僅かな望みと言葉にしなかった恋情
好きな人が再婚を望まない上に私はもう一人の子どものように見られているという言葉をはっきりと聞いてしまった。
わかっていたとはいえショックは隠せなくて家に急いで戻って撃沈していたのだけど、僅かな望みをかけてクラフトさんに告白しようと決心する。
再び家を飛び出してベーカリー・リーベへと向かえば店前にはCLOSEの看板が出ていた。おそらく墓参りに行っていたからオープンが遅いのだろう。
「……よしっ」
意を決して扉を開ける。開店前にクラフトさんの時間を奪ってしまうのは申し訳ないけど、私は決心したのだ。今じゃないとダメなんだ。
お父さん、お母さん、どうか私を温かく見守ってください。
「……すみませーん」
内側の扉についてるベルがチリンチリンと鳴り、入店すると奥から店主がひょこっと顔を出してきた。可愛い。
「お? イルじゃねぇか。リリーフと一緒じゃねーのか?」
「あ、えっと、クラフトさんにお話があって!」
話? と首を傾げるクラフトさん。
……ハッ! まずい。勢いで飛び出してきたくせになんて告白をすればいいか全く考えてなかった!
好きです! と言えばいい? でもクラフトさんのことだ。それだけじゃただの親愛としか受け取ってくれない。
じゃあ、愛してます! とか? いや、さすがに重すぎる? でも、私のクラフトさんの愛は軽くないけど、クラフトさんからしたら引かれたりしない?
真っ白になる頭。焦る気持ち。混乱し始める中、なんとか口にしなきゃと思って私は無理やり言葉にした。
「あ、あのっ、リリーフから聞いたんですけど、ソレイユさんのお墓参りに行ったんですよねっ?」
我ながらなぜその話題を口にしたのかと問いたくなった。クラフトさんにとってはデリケートなことかもしれないのに、家族ならともかく知人が踏み込んでいいことではないだろう。
「あぁ、さっきな。大事な女房だからよ、命日は絶対に行くって決めてんだ」
幸いにもクラフトさんは不愉快な表情はしていなかったので安堵した。
ただ、ソレイユさんのことを想っているのか、とても優しげな表情に寂しさが少し見え隠れする。
「……ソレイユさんのこと、凄く好きなんですね」
気づいたら言葉が出てしまった。無意識だったからハッと我に返るも、目の前の彼はとびきりの笑みを浮かべていた。
「おう! ソレイユは俺の一生を捧げた最高の女だからな!」
その笑顔があまりにも眩しくて、胸にはズキッと痛むくらいの破壊力だった。いつもなら胸がときめいて仕方ないのにこんなに酷く胸が痛くなるのは初めてだ。
そして私は思い知った。どう頑張っても彼の隣には立てないし、亡き奥さんのソレイユさんに勝てないのだと。
「そう、ですよね……」
告白のために来たのに返り討ちにあった気分になり、声のトーンも下がってしまう。
でも、突然元気がなくなったなんて思われたくないので今は落ち込むところではない。
「えっと、それじゃあ私はこれで! 開店前にすみませんでした!」
「えっ?」
無理やり作った笑顔をクラフトさんに向けて私は逃げ出すように店を飛び出した。あぁ、クラフトさんに変な奴だと思われたかもしれない。話があるって言っておきながらソレイユさんの話しかしてないし。
胸の痛みで身体中が熱くなる。今までだったら胸の鼓動の熱が広がっていたはずなのに今ではただ痛くて息苦しさも加わっていた。
その苦しさを紛らわすかのように私は宛もなく走り出した。泣きたくなる気持ちをグッと堪えて。これが失恋の痛みなんだと実感しながら。
クラフトさんと出会う前の私は両親が亡くなったことにより全てが無意味に思えて自暴自棄になっていた。
裕福ではないため両親を楽させようと、給金の良い王城で就職することを夢見て引きこもりながら勉強に明け暮れていたのに、大事なお父さんとお母さんが事故で死んでからは私の目的は失ってしまう。
そもそも何年も王城の試験に落ちてるのだから自分には合わないのかもしれないと思うところはあったが、応援する両親のために頑張ったのに、その大切な両親がいなくなってしまったら勉強は全て無意味だと王城就職はすぐに諦めた。
仕事の経験はなく、父と母の仕事を手伝うくらいしかしてなかったこともあり、自分一人で生きていくにはあまりにも唐突である。
当時は商業ギルドを避けて自分で職を探していたから大変だった。けど、仕事は長続きしない上に理不尽な解雇を何度も経験する。
ただでさえ目的も生きる意味も見出せないのにこのような扱いを受けるなんて自分はなんて不幸なんだと思わずにはいられなかった。
頼れる人もいないし、定職もつけない。大好きな家族もいないし、自分を必要とはされないこの世に私なんていらないのではないか。
負の感情は更なる負の感情を生む。ヤケになった私はある日、川を見つめながらその身を投げた。その日の川は少し激しかったのでこれならいけそうだと思ったのだ。
大きな音を立てて飛び込んだ私はそのまま急流に飲まれて溺れ死ぬつもりだった。
それなのに私の身体は誰かの腕に抱えられ、流されながらも必死に川岸へ連れて行こうとする。何がなんだかわからないまま、気がつけば私は川から引き上げられていた。
水を飲んでいたこともあり、ゲホゲホと川水を吐きながら自分は助けられたのだとようやく理解する。
『おい! 大丈夫かっ!?』
慌てる声の主へと目を向けると、私と同じくびしょ濡れのおじさんが私の容態を確認していた。
それが私とクラフトさんの初めての出会いだ。まるでヒーローのように私を助けてくれた彼の必死な形相に思わず見蕩れてしまった。
死に損なったのは残念だった。けど、残念だと思うのに胸の内ではどこかホッとしてしまう自分もいた。
死ぬ決心をしたはずなのに生き残ったことを実感すると、なぜあんな恐ろしいことをしてしまったのかと恐怖に身体が震えてしまう。
『あぁ、まだ川の水は冷たいから寒いだろ。うちに来て身体を温めた方がいい。歩けるか?』
こくり、と小さく頷けばクラフトさんは私を連れて職場も兼ねている自宅へと連れて行ってくれた。
『パッ、パパ! どうしたのよそんなびしょ濡れで!? それにその子は!?』
『川に落ちたから助けたんだよ。悪ぃけど、一旦店を閉めてくれねぇか?』
『えぇ、わかったわ』
娘のリリーフとはお店の中で出会った。その後、彼女の服を借りて二階の住居にて何があったのか話さなければならなくなったので観念しながらもぽつりぽつりと身の上話をする。
両親が死んで目的を見失った。仕事をするとすぐに解雇されてしまう。何もする気がなくなった。誰にも必要とされない。生きるのが辛い。苦しい。死にたくなった。
今思えばとても鬱々としていたし、聞いている方も辛気臭くなってしまう内容。その証拠にリリーフは目に見てわかるくらい機嫌を悪そうにしていた。
けれどクラフトさんはそんな話でも真剣に聞いてくれた。
『お前が苦しんでたことはよくわかったぜ。頼る相手もいなかったんだ。自分なり相当頑張ってたんだよな? 嫌なことも沢山重なったから悪い方にしか考えられなくなったんだろ。でも、まだ若ぇ。死に急ぐことはねぇだろ。それにこれから俺を頼ればいい。多少なりとも力は貸すからよ、全てを諦めるにはまだ早いぜ』
あまりにも優しく、あまりにも温かな笑顔は傷つき閉じこもっていた私の殻を少しずつ剥がしてくれる。
彼から目が離せなかった。自分の身を顧みず、私を助けようと川に飛び込んで助けてくれただけじゃなく、どうしようもない私に手を差し伸べようとしている。
そしてとどめを刺されるかのように大きな手で私の頭を撫でてくれたので、ついに私は泣きじゃくってしまった。
そんな優しくて温かい彼を私は好きになったのだ。そしてこの人のために今を生きようと生きる意味を見つけた。
(クラフトさん……)
がむしゃらに走って辿り着いたのは町の中心部にある噴水のある公園。
近くの空いてるベンチへと座り、クラフトさんと出会った日のことを思い出しながら公園のシンボルとも言える噴水をボーッと眺めていた。
結局告白も出来ずに逃げてしまった。想いを告げても応えてくれないと気づいてしまったから。当たって砕けろ、なんて言うけど砕けたくなかったし、クラフトさんとの関係が悪い意味で変わってしまうことを恐れた。
やっぱり、私ではダメだった。いや、本当はずっと前からわかってはいたけど、諦めたくはなかった。だって諦めてしまったら━━。
「お隣、よろしいかしら?」
突然話しかけられたと思い顔を上げると、そこにはレイヤとプニーの訓練指導員であるラートさんが立っていた。
「ラ、ラートさん!? あ、はいっ、どうぞ!」
少し横にずれて彼が座る場所を作る。失恋の痛みに浸っていたところ、まさか知り合いに会えるとは思ってもみなかったので笑顔で対応出来るか不安だった。
「元気なさそうね、イルちゃん。どうかしたの?」
すでにバレていた……。そんなにわかりやすく落ち込んでいたのかな。
「アタシで良ければ相談に乗るわよ?」
そう言ってくれるのはありがたいのだけどとても言いづらい。えーと……と、口ごもるとラートさんの目が光ったような気がした。
「もしかして恋バナってやつね?」
「えっ」
「大丈夫よ、アタシの得意分野だからっ」
なんだかとてもノリノリになってしまった。ラートさんって恋愛相談得意な人なんだ。……それだったら少しだけ話をしてすっきりしようかな。
「えーと……ちょっと、その、失恋をしちゃって……」
「えぇっ!? まさかの失恋話っ?」
「あ、すみません。期待するようなものじゃなくて……」
もっと甘酸っぱいような話を期待していたのかもしれないけど、残念ながらそのような感情はすでに終わってしまった。……改めて自分で言い聞かせるとやっぱりちょっと悲しい。
「いいのよ謝らなくて。そんなデリケートなことだとは思わなかったから驚いちゃったけど……失恋ねぇ」
「元々、無理があるとは思っていたんですけど、騙し騙しで接してるうちに、とうとう気づいたというか、現実を見たというか……やっぱり私じゃ振り向いてもらえないと思い知ったんです」
「あら、叶わぬ恋だったのね。若いわねぇ。アタシもそんな恋をひとつやふたつやみっつもあったわ」
「……ラートさんはその恋を諦めるのにどのくらいかかりましたか?」
「アタシはすぐよ。その日のうちに新しい恋を探すの」
「切り替え早いんですね……」
私もそう簡単に割り切れたらどれだけ良かっただろうか。でも、私には無理だ。今日中に吹っ切れることすら難しい。
「まぁ、そこは人それぞれよ。アタシは恋多き人間だもの。失恋して傷ついた心が癒える時間なんてみんながみんな同じわけじゃないんだし。でも、そう尋ねるってことは失恋したけどまだ心のどこかで諦めきれてない感じね?」
「はい……諦めたら、私の生きる意味がなくなってしまう感じなので……」
そう。クラフトさんを好きになったから私は命を絶つ行為だってやめたし、前向きに頑張ろうって気持ちにもなったのだ。
彼への想いを断ち切ってしまったらまた私はあの頃みたいに自暴自棄になってしまいそうで怖かった。
「なるほどね。生きる活力を全て懸けてしまうくらいの恋をしたのね」
「そう、ですね」
「でもよく考えてみて。あなたはその人を想う以外の楽しいことや好きなことはないの?」
「えっ?」
楽しいことや好きなこと。そう尋ねられるといくつか私の頭の中に思い浮かんだ。
スイーツを作ることや、友人達との語らいや、仕事すること、などなど。
「あるみたいね?」
「はい、ありますね」
「なら生きる意味なんてまだまだありそうだと思わない? 何も恋愛だけが全てじゃないのよ、生きる理由は。失恋で悲しむのも必要だけど、それで生きる意味がなくなったって嘆くのは違うわ。新しい恋をしたり、好きなことや楽しいことに打ち込んで違うことに生きる意味を見出しましょ」
そうだ。私はもう昔のようなうじうじした無気力の人間じゃない。今は色んな人と出会って色んな話をして色んな経験をしているし、楽しいことや好きなことも増えたんだ。
そんな当たり前のことなのに、ラートさんの言葉を聞いた私は腑に落ちたような感覚だった。
「どう? 諦めても大丈夫そうだとは思わない?」
「は、はい」
何も恋愛が全てじゃない。そう言われてるような気がした。
「……ちょっとだけ、気持ちが軽くなったような気がします」
「それなら良かったわ。でも、諦めたくなかったら無理に諦めずに茨の道に進むのもありよ、アタシとしては」
「さすがにそこまでは……そろそろ踏ん切りをつけるべきだと思うので」
「そう? イルちゃんがそう決めるならアタシはとやかく言わないわ。ひとまず今は失恋の傷を癒すことに専念なさい。ボーッとするのもいいし、好きなことをするのもいいし、そのうち時間が解決するわよ」
「はい、そうしますね。話を聞いてくれてありがとうございます、ラートさん」
「いいのよ~。また新たな恋バナがあれば相談に乗るからいつでも頼ってくれていいわよ」
ウインクを決めるラートさんになんだか元気を貰った気がした。最初は話すかどうか躊躇ったけど結果的に話して良かった気がする。
……私、クラフトさんが好きなのは間違いないけど。それを生きる理由にするのは良くなかったかな。最初はそれで良かったかもしれない。あの頃は何か理由がないと踏みとどまれなかったから。
でも、今は理由付けしなくても十分に生きていける。クラフトさんの想いを諦めても大丈夫……。いや、失恋は大丈夫じゃないけど、ラートさんのおかげでちょっとはマシになったかな。
「ってことがあったの」
その後、家に戻るとレイヤとリリーフが待っていたので清々しい表情で帰ってきた私に驚くからラートさんに話を聞いてもらった話をした。
「思ったより元気そうね」
「そうだね、私もそう思う」
えへへ、と笑いながらそう答えるとリリーフは席を立ち「じゃあ、あたしは帰るわ」と告げた。
「心配かけてごめんね、ありがとう」
「さっさと吹っ切れなさいよ。……あとは頼むわよ」
なぜかレイヤに向けて何かを託すような言葉を残した。どういうことだろうと疑問符を浮かべる私を差し置いてリリーフは帰宅したのだった。
「……イル。無理はするなよ」
「うん、ありがとう。ちょっと落ち込んだけど大丈夫だよ」
「あー……いや、そうじゃなくて、泣いてもいいって意味だ」
「えっ?」
「リリーフが言ってた。イルなら泣くだろうって。泣きづらいなら部屋に行っていいから。一人の方がいいだろうし」
泣くだなんてそんな。とっくに涙は引っ込んだから気にしすぎだよ。
そう思っていたけど、ぽんっとレイヤの手が私の頭に置かれた。優しく撫でられるとあの日初めて会ったクラフトさんのことを思い出し、引っ込んでいたはずの涙がついこぼれてしまった。
「あ……」
治まったと思っていた胸の痛みはまだ残っていたようで、涙は一度流してしまったら止まらなくなり、次から次へと目からしょっぱい水が溢れてくる。
「うっ、ごめっ……レイヤ、わた、し、泣くつもり……っ……なくて……」
『イル、泣いてるのっ!? のっ!? 虐められたのっ!? のっ!?』
「だ、大丈夫。い、じめられて、ない……よっ!?」
焦るプニーに大丈夫と答えると急に身体が引っ張られ、気づいたら私はレイヤに抱き締められてた。
「レ、イヤ……?」
「気が済むまで泣いていい。顔は見ないようにするから」
確かに私からもレイヤの顔は見えない。そんな彼の優しさに甘えるように私はレイヤの肩口を濡らし泣きじゃくった。




