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18 二人きりの用具室で……②

 黒宮鳴。

 白髪交じりの髪に丸眼鏡。

 いつでも眠そうな眼差しにやる気のなさそうな弱々しい声。

 この人が講義したら居眠り者続出間違いなしだな。なんなら既に眠いまである。

 母親ということはないだろうが、叔母くらいはありそうかもしれない。

 しかし、白髪以外は年齢不相応な顔つきで、この人がお洒落したらきっと20才くらい若返って見えるんだろうな。

 そういう意味では、見た目だけは綺麗な黒宮とも似通っている気がする。

 ひょっとしたら、年取った黒宮もこんなふうに老けていくのかもしれない。


 ……なんて考えて、そんな何十年もあのストーカー娘と付き合うリアルな想像をしてしまった事実を、記憶から追い出すように頭を振った。

 ともかく、恐らくは黒宮の親戚であろう彼女が今回の作業の担当を務めるらしい。

 名目上お手伝いということだが、実質アルバイトみたいなものだ。

 バーガーショップのバイトと掛け持ちということになるが、日付さえ被らなければどうということもない。

 俺は作業内容と事務手続きの話だけ聞いて、ひとまずはお暇することにした。


「……男の子が入ってくれて助かりましたぁー。女の子だけでは何かと厳しいですしぃー……」


 背後でそんな声がした。

 それにしても、大丈夫だろうか。

 特に影響はないと思うんだが、黒宮の知り合いかもしれない。……というか十中八九知り合いだろう。

 そんな相手のところで作業をすると聞いて、黒宮は嫌がるかもしれない。

 だが、あいつと一緒に複数人で作業をして、他の人間とも折り合いを付けられるというところを学んでもらえれば、それは黒宮の更正に繋がる。

 あいつを真人間にするためには、これは乗り越えなければならない障害なのだ。

 バーガーショップのバイトだけでは、あいつは更正できないからな……。


 そんなふうに思いながら、俺は用具室の扉を引いて廊下へと躍り出る。

 そこで唐突に弾き飛ばされた。


「おぅふッ?!」

「あぅッ?! ご、ごめんなさい!」


 どうやら、出会い頭にぶつかってしまったらしい。

 積み重なったファイルやら段ボールやらを拾ってやって、起き上がったポニテ女子に声を掛ける。


「ごめん、よく見てなかった」

「いいよ、こっちも人がいるとは思ってなかったし……。…………ん?」


 淡い色合いのワンピースの埃を払ったポニテ女子が、考え込むように人差し指を顎に当てる。

 あざとい仕草で答えを得たポニーテールはニッと笑みを『作る』と、俺の抱えた荷物を掻っ攫った。


「よっ! 白里くんじゃん! お久しぶり、元気してた?」


 俺は、言葉を失って立ち尽くすしかできない。

 よりにもよって、こいつとは。

 この女がここにいるとは。

 同じ大学に通っているとは聞いていたけど、学部も違うし逢うことはないと、気休めのように信じていたのに。

 所詮気休めでしかなかったというわけだ。


「ひ、久し振り、白鷺しらさぎ


 心の準備が出来てなかった所為で、声が震えてしまう。

 だが、対称的に白鷺はというと瞬時に取り繕った。

 女は度胸とはいうが、いくらなんでも強すぎるだろうこれは。


「……もうっ! そんなに警戒することないじゃん。……あ、ひょっとして白里くんもバイトするの? 良かった! 一緒にがんばろ!」


 まるで自然だ。作ったとは思えない笑顔。幼馴染みとして適切な対応。適切すぎるくらいに相応しい態度。

 そうあらねばならない。

 そう思ってはいても、ぎこちなさは消えてくれない。

 白鷺のように、仮面を使いこなせない。

 俺には、それができない。


 ぷいぷいと小さく手を振って、白鷺は用具室へ消えた。

 人懐っこい白鷺のことだ。あの講師とも上手くやっていけるのだろう。

 俺は消沈した気分のまま、技術棟を後にした。


――


 目下の問題点はこれだけじゃない。


 今日も休憩室ではシフトの入れ替わりで早番のスタッフたちが煙草をふかしながら駄弁っていた。


「ああぁ~、五連勤だりぃ~!」

「お疲れ様っしょ」

「つーか、次の月曜さ。アイリっち駅前行かない? あたし見たいのあるんだけど!」

「いーよ、何時にしよっか?」

「ええぇ~、俺も行きたい! アイリちゃんとデートしたい!」

「ごめんパス」

「あたしもパスだわ」

「ええぇ~?!」


 生産性のない取り留めのない会話。

 時間を持て余すだけのお喋り。

 それを聞き流しながら黙々と着替える黒宮。

 

 バーガーショップのバイトでは、黒宮は浮いていた。

 客対応が悪いとかそういうわけではない。

 張り付いたようなスマイルだが、一見さんに気づかれるようなものでもない。

 ただ、スタッフ間のやりとりが下手くそだった。


 最初は親切に話しかけてくれた女性スタッフも、碌な反応が返ってこないと知って今では声を掛けようともしない。

 見てくれに騙されて構ってくれた男たちも、 困り果て沈黙する黒宮に呆れて構わなくなってしまった。

 俺以外、誰も黒宮と向き合おうとはしなかった。

 そりゃそうだ。

 今まで誰とも口も聞かずに学校生活を送ってきて、俺にストーキングするまでは家族以外とはほとんど喋ったこともなかったような女の子だ。

 楽しい話題も提供できず、空気を読んだ発言も出来ず、流れも読めなければ、相手の心情も慮れない。

 多少の営業スマイルを身につけたところで、黒宮はコミュ力ゼロだった。

 こいつは俺しか頼れるやつがいない。

 だから、俺がなんとかしてやらなければいけない。

 そう、思ったのだ。


――


 毎度のごとく、バイト帰りに黒宮を誘ってファミレスに入る。

 シフトが一緒の日はお決まりとなったコースで、黒宮がメロンソーダを俺に差し出した。


「どう? 私の唾液付きストローの味は美味しい?」

「ストロー取り替えて来いよ」

「冗談よ」

「知っとるわ」


 なんならこのやりとりもルーチンと化している。

 黒宮の表情はというと、相変わらず乏しい。

 だが、今の環境に思うところがないわけがない。

 だから、どうにかしてやりたい。

 お節介と言われようが、そんなのは今更だ。

 俺のやったお節介に、黒宮はお節介で返した。

 だからそのお返しだ。巡り巡ってなんとやら。

 文句を言われる筋合いなんてない。


「なぁ、黒宮」

「どうしたの白里くん、ゴムを切らしたのなら心配しないで、予備を買ってあるから」

「そんなもの必要としていないし、そもそもする気もないから」

「そう、残念ね……」

「残念なのはお前の思考回路だよ……ってこれ何回目だ?」


 思わず頭をもたげたくなる。

 けど、黒宮はそれに珍しく同意を示す。


「……それ、昨日も言われたわ」


 昨日……? 昨日はバイトなかったと思ったけど。


「他のバイトの子が言ってたわ。毎回おんなじこと言うんだねって」

「……それは……」


 俺がいなかった日の話か……。

 女子同士の会話は時々恐ろしいからな。

 向こうがそういうつもりじゃなかったとしても、傷つくこともあるはずだ。

 コミュ力の低い黒宮が、毎度同じリアクションしか返せないとしても。

 それを指摘するのはあまりにも……。


「……ねぇ、白里くん。……私ってそんなに……おかしい?」


 間違いなくおかしいです。

 とはいえ、それをここで言ってはいけないのは分かってる。

 だがしかし、……どうしたもんかな。


「なぁ、黒宮。……一緒にバイトしないか?」

「……もうしてるでしょう?」

「もう一個」

「…………?」


 強引に話を打ち切った。

 こうして、黒宮の承諾を取った。

 あとは、黒宮講師の件と、白鷺の件だな。


 ……それにしても、こいつがこんなふうに人間関係に悩むなんて、少し意外だったな。

 おかしいおかしいとは思っていたが、ひょっとしたらそれ以外の部分は、意外と普通の女の子なのかもしれないな。

新キャラ出ました。

彼女と白里くんの関係の真相は、そんなに引っ張らない予定です。

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