるだけなんだけど。

 とはいえ一応は従兄妹でもあるし、あまり邪険にはしたくはない。


「ねぇ、せめて結婚指輪じゃなくて普通のブローチに加工し直さない? 指輪にしては石も大きいからブローチならバランスがいいし。ね、リリーフ?」

「……まぁ、結婚指輪は受け取らないけど、普通のブローチなら受け取ってもいいわよ」


 腕を組みながら私の提案した妥協案を受け入れる反応を見せるリリーフにデジールの表情はみるみるうちに明るくなる。


「ブローチなら受け取ってくれるのだな! 良かろう、ならば後日受け取ってくれ!」

「はいはい」


 どうやら何とか纏まったようで安心である。ひとまず胸を撫で下ろした私に「イルさん」とデジールの側近に名前を呼ばれる。


「こちらは私から先月のお返しです」


 そう言って渡されたのは一冊の重厚な本。表紙にも背表紙にもタイトルとなるものは書いてなくて何の本かわからなかった。


「魔界の本?」

「日記なのですが中身は私直筆の伝記ですね。私のお慕いするアイントラハト様の功績を綴っております」

「え」


 このずっしりとした重い本と思わしきものは全てアイントラハト様の記録だというのか。

 リリーフなんてあからさまに嫌そうな表情で「うわ、いらないんだけど」と悪びれなく口にしていた。


「な、なぜ私に……?」

「アイントラハト様の姪にあたるイルさんにも彼の素晴らしい功績や活躍を知っていただきたいと思い、まずは一冊目をお渡ししました」

「まずは一冊目……? ってことは二冊目があるということ?」

「現在十二冊ありまして、後世に残すためにも本として魔界中に頒布しております。イルさんにお渡ししたのは原本と思っていただいてよろしいです」


 とんでもないものをいただいてしまった……。アドラシオンの表情もどこか満足げである。本当に尊敬してるんだなぁ、アイントラハト様のこと。

 ま、まぁ、いないと思っていた親戚の知らない過去の話を知るきっかけになるのならいいのかな。……でも、それって人間と戦争していた頃の魔王時代の彼が前線に立っていたことも書かれているんだよね。見るのが怖いなぁ……。


「あ、ありがとう。少しずつ読み進めていくよ」


 物理的にも気持ち的にも重いアドラシオンのお返し。気持ちの重さはデジールと変わりない気もするけど。


「そういえばイル。うちに寄った? パパがお返しを用意してるから配達のついでに迎えに来たんだけど」

「うんっ。寄らせてもらったよ。沢山パンを貰えて嬉しかった~」


 バスケットまでパンでできた詰め合わせ。思い出すだけで幸せな気持ちになる。きっとレイヤやプニーも驚くだろう。


「それなら良かったわ。ちゃんと受け取ったならあたしの用件も終わりね」

「わざわざ来てくれてありがとう、リリーフ」

「配達のついでよ。それじゃあね」


 まだ仕事があるのだろう。リリーフは長居することなく帰っていく。

 ちなみにリリーフにもバレンタインとしてボンボンショコラを渡したけど、リリーフからもクッキーを貰ったのでお互い贈りあったからホワイトデーのお返しはなしというのを予め決めていた。

 そんな彼女に手を振って見送ると、まだ帰る様子を見せない魔族の二人に目を向ける。もしかしてスイーツをねだられるのだろうか? 今日は何も仕込んでないのだけど……。


「よし、次にイルのお返しを贈呈しよう」

「デジールから私に?」

「もちろんだ。余は王なのでな。返礼品くらいは用意できる」


 てっきりリリーフだけにしか用意してなかったのかと思ったけど、そういえばデジールは私の誕生日にもプレゼントをしてくれたから確かに考えられないことでもなかった。


「その前に父上からのお返しを預かっておる。アド」

「はい、こちらでございます」


 デジールがアドラシオンへと目を向けると、その側近の収納魔法により大きなプレゼント箱が出てきた。抱えるだけで顔や身体隠れそうなほどに……。


「お、大きい……」


 一体何が詰まってるのか、おそるおそる受け取りながら高い物じゃありませんようにと祈るしかできない。


「中身はイルの母上であるシンシア叔母上の衣類をそなた用にリメイクしたものだそうだ」

「お母さんの……?」


 思いもよらぬプレゼントに瞬きをし、手に持つ包みを開いてみた。

 中身は確かに洋服が何着もあって、ワンピースやスカート、ドレスなどが入っている。

 黒や赤系統の色合いが多いのはやはり魔族ならではって感じで、私の知るお母さんの服装の傾向を思うとあまりピンとこない。どちらかと言えば白や水色といったシンプルで落ち着いたものの印象が強いから。

 それでもいただいた衣類の一部には青のワンピースや白のネグリジェなどもある。


「主人のいない衣装をずっと置いておくより、新たな主人に着てもらうほうがいいだろうという父上のお考えである」

「そっか……」


 お母さんの着ていた衣類。それをいただけるのはとても嬉しい。思えば母に昔話や家族のことを聞いても有耶無耶にされた記憶しかなかったから、ちゃんとお母さんが存在していたという証を手にした気分だ。


「でもなんで服のサイズがわかったのかな?」


 そんな中浮かんだ疑問をぽつりと呟けばデジールは言いづらそうに冷や汗を流しながら目を逸らした。……え、何その反応。


「き、企業秘密で━━」

「私の目測です」


 デジールの言葉を被せるようにアドラシオンが自信満々に答える。


「も、目測?」

「お、おい、それを話すのかっ!?」

「隠すほどのことではありませんので。それに私はインキュバスです。女性の身体には詳しいので目測くらい軽くできます」

「……へ、へぇ」

「アド、イルが引いておるぞ」

「イルさんはお心が広いお方ですので、この程度ではどうってことありませんよ」


 ……いや、まぁ、うん。今さらかなというのもあるのかもしれない。ドルックさんからの誕生日プレゼントでも洋服をいただいたことあるし、サイズもぴったりだったし、なんでサイズがわかるのかは今も謎だけど……。


「と、とにかくありがとうっ。伯父様にもお礼を伝えてくれる?」

「もちろんだ。父上も喜ぶであろう。では、アド。次だ」

「かしこまりました」


 デジールの言葉に従い、アドラシオンは次に取り出したのは赤く輝いたブローチである。宝石、なのかな。そう思うと私の性格上萎縮してしまうのだけど、それに対しては不思議と身を竦むことはなかった。

 石のサイズが控えめだからなのだろうか。それにしても目が奪われる。それだけでなく何やら力強さも感じた。


「これは余の血と父上の血でできた魔血晶である」

「え、血……?」


 綺麗な宝石と思いきやとても血生臭い代物であった。え、怖い……。何かの儀式なの……?


「魔血晶とは魔族の血でできた結晶のことで、主に信頼できる相手に渡すものです。そしてその魔血晶には王族を示す紋様が刻まれてますので、持ち主の後ろ盾が誰なのか一目瞭然というわけです」


 確かに赤い石には炎やドラゴンのような形の模様が刻まれている。これが魔王族のシンボルなのだろう。……ということはこれを魔界で着けると私が魔王族と繋がっていることが周りに知られてしまうということなのか。

 はたしてそれっていいことなのかな……どうなんだろう。


「そなたは人間の身ではあるが、余の親族であり王族でもあるのだぞ。下位の者に舐められては王族の威厳にも関わるのだからな。だから魔界に足を運ぶときは絶対にそれを着用せよ」

「う、うん……」


 ま、まぁ、お守り代わりみたいなものと思えばいいのかな。血の結晶と思うと本当におどろおどろしく感じてしまうけど。


「贈り物は以上である。本当ならばイルのスイーツに舌鼓を打ちたいところではあるが、今日はそなたへの献上品が多く贈られる日。グッと我慢をして余は帰城する」


 ギュッと唇を噛み締めている姿を見れば、我慢しているという言葉に嘘はないと断言できる。……それにしてもデジールが空気を読んでいる。助言した人がいるかもしれないけど、最初の頃に比べると本当に成長したね。

 そんな彼の気遣いにしみじみと感動しながら魔族二人を見送った。


 さて、それじゃあ家で夕飯の準備をしてレイヤとプニーが帰ってくるのを待とうかな。そう思った瞬間だった。


「イル!」


 上空から聞こえる声。もしかしてと思って見上げようとしたが、それより先に彼はスタッと私の目の前に着地した。


「ルヴァっ」


 予想通り目の前に現れたのはダークドラゴンの長、ルヴァンシュだった。人間の子供に擬態し、左目にはいつもの眼帯を装着している。

 ドラゴンの羽だけを背に生やした彼は着地後にその羽を隠すように引っ込めた。


「待たせてしまったのぅ」

「え?」


 一体何のこと? ルヴァンシュとは約束した記憶はないのだけど……と、頭をフル回転させる。


「今日はバレンタインの恩を返す日じゃろう? (ぬし)の友として礼儀はせねばならんからの」

「ルヴァまで人間のイベントに乗らなくても……」


 最強最悪の看板を背負う邪竜様だというのに、これでは人間に染まってしまうのでは?


「面白そうじゃったからな。イルには世話になっとるし、これでも受け取っておくんじゃ」


 そう告げると彼は私に向けて何かを投げてきた。慌ててプレゼントと思わしきそれを受け取れば、手の中には神々しい何かしらの角のような物があった。真っ直ぐに伸びる美しさを感じる代物。


「これは……?」

「ユニコーンの角じゃ」

「ユ、ユッ!?」


 待って待って。ユニコーンってあのユニコーン!? 確かにユニコーンの角は色んな武具や道具、薬などに使用されるものだけど、それを手に入れるにはかなり難しいと聞く。

 そもそも会おうと思っても会えるわけじゃないし、ユニコーンが気に入らなければ凶暴化して、襲いかかることだってあるのだ。

 ……それなのになぜそんなユニコーンの角が?


「なかなか姿を現さんから待ち伏せして、出てきたところで角を折ってきたんじゃ。そのため届けるのが遅くなってしまったがの」

「そ、それはそれは……そこまで気を遣わなくても……しかしなぜにユニコーンの角を……?」

「主は金銀財宝も喜んで受け取らんからの。ならば希少な素材の方が喜ぶと思うてな。加工するなり売り飛ばすなり好きにするんじゃ」

「あ、ありがとう」


 ルヴァンシュなりに考えて用意してくれた物だから私に拒否する権利はない。というかできない。ありがたく頂戴するしかなかった。

 すると、すぐ近くでドサッという鈍い音が聞こえて、私は音のする方へ目を向ける。

 そこにはレスペクトが仕留めたであろう魔物が一匹地に横たわっていた。


『フン。愚かな黒トカゲだ。イルにはこのくらいの返礼がちょうど良いということも知らぬようだな』


 まるで挑発するような態度。またそんな言い方して! と思いはするものの口にはできない。なぜなら彼はおっかないほうの従魔カトブレパスであるから。


「……なんじゃと? 血生臭い魔物を寄越す家畜は相変わらず野蛮じゃの」


 カチンときたルヴァンシュがレスペクトの神経を逆撫でするような言葉を返す。相変わらず仲が悪い魔物達だ。

 ……というか、よく見てみるとレスペクトが持ってきた魔物ってキングオークではないだろうか? 食用としては最高級とされるあのキングオークである。

 しかし普通のオークよりも大きく手強い魔物で、攻撃力がとんでもないと噂に聞く。そんな相手でもレスペクトにかかればイチコロというやつだ。……相変わらず強すぎるよ、うちのレスペクト。


『これは食用として私の従者にくれてやるものだ。魔物素材などより利用価値があるからな』

「魔物の亡骸を転がしてるだけのくせに偉そうな家畜牛じゃ。イルがそんなものに触れることが一番困るのを知らぬとは本当に従魔なんかのぅ?」

「待って待って二人とも落ち着いて!」


 このままでは互いに攻撃しかねない。慌てて二人、いや二匹? の間に入って仲裁する。というか私の家の前で暴れるのはやめて!


「ルヴァが用意してくれた物もレスペクトが用意してくれた物も十分に嬉しいからっ! ねっ? 私のためにと考えて届けてくれたのは本当に嬉しいよ、ありがとうっ」


 必死に友人と従魔に向けて喜んでるというアピールをする。彼らは「主がそういうのなら良しとするかの」『従者の面倒を見るのは当然のことだ』と口にし、ひとまず落ち着きを見せた。……戦闘へと発展せずにすんで安心である。



 ◆◆◆◆◆



「ということがありまして……」


 その後、家へと戻って夕飯の準備をしたり、レアーレさんからのプレゼントを確認したりした。ちなみにレアーレさんからいただいたのは綺麗なハンカチだった。私の名前が入った刺繍入りの。付属の手紙には丁寧にボンボンショコラの感想やお礼を綴ってくれて、照れつつも嬉しく拝読した。

 そして戦闘訓練施設から帰宅したレイヤとプニーに本日の出来事を話した。


「それは……お疲れ様。でもそれだけイルはみんなに大切に思われてる証拠だな」

『イルのこと大好きな人いっぱいで嬉しい! い!』


 改めて言葉でそう言われてると嬉しいやら恥ずかしいやら。確かに嫌われてるわけではないのでありがたいことではある。そう思うと私は幸せ者だ。


『僕もね、イルにお返しを用意したのっ。のっ』

「ほんと? 嬉しいなぁ」


 ぴょんぴょんとテーブルの上で跳ねるプニー。彼までお返しを用意してくれただなんてプニーの主として本当に嬉しくて感動してしまう。


「これ、リリーフの家のキッチンを借りてプニーが作ったものだ」


 そう言ってレイヤは冷蔵庫から何かを取り出した。そういえば帰宅してくるなり冷蔵庫に何かを入れていたなぁ。

 私の目の前に置かれたのは赤色のゼリーだ。ぷるんと揺れるそれはプニーと同じ質感をしていそう。


『レイヤも手伝ってくれたよ。よ。ゼリーなら僕にも作れるし、材料もすぐ集まったよ。よ』


 ゼリーはスライム液が必要である。だからこそプニーは自分でスライム液を絞り出し、簡単に手に入れることができたのだろう。

 そしてゼリーから漂う香りはイチゴで間違いない。レイヤに手伝ってもらったとはいえ料理までできるようになったプニーはとても器用である。


『食べてっ。てっ』

「うん。いただくね」


 わざわざスプーンまで用意してくれたプニー。彼の手と思わしき部位が伸びて私にスプーンを手渡す。プニーから受け取り、早速一口すくってぱくり。

 イチゴの甘みはフレッシュさがあり、ぷるぷるで柔らかいゼリーは簡単に喉へ流れていくほど食べやすい。


『どう? う?』

「美味しいよ。素敵なお返しありがとう、プニー」


 よしよしと彼の頭を撫でれば『えへへ。嬉しいっ。いっ』と喜んでくれた。うちのスライムは笑みがこぼれるくらい良い子で本当に可愛い。


「イル。俺からもいいか?」


 レイヤのその言葉にドキリとする。そうだ、彼はちゃんとお返しを用意すると言っていたのだから当然の流れである。

 でもいざお付き合いしている相手からホワイトデーとはいえ、プレゼントを受け取るとなると何だか緊張してしまう。


「も、もちろんっ」


 レイヤが私のためにと用意してくれた物は何だって嬉しいはず。ドキドキしながら答えると彼はポケットに収まるくらいの小さな箱を取り出した。

 それはデジールがリリーフに差し出していたあの箱と似たような大きさで、まさか……と息を飲む。

 レイヤは小箱を開けると小さなリングを取り出した。紛うことなき指の輪である。視界に入ったそれに私は驚きを隠せなかった。


「レ、レイヤ……」

「……俺がはめても?」

「!」


 少し恥ずかしげにしながらもリングを手にするレイヤに私の胸の鼓動は最高値に達してしまうほど大きく、速く動く。

 そんな彼の問いかけを拒否するわけがない。ただ、いきなりの儀式とも言えるその行動に心の準備はまだできないが、不安は何もない。彼となら私は喜んでこの左手を出そうっ。


「お、お願いしますっ!」


 意を決して左手を差し出せば、レイヤは一瞬固まったのち、一気に顔を赤くした。


「……こっちの指に通そうと思ったんだが」


 そう告げるレイヤの指が私の右薬指に触れる。それを見聞きした瞬間、私は沸騰するほど真っ赤になってしまう。は、早まってしまった! 恥ずかしい! 死んじゃう!


「ごっ、ごごごめんっ! 早とちりしちゃった! 今のは忘れて!」


 我ながら穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい。いや、いっそのこと穴を掘ってこの身を埋め、地の底で物言わぬ化石になりたい。

 そんな気持ちで慌てて差し出した左手を引ことするが、それよりも先にレイヤに掴まれてしまった。


「えっ」

「……左手を出してくれたってことは、イルはこっちの指でも構わないのか?」


 朱に染まりながらも真剣な目で左手の薬指へと触れるレイヤ。すでにやらかしたあとなので今さら言い訳することもできないし、嘘をつくわけにもいかないから控えめに首を縦に振る。


「そうか、ありがとう。そこまで俺を受け入れてくれるんだな」

「だっ、て、レイヤだから……」


 もごもごと告げると、レイヤはさらに赤面になる。お互い真っ赤で今にも沸騰してしまいそうな雰囲気。家の中の温度さえも上昇しそうな勢いである。


「その……俺がイルと家族になりたいって言ったことは覚えてるか?」

「も、もちろん……」


 忘れるわけがない。最初聞いたときは兄妹としてなんだと勘違いしていたことがまだ記憶に残っている。


「その言葉通り、俺はイルと将来も共にしたいと考えている」


 わ、わっ、それってもはやプロポーズじゃないかなっ!? い、今聞いちゃって大丈夫っ?


「でもそれを誓うにはもっと相応しい指輪をイルに捧げるつもりだから……それまでは待っててほしい」


 今持ってる指輪でも十分なのにっ!? で、でもそう言ってくれるってことはレイヤなりのプランがあるはずだし、私が口を出すのもおかしいかな……。

 とはいえ宣言されるとそれはそれで恥ずかしくもある。もちろん嫌なわけじゃないのでこくこくと頷いた。

 そして彼は私の右手を取り、シンプルなリングを薬指に通す。どうやら指輪は適合魔法がかかっているようで装着した瞬間私の指にジャストフィットするようにサイズが変更された。

 小さく埋め込まれた海色の石が控えめに光る。これだけでも左手にはめてもいいと思えるくらい素敵な指輪だ。


「先月はありがとう。……何気なく口にしたこっちのイベント事がこんなに広まるとは思わなかったけど、イルの気持ちを再確認できて改めて嬉しかった」

「それは、私の方こそだよ……。素敵なお返しありがとう」


 相変わらず好意を伝えるのは照れくさいけど、私を好きになってくれたレイヤには感謝でいっぱいである。

 いただいた指輪をジッと見つめ、彼の想いがこもっていると思うと幸せな気持ちが膨らんで、ついついにへらと頬が緩んでしまう。


『イルとレイヤが仲良しで嬉しいー! いー!』


 プニーがぴょいんと跳ねながら純粋ゆえに私達のやりとりについて発したその言葉にまた照れてしまうのだった。


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