共犯者
「あぁくそ。結局あの部屋にある資料みたいなのは日本語で書いてなかったから読めねぇし、医務室はどこだかわかんねぇしで最悪だ。全国共通語はやはり日本語かロシア語にするべきだろ…」
心斗は長い廊下を歩きながらぼやく
廊下の壁にはぽつぽつと扉があるが、開く勇気のない心斗にはただの壁に描かれた絵画にしか見えない
結果、等間隔で存在する外を見るためなのか開きっぱなしになっている木の窓から差し込む光だけが光源の薄暗い廊下をトボトボと歩く
「はぁ…。さっきまで夜だったのにもう空が白んでやがる…。こんなことならマウルに医務室がどこにあるか聞いとけゃよかったな。…いやだが、医務室の場所も知らないとなるとさすがに怪しまれるか? というかそもそも、俺こうして魔物の拠点を1人で歩いていていいのか? とりあえず知り合いの魔物にあって医務室の場所を聞いたほうが、いや一緒についてきてもらった方が安心できるな。だが俺の知り合いの魔物って指で数えられるくらいしか」
「あ、いた!」
ブツブツと今後の予定を口に出して考えて歩き続ける心斗の背後から声が上がる
振り返るとそこには金髪で目が隠れた女性の魔物、サチュがこちらに駆け寄ってきていた
「おぉ!丁度いい所に来たな。ちょいとお前に聞きたい事が」
「フンヌゥッ!!」
「アグフッ!?」
サチュは走った勢いそのまま心斗の腹に拳を入れる
心斗は後ろに思いっきり転がり、痛みに身体をよじらせる
「はやく立って下さい。私のストレスはこんなものじゃないですよ」
サチュは仁王立ちで拳をポキポキと鳴らしながら芋虫のようにのたうちまわる心斗に言う
「マジなんなのお前!すぐ暴力振るうとか知能を疑うぜ!」
「知能を疑っているのは私の方ですよ! なんで! 人間に保護されに行った人間が! 魔物の拠点に! 新しい人間を連れて帰ってきてるんですか!?」
「成り行きだよ!!」
「そんな答えで私が納得すると思ったのですか!?」
「思ってねぇけどそうとしか説明できねぇんだよ! 世の中には理不尽な事でも納得しなきゃいけねぇ事があんだよ諦めろ!!」
「なんですかそれ!? それがあなたの考え方ですか!?」
「これが大人の考え方だよ!」
「そんな大人に私はなりたくありません!」
「しらねぇよ!」
2人は顔を突き合わせながら小声で怒鳴り合う
「…で、あなたトガノ様に会ったんですよね? 失礼なことしてないですよね? というか人間ってばれたりしてないですよね?」
走ってきたからか、それとも小声で怒鳴ると言う器用なことをしたからか肩で息をしながらサチュが聞く
「もし人間ってばれてんなら俺の首が今もつながってるわけねぇだろ」
「それもそうですよね…。あぁもうほんと心臓に悪い…。トガノ様とはどんな話したんですか?」
「まぁ色々な。すぐにトガノは呼ばれて出て行ったが、なんか報酬の話しをされたぜ」
「あなたに報酬?」
そんなの必要ないでしょとサチュは目で嘲る
「お前なぁ…。俺様は今、精鋭の奇襲を読み切り勇敢にも一人で立ち向かいなんとか追い返してしかも名高い『台風女』を捕虜として捕まえて来た英雄様だぞ」
「はぁ!? ただ人間達に保護されにいっただけのあなたがなんで今そんな風になってるんですか!? しかも『台風女』って!?」
「『台風女』は【嘘】だ」
「でしょうねぇ! なんでそんなすぐばれるような【嘘】を!?」
「利用価値の1つでも付けねぇと人間の少女なんてここじゃすぐ殺されるだろ」
「だからって、ばれたらどうするつもりですか!」
「その時は俺も人間だとばらして死ぬ覚悟だ」
「ふざっ、やめて下さいよ! せめてあなたは魔物のままで通して下さいよ!」
「だから何でお前は俺が人間だって他の魔物にバレるのいやがるんだよ。ってそうだお前医務室何処だ医務室」
「医務室ですか? それならすぐ近くですよ」
「本当か? ならそこいくからついてこい。作戦会議だ」
「作戦会議?」
「医務室に少女がいるんだよ。少女を俺達が保護してこれからの事を考えなきゃだろ?」
「な、なんで私が心斗さんの人間を保護するのを手伝わなきゃいけないんですか」
「分からないのか? 少女が死んだら俺が人間だと他の魔物に言う。それで何故かは知らないがお前は困るんだろ? ならお前も少女が死なないように手を貸すのがさえたやり方だろ?」
「あなたが少女が死んだくらいで自分も死ぬとは思えないのですが?」
「本当にそう思ってるのか?」
俺の策で子供が2人死んだんだ
最後に生き残ってくれたあの少女も助けられないってんなら、俺は生きてていいわけがねぇ
心斗はサチュの前髪に隠れた目を睨む
「…分かりました。えぇ分かりましたよ!! 分かりましたから睨まないで下さい! ここまできたら共犯になってあげますよ!!」
サチュは諦めたのか、頭を抱えながらも共犯者になることを選んだ
「よし。安心しろよな。お前は今賢い選択をした」
「はいはい有難うございます。それよりはやく医務室行きましょう。これでもう人間が死んでたらわたしのその賢い選択も意味がなくなってしまいます」
「話しが速くて助かる」
「えぇっと…あぁ、あそこですね」
サチュはすぐ近くの部屋の扉を開ける
「うわマジで近くにあったんだな…」
「あっ。」
サチュは扉を開けた瞬間固まる
「うん? あ、サチュ様ですか。それとシントですね」
中は謎の液体の入った瓶がこれでもかと詰められた棚が4つあり、変な植物が干されていて、枯れ草が等間隔で盛られていた
匂いははっきり言って臭い
そこにマウルが立っていてその下の枯れ草には少女が寝かされていた
「マウル様、どうしてここに…?」
「どうしてって…。あぁなるほど。シント、サチュ様に説明していないのですね。サチュ様、この人間の女は」
「あぁマウル様!!」
心斗はマウルが何か言う前に大声で制す
「きゅ、急に大声を上げてどうしたのですかシント」
「申し訳ありません。ですがマウル様、少しよろしいでしょか? 【トガノ様から伝言をあずかっておりますので】」
「トガノ様からですか?」
「【はい。しかも、他の方々には聞かせられない話しです。】なので」
心斗はいきなり隣で大声をあげられて若干不機嫌なサチュを見る
「…なるほど、そういうことなら私は席をはずしますね」
サチュは心斗と目が合うなり言いたいことを察し開けた扉からでていった
「では、そのトガノ様の伝言とは?」
それを確認し、マウルが心斗に話しかける
「はい。【その少女の事なのですが、他の方々には『台風女』と言うことを秘密にしておこうと言うことになりました】」
心斗はサチュと二人で話していた時とは違い真剣な表情を作り、さも大切な話しかのように声を低く小さくし【嘘】を語りだす
「? それはいったい何故?」
マウルもそれにつられ声を小さくし問う
「【その『台風女』は怨みを多く買っております。大切な情報が頭の中に詰まっているからと言っても、もしかしたら激情に流されてしまった方々がその『台風女』から情報を得るよりも前に殺してしまうかもしれないからとのことです】」
「なるほど。確かにその可能性はありますね」
「【えぇ。ですから、情報をひとしきり得るまでは私とマウル様以外にはその少女が『台風女』とばれないよう、普通の捕虜の少女として扱うみたいです。ただ、間違っても死んでしまわないように目は光らせておくようにとのことです】」
「わかりました」
「【そして、その少女の見張りは私が行い、マウル様は『うまく周りに少女が殺してはいけない捕虜』であることを説明するのが任務のようです】」
「…? その役割は逆の方が良いのではないですか?」
「【私もそう思いましたが、トガノ様はこの『台風女』は一度沢山の仲間たちがいるにもかかわらず私に1人に負けています。なので私に1人では立ち向かえないだろうとの考えらしいです。そして、私のような下っ端よりも、やはりマウル様のような上に立つお方が皆様に説明をした方が無駄な手間が省けますし】」
「トガノ様はそこまでお考えになっているのですね」
「はい。さすがは魔物を導くお方です」
「では、早速私はこの人間の説明をみなに伝えて参りますね」
「【あぁマウル様。この話しはあまり広げないようにとのことですので、この少女に興味を持ったり存在を知ったもの以外には話さない方が良いでしょう】」
「つまり?」
「【私はこの少女の近くに常にいますので、『その少女はなんだ?』と説明を求められた際にマウル様をご紹介します。『この少女の事はマウル様に聞いてください』と。なのでマウル様は私に紹介された方以外には説明しない方が話しも無駄に広がないと思います】」
「なるほど。確かにそれなら私も道行く方々にこの話しをしなくても良くてよいですね。そのようにいたしましょう」
「ありがとうございます」
「いえ、シントはよく知恵がまわりますね。それでは、少女の見張りお願い致しますね。私は他の隊の仲間を見てきます」
「はい。いってらっしゃいませ」
マウルは心斗の顔を確認し、扉を開け医務室から出る
「…よく回る舌ね」
入れ替わるように入ってきたサチュは、心斗に言う
「内緒話しを聞く耳の持ち主には言われたかねぇなぁ」
心斗は自分の耳を指さしながらにやけ顔で言う
「これで、他の人達がその人間を殺そうとしたり、不思議に思っても対応が出来るってことね」
「マウルがうまく説明してくれればだが、うまくいくだろ」
「マウル様は人望が厚いからね。たぶんその作戦はうまくいくわ」
「あとは、俺様がこの少女を起きたらうまく制御出来ればだな」
その言葉で2人は不敵に笑い、いまだ眠り姫のように死んだように眠る少女を見降ろすのだった




