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サンマルクと頑張る魔王様

 魔界に大きく聳え立つ魔城。王として君臨するデジールの住処でもあり、先代の王であるアイントラハトの住む城でもある。

 そんな彼の執務室には彼がもっとも信頼出来る部下の一人、アドラシオンが呼び出されていた。


「グランミシオンからの手紙によると魔王教の信者の何名かが不審な死を遂げていると報告があった。昔、人間が禁術としてその扱いを封じた吸収の魔法陣を使用したと考えられているそうだ」

「魔法陣……かつて魔法の使えない人間が魔法の代用として使用していた人間特有の術ですね」

「あぁ、そしてフェーデがよく使用していた……いや、使用させられていた得意な魔法陣でもある」

「……やはり、魔王教の創始者であるフェーデの仕業と考えて間違いはなさそうですね」

「十中八九そうだろう。……あいつめ、終戦をしたというのに人間に手をかけるとは」


 眉を寄せながらフェーデの犯してしまった罪に苛立ちが湧き始めるアイントラハトは一刻も早くフェーデを取っ捕まえなければならないと考える。その生死は問わないと決心するほどに。


「フェーデはアイントラハト様のためにと口にしておられるようですが、おそらく元同族に対する憎しみが原因かもしれませんね。彼女はそこらの魔族よりも人間を嫌っていますから」

「まさかこのような暴挙に出るとは……。それだけではなく、明らかに尋常ではない成長をしている。我の魔法を打ち破るくらいだ。我と同等か、もしかしたらそれ以上の力をつけている可能性がある。侮れん」

「そうですね……彼女を捕らえるにしても精鋭部隊を揃えなければ難しいかもしれません。せめてまともに話を聞ける人物なら良かったのでしょうけど、あれは自分の信じたいものしか信じない厄介な者ですからね」


 ふぅ、と思わずアドラシオンも溜め息を吐き捨ててしまう。話が通じないほど面倒な相手はいないのだろう。

 アイントラハトは不意に壁に飾られている写真に目を向ける。いわば家族写真というもの。

 何枚かピンで貼られていて、物によってはかなり色褪せていたり、モノクロ写真だったりと長寿である魔族ならではの写真の種類である。


「あいつがいたら……少しは状況が変わっていただろうか」

「……妹君ですね。フェーデの友人だったそうですが、抑止力になれたかどうかはわかりかねます」


 アイントラハトの目に映す一枚の写真。そこには肩より長めに下ろした金髪と赤い目という魔王の血族の証を持った女性が写っていた。

 見た目で言えば三十代ほどに見える彼女は二十数年前に兄妹喧嘩の末、家出してしまったアイントラハトの実の妹だった。妹に対し、兄の見た目年齢は六十代なので年の離れた兄妹と言える。


「いない奴の話をしても仕方のないことだな。アドよ、引き続きイルの自宅周辺の監視を続けよ。あいつの執念を考えるといつか必ずイルへと危害を加えるだろう」

「承知しました」


 胸元に手を当てて頭を下げるアドラシオンにアイントラハトは「デジールの元へ戻れ」と告げた。


 デジールのいる彼の執務部屋へと向かうと大人しく業務をこなしているのかと思った魔界の主は人目を隠すためのフードを身に纏っていた。それはよく人間の領地へ赴くためのカモフラージュ用のもの。


「おぉ! アド、遅かったではないか!」


 パッと機嫌の良さげなデジールの表情を向けられたアドラシオンは全てを察した。呆れた表情を剥き出しにしながらも念のために彼へ確認する。


「デジール様、何をなさってるのです?」

「もちろん、イルの所に向かうに決まっておろう! リリーフがイルの自宅に入るのを見たのでな!」


 父でもある先代の王が魔族抜けしたフェーデを警戒しているというのにこの主君ときたら……。本当にあの偉大なお方の血を分けた子なのかも疑わしいおめでたい頭である。

 深く長い溜め息をこれ見よがしにと吐き出したがデジールは気にも止めない。

 彼はデスク上の水晶を見ながらそわそわしていた。イルの自宅前を映す監視花ことスターサーベイランスを通じてイルやリリーフの動向を確認しながらアドラシオンに早く行くぞと視線で促す。


「デジール様、今はそんなことをしてる場合ではないかと。我々は一刻も早く世を乱そうとするフェーデを捕まえなければなりません」

「何を言う。これもイル達を守るために必要であろう! 余が頻繁に出入りすればフェーデとて手を出しづらくあるのでな」

「それらしいことを言ってますが、あなた様の目的という下心が見え見えで説得力の欠片も感じません」

「~~仕方なかろう! 人間の寿命などすぐなのであろうっ? 少しでもリリーフに余の魅力を見せねばいつまで経っても余の妻になれんではないか!」


 アドラシオンとしてもデジールの手綱を握ってくれそうなリリーフが王妃となれば少しはこの国も安泰するだろうし、イルを堕とすためにもリリーフの存在は大きいと考えている。

 我儘放題の以前よりかはいくらかマシになったとはいえ、頭が弱いのはそうそう変わらない。いつまで経ってなくても今の主ではリリーフもなびくことはないだろう。

 しかしここ最近のデジールはそれなりにフェーデ捜索や魔王教について尽力していた。

 イル達の住むスタービレ周辺に彼女のアジトなどないか、部下を使って怪しい場所を重点的に捜索、指揮する姿はそれなりに王として様になっていたので友人のイルや想い人のリリーフに危害を加えられないかデジールなりに心配をしていたのだろう。


「行くぞ、アド!」

「かしこまりました」


 そう思うと多少なりとも息抜きをさせてあげるべきか、とアドラシオンはデジールの望みのままイルの家へと瞬間移動魔法をかけた。






 イルの家にはイルとリリーフがお茶会を始めていたが、デジールとアドラシオンが訪問すると、それを見越していたのかイルは随分と慣れた様子で彼らを招き入れた。

 本日のスイーツはサンマルク。デジールの大好きなチョコレートを使用したチョコレートムースとバニラムースをアーモンド生地で挟み、上部には卵黄クリームを塗り、さらにキャラメリゼしたそのケーキは香ばしく、少し大人の味に仕上がっているがデジールは問題なく美味しそうな表情と共に完食した。


「魔界でもそこまでフェーデを危険視してるんだね」


 カチャリ。紅茶カップをソーサーに置いたイルが魔界でのフェーデ捜索状況を聞いて困り顔になる。


「不安な思いをさせて申し訳ありません。さらに追い打ちをかけるようですが、隠しても仕方ありませんのでお話しますと、どうやら彼女は我々が想像するより強敵になっている恐れがあるようです」

「それってつまりそっちの手に負えないってことなの?」


 元人間とはいえ、魔族になったフェーデを始末をするのはそちら側でしょと言いたげなリリーフの鋭くなった視線が魔族二人に突き刺さる。


「それは絶対にないと言えよう! 余や父上が本気になればあの者など赤子同然ではあるが……見つからなければどうしようもないのだ」

「和平条約を結んでいることもあり、魔族が表立ってこちらに足を踏み入れることは出来ませんので捜索は夜が主になりますし、怪しまれてはいけないので人数もそこまで投入出来ません。そのためどうしても時間を要することになってしまうのですが、そうしている間にも被害者を出してると思うと私も胸が痛みます」


 とは言うものの、アドラシオンはそこまで博愛な人物ではないため最後は少し大袈裟に発言する。

 そんな胡散臭さにデジールは「思ってもないことを……」と心の中で呟き、リリーフに至っては通じてないのか、その目は冷たかった。


「寝る時間を惜しんでまでフェーデを探してくれてるんだよね? ありがとう」


 イルもアドラシオンの芝居がかった言葉に少し思うところをはあったが、手を尽くそうとしているのは確かなので感謝の気持ちを伝える。

 アドラシオンはゆっくりイルの元へ向かい、膝をついてかしずくと、そのまま彼女の手を取った。


「なんとお優しい。必ずやイルさんの期待に応えましょう。そしてフェーデをこの私が捕らえたあかつきにはどうかあなたのお傍に私を置いていただきたい」


 イルが魅了耐性スキルを持っていることは百も承知ではあるが、それでもインキュバスとしての性なのか、魅了スキルの効果を最大限に発揮するような女性を虜にする妖艶な夢魔の微笑みを目標相手に向ける。


「ええと……」


 困惑するイル。もちろんアドラシオンにも伝わっているが言質を取っておこうともう一押ししようとした。


「やめんか、アド」


 王による静かで強い制止はいつもより圧があった。男体ということもありさらに迫力も増す。

 まるで父であるアイントラハトのような威厳を垣間見た瞬間でもあったが、周りの状況をよく見ればリリーフが魔族二人へと威嚇するかのように睨みつけていたので、デジールはそんな彼女の怒りに触れないようアドラシオンに待ったをかけたのだ。

 それに気づいたアドラシオンは「なるほど」と呟き、敵に回してはいけない一人であるリリーフのためにもスッとイルの手を離し、距離をとった。


「これはこれは失礼いたしました。我が主と未来の王妃様に睨まれてはこのアドラシオンも従わざるを得ません」

「……!」


 リリーフを妻として娶りたいデジールがそわそわしながら未来の王妃としての彼女の姿を思い描き、思わず口元がにやついてしまう。しかし、当の本人はというと。


「誰が王妃よ。勝手に決めつけないで、側近」


 その座になびくことすらないので拒絶された現実にデジールはがっくりと項垂れた。

 デジール、可哀想だなぁ……と少し憐れむイルに対してアドラシオンは悩む表情を見せながら、この様子だと本当に王妃としてデジールの隣には立ってくれなさそうだと若干の不安を抱く。


 少し前までは傍若無人だったデジールは魔界でも恐れられているので婚約者になりたがる者どころか、彼を任せられる人材がいなかった。老若男女問わず。

 そんな中でデジールに強く発言出来るリリーフの存在はとても貴重である。

 今まで縁談に目もくれなかったデジールも彼女を好いてるのでこれは運命なのだとアドラシオンは信じて疑わなかった。いや、運命でなくてもリリーフにデジールを押しつけたくて仕方ない側近は何としてでも彼女を魔王の番いにしたい。

 行く行くは魔城に住み込んで友人のあとを追ったイルも魔界で永住してもらえたらじっくりとたっぷりと口説きに口説いて魅力耐性持ちのイルを堕とせばアドラシオンはインキュバスとしての自信とデジールの面倒を見ることがなくなった自由を手に入れることが出来る。

 そう、全ては世の安寧のため、自分のためだった。


(だからこそデジール様とリリーフさんの仲を取り持たねば)


 何かしら方法はないだろうか。また策を練らなければならないな。そう考えたアドラシオンだったが、意外にも早く好機が訪れた。

 それはお茶会もお開きになるという頃。


「じゃあ、あたしはそろそろ帰るわね」

「うん。ありがとう、リリーフ。気をつけてね」

「まっ、待つのだリリーフ! 余が、余がそなたの家まで送り届けよう!」


 デジールが行動を起こしたのだ。いつもならばリリーフの顔色を窺うヘタレ気味の魔王様がここぞとばかりにポイント稼ぎを始める。

 ようやく積極性を出してきた彼を見たアドラシオンは「やっとですか」という言葉を喉から出かかっていたが雰囲気を壊さないため飲み込んだ。

 以前ならば欲しい物はすぐに手に入れようとしていたデジールのことを思い返せば随分と大人しくなったものである。


「別にいいわよ。一人で帰れるんだし」


 しかし、リリーフは頷かなかった。あぁ、これはデジールも折れるだろうか。アドラシオンはそう思ったが、どうやらデジールはそれでは終わらなかった。


「フェーデのこともある。そなたが巻き込まれないとも限らん。だから余はリリーフの無事をしっかり確認しておきたいのだ」


 デジールは引かなかった。引かずにリリーフの身の安全のため、彼女の家へと送る役目を無理にでも通そうとしていた。

 必死と心配が合わさった両の眼がリリーフを捉えると、彼女は観念するかのように溜め息をこぼす。


「……いらない心配だけど、そんなに言うなら好きになさい」

「! 任せよ! 余がリリーフを安全に送り届けるのでな!」


 パァッと嬉しそうな表情を見せると、デジールは急いで魔族の証を隠すためフードを被り、イルに「またな!」と告げてリリーフとアドラシオンと共に彼女の家をあとにする。

 イルは酷く嬉しげなデジールに手を振りながら「良かったね」と微笑ましく見送った。その後、サンマルクで新しく使用可能になった呪詛をかけることが出来る闇魔法カースの使い所に悩むのだった。






 自宅に戻ろうと町中を歩くリリーフ。そのあとに続くデジールとアドラシオンは深くフードを被った状態なので周りから見ると怪しさ満点のため悪目立ちしてしまう。

 そんな周りの視線にやっぱり断れば良かったかしら……と後悔するリリーフだが、突然彼女の前に立ちはだかる人物が現れたため、彼女の歩みも止まった。


「……何?」

「俺だよリリーフ。そろそろ考え直してはくれないか?」


 前に立つ男にリリーフは見覚えがあった。とは言っても不愉快な記憶でしかないが。


「……知り合いか、リリーフ?」


 後ろからこっそりと小声で尋ねるデジールにリリーフは面倒臭げに説明をする。


「この間、告白してきた男よ」

「なっ!?」


 そんなの余は聞いてないぞ!? そう声を上げそうになったが、いち早く察知したアドラシオンの手によってデジールの口は塞がれた。


「君は深く考えずに僕の彼女になることを拒否したが、あれから結構経った。少しは心変わりをしたんじゃないか?」


 男はどことなく自信がありそうな表情をしていた。何を根拠になのかはわからない。それでもスタービレ内で一番の美少女とも謳われる彼女の恋人は自分が相応しいと信じきっていた。


「するわけないでしょ。一度フッたんだから受け入れなさいよ女々しいわね」


 つーんとそっぽ向いて男のプライドを傷つける言葉を投げるリリーフに男は口角を引くつかせながら必死に怒りを抑えようとしていた。


「そ、んなことはないさ。きっと俺達にはお互いに過ごす時間が足りないんだ。あぁ、そうだ。これから食事にでも行こう。そこでお互いのことを話して知っていけば君も俺と━━」


 男の言葉は途中で切れた。なぜならばリリーフの腕へと伸ばそうとする男の手をデジールが間に入って勢いよく払い飛ばしたから。


「な、なんだテメェは!?」

「リリーフに触れるなウジ虫め」

「なんだと!? 助けに来た王子様気取りかっ? ガキが生意気言ってんじゃねぇよ!」


 リリーフの前ではなんとか怒りを抑えていたが、デジールの邪魔により男は声を荒らげた。フードのせいで顔が全く見えないが、体格や声色からして自分よりも年下の子どもだと結論づけた男がさらに言葉を続ける。


「それになんだよ、その小汚いフードは! そんなもん被ってるってことはよほど不細工な面なんだろうな!? 見せてみろよ!」


 男はデジールのフードを掴みかかろうと手を出そうとする。対するデジールはニッと口端を釣り上げて相手になろうとしていた……のだが、デジールはリリーフによって横へと押し出されて再び彼女が男の前に立つ形となった。


「なっ、おい! リリーフ!」


 デジールが何をするんだと口にしようとした瞬間、リリーフは男の股下へと思い切り蹴り上げた。そこに慈悲などはない。


「━━っ!?」


 的確に急所を狙われた男は声にならない声を上げたあと、股を押さえながらその場から崩れ落ち、ようやく悲痛な声を辺りに響かせた。


「ふああああああーーっ!!」

「子どもだと思って手を上げようとして何様のつもり!? いちいち言いよってくんじゃないわよ! このクズ!!」


 フンッ! と鼻を鳴らしたリリーフは蹲る男をそのままにして歩き出した。

 そんな彼女の暴挙を目の当たりにしたデジールは思わず内股になってしまう。


「さ……さすがはリリーフだ。身の毛もよだつ一撃である」

「……えぇ。私も一瞬背筋が凍りましたね」


 痛みに悶える男の気持ちがわからなくもない二人は少し相手に同情を覚える。

 しかしデジールの格好いい姿をリリーフに見せることが出来なかったのはデジールにしてもアドラシオンにしても残念でならなかった。

 その後、慌ててリリーフを追いかける二人だったが、無礼な男以外に絡まれることもなかったので無事に彼女を自宅へと送り届けた。






「本当ならもっと格好良く決めていたはずなのに……」


 と、帰城してそう呟くデジールはチャンスを物に出来なかったことに少しばかりへこんでしまった。


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