蜂毒の剣と邪竜との戦い
レイヤの持つ剣は以前手にしていた物とは違っていた。前の剣より細身で長く真っ直ぐな刀身は黒い両刃。しかしその見た目に反してなかなかの重量感。刺突に特化したものというイメージが強いが、もちろん斬撃にも優れていて一般的にはレイピアと呼ばれる。
護拳付き柄は黒と黄色の湾曲が複雑に絡み合い、まるで蜂の身体を模したような装飾だった。
以前の剣は昇格試験でドルックに折られたこともあり、同じ物を使用するつもりで用意したが、戦闘訓練時にラートから新しい剣をプレゼントされたのだ。
「これは……?」
「アタシからのプレゼントよ。この前ドルックちゃんが試験官になったせいで剣が折れちゃったんでしょ? どうせまた同じ物を使うと思ったから少しいい物をあげようと思ってね。まぁ、昇格祝いと思って受け取っちゃって」
戸惑いながらも鞘に納めた状態のまま受け取ったレイヤは手の甲を覆うその特徴的なナックルガードの装飾を見て呟いた。
「なんか……蜂っぽいデザインですね」
『かっこいー! いー!』
肩に乗るプニーも物珍しげに見たあと剣のデザインが気に入ったのか、声を上げて興奮する。
「でっしょー? それはね、蜂毒の剣っていう毒の魔石を加工した剣よ」
「蜂毒?」
剣をよく見ると柄頭に薄紫色の石が嵌め込まれている。これがラートの言う毒の魔石かとレイヤは理解した。
「それを握って魔力を込めたら刀身に毒を生成出来るのよ。レイヤちゃんは魔法は使えないけど魔力はあるから利用しないと勿体ないもの」
「つまり毒属性が付与された剣ってことですか?」
「えぇ、毒を纏わせた刀剣が少しでも掠ったら傷口から毒が入るわ。激痛、嘔吐、寒気のような蜂毒症状を起こすってわけ。猛毒ってわけでもないけど、もちろん場合によって死ぬこともあるわよ、アレルギー反応でね」
「……結構危ないものなんですね」
「でも魔力さえ流さなければ毒は出ないから臨機応変に使い分けることが出来るわよ。食用の魔物に毒を流したら肉もダメになっちゃうからよく考えて使用するのよ」
なるほど、それは便利だ。無意味に毒を食らわせるわけにはいかないし。
試しに鞘を抜いて蜂毒の剣の全体を眺める。刀身は普通の鈍色のようだが、魔力を流すと毒が生成されるというのがいまいちピンとこない。
「ちなみに魔力を流すってどうやってやればいいんですか?」
「簡単よ。イメージするだけ。身体に流れる魔力をその剣に注ぎ込む感じで想像してみて」
言われるがままレイヤは想像してみた。魔力というのはいまいちわからないがステータスにもちゃんと数値となって表示されていたので出来ないはずはないと考える。
すると僅かにだが握っていた柄が温かくなった。何かが細剣へと流れていくのがわかる。
柄頭に埋まる魔石が小さく光った瞬間、剣身は黒く染ったのだ。それこそが剣に毒が纏ったことを示していた。
驚いたレイヤが魔力を流すのをやめると黒い刃は元の刀身の色へと戻る。
「問題なく出来てるわね。黒く纏ってる間が毒効果があって、今の状態だと毒はない普通の剣よ」
「でも、一度毒が生成されたら付着してるんじゃ……」
「毒と言ってもレイヤちゃんの魔力を毒に変換したものだから魔力を流さなければ蜂毒も綺麗さっぱりなくなるわ」
『すごーい! い!』
「こんな凄いものを……ありがとうございます」
レイピアを鞘に納めてラートに礼を告げると相手はヘラヘラと笑いながら「気にしないでよ~」と答える。
「まぁ、なんだかんだレイヤちゃんはアタシが受け持つ生徒の中でも長いし、愛着が湧くっていうか色々と頑張ってるもの。それにせっかくアタシが指導してるのに安っぽい得物を手にするのもなんだかね~って思っちゃって」
つまり蜂毒の剣は安価で手に入るものではないのだろう。そう思うとなんだか悪い気がしたのでレイヤは代金を払いたいとラートに申し出るがすぐに断られた。
「そんなんじゃせっかくプレゼントしたアタシが格好つかないでしょ?」
相手なりの気遣いなのかプライドなのかわからないが、そう言ってくれるならとレイヤはありがたく頂戴することになった。
しかしレイヤは知らなかった。蜂毒の剣は確かに多少値は張るがそれは魔石が高価だから。
以前、スタービレにてキラービー襲撃事件が発生したことでラートは何体か討伐したキラービーの毒袋を入手し、毒液に魔石となる原石を漬け込んで毒の魔石を沢山作り出していた。
そのうちの数個ほど取って置きあとは売り払ったが、レイヤがドルックとの手合わせで剣が折れたというのをドルック本人から聞いていたため、また安物を手にするのならこちらからもっといいものをあげるべきだと考えた結果、ラートはレイヤのために新しい得物を用意した。
キラービーの毒で仕上げた毒の魔石を加工してもらい、それに合わせる剣を特注で作らせたがそれでも魔石が自前なこともありかなりの安価で抑えられた代物。
それを知らないレイヤは随分と高価なものを貰ったとラートに感謝する。イルを勝手にパーティーに組ませて危険な依頼を受けることになった前科が彼にはあったがその件は少しだけ許そうと思うくらいに。
ラートはラートでわざわざ言う必要性もないのでニコニコしながらレイヤの感謝を嬉しそうに受けた。
こうして新しい武器である蜂毒の剣を手にしたレイヤはダークドラゴンに試すため魔力を込め、黒く染めた剣を強く握り走り出した。
ドラゴン相手にどこまで自分の力が通じるかわからない。わからないが、戦わなければ彼女が戦うことになってしまう。
いつだって狙われるのはイルだった。クイーンキラービーのときだって、カリュブディスのときだって、フェーデのときだって。そういう運命なのか断言出来ないけど、それでも守りたいのだ、彼女の日常を。
クイーンキラービーのときのようにイルの身を犠牲にさせたくはない。カリュブディスのときのようにただ突っ立ってるだけで何も出来ない自分にはなりたくない。フェーデのときのようにイルのピンチに遅れを取りたくはない。
「はあっ!」
毒を纏ったレイピアを振り上げる。ドラゴンの足目掛けて。
しかしダークドラゴンは鼻で笑うように大きな尻尾を揺らし、勢いをつけたドラゴンテールをレイヤに向けた。
すかさずレイヤは刀身の根元で受け止めるが、レスペクトを飛ばす力があっただけにその力は凄まじいもの。これは押し負けてしまう。早く薙ぎ払って距離を取らないと。
「フィジカルアップ!」
後ろから声が聞こえた。瞬間、レイヤの身体に力が湧き上がる。身体強化の魔法をイルがかけてくれたことに気づき、彼は自分の力不足に恥じながらも強化魔法を無駄にしないため今はその力をありがたく使わせてもらった。
今なら押し負ける気がしない。その考えに間違いなく、押され気味だったレイヤはいつの間にかその力は逆転し、ダークドラゴンの尻尾を押し始める。
『っち!』
根負けしたドラゴンは尾を一旦引こうとするが、レイヤはその隙を逃さなかった。
剣を逆手に持ち、身体強化魔法も加わった渾身の力でダークドラゴンの尻尾を突き刺す。深々と地面に突き刺すくらいに。
『ッ! 小癪な!』
痛みに叫ぶ声は聞こえなかったが、痛感は確かにあるように見える。その証拠にダークドラゴンは抵抗するように尻尾を振り乱して刺さった剣とレイヤごと跳ね飛ばした。
レイヤは剣を離さないまま、大きく吹っ飛ばされたわけではなかったので上手く体勢を整えて着地する。
竜の尾を刺すという小さな攻撃ではあったが、傷さえつけることが出来れば最初の目的は達成だ。
あとは毒が傷口に入って効果が出るのを待つのみではあるが、はたしてあの身体の大きなドラゴンの中で毒が回るまでどのくらい時間稼ぎしたらいいのか。
いや、傷をつけることが可能ならばもっと刺すなり斬るなりすればいい。待つくらいならもっと数を打てばその分毒が回るのも速くなるだろう。
そう判断して動こうとしたレイヤにドラゴンがとうとう鋭い爪を振るった。一撃でも食らえば致命傷になること間違いない。
ギリギリで躱せるか躱せないかだろうか、とにかく避けるしかなかった彼は下に屈み、一撃はやり過ごした。
もちろんそれで終わるわけもなく、ドラゴンは両手を使いレイヤを追いかける。
「ハイスピード!」
再びイルによる支援魔法がレイヤへと授けられた。足にかけられたことにより、駿足効果を得たレイヤはダークドラゴンの猛攻を足の速さで上手く避けていく。
引っ掻こうと、押し潰そうと、捕らえようと、すばしっこくなったレイヤに触れることも出来ないドラゴンは怒りが募る。
頭に血が上っているからなのか、先ほどのダークボールを発動する余裕がなさそうであった。
『この虫けらめっ! ちょこまかと!』
ひらり、ひらり、剣を構えることなくただ避けてばかりのレイヤはまるで相手の攻撃を予測して躱しているように見えた。
それを見たイルは彼が手も足も出せない猛攻なのかと思い、助けに向かおうとしたが、レイヤの目が何かを狙っているように感じて自分が今飛び出すのは却って迷惑なのかもしれないと思い留まる。
それが正しい選択かなんて彼女にはわからないし、レイヤにもしものことがあったらと思うと気が気ではなかった。
それでもプニーのシールドの中に守られながら、イルはレイヤの目を信じることに決める。いつでも魔法で助けに入れるようにしっかりとレイヤの様子を見守りながら。
(右……左……右、右……上)
風を切るようなドラゴンクローを避けながら、いや、そのように誘導しながらレイヤはステップを踏む。
そして絶好の機会がようやく訪れたレイヤはその一瞬を逃すことなく、自分に向けられる爪に細剣を立てて軽くいなした。軌道をずらし、爪と爪の間に入り込んだレイヤは今度はその指の間へと黒刀を突き刺した。
『こいつ……!』
一度ならず二度までも。喉から出かかった言葉を飲み込む。
邪竜と恐れられる自分がかすり傷とはいえ人間相手に二度も刺突を受けるとは思っていなかった。
わなわなと震えるダークドラゴンはプライドまで傷をつけられたと怒りを露わにする。
そのときだった。
「ちょっとあんた達何やってんのよ!」
その声にイルとレイヤが反応し、勢いよく視線を向けるとそこにはリリーフの姿があった。
「リ、リリーフ!? な、なんで!? じゃなくて危ないよっ!」
「危ないのはどっちよ! 町はドラゴンが出現したから避難しろって避難指示が出てるのにあんたの家の方からドラゴンが見えるし、もしかして戦おうなんて馬鹿なことしてるんじゃないかって心配して来てみたら何やり合ってるのよ! あんた達でも適う相手じゃないことくらいわかるでしょ!? ギルドが急いで討伐隊を編成してるんだから早く逃げなさいよこの馬鹿!!」
怒鳴りつけるリリーフにイルは苦々しく笑う。
リリーフが純粋にイル達を心配しているのはよく理解出来るし、危険な場所まで駆けつけてくれたのは嬉しいのだが、さすがにこの状況では身を守る術を持たないリリーフがいるのは非常にまずい。
同時にダークドラゴンにとっては絶好のチャンスだった。
『人間め、隙だらけじゃのぉ!』
尖った牙が見えるほどにんまりと笑ったドラゴンが大きく羽を広げた。翼を動かし、宙に浮いた彼は次の獲物を見つけたと言わんばかりにそのターゲットであるリリーフ目掛けて飛んでいく。
「しまった!」
レイヤはハイスピードの力を借りて急いでドラゴンを追いかける。ダークドラゴンのスピードに並んだところで先に相手の方が仕掛けた。
口を大きく開き、再びあの魔法を放とうとする。
「やめて! 私を狙ってるんでしょ!? リリーフを狙わないで!」
イルが声を荒らげるがドラゴンは無視し、魔力を口へと溜めていく。そんな相手の様子にイルは焦燥した表情でプニーにお願いした。
「プニー! この私の代わりにリリーフにシールドをかけてっ!」
『遠くて出来ないー! いー!』
どうやら距離があってリリーフには届かないらしく、イルはそれならばとどこまで通用するかわからない自分の防御壁に頼るしかなかった。
「アイスウォール!」
『ダークボール!』
イルとドラゴンの言葉が重なった。その刹那、リリーフに向かって飛ぶ闇色の球体は彼女の目の前にて勢いよく出現する氷の壁と衝突する。
爆発音は聞こえるがダークボールに飲まれてリリーフがどうなったのか見えなかった。
「リリーフ!」
ドラゴンの魔法が霧散し、見晴らしは良くなった。氷の防御壁はボロボロで砕け散りそうだったが、なんとかその役割を果たしていた……ように見えたが、アイスウォールで守られていたはずのリリーフの姿は跡形もなくなっていた。
それを見たイルは息が止まってしまう。確かにそこにいたはずのリリーフが忽然と姿を消したのだ。
もしかして魔法が間に合わなくてドラゴンの攻撃を受けてしまったのか? 私のせいでリリーフが? そうだとしたら彼女はもう……?
『あ、あの者はどこへ行きよった!?』
ドラゴンの言葉でイルはハッとする。どうやら動揺しているのは自分だけじゃないと知ると少しだけ冷静になれた。
ダークドラゴンの様子からしておそらくリリーフの姿がないのは予定外なのだろう。
じゃあ、彼女は一体どこに━━。
「ふはははは! 案ずるには及ばんぞ、イル!」
「そ、その声はっ!」
まさか、いや、そのまさかだと確信出来るその自信に満ちた笑い声。
スタッ、とどこから飛んできたのやら、イルの前に現れたのはリリーフを姫抱きした男のデジールとその側近であるアドラシオンだった。
「デジール! アド!」
どうやらリリーフをあの場所から離してくれたのはデジール達のおかげのようだ。
もし、彼らが来なくてもイルのアイスウォールで耐えられただろうが、安全とは言えなかったので友人を救出してくれた二人に感謝する。
「ありがとう、二人とも。良かった……リリーフが無事で。リリーフも大丈夫?」
「見ての通りよ。……それよりデジール、早く下ろして」
「う、うむ」
まだまだお姫様抱っこを堪能していたかったデジールではあったが、リリーフの言葉に従わないわけにはいかず、ゆっくりと彼女の足を地につけた。
「イルさんがダークドラゴンに襲われているようでしたので微力ながら加勢しに馳せ参じました」
「余とアドも加われば百人力……いや、一億人力だからな!」
「あ、ありがとう……!」
魔族からの強力な助っ人が加わったこともあり、ダークドラゴンに対抗出来る気がしてきたイルは僅かに希望を胸に抱く。
しかし、そんな希望を吹き飛ばすかのようにダークドラゴンはけたたましい雄叫びを上げた。




