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ミルク餅と呪術診断

「レスペクトの邪視を受けた人ってどんなことが起こるの?」


 朝の日課とも言えるレスペクトの搾乳時間。レスペクトの小屋で納品分のミルクを搾りながら疑問に思っていたことを聞いてみた。


『死ぬ』

「それは……うん、最終的にはそうなんだけど、それに至るまではどんな感じで苦しんでるのかなって」

『この世の恐怖を全て込めたような幻覚、幻聴を四六時中寝ても覚めても味わい続け、身体のあちこちに強烈な痛みに苛まれ、肉体的にも精神的にも苦しみ、力尽き果てるまで続く死の神を遣わせてやるくらいだ』

「それはなんと……恐ろしい」


 きっと邪視を受けたらとんでもないことになるのは間違いないだろう。そんな力を持つレスペクトを怒らせないようにしようと改めて誓った。


『なぜそんなことを聞く? 呪いをかけたい相手でもいるのか? それならそうと早く言え』

「いやいや! そうじゃないんだよっ! ただ私も呪詛をかけることが出来る魔法を得たから呪いってどんなものかなって思っただけで……」

『……そんなことか』


 はぁ、と残念そうな溜め息をつくのだけど、本当にお願いをしたら邪視を発動しそうな勢いなのでそれだけは抑えてもらわないと。


「カースってどんな効果を発揮するかわかる?」


 魔法の詳細には呪いをかけることが出来るとしか書かれてなかったのでわかっていたとはいえもう少し詳しく記載してほしいところ。


『私が知るわけないだろう』


 邪視が扱えるからてっきり呪いに詳しいかなと思ってたけどさすがにそういうわけにはいかないか。

 人様に試すのはちょっと抵抗があるし、使わないでおこう。怖い。


『しかし、呪殺は即死系ではないから息の根を止めるのに時間がかかる。やはり一撃で仕留める攻撃が一番ではあるがな』

「ア、アドバイスありがとう……」


 ためになるようなならないようなお言葉をいただいた頃、目標分のミルクを確保出来たのでパティスリー・ザーネへ配達&出勤の準備をする。


「イル、そろそろ出るか?」


 ちょうどよくレイヤが顔を出してきた。うん、と頷いてアイテムバッグにレスペクトのミルクを入れる。


「じゃあ、行ってくるね。レスペクト」


 行ってきますの言葉をレスペクトに向けるが彼の口からは何も返ってこない。

 その代わりに面倒臭げに上げた尻尾で言葉ではない返事をしてくれたので、それで満足した私は手を振りながら小屋を出た。


「いつもごめんね、レイヤ」


 職場へ向かう中、隣でついて来てくれるレイヤに謝罪をする。彼はそんなこと気にする素振りもなく「そんなこと気にしなくていい」と返してくれた。


 フェーデがアイントラハト様にも警戒心を高めたこともあり、レイヤも心配性が発揮したのか、お恥ずかしながら私が外へ出るとこのようにレイヤも付き添うようになってくれた。


「あいつがいつまたイルを襲うかわからないから一人にさせるわけにはいかない」


 って言ってくれたのでそんな彼の厚意を無下にすることは出来なかったのだけど、私のせいでレイヤの時間を削るのが申し訳ない。

 警戒しすぎじゃないかな。と言ってもレイヤはそれで納得しなかったし、プニーやレスペクトにもダメだと強く言われてしまったためそんな子どもみたいに守らなくても……と思いながらも心配させるわけにはいかないので私が折れるしかなかった。


「レイヤ、本当に義務に思わなくていいからね? レイヤの貴重な時間がなくなっちゃうし……」

「義務とは思っていない。当然のことだと思ってる」


 それが義務なんじゃ……。まぁ、嫌々ではないだけマシだと思えばいいのかな。

 でも、このままだとレイヤは私に縛られる生活になっちゃうし、何よりレイヤの好きな人に見られたら勘違いもされちゃうんじゃないかなっ?


「レ、レイヤ! 本っ当に無理しないでいいんだよっ? もしレイヤに好きな人がいたら勘違いされちゃうし、それだと私も申し訳なさに押し潰されちゃうから遠慮せずに言ってもいいんだからねっ」

「……」


 レイヤのことを思い必死に訴えるが相手は少し驚いたように瞬きをしたあと口を開いた。


「無理もしてないから本当に気にしなくていい」

「そ、そうなの……? でも、レイヤには迷惑ばかりかけてるからせめて私で出来ることがあったらなんでも言ってね……」


 思えばレイヤには色々と助けてもらっている。この前もクラフトさんへの恋を諦めることになって未練がましく泣いてしまった私をあやしてくれたし……って、さすがに思い返すとかなり恥ずかしいな……。

 私が落ち着くまでずっと抱き締めてくれたレイヤの腕の中は暖かくて早く解放してあげなきゃいけないのにと思いつつもつい甘えてしまった。だからせめて何かお返ししたい。


「それじゃあ、このままイルの送り迎えをさせてくれ。それでいい」

「え? それって別に私は何もしてないし、お礼にもならないけど……」

「俺にとっては十分だ。こうやって一緒に歩くだけで嬉しいから」

「そうなの? 私は全然構わないんだけど、本当にそんなので大丈夫?」

「あぁ」


 もしかしてこの送迎の道中にレイヤの想い人がいたりするのだろうか? それならそうと言ってくれたら私も協力を惜しまないのに。

 職場に辿り着くまでそれらしい人はいないか探してみたけど、レイヤの視線は前を向くか、私の周りを警戒するか、私を見る以外の視線は特に向けられなかった。

 今日はたまたまいなかったとか? もしくは気遣ってそう言ってくれただけとか? 私の護衛までやることないのに本当に優しい人である。


「じゃあ、また終わった頃迎えに来る」

「うん。ありがとう」


 職場に到着するとすぐにレイヤと別れる。私が仕事をしている間、レイヤはギルドに行って依頼を受けるのだが、いまだにパーティーを組んだりはせずソロで活動しているようだ。

 多分、彼はソロの方が気楽なのかもしれない。大人しい性格だし、あまり他人と関わるような人でもなさそうなので。


 それから勤務に励んだ私は店内を走り回る子どもとぶつかって盛大に転んだことと、お釣りをぶちまけたこと以外平和に業務を終えた。






「お疲れ、イル」

『お疲れー! れー!』

「レイヤもプニーもお疲れ様」


 勤務終わりにお店から出るとすでにレイヤは待ってくれていた。彼の肩にはプニーも一緒だ。朝は家で寝ていたので一緒じゃなかったが、レイヤがわざわざ家に戻って連れて来てくれたのだろう。

 今日は何をしたのか尋ねてみると、プニーと共にデスファンガスを討伐しに行ったのだと。

 デスファンガスとは衰弱した人間や遺体に寄生する菌類の魔物。実際には見たことがないのだけど、苗床となった人の栄養を全て吸い取り、身体のあちこちにキノコが生えてくるのだと。その見た目は完全なるホラーそのものでとても恐ろしいのだとか。

 そんな怖い魔物をレイヤ達が片付けただなんて……凄い。度胸ある……。


「怖くなかった……?」

「どちらかと言うと気持ち悪かったが、そんな魔物あちこちいるし、そこまで気にすることはなかったな」

『キノコいっぱいだった! た! 焼いたら美味しいかな? な?』

「食用ではないと思うなぁ……」


 プニーはどうやらキノコを見て食欲が湧いたらしい。なんて逞しい子なのだろう。

 そんな話をしながら私達は家へと帰る……のではなく、私の用事に付き合ってもらうことにした。


 それは診療所。呪いを解呪出来る治癒士がいるので私は呪いの類いがないか診てもらうことにしたのだ。

 いつまで経っても運の数値が変動しないのはやはり私の知らないうちに呪術にでもかけられたのではないかと思ったから。前々から気にはなっていたのでこの度その手の専門の人に診てもらって原因を探ろうと思った。

 女神イストワール様はいつかはなくなると言っていたけど、なくなるどころか減りもしないのはさすがに不安になる。


「それじゃあ、ここで待ってるからな」

「ありがとう。待たせちゃったらごめんね?」

『大丈夫ー。ぶー』

「プニーもありがとう。それじゃあ行ってくるね」


 診療所の前で二人と別れて、早速中に入る。受付で初診と呪術の診断をお願いすると10分ほど待って診察室へと案内された。

 少し古めの診療所ではあるが、清潔感はあるし、働く人も患者さんも親しげな様子で穏やかな空気である。

 診察室へと入ると、若そうな女性治癒士の人が椅子に座っていた。彼女に「どうぞ」と言われたので私も目の前にある椅子に座る。


「呪術の診断とのことだけど、そう思うきっかけでもあったのかしら?」

「きっかけというか、その……私の運がとても尋常ではないほど低くて、いや、低すぎて逆に高いみたいな……? とにかくそういう呪いみたいなものってあるのかなと気になって……」

「運の数値が低くなる呪い、ねぇ……体力や魔力ならあるけれど運は聞いたことがないわ」

「そう、ですか」

「まぁ、呪術って何が起こるかわからないものでもあるから調べてみないことにはなんとも言えないわね。ひとまずそこのベッドで横になって。調べるわ」

「はい」


 治癒士の先生に言われた通りベッドの上で寝転んでみる。目を閉じるようにも言われたので瞼を閉じると診察が始まった。

 すると、閉じた目でもわかるような眩しさを覚える。温かな光を当てられてるのだと理解すると、その光は少しずつ下へと下がっていく。

 おそらくこうやって頭から足先に向けて呪いがかけられていないかを探っているのだろう。


「診察は終了よ」


 数分も経たないうちに終わったようで私はすぐにぱちっと目を開けて身体を起こす。


「あの、どうでしたか?」

「特に何も異常はないわね。呪いを植え付けられた様子もないし、あなたの言う運の数値は異常ではなく、逆に正常ということね」

「えっ、いや、正常ではないんですよっ!? 本当におかしくて……!」


 さすがに正常ではないことを信じてもらいたくて、あまり見せたくはなかったけど冒険者ギルドカードを提示し、運のステータス値を見せる。

 彼女は「……確かに」と呟きながらも申し訳なさそうな表情をした。


「けれど呪術ではないのは間違いないわね。カースサーチをしたけれど何も反応はなかったわ」

「……そうですよね」


 呪術探知魔法をかけた治癒士がそう言うのならばそうなのだろう。私はお礼を告げてしょんぼりしながら診療所をあとにした。

 ちょっとは期待してたのだけど、その期待も打ち砕かれてしまい、結局私のこのどうしようもない数値の運の原因はわからずじまいである。






『あ、イルだー! だー!』

「おかえり、思ってたより早かったな。……どうだった?」


 レイヤとプニーはちゃんと外で待っていてくれた。とぼとぼとした足取りの私にレイヤは何かを察したのだろう、難しい顔をして診断結果を尋ねる。


「何も異常はないって……不運の原因、最有力候補だったのになぁ」

「イル……」


 はぁ、と溜め息をつく。もしかしたら一生この不運と一緒に過ごすことになるかもしれない。……こうなるなら何も知らないまま過ごしてる方が幸せだったかも。


『? 何もなかったんでしょー? しょー? 良かったんじゃないの? の?』


 不思議そうに尋ねるプニーの声にハッとしてしまう。確かに変な呪いをかけられてないだけそれはそれで安心というものである。


「そうだよね……そうだよねっ。呪われてないなら死ぬこともないし、落ち込むことないもんね!」


 不運の原因はわからないけど、みんなに心配をかけずにすんだのは良かったかもしれない。うん、振り出しに戻っただけと思えば傷は浅いはず。

 すると、レイヤが「あ」と呟いてポケットから見覚えのある懐中時計を取り出した。


「これ、落ちてた」


 お母さんの形見である懐中時計。いつ落としたのだろうと不思議に思って受け取った。


「ありがとう。いつ落ちたんだろ……」

「さっきイルを見送ったときに気づいたら落ちていてたな」


 全然気づかなかった。これくらいなら落としたら音とかでわかるはずなのに。よっぽど呪いのことで頭がいっぱいだったのかな。

 でもなくさないですんだからラッキーかもしれない。次は落とさないようにしないと、としっかりと自分のポケットに懐中時計を入れた。


「よーし。じゃあ、今日も元気にスイーツを作って不運を吹き飛ばせるような魔法かスキルゲットするぞー!」

『するぞー! ぞー!』


 腕を上げてやる気を出した私はレイヤとプニーと買い物に行ったあと帰宅した。


 夕飯はサラダとチキンスープにトマトパスタ。先にみんなで夕飯をしっかりと食べてからスイーツ作りに取りかかる。

 レシピ本を見ながら今日はどうしようかなと悩みながら決まったのがミルク餅だ。手順を見るとそこまで手もかからなさそうだったので。


 材料は牛乳、じゃがいも澱粉、砂糖、きな粉、黒糖。

 餅と言う名前なのにもち米は使わないんだと思いながら早速小鍋に黒糖と水を入れて煮詰めて黒蜜を作り、別の鍋に牛乳とじゃがいも澱粉と砂糖を投入し、火をかける。

 とろみがついたら火を止めて焦げつかないようにしっかり混ぜたあと、絞り袋に詰めて水の張ったボウルへと絞る。

 粗熱をとったら水を切り器に盛り付けてきな粉と黒蜜をかけたら完成。


 出来上がったばかりのミルク餅をレイヤとプニーの前に出すとプニーはすぐに新しいデザートに食いついた。あっという間に器以外が消えてなくなるので早食いというより早消化である。


『おかわり! り!』


 お代わりを訴えるのですぐに「これで最後だよ」と告げてプニーのお代わり用のミルク餅を用意し、私も自分の分へと手をつける。

 食べる前はミルクプリンにも見えなくないけど、食感は全然違う。滑らかでもちもちしていて、きな粉と黒蜜がより一層の美味しく感じた。


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レベルアップしました。ロックフォールを覚えました。


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 ピロンと目の前に表示される画面。ロックフォールってことは地魔法で間違いない。


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・ロックフォール

落石を起こすことが出来る。


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 魔法詳細を確認すると、落石という文字を見て思わず指が止まる。

 それは両親の死因となったものなので複雑な気持ちだった。それを魔法で使えるようになるなんて思ってもみなかったし、個人的にはいいイメージはない。


「イル、どうかしたのか? 顔が青い」


 レイヤにそう言われてハッとする。そんなに青かっただろうか。確かにいい気分ではなかったけど。


「あ、うん。なんて言えばいいのかな……落石魔法が使用出来るようになったんだけど、両親の亡くなった原因だからなんだか使いづらいというか……同じ目に遭ってほしくないっていうか……」


 こんなことを言われても困ると思うんだけど、変に隠す方が余計に心配をかける気がしてひとまず話してみることにした。

 レイヤは申し訳なさそうな表情をして最初に謝罪を口にする。


「ごめん。無神経なことを聞いたな……」

「ううんっ。そんなのわかりっこないんだし、レイヤは謝らなくていいんだよ」

「それならいいが……でも無理はするな。魔法も別に使いたくないものは使わなくったって構わないんだ」

「そ、そうだよね。当たり所が悪かったりしたら大変だもんね」

「……まぁ、誰かに向けて使わなくてもいいしな。魔法をどう利用するかはイルの自由だからな」


 私の自由……か。確かにレイヤの言う通り落石だからって何も押し潰すだけが全てじゃない。

 例えば道を阻むことだって出来るんだし、使用者の使い方次第で傷つけない方法だってあるんだ。

 お父さんとお母さんは自然の落石で命を落としたので落石魔法とは違う。せめて私が使用するときは安全でありたい。


「ただし、魔物とか自分の命に関わる相手なら遠慮なくやってもいいと俺は思う」

「確かに魔物相手なら躊躇うけど使いそう……」


 出来ればそんなピンチにはならないでもらいたいのだけど。……でも、なんだか割り切れそうな気がする。


「ありがとう、レイヤ。話したら気が楽になってきたよ」

「それなら良かった」


 レイヤが優しげに笑ってくれたのでなんだかちょっと照れくさい気もするけど、気持ちが晴れたのは本当なので彼への感謝は忘れない。

 危険な状態に立ったときはロックフォールも技のひとつとして考えなきゃ。攻撃手段が増えるのはありがたいことだし。


 ……と、そのときはロックフォールを使用する際はピンチにならない限りないだろうと楽天的に考えていたのだけど、まさか数日も経たないうちにそのピンチが訪れることになるとはそのときの私は知る由もなかった。


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