17 二人きりの用具室で……①
大学には食堂がいくつもある。
広い敷地内に多くの専門分野の棟があり、おおよそひとつの棟に対してひとつの食堂、といったところ。
学園全体で10店舗くらいあるだろうか。
その一つ、多くの基礎学科で使われる中央棟の食堂、〈喫茶KURE〉はそこそこ人気のある食堂だった。
いやまぁ、名前からすると喫茶店と呼ぶべきなのかもしれないけども。それはともかく。
俺たちはそこにいた。
相棒はいわずとしれた腐れ縁の赤飼。
赤飼は夏休みで金髪に染めていたが、それから随分と時間が経ったおかげで脳天だけ黒いプリンヘヤーとなっていた。
そんなカラメルカラーの髪の毛をツンツンに逆立たせて、景気の良い声を上げた。
「俺、芸能科の紺野ちゃんとお好み焼き屋やることになったからさ! 悪いけどしばらくは遊んでやれないんだわ!」
芸能科はアイドルとかタレントとか、そういうのを目指す学科で自由な校風とはいえ、だいぶはっちゃけ過ぎな感のある学科だ。
もちろん卒業したからといって即仕事が貰えるというわけでもないだろう。
ほとんどが職にあぶれるか、地方の地下アイドルみたいのになるらしい。
選択科目で音楽、演劇、芸術などの科目もあるから、他の面でも就活できるんだろうけど、なんとなく頭の悪い子がいそうなイメージがある。先入観かもしれないけどさ。
もちろん、その紺野ちゃんとやらも良く知らない。
まぁ、こいつが騒ぐ以上相当に可愛い子なのだろう。
多少気になるが、このノリに乗っかるのも癪なので、あえてスルーする。
前回の海の件も忘れたわけではない。
「んで、お前はどうするよ?」
そんなふうにこちらを指さしてくる赤飼。行儀が悪いと指摘するのもあまりにも今更だ。
まぁ、それはおいておくとして、俺にも学園祭ではやることがある。
やらなければならないことだ。
「……俺は黒宮を更正せねばならない」
それは俺に残されたたったひとつの使命だった。
初めから分かってはいたが、あいつはおかしい。
狂っていると言っても過言ではないだろう。
このまま卒業して、あいつはまともに生きていけるのか?
俺がフォローし続けないと、あいつは社会不適合者になってしまうのではないか?
もはやあいつは俺無しでは生きていけないのではないか?
そんな疑問が沸々と湧いてきてしまっている。
考えすぎかもしれない。
心配しすぎかもしれない。
けれど、あいつはおかしい。
頭がイカレている。
だからせめて更正させなければならない。
せめて普通の人生を送れるくらいには。
それがなまじ友達になってしまった俺の使命だ。
俺がこの学園で熟さなければならない宿命なのだ。
そんなことを拳を握り熱く語ったところで、赤飼は肩を落として『やれやれ……』といったジェスチャーをする。なんでや。
「少しは進展したかと思えば、肝心なところでこれかよお前は……。まぁいい、あとはなるようになるだろ。俺はお前の面倒を見るだけの幼馴染みキャラで終わるつもりはないぜ。むしろこれからさ! 俺のバラ色の人生はこれから始まるのさ!」
なんだかそんな、芝居染みた声でそう告げると、赤飼は席を立った。
なんだか、俺は納得がいかないが、返す言葉も見つからず、背中を憎々しげに見つめるしかできない。
なんだってんだよ、まったく……。
――
黒宮更正作戦の実体は心底単純だ。
丁度今は学園祭設営期間。
課題と単位さえ取れていれば比較的時間にゆとりがあるのが大学生という人種だ。
当然暇を持て余した学生向けに依頼がいくつも溜まっていたりする。
ものによってはバイト代をもらえるものもあるらしく(薄給だが)、競争率は低くはない。
そんななか、地味な作業は浮きやすく、入りやすい。
そんなわけで、俺は掲示板の中からひとつ、良さそうなものを見つけて早速担当の教員の元へ赴くことにする。
向かった先は技術棟。
建築科とか電気科とかが並んでいる、文系の俺からすると謎エリアだ。
そんな見ず知らずの技術棟を案内板頼りに歩いて5分。
見つけたのは木工室という薄暗い人気の無い部屋だった。
コンコン……。
ノックをするが、返事はない。
ただのしかばねなのだろうか……?
しばらく首を傾げていると、「こっちですよぉ……」という蚊の鳴くような微かな声が聞こえた。
いや、聞こえたのか? 気の所為じゃないのか? 聞こえて欲しいと思っただけの想像の産物なのではないか?
しばらく俺が思考の渦に捕らわれていると、「あのぉ……、見てないで入って良いですよぉ……」。
……やはり声がした。
……隣の部屋だろうか。
頭上の札をみるに、木工用具室というものがあり、声はどうやらそこからするらしい。
おそるおそる扉を開けると、そこには死体があった。
な、なんだってー!
机に突っ伏した様子の、恐らくは女性。
俯せの格好では年齢までは分からない。
しかし白髪交じりの髪の毛から、恐らくは40~50代あたりだろうか。
恨めしそうに手を前へ伸ばしたまま事切れている。
そんな……。さっきの声は一体何だったんだ。
まさか、心霊現象……?
俺は恐ろしくなって一歩退いた。
なんなら逃げる手前だった。
もう少しで悲鳴すら上げそうだった。
だが、それはすんでのところで止められた。
死体が動き出したからだ。
「……バイト希望の子ですよねぇ……。お願いですから逃げないでくださいぃ……」
死体がそんなふうに呟いた。声はややもすると聞き逃してしまいそうだが、隣の木工室が無人のため、なんとか聞き取れる。
ていうか、生きていた。死んでなかった。
ちゃんと目も合わせてくるし、呼吸もしているらしい。
だが、血色は悪いし、声は小さい。
なんなら今にも死体になりそうな人だ。
ひょっとすると、この人が担当の教員か? 男の名前だったような……?
「……ああ、担当の紫堂さんはあんまり学校に来られないのでぇ……。普段は私が担当してますぅ……。黒宮鳴と申しますぅ……」
は……? 黒宮……?
なん……だと……?
いつか来るかもと危惧していましたが、ついに黒宮不在の回が来てしまいました。
……一応違う黒宮さんはいるけども……。
あと、なんだか雰囲気が変わってしまって戸惑う方がいたらすみません。
物語を進めるためにはこうするほかなかったんです。全国の下ネタ愛好家のみなさま、本当に申し訳ありません。




