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シュークリームと亡き妻のタルト型

 本日は富裕層案件の仕事を引き受けた。大豪邸で買っているペットのお世話で、なんとここのお家は犬が五匹、猫が四匹、馬が四頭飼っている。

 犬猫は種類も別々で馬は馬車用の子。本来ならばお手伝いさんや専属のお世話係がいるらしいのだけど、どうやら怪我をしてしばらくお仕事が出来ないため、急遽このような依頼を出したらしい。

 ブラッシングで身嗜みを整えたり、餌をあげたり、散歩をしたり、馬小屋の掃除をしたり、これがなかなかのハードではあるが、お仕事だから出来ること。さすがにこれだけのペットを飼うのは私には出来ないかな。……そもそも動物を飼う余裕はない。

 こういうお金持ちなお家の仕事依頼はそんなに珍しくなかったりする。長期的なメイドや執事、料理人などを募集しているし、家によってはかなり厳しいのかすぐ辞める人もいるのでよく求人に出してる名家もあったりするようだ。

 あ、またこの家からの求人だ。というのが、商業ギルドを始めて日が浅い私でも理解出来るくらいにはよく見る。

 まぁ、そんないつも求人を出している家をあえて選ばないようにすれば大丈夫かなと思って、富裕層案件の仕事を選んだわけだ。


「ありがとう。私の家族達の面倒を見てくれて」


 仕事が終わり、恰幅のいいご主人がわざわざお礼を言いに来てくれた。人の良さそうな旦那様でなんだかちょっと安心してしまう。


「いえ、こちらこそお仕事させていただきありがとうございました」

「それで物は相談なんだが、本来の世話係が復帰するまでは彼らの世話を長期的にしてはもらえないだろうか?」


 まさかの長期契約変更の直談判!? これは有難いお話である。日雇いの仕事ばかり選んでいたけど、復帰するまでの間とはいえ長期契約して少しは安心したいから願ってもないお誘いだ。

 しかし、不安なのは自分の不運のせいでなかなか長期の仕事が続かないことである。特にこのようなお金持ちの家では何かしらやらかさないか心配で仕方がない。

 だからといって運がないからという理由で断りたくないし、私としても受けたい仕事。今日は特にヘマをしていないのでこのまま続けられたら嬉しいことではある。


「はいっ! お願いします!」

「おおっ、そうかそうか。では商業ギルドには私から話をしておくのでまた明日お願いしてもいいかな?」

「わかりました。明日もお世話になります」

「なになに、こちらこそ世話になるよ。あぁ、そうだお礼と言ってはあれなんだが……」


 そう言うと旦那様は後ろに立っている執事に目で合図する。その人の手にはりんごの入ったバスケットがあり、それを旦那様の手へと託した。


「これを受け取ってくれ」

「えっ! そんな、お礼だなんて!」

「大層な物ではないから気にしないでくれ。受け取ってくれるとこちらも有難いからね」

「で、では……有難く頂きます」


 そういうわけで旦那様から長期契約だけじゃなくりんごまで頂戴してしまった私は何かスイーツに使えるのかもしれないと思い、豪邸をあとにしてからアイテムバッグへとしまいこんだ。


 仕事後はベーカリー・リーベでパンを買いに行く。しっかり仕事が出来るようになったから最近は買い物も余裕が持てるようになった。

 とはいえ油断は出来ない。自分の不運のことを考えれば所持金を落とすこともあるから、貯金はしっかりしておかないと。

 一応、商業ギルドでお金を預けたり引き出したりも出来るから少しずつ貯めていってる。これならば一度にお金をなくすことは免れるはずだ。


 チリンチリン。


「こんにちはー」

「いらっしゃい、イル」


 扉を開けると変わらないパンの匂いに心が穏やかになる。もはや第二の家のような感覚だ。

 リリーフに出迎えられて今日の仕事の話を軽くしながらパンを選んでいく。


「へぇ、長期で契約出来たなら良かったじゃない」

「うんっ。このまま続けられたらいいなー」

「ドジらないよう気をつけなさいよ」

「はーい」


 リリーフが手際良くパンを袋に詰める。代金を渡してパンを受け取ると、私は昨夜から今朝にかけてスイーツを作っていたことを思い出し、アイテムバッグからシュークリームが入った紙袋を取り出した。


「そうそう! 忘れるとこだった! これ、シュークリームを作ったの。食べてみて!」

「シュークリーム……これ難しいんじゃないの?」

「レシピ通り作ったら何とかいけたよ」


 確かに今回は少し大変だった気がする。いつもなら少ない材料で短時間で出来た印象なのだけど、材料はそこまで多くはないが、シュークリームの生地と中身のカスタードクリームを作っていたので少しあわあわした。


 昨夜、シュークリームの生地を先に作ろうと生地の材料を室温に戻し、牛乳、水、バターを鍋に投入。それから恒例のファイアで火にかけ、バターが溶けてきたら軟質小麦粉を入れて木ベラで混ぜていくと、生地はひとつの塊になり始める。

 火から下ろすと解きほぐしていた卵を数度に分けて入れ、しっかりかき混ぜていく。木ベラを持ち上げたときに生地が艶のあるもったりとした逆三角になれば大丈夫とのこと。

 そしてこのために購入した布製の絞り袋に生地を入れて、天板の上に絞っていく。水をつけた指で絞った生地の表面を整えたりして、あとは予熱で温めた石窯オーブンで焼いていく。


 シュー生地を焼いている間にカスタードクリームも作った。片手鍋に卵黄、砂糖を入れてよく混ぜて、軟質小麦粉をふるい入れる。

 牛乳をヒートの魔法で沸騰手前まで温め、鍋へと少しずつ加えながら混ぜていく。火をつけて、中火くらいに調節し、とろりとするまでかき混ぜた。

 液体状だったカスタードクリームが徐々に固まり始めていくので、レシピ通りに手早く混ぜていく。混ぜてばかりな気がするがレシピブックにはそう書いてあるので間違ってはいない。

 重みのあるとろーりとしたクリームになったらカスタードクリームの完成だ。試しに出来たてを舐めてみると、熱々のカスタードクリームはちゃんと美味しく仕上がっていた。

 あとはバットにカスタードを流して、別のバットにはアイスを使い氷を生み出し、その上にカスタードのバットを乗せて粗熱を取る。

 そして絞り袋に熱が取れたカスタードクリームを詰めてあとは冷蔵庫に冷やし、翌朝シュークリームの中に入れることにした。

 シュークリーム生地も焼き上がりしっかり膨らんでいたので仕上げは朝に回す。


 そして今朝、シュー生地の上部をカットして、その中にカスタードクリームを絞って入れていく。なんか絞り袋を使っているとようやくパティシエっぽい感じだなと思った。


 そういうわけで出来上がったシュークリームを今朝食べて得たのがファイアボール。ここで初めての攻撃用魔法を使えるようになったのだけど、さすがに使う機会はないんだけどな……。冒険者になるつもりないし。

 そんなことを考えながらリリーフとクラフトさんのシュークリームを分ける。

 ガサガサと袋からシュークリームを取り出せば、リリーフはすぐに食べ始めた。


「……! 普通に美味しいわ」

「そうだよねっ。私も頑張ったかいがあったよ」

「パパにもあげてくるわね」

「うん!」


 リリーフがシュークリームを持って店の奥へと引っ込んだ。中から会話が少しだけ聞こえてくる。「イルからシュークリームの差し入れよ」「おっ! また凝ったやつを作ったんだな!」と、クラフトさんの嬉しそうな声が耳に入って思わず嬉しくなる。

 しばらくしてからリリーフとクラフトさんが一緒に出てきた。


「イル! 今貰ったシュークリーム食わせてもらったぞ。まさかあそこまで作れるようになるとはな。しかも美味い!」

「あ、ありがとうございますっ!」


 大好きなクラフトさんに褒められて照れてしまうが、何より私の作ったスイーツを食べて笑顔になってくれるのが幸せだ。


「それでよ、少し前から考えてたんだが、イルにこいつをやろうと思ってな」


 そう言って彼が私に差し出したのは使い古されたタルト型だった。ブリキのもので何度も使われたように見受けられる。


「妻が生きていたときによくパイやタルトを焼いてくれたんだが、もう使う機会がないからよ、それなら使ってくれそうなイルにあげようって思ってな」


 ……亡くなった奥さんが使っていたタルト型。受け取ったタルト型を見つめると、生前は沢山使っていたんだろうなというくらい使用されているのは理解出来た。

 しかし、しかしだ。奥さんはもう亡くなっているからクラフトさんはフリーとはいえ、奥さんの影がまだチラついているのが少し悲しくはある。


「あ、ありがとうございますっ」


 でも、クラフトさんが私にと差し出したのなら有難く受け取らねば。奥さんが愛用していたであろうタルト型をしっかりと握り締め、クラフトさんにお礼を言う。


「こっちこそいつもありがとうな。じゃあ、俺は戻るからよ」

「はい。お疲れ様ですー!」


 再びクラフトさんは奥へと引っ込んだ。相変わらずパン作りに勤しんでいるのだろうなぁ。


「パパはね、ママの作った焼き菓子が凄い好きなのよ」

「ぐっ……頑張ってクラフトさんの胃袋を掴まなきゃ……」

「こっちはいい加減諦めてほしいんだけど」


 未来の娘になるかもしれない友人の言葉が相も変わらず厳しい。

 前の奥さんを超えるスイーツ作りが出来るように頑張らないといけないなと、新たに目標を定めることにした私は製菓道具を手にして家へと帰ることにした。


 レイヤは本日の夜のお仕事はお休みだそうで、夕飯は彼が作ってくれるとのこと。そのため、予め家電やお風呂などの主電源はオンにしておいたので魔法石がないレイヤでも使えるようにした。

 それにしてもレイヤは料理出来るんだなぁと思っていたら「簡単な物しか出来ないから期待はしないでくれよ」と言われたが何を用意してくれるんだろ。

 期待はするなと言われても楽しみにしながら私は帰宅した。


「ただいまー!」

「おかえり。ちょうど飯が出来たところだけどすぐに食うか?」

「食べる! ハンバーグ?」


 レイヤがテーブルにセッティングしてるのを見ると、付け合せに温野菜が添えられ、メインはトマトソースがかかったハンバーグのようで、立ち込める匂いもあって食欲がそそられる。


「あぁ、牛豚男肉? っていう、合い挽きが安かったみたいで」


 牛豚男とは魔物の一種で上半身が豚で下半身が牛という名前そのままのモンスター。雄しかいないので牛系か豚系モンスターの雌と子作りするらしい。

 牛と豚が合わさったものなのでお肉にするときは大体合い挽きにされることも多いので加工する人にとっては一匹でこと足りるので楽なのだとか。


 買ってきたバケットも皿に移し、食べる準備が出来たら二人揃って夕飯を取り始めた。早速レイヤの作ったハンバーグを一切れ口に入れる。肉汁が広がりほっぺが落ちそうである。


「んっ、美味しいね!」

「上手く出来たなら良かったよ」


 少し照れくさいのか困ったように笑うレイヤに今日の報告をした。お仕事の長期契約のこととタルト型を頂いたこと。

 レイヤは「良かったな。少しは運が良くなってるんじゃないか?」と言うものの、私のステータスを見てもレベル10ではあるが、不運は相変わらず-100のまま。なぜこの数値だけ変動しないのだろうか。


「そういえば攻撃魔法を覚えたけど、それを試したりはしないのか?」

「えっ? んー。特には考えてないかな……魔物と戦うなんて私には出来ないし」

「けど、せっかく覚えたのなら自分を守るためにもしっかり扱えるようにしたほうがいいんじゃないか? 弱いレベル相手とかならどうだ?」

「そうだね、スライム……とかならいけるかな。そこまで危なくないし、逃げやすくもあるし」


 レイヤの言い分も確かにと思うことがあった。せっかく覚えても使わなければ宝の持ち腐れと同じだろうし、一度くらいは試すべきなのだろう。それならば近いうちに実行してみよう。


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