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薬師と悪魔と  作者: 雉虎 悠雨
第二章

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12 命令

 地の果てとも死の大地とも言われるその場所に二人はいた。

 そんな呼ばれ方をしているが、実際は果てでもなんでもなく、サンチトラ王国に接する土地であるがどの国の領土にもなっていない空白地帯だった。四方を海や山に囲われていて何もない、本来ならば豊富な自然が悠然としている場所なのに、積年の戦場となってきた過去がその場を再興できぬほど痛めつけ、そう呼ぶのが似つかわしい場所とさせた。

 なので普通であれば何もない荒れ果てた磐地が見渡す限り広がっていて人の影はおろか魔物の気配さえ感じられないところだが、今は見違える光景になっていた。

 国軍旗があちらこちらにはためいていて、数多くの騎士や魔道士が幾度となく魔障壁に向かって攻撃を仕掛けていた。

 相手は相当抵抗しているようだ。だがもうすでに捉えられるのは時間の問題のようにも見える。


「ああなったら俺が行かなくても倒れるんじゃないか?」

「もう何度も寸でのところ逃げられているんです、そのたび負傷者が出るんですからいい加減に決着をつけたいんですよ」


 答えたのはアリアの側に控えていた男だった。アリアの側近でよく行動を供にしていた。

 アリアは黙って現場を睨んでいる。


「放っておいてやればいいのに、特に害があるわけじゃないんだろ?」


 男は少し目を見張った。


「あれ? 意外にあの者たちの事を知ってるんですね」

「まあな」


 三人の関係を知らない部下の男は今回のターゲットのことはそこまで知れ渡っているのだと勘違いした。


「二人が何かする可能性は少ないのかもしれません。ですが彼らを狙う人間はあとを絶たないんですよ。そればかりはあの二人には宿命と思ってもらわなければなりません。逃げるためといえども民間に被害が出ては国は野放しにし続けることはできないんですよ」

「そうだったな。だから俺は魔道士をやめたんだった」


 そう呟いてもう誰の顔も見ず、声も聞かず歩き始めた。

 戦闘の只中にあるその場所へ、迷いなく澱みなく誰に妨害させることもなく歩いて行った。

 かなりの距離があったが、スタスタとマイペースに特に何を避けるわけでなく歩く。

 彼がそこを通ると攻撃は止んだ。

 そして魔障壁も通り抜け、傷だらけの二人の前に立った。


「相変わらず死にそうになってんな」


 口調だけは普段通りだったが、表情も目の色も冷め切ったものだった。

 驚いた様子の二人だったが、カジュの表情は変わらぬままだった。


「お前たちは本当にバカだな、救いようがない」


 氷より冷たい声。

 動転している二人も動きを止めていた。


「どうして…………いまさらお前が来るんだ」


 その動揺に皮肉げに僅かに口を歪ませた。


「どうしてって分かってんだろ、お前たちを処分するように言われたからだろ」

「そうじゃねえ、あの時殺さずに逃がしておいてなぜだ!」

「わざわざあれだけ世話焼いてやったのに、また同じようなことになってやがる。今日はさらに戦況が悪い。何せ、俺がアレに呼び出させてここにいるんだからな」


 彼は背後を親指で指し示す。その方向には国軍がいる。

 数ヶ月前、同じく彼が二人の前に現れたときは精霊に言われてだった。その時は二人を助けたが、今回は違う。依頼主が変われば、彼の仕事も変わる。


「カジュ……なんで……」


 リリーは明らかに雰囲気の違うことに気がついて僅かに脅えていた。


「使い魔とか必要ないんだよね。ただそれだけ」


 そう静かに言い放つと、彼は躊躇いなく攻撃し始めた。それは容赦など微塵も感じさせない激しいものだった。

 それでもフォレストはリリーを庇いながら必死で応戦した。縦横無尽の飛んでくる魔弾を交わし、フォレストも魔弾を放つ。

 降り注ぐように落とす雷も彼が起こしたもの。飛び回るフォレストが僅か着地した隙に足に絡みつく蔦も、吐いた炎を凍らせたのも、リリーを狙い光の矢が飛んでくるのも、闇に視界を奪われるのも、全て彼がやっていること。

 しかも、こともなげに。魔方陣もない、呪文さえ唱えている様子がない。ただフォレストが仕掛ける攻撃を防御壁を作ってかわし、後は黙って手をかざすだけ。それだけで、フォレストは見る間に追い詰められていった。

 彼は少しも本気など見せはしなかった。

 周りを見渡し、リリーは辺りに他の人間がいないと分かると、フォレストの背からおずおずと目の前の青年に問いかけた。 


「カジュ! カジュ! なんで、どうしてなの!!」 


 リリーは必死で叫んでいた。フォレストの背後で振り落とさせないようにできる力全てでしがみつきながら、無表情で二人を見る彼に何度も何度も問いかける。


 しばらく無視し続けた後、彼は不意に動きを止めた。

 隙ができたと畳みかけようと動き出したフォレストに、そしてリリーに、どんな感情が込められているのか全く分からないほど穏やかな声で彼は言った。


「俺といてもお前たちが望む平穏なんてくれてやれねーんだよ」


 するといつの間に仕掛けたのが、巨大な魔方陣がフォレストたちを中心に広がっていく。瞬時に身動きが取れなくなった二人の体から弾けるように光が散った。

 目を開けた二人の目の前に彼は立っていた。


「カジュがマクリル・トトティルなの?」

「マクリル・トトティルってのは確かに俺の名前だけど、その名を語るのは俺だけじゃない。お前たちも実際何人かには会ってるだろ? 俺の偽者ってやつ」


 二人は思い出すまでもなく心当たりがあった。風の噂を頼りに様々な地を巡る中、その名を持つ者は確かにいた。

 フォレストはカジュがここに現れた時、その偽者の一人だと思った。共に過ごした時間の中でカジュの魔道士としての資質は評価したが、生きる伝説とまで言われているマクリルほどではないと判断したからだ。

 しかし戦ってみて新たに分かったこともあった。

 本物かもしれない、フォレストにそう思わせるほど彼は呼吸するように術を使っていた。


「お前が……マクリル……」

「そうだけどそうじゃない。マクリルの名を悪用してるのもいれば、偽っても真面目にやってる奴もいる」

「偽ってるくせに真面目なんてことないだろう?」

「俺は実際に何人か会ったことあるぞ。大魔道士マクリル・トトティルって名乗って人々に救いの手ってやつを差し伸べてた。そうなった経緯は色々だったけど、俺が本物だって言うほうがよっぽど嘘くさい感じだったよ」


 森で見た皮肉げな表情もなく言葉だけを紡ぐ青年にフォレストは抵抗を感じながらも会話を続ける。

 森でそうしていたように。


「その経緯ってのは聞いたんだな、どんな理由だった?」

「それぞれさ、始めは騙すつもりだったが相手に絆されたとか、魔術で人助けしたら勘違いされたとか、善意を働かせようにも疑心の強い村で無理そうだったから信用を得るために名を借りたとかな」

「さっきの言いぶりだとそのままにしてきたみたいだな?」

「もうマクリル・トトティルってのは俺の名であっても真実は別人の名前になってるんだ。俺は魔道士業はほとんど廃業していて世間が思ってるようなことはしていない。だったら誰かが良いように使ってくれればそれでいい」

「悪用してるのもいるんだろ、それも放っておくのか!」

「下手なヤツは悪用できないように過剰に偉大な存在にしてあるんだ。噂ほど俺は何もできないよ。名前だけで畏怖しないようにお人好しってのも強調して噂を流したからな」

「流したってお前がそう仕向けたのか?」

「廃業するのも楽じゃないんだよ。だから未だにこんなところに借り出されてるんだろう」


 暗に未だに彼は国とつながりがあると言ったことになる。

 フォレストは一瞬のうちに様々なことを考え覚悟を決めた。

 逃げ切れない。

 ここで終わる覚悟、リリーも道連れにする覚悟、そして悪あがきでも悪魔のプライドとして彼も終わらす決意。

 殺気立ちながらフォレストは彼に最後に問うた。


「殺すのか?」

「そうだな、そうしろと命令だ」

「魔道士をやめたと言っても所詮国の犬だな」

「いくら憎まれ口を叩かれようが気にならない」

「ハッ! そうか、ならこっちも本気にやるだけだ」

「さっきのは本気じゃなかったってわけか」

「あんなものだと思われてたとは、すっかりなめたれたものだな!!」


 フォレストが巨大な魔弾を放とうとした時だった。

 リリーが彼の前で両手を広げて立っていた。


「ヤダ、やめて!!」

「リリー、どけ!」

「アオ……てかもうリリーって呼んでも問題ないんだったな」


 そう呟きはしても彼はリリーにも容赦はしなかった。

 目の前で両手を広げている背中を思い切り蹴り飛ばすとフォレストもろとも凍らさせていく。

 フォレストは少しでもリリーを守ろうと覆いかぶさるように抱きしめた。

 呼吸まで凍る寸前、突如吹雪はやんだ。

 氷に覆われもう身動きも取れなくなった二人の目の前に見えた二本の足。

 顔を上げることすらできぬところにこ声だけが降り注がれた。


「ここで逃げおおせてそれからどうするつもりだ」

「ッ!!」

「マクリル・トトティルとは俺のことだ、お前たちが探していた人間だろ。その俺に命を狙われてるんだ、お前たちの望みは叶わなくなるんじゃねーの?」


 それは百も承知、逃げ切れるとも思ってもいないが、それを突きつけられれば強がりや反発も言えぬほど打ちひしがれるしかなかった。

 最初から望みなど叶わぬと分かっていた、それでも願わずにいられなかった二人での暮らし。思い返せば穏やかだったのはあの森で暮らした僅かな時間だけだった。それまでも、それからも常に戦い傷つき、癒す時間もないままあらゆる場所を彷徨った。

 それでも捜し求めるしかなかった。二人で生きていく道を。

 決してそれが実現しない、そうフォレストは絶望を目に最後の力で振り仰いだ。

 そこには温度のないガラス球のような瞳があった。


「望みもなくこのまま逃げ回る暮らしが続く」


 降り注ぐ声も心がない。


「それがどうしたッ、お前に関係ないだろう!」

「関係あるから聞いてんだろう、俺はお前たちを捕まえるように命令されてると言っただろう」

「クソッ、それならばここでお前を殺すまでだ!!」


 体の熱という熱で彼に熱球を吐いた。けれど呆気なく避けられる。


「残念ながらまだ死になくはないんでね」


 彼はもう何の手出しもせずに二人を仕留められる。


「カジュ……、やめてよ……リリーもういいよ……」

「リリー!」


 フォレストが体の熱を使ったせいで力の残っていないリリーは体を覆う氷に体力を奪われ意識を保つことも難しくなっていた。

 悪魔に人間のような体温は必要ないが、マクリルの魔術によって作られた氷は二人に確実なダメージを与え続けている。


「リリーは諦めたみたいだぞ、お前も早くそうしろ」

「できるか! 捉えられるくらいなら……」

「死ぬか?」

「……お前も道連れだ」

「だから俺は死ぬ気はないっての」


 そういうと彼はリリーの腕を掴み無理やり引き上げた。

 リリーから微かに悲鳴があがる。


「お前ッ!」

「お前の弱点はリリーだろ、本人に逃げる気がないんだ捕まえるのは簡単だ」

「どうするつもりだ!」

「軍に渡すか、それともお前をおびき寄せる餌にするか?」

「カジュ……」


 ぐったりともう動けないリリーは消え入りそうな声で彼の名を呟くだけ。

 荒い呼吸音が二人分。それだけがその場の音だった。

 彼が光の幕で作ったドームで視界も音も全てが遮断されている。

 地面でさえも何も伝わらないようになっている。

 フォレストは引き剥がされたリリーに必死に手を伸ばそうともがく。

 息も絶え絶えに彼に捕まれたままのリリー。

 生きる望みのなくなった二人を彼はじっと観察した。




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