命日と墓石前の父娘
シュピラーレ山を降りてスタービレに帰る頃にはすっかり朝の空色で、弱々しい冬の太陽が世界を照らす。
精霊花を手に持つリリーフはそのままソレイユさんのお墓に向かって花を添えることにしたので私達も付き添いでスタービレの墓地へと足を運ぶ。
プニーは疲れてたのか眠ってしまったので私が手で抱えてあげることにした。
夜だったらちょっと怖いであろう墓地。朝だからなのかそんな雰囲気は全然感じなかった。
それに私のお父さんとお母さんもここの墓地で一緒に眠っているのでちょっとだけ久しぶりな感じだ。
やはりこの時間だと人の姿は全然ない。まぁ、元々人が多いとは言えないんだけどね。
「あ、パパ……」
先頭を歩いていたリリーフがピタッと止まって呟く。えっ! クラフトさん!? と思って私も視線を向けると、少し遠いがどうやらソレイユさんのお墓と思わしき前にクラフトさんの姿があった。
「は、早いね、クラフトさん……」
「いつも仕事前に来てるのよ。ママの命日くらい店を閉めればいいのに」
「でも、クラフトさんもいるなら俺達は帰った方がいいかもしれないな。家族水入らずな所を邪魔するわけにはいかないし」
「そっか……うん、そうだね。私はまだ家族じゃないし」
「まだって何よっ。一生来ないって言ってるでしょ!」
「わ、分かんないでしょ? もしかしたらクラフトさんもそろそろ再婚を考えてるかもしれないのにっ」
相変わらずリリーフによるクラフトさんガードが強い。やはり難関なのは娘なのだとヒシヒシと感じてしまった。
それに再婚の言葉を口にしたのがいけなかったのか、リリーフをさらにムッとさせてしまった。
「あんたにはそろそろ現実を見せてあげないといけないわね。いいわよ、あたしがパパにあんたのことをどう思ってるのかと再婚を考えてるかを聞いてあげるわ。どっかその辺にでも隠れながら聞いてなさい」
「えっ」
「いいわね? まぁ、答えは分かってるからいたたまれなくなったら勝手に帰っていいわよ」
「え、ちょっ、リリーフ?」
どうやら本気らしく、リリーフは言うだけ言ってクラフトさんの元へと行ってしまった。
ま、まさか本当にクラフトさんに尋ねるの? 私のことをどう思ってるかって!? ど、どどどどうしようっ! 心の準備がまだっ!
「……どうするんだ、イル?」
「か、隠れて様子を窺う!」
いつもより無を貫くようなレイヤの表情を見ながら「ごめんね、レイヤには興味ないことなのに……」と思いながら答えた私はレイヤと共に近くの茂みに隠れる……が、ちょっと距離があるせいでリリーフ達の声が聞こえづらい。
「場所が悪いな。もう少し近づくか?」
「盗聴魔法を使うから大丈夫だよ」
近づいて気づかれてしまうのは避けたいのでリリーフとクラフトさんに狙いを定め、会話を盗み聞きするためにワイヤタッピングを使用する。
盗聴魔法を使うのは躊躇われるけど、リリーフもオッケーを出してくれたことだし、自信を持って使わせてもらおう。
気兼ねなくワイヤタッピングを発動するとその場で二人の声が鮮明に聞こえてきた。
イルはツイてないと嘆く割には諦めが悪い所がある。例えばあたしのパパに向ける恋情とか。
いくらママと死別したからといって後妻になろうだなんておこがましいったらありゃしない。
だからいつまでも夢を見てるあの子に現実を突きつけてあげなきゃいけないわけ。
「パパ」
「ん? おお! リリーフじゃねぇか! イルの所でお泊まりだったのにわざわざ来てくれたのか?」
「当たり前じゃない。ママの命日だもの」
「そっか、お前みたいな娘が生まれてあいつもさぞ幸せだろうな。……ん? おい、リリーフ。お前の手に持ってるそれって……」
あたしが持つ精霊花に気づいたパパにふふんと笑いながら宝石のように輝く花を見せつけた。パパにとってもママにとっても思い入れのある精霊花を。
「やっぱり……精霊花じゃねぇか! どこでそいつを手に入れたんだ? 運良く花屋に並んでたのか?」
「企業秘密よ。ママのために探したの」
ママの墓石の前にしゃがみ込んで添えた一輪の花。どうやらパパがお墓を綺麗にしてくれたのか、墓石やその周りは綺麗だった。
胸の前で両手を組み、静かに目を閉じてママに会いに来たよと心の中で語りかける。
しばらくしてから黙祷を終えたあたしはゆっくり立ち上がった。
「……懐かしいぜ、精霊花を見るのはよ。俺がプロポーズをしようと決心してからずっとあいつの好きだった精霊花を探して、一年経ったくらいにようやく花屋に並んでるのを見つけたからな。少しでも遅けりゃ売り切れだったからほんとラッキーだったぜ」
「ママも凄く嬉しかったんでしょうね」
「そうだな、見ていてこっちが嬉しいくらいにはよ」
パパとママが結婚へと結びつけた精霊花。そのおかげであたしもこうして生まれたわけね。
「ねぇ、パパ。ママがいなくなって随分経つけど、いい人が出来たとか、再婚とか考えてないの?」
意を決してパパに尋ねる。思えばいつか聞こうと思ってずっと聞けずじまいだった。もし、別の人に想いを寄せているとパパの口から知ったらあたしはショックを受ける。
やっぱり娘のあたしとしてはママ以外の人を見てほしくなくて、いくらママ一筋だと言ってもパパの隣には今は誰もいないし、いつか心変わりだってするのかもしれない。
パパはいつだってママのことを想っているのは知っているし、信じてる。だけど、それでも不安なのは変わらなかった。
もし、万が一、パパが再婚を考えるような相手がいたらあたしは……祝福するつもり。ショックは受けるだろうけど、あたしだってもう子どもじゃないし、パパにはパパの好きに生きてほしい。
……せめてその相手が百歩譲ってイルならまだ許そうかなって思う。まぁ、絶対にママって呼べないけど。
「これっぽっちもねぇな」
パパの返事は実に呆気なかった。もしかしたらあたしに気を遣っているのかもしれないって一瞬思ったけど、考える素振りすらないから、やっぱりと思っていた気持ちと、良かったと思う気持ちで胸がいっぱいになる。
ひとまず、パパはまだ再婚は考えていないようね。……でも、本当にそれで良かったのかしら? そう思うのもまた事実だった。
「パパ、もしあたしに気遣ってるのなら気にしなくていいのよ。パパはまだ生きてるんだし、第二の人生って考えたっていいんだから」
「あぁ、いや、そういうんじゃねーんだ。あいつ以外の隣なんて考えられないっつーか……ソレイユが俺の一番なんだよ。ソレイユ以外を娶る気なんて全然ないだけでな」
それを聞いて安心した。それと同時にママへのパパの愛が強くて胸が温かくなる。それでこそあたしのパパよ。
「あー……いや、本当はお前も新しい母親ってのが欲しかったかもしれねぇが、どうしてもソレイユ以外は受け付けなくてな……」
「そんなことないわ。パパがママを一番だと思ってくれて嬉しいもの」
ママが亡くなったのはあたしが10歳の頃。もしかしてパパはずっとあたしが新しい母親を欲しがってたと悩んでいたこともあったのかもしれない。そんなことないのに。あたしのママはいつだってママただ一人。代わりなんていらない。
「そうか? 急に再婚だのなんだの言うから催促されてんのかと思っちまったぜ」
「そういうのじゃないわ」
ふふっとパパに笑いかけるとこの話を聞いてるであろうイルの存在を思い出す。あの子がどう頑張っても入る隙はないってことが判明したんだし、そろそろ現実を受け止めてもらわなきゃ。
「ところでパパ。話が変わるんだけど、パパはイルのことをどう思ってるの?」
「イル? そりゃまた唐突だな。そうだな……初めて会ったときに比べりゃ随分と元気になったもんだ」
確かにパパの言うことはもっともだ。初めてイルに会ったときはパパと共にずぶ濡れで、しかも川に身を投げたせいで鬱々としていた。
正直、関わりたくない相手だったわ。自分の命を粗末する人間に施すほどあたしは優しくないし。ただ、パパはあたしと違って必死にイルを説得してたけど。
そしてすぐにパパを熱い視線で見つめてたから嘘でしょ? と思ったのも懐かしいわね。
まぁ、悪い子じゃないから友達になったんだけど。
「リリーフとも仲良くしてくれてるし、俺としちゃ娘がもう一人増えたみてーで楽しいけどな。……ソレイユもきっと同じこと思ってたんじゃねぇか?」
「そうかもね」
ママもきっとパパと同じように放っておけなかったと思うし、イルと会ったら親身になって相談に乗っていたかもしれない。ま、全部想像に過ぎないけどね。
……さて、イルはどうなってるかちょっと確認しようかしら。
「パパ、あたし一度イルの家に戻るわ」
「おう、イルによろしくなっ」
快活な笑顔で手を振る父に背を向ける。まぁ、言わなくてもあの子には聞こえてるだろうけど。
イル達と別れた場所の茂みを探してみたけど、イル達の姿はどこにもなかった。つまり、耐えられなくなって逃げ出したわけね。まさか本当にいたたまれなくなったとは。
でも、このくらいしないと変な期待ばっかしちゃうだろし、報われない恋なんて意味ないじゃない。
イルにはパパじゃなく別の相手を探してもらわなきゃ。いつまでも人の父親に執着しても仕方ないんだし。
一度イルの家に戻ると、イルはテーブルに突っ伏した状態でぶつぶつと小声で何かを呟いていた。プニーはテーブルの上で寝ている。
レイヤは至っては疲れきった表情でイルと反対の椅子に座ってぐったりとしているみたい。
「なんであんたがそんな状態なのよ」
「イルが足にハイスピードをかけて走り出したからそれを全速力で追ってた……」
「情けないわね。……で、イルはずっとあの状態ってわけね?」
そう尋ねると彼は力なく頷いた。イルに関しては予想通りというか、想像以上の落ち込みっぷりね。
「イル。これでわかったでしょ? 何度も言ってるけど、パパはママが一筋なのよ」
「リリーフ……私、後妻になれないの……?」
ゆっくり顔を上げたイルは絶望的な顔をしていた。まるでこの世の終わりみたいに……って大袈裟すぎでしょ。
「最初から後妻になれる確率なんてゼロよ」
「ううぅぅ……でも、亡き奥さんに一途なクラフトさんめちゃくちゃかっこいい……そこがまたいい……」
思わず溜め息が出てしまう。そんなこと言ってる余裕があるってことは全然効いてないってわけ?
「……ね、リリーフ。例え今は再婚する意思がなくても、私を子どもように思ってても、私が告白したら少しは印象が変わるんじゃないかな?」
確信した。この子には全然パパの言葉を理解してないわ。なんなの、その諦めの悪さは。変なところでそういう頑固なのを発揮しなくていいのよっ!
「イル、現実から目を逸らさないで。あんたは早くパパを諦めるべきよ!」
「いや、一度は賭けてみる価値はある! 私ちょっとクラフトさんの所に行って思いを口にするよ!」
「はあ? 今から!? ちょっ、待ちなさい! イル!」
落ち込んでいたはずなのに希望の光が見えたと言わんばかりのイルは急にやる気を出して、止める私の言うことも聞かずに飛び出して行った。なんなの……その行動力はなんなの!? あんたはもっと慎重な子でしょ! それとも何? 恋をすると馬鹿になるわけ?
「……何考えてるんだか。成功すると思ってんのかしら?」
「玉砕は覚悟してるんじゃないのか? ……誰かに説得されて諦めるより、ぶつかって諦めたいとか」
「絶対期待の方が大きく見えるけど」
今度は泣いて帰って来るかもね。結果はわかってるのに馬鹿なイル。
……そういえば、こいつと二人で話すのも久々だったわね。
「あんたに聞きたかったことがあるんだけど?」
「なんだ?」
「イルをそういう目で見てるでしょ?」
強く睨みつければ相手はぎくりとした。むしろ気づかれないと思っていたのかしら? わかるわよ、バレバレよ。あんた、あからさまにイルを見る目が変わってるんだから。
レイヤはあたしから目を逸らし、何かしら言葉を紡ごうとしているようだけど、遅いのでさらにこっちが喋る。
「あんた、女神の言いなりになりたくなかったんじゃないのっ? 結局女神の望む結果になってるわよね!?」
「それは……そうなんだが、俺もそのつもりはなかったけど気づいたら……」
ぐったりしてて顔色が悪かったはずの男は今では恋する人の顔になっていた。
……正直言えばこいつがイルの家に住むようになってから、いつかこうなるんじゃないかって思っていたけど、それが本当に現実になるとは。
最近のイルを見ると、変なのに好かれてばっかりだから比較的にまとも枠であるレイヤがあの子を好きになってもらうのはまぁ悪くない。
悪くないけど別の世界とやらから来たという理解出来ないことを言うから全てを信じきれないのもあるし、大丈夫なのかしら? という不安もあるのよ。
……でも、変な男避けにはなるわね。側近に対する態度も悪くないし。
「成就するかは別としてイルの虫除けとして頑張ってもらう分にはいいわよ」
「……あぁ、わかった」
言われなくてもその気のようで、相手は大きく頷く。怪しい男なのは変わりないけど、イルに関しては任せても大丈夫だと信じているのでこれからも牽制などに力を入れてもらうように釘を刺しておいた。




