第七百七十五話 智天使ケルプ(後編)
---三人称視点---
切り上げる様な流線を描き聖剣サンドライトの刀身が智天使ケルプへと迫る。
構わず白銀の長剣を振り下ろすケルプ。
交差する聖剣とケルプのエンジェル・セイバー。
聖剣の切っ先がケルプの右頬を掠め、
ケルプの頬から額にかけて薄っすらと血が滲む。
聖剣サンドライトを捉えるケルプの赤い瞳。
その眼前を大気すら切り裂く様な聖剣が通り抜け、
流れるケルプの銀髪の一片を断ち切る。
風に舞う様に美しい銀髪が宙に散る。
「――ゾディアック・ブレードッ!」
「――ディバイン・ブレードッ!!」
剣聖ヨハンの固有剣技。
対するケルプも大天使が共有する固有剣技で反撃。
だが剣の勢いではヨハンが勝った。
ケルプは力を受け流せず後方に少し弾き飛ばされた。
そのまま神殿の床に叩き付けられるか、
と思われたケルプの肢体が空中で見事に態勢を整え、
鮮やかに右足から流れる様に神殿の床に着地する。
「ほう、本当に大した剣筋だ……」
「そりゃどうも……」
ヨハンの額から大粒の汗が流れ落ちる。
高鳴る心音と乱れる呼吸、その身体が小刻みに震えた。
だがその震えは恐怖からくるものなどでは無い。
全力を賭して挑む極限の戦い。
生死の狭間にあってこそ己の存在を、その生を実感出来る。
強者を下し、己の剣を掲げた瞬間に獲られる悦楽と歓喜。
闘争に生き、剣戟の中でこそ眩い輝きを放つ。
剣聖ヨハンとはそうした純粋なる剣士であった。
だが対するケルプは、何処までも落ち着いていた。
まるで何かを悟ったような表情で、
ヨハンの繰り出す剣戟を飄々とした表情で受け止めていた。
「ヨハン! アナタだけに良い思いはさせないわ。
私も、このアーリアの刀で其奴を攻めてみせるわ」
「分かった、だがくれぐれも油断するなよ。
その大天使、剣の腕も相当なものだよ」
「言われなくても分かってるわ!」
そう言って、女侍アーリアがヨハンの前で出た。
するとケルプもそれに対して何も言わず平常心で剣を構える。
アーリアとケルプ、両者が互いの剣戟の間合いへと踏み込む。
そしてアーリアの愛刀の神楽坂が奔る。
アーリアが放った神速の斬撃がケルプに迫る。
ケルプはアーリアの愛刀の軌道に沿うように自身の長剣を奔らせ、
その斬撃を真正面から受け止める。
手に響く強い衝撃。
剣速、剣の切れ、剣の重さ。
そのどれもが剣聖ヨハンに匹敵するレベルであった。
「ほう、良い剣だな。 それに少し変わった剣だな。
確か刀というサーベルだったな」
「アンタも良い腕をしているわ。
大天使というだけの事はあるね」
「まださ、まだ本気は出してない」
「抜かせっ! ――諸手突きっ!!!」
ケルプは自身に迫る刀を前にして、微かに微笑んだ。
その光景にアーリアの瞳は見開き、次の瞬間、
僅かに軌道を変えた白銀の長剣がアーリアの愛刀の軌道を反らす。
ケルプとアーリアの長剣と刀が両者の頬を掠めて振り切られる。
「――五月雨突きっ!」
ここでアーリアが攻勢に出た。
怒濤の五連突きを放つが、ケルプは慌てない。
その一撃、一撃を確実に防ぎ、そして切り払う。
五連突きは不発に終わり、アーリアが一瞬の隙を見せた
「――ディバイン・ブレードッ!!」
ケルプは鮮やかに右手首を返す事で白銀の長剣を反転させ、
逆手でその柄を掴むとエンジェル・セイバーを一閃させる。
「くっ! させるかっ!」
アーリアも愛刀を縦にして、
ケルプの斬撃を受け止めるが、
その衝撃に耐えきれず、思わず後ろによろめいた。
そして白銀の長剣がアーリアの左腕を捉え、
アーリアの左腕の肉が裂かれ、骨が砕ける鈍い音が響く。
「ぐ、ぐっ!?」
溜まらず呻くアーリア。
そこでケルプがアーリアの左側頭部に右足で上段蹴りを放った。
ケルプの右足がアーリアの左側頭部へと打ち込まれ、
その衝撃で揺らいだアーリアは、態勢を崩し片膝を床に付く。
一方のケルプは、華麗に右足を元の位置に戻すが、
その綺麗な白い頬から、赤い血が滴り床へと落ちる。
アーリアは頭部からの流血で真っ赤に染まり、
歪む視界でケルプを見つめる。
「まだだ! まだ終わらないっ!」
「無理するな! アーリアさん!
――ディバイン・ヒールッ!」
彼女に居たラサミスが咄嗟に上級回復魔法を発動。
するとラサミスの右手から目映い光が放たれて、
アーリアの頭部の傷と左腕の傷を癒やした。
そしてアーリアが左腕を動かすが、
腕の骨折は完治しておらず、彼女は苦悶の表情を浮かべる。
「我は汝、汝は我。 我が名はエリス。
女神レディスよ。
我に力を与えたまえ! 『女神の息吹』!ッ」
今度はエリスが動いた。
エリスがそう呪文を唱えると、
アーリアの身体が白い光に包まれた。
するとアーリアの肉体が物凄い速度で治癒されていく。
「……左腕の骨折も治ったわ!
ラサミスくんとエリスちゃん! ありがとう」
「「いえいえっ!」」
「アーリア、頑張ったがこれ以上は無理するな」
「ヨハン、そうさせてもらうわ」
「良し、アーリアは一度中衛に下がれ。
そしてラサミスくんは前線に上がれっ!
ボクとキミ、そして他の中衛と後衛で力を合わせて戦おう」
「了解ッス」
ヨハンの指示通り、アーリアが中衛に下がり、
ラサミスが前線に躍り出た。
だがケルプは相変わらず落ち着いていた。
そして右手に持った白銀の長剣の切っ先を二度、三度と振って、
切っ先にこびりついたアーリアの赤い血を飛ばした。
「それで良い、貴様等も命がけで挑んで来い。
そうでないとこのケルプは討てんぞ」
こうしてケルプとの戦いの第二ラウンドの幕が切って落とされた。
次回の更新は2026年5月7日(木)の予定です。
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