第八話 才能は努力より重要か?
「へえ、おっきい建物だねぇ」
「この村の公式的なディベートには、慣習的にここが使われていますね」
さっそく大会の受付に来たレイナとロゼは、その建物の大きさに感慨していた。中に入って正面に受付があり、その左右には会場に通じる扉がある。
「ほいじゃ、受付しようか」
2人は受付へ向かった。そこには若い男性がいた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「参加をしたくてね。私とこの子の2人で」
「承りました。ではDブックを拝見いたします」
レイナとロゼは、それぞれ自分のDブックを出した。それを受付に渡した。内容を確認するらしい。
「ロゼさんですね。問題ありません」
受付の彼は溌溂と事務的に答える。
「ただ、レイナさんは、参加資格を持っていないようですね」
「はへ?なんでだい?」
「この村で3戦以上した方でないと、この大会には出場できないことになっています。ですので、2戦であるレイナ様は現在は出場できないということになっています」
「あらら、そうなのね」
「私も初めて参加するので知りませんでした......」
「まあいいさ、てきとーに今どこかで勝ってくれば問題ないんだよね?受付さん」
「勝つ必要はありませんが、期限内であれば問題ありません」
「分かったよ。ありがとう。カップラーメンでも作って待っててね」
そう言って、2人は建物から出た。
「すいません......そのこと知らなくて」
「まあいいのさ。練習にちょうどいい」
周りを見渡すと、おあつらえ向きに『ディベート募集。掛け金1万ゴールド』と書かれた小さな看板があった。現在は誰かとディベートしているようだった。何人かの人間も周りで聞いている。
「行ってみようか」
近づくと同時にディベートが終わったようだった。勝者は、対戦相手を募集していたケイという男のようだ。若いが、理知的な話し方ではある。
「僕の勝ちです。掛け金、お願いします」
負けた男は悔しそうに去っていく。
「さすがだなケイは。崩し方がわからねえ」
そんな声も聞こえてきた。
「さあ!次の挑戦者はいませんか!掛け金1万ゴールド、5ターン制です!」
すると、ロゼがささやいてきた。
「レイナさん、やるんですか?なんか強そうですけど」
「なーんにも問題要らないね。行ってくるよ」
そう言って、レイナはケイに話しかけた。
「私がやるよ。さっさと始めよう」
レイナの挑戦を受け、強気な姿勢にケイは喜んでいた。2人が向かい合うような形になった。司会を志願する男性も現れた。
「その姿勢に感服です。お名前は?」
「レイナだよ」
その名前を発して、すこしざわめきが起きた。
「レイナ......もしかしてニックに勝ったあの......?いやまさか、そうなんですか?」
レイナは面倒くさそうに答えた。
「やってみりゃ分かるさ。テーマはどうするんだい?」
すると、周りにいた者の誰かが案を言い出した。
「『才能は努力よりも重要か?』とかどうだよ。聞いてみたいね君たちの理屈を」
ケイとレイナは合意した。肯定側がケイ、否定側がレイナとなった。
「レイナさん!頑張ってください!そして後で解説してください!」
ロゼの応援を受けながら、ディベートが始まる。
――第一ターン。肯定側、ケイ、立論――
「才能は努力よりも重要であると考えます。
まず、才能がなければどれだけ努力しても高い成果には到達できません。例えば、身体能力や知的能力には個人差があり、それによって到達できる水準が大きく異なります。
したがって、努力はあくまでその範囲内で作用するに過ぎず、結果の上限を決定しているのは才能です。
さらに、歴史に名を残すような人物は、例外なく優れた才能を持っております。このことからも、成功において最も重要なのは才能であると結論づけられます」
――第一ターン、終了――
感覚としてはそれらしいことをケイは言った。それをどう崩すのか、注目はレイナに集まる。
――もしこの女がニックを倒したのなら、興味深い反論をしてくれるに違いない
そんな期待もあった。
――第二ターン。レイナの主張――
「今の君の主張はこう整理できるね。
『才能は能力の上限を決める、ゆえに重要である』
まず確認しよう。『重要』とは何を指している?能力の数値への寄与度なのか、それとも将来のポテンシャルなのか。
もし前者、すなわち結果にどれだけ影響するかを指すなら、君の主張は成立しない。なぜなら、実際の能力値は努力によってしか変化しない。上限がいかに高くても、努力がなければ値は増えない。これは定義からの帰結だ。
逆に後者、つまりポテンシャルの高さを重要とするならば、その定義は危うい。前と重なるけれど、どれだけポテンシャルがあろうと、実際に能力を上げる行為をしない限りはその人の能力は低いままだ。上限が高いだけで全く仕事はできないという存在を認めることは、『重要』という語句の定義には適さない。
したがって、どちらの意味で『重要』を定義しても、あなたの結論は支持されない。
そしてこれは補足だが、歴史に名を残す人物は才能があると言ったが、これはむしろ私の主張を強めてくれる例だ。
彼らは能力の上限が高く、能力も高い。してがって才能があったのは事実だろうが、実際に能力が高い理由は努力したからに相違ない。
結論として、能力の実値に直接寄与する努力の方が重要だ。以上」
――第二ターン終了――
レイナの反論の仕方は、周囲の人間たちからは興味深いものだった。
場合分けをし、そのどちらに対しても適切な指摘をしている。
ケイはレイナの指摘を受け、再立論をする。
――第三ターン。ケイの再立論――
「ご説明ありがとうございます。非常に整理されたご主張だと思います。ですが、その整理には一点見落としがあるように思われます。
あなたは、値を変化させる要因として努力を挙げ、上限を決める要因として才能を位置づけました。しかし、その区別自体が適切ではないのではないでしょうか。
なぜなら、努力によってどれだけ値が変化するか、その変化量そのものが才能によって規定されている可能性があるからです。
仮に同じ努力量を投入したとしても、ある者は大きく成長し、ある者はほとんど変化しない。この差は努力ではなく、才能によって説明されるべきものです。
そうであるなら、努力は単独で値を変化させる要因ではなく、『才能によって決められる要因』に過ぎません。
さらに申し上げれば、努力できるかどうかという性質自体も個人差があり、これもまた才能の一種と考えるのが自然ではないでしょうか。
このように考えると、努力は才能という概念の内部に含まれるものであり、独立した重要要素とは言えません。
したがって、依然として才能の方がより根本的であり、重要であると考えます。」
――第三ターン、終了――
『努力できるのも才能である』という使い古されたような言葉を武器に、ケイは再反論を仕掛けた。
しかしレイナにとってそれは、ある種の詭弁にすぎなかった。
レイナはディベートにおいて、徹底的に論理構造を整理するというスタイルだ。この手の者に詭弁は効かない。
聴衆がケイの立論に反応するよりも早く、レイナは口を開けた。
――第四ターン。肯定側、最終反論――
「君の論理は誤りだ。前提を変化させて運用している。
君は才能を『能力の上限を決めるもの』という前提で立論している。しかし第三ターンにおいては違った意味で用いている。『努力による能力の変化量は才能で決まる』といった。
暗黙に言葉を再定義したともみなしても、努力による能力の変化量は才能によって決定されるべきというのは、非合理的な結論だと言わざるを得ない。因果関係の証明になっていない。
努力によって能力を伸ばす者と伸ばさない者がいたとして、その差が生まれる原因は才能だと断定するには、その他の一切の要因を排除しなければならない。
例えば努力する環境だったり、その方法の適切さや心理的な側面もあるだろう。それらによって同じ努力量でも能力の上昇値が変化することは容易に考えられる。したがって努力による能力の変化量は才能によって決定されるべきというのは、君の論証では証明されない。
『努力できるかどうかという性質も才能の一種である』という主張も同様に反駁される。
以上より、君の『才能』に関する再立論は正しいとは言えない。『重要』の語句は『能力値への寄与度』と定義したうえで、努力のほうが重要である。以上」
――第四ターン終了――
レイナの、素早く客観的な指摘に、周りは息をのんでいた。
次はケイの最終立論である。レイナの指摘を受けてなお、適切な立論ができればよいが、レイナの主張には穴がないように思う。
ケイはなんとか言葉をひねりだした。
――第五ターン、最終立論――
「ご指摘は理解いたしました。しかし、それでもなお疑問が残ります。
あなたの主張に従うのなら、努力こそが結果を決定する主要因であるということになります。ですが現実には、同じように努力しているにもかかわらず、明確な結果の差が生じているのは事実ではないでしょうか。
あなたはそれを環境や方法など複数の要因で説明しようとしましたが、それらをすべて考慮したとしても、なお説明しきれない差が存在するように思われます。
そして、その説明しきれない差こそが、一般に才能と呼ばれているものではないでしょうか。
確かに厳密な因果関係を証明することは難しいかもしれません。しかし、現実に観測される差を最も自然に説明できる概念を採用することは、合理的な態度だと考えます。
また、仮に才能という概念がある程度曖昧であったとしても、それが結果に大きな影響を与えていると考えること自体は否定できないはずです。
したがって、完全な定義や証明が困難であっても、現実の差異を踏まえる限り、才能が努力より重要であるという立場は依然として妥当であると考えます」
――第五ターン、終了――
ケイの主張を聞き、ロゼはレイナの勝ちを確信した。
『説明できない差』を才能と定義するのなら、それはもうなんでも良くなってしまう。説明ではなく名前を付けているだけだ。それでは『なぜそうなるのか』には何も答えていない。才能という言葉は差を説明するために後付けされているだけで、その存在を前提にして議論を進めるのはおかしい。
それに、ケイはいろいろと定義を変えているけれど、結局はレイナの言う『能力の値を変えるのは努力だ』という考えを否定できていないだろうし、どんな定義でも才能それ自体が値を変化させることは示されていない。そうロゼは思った。
「わあ、なんか私もレイナさんみたいな思考になってる......」
司会の男性が現れ、勝者とその理由を告げる。
「勝者は、レイナさんとします」
その瞬間、聴衆はわあっと声を上げた。
本当にニックを倒したレイナなのかもしれないと驚く人間も多かった。
レイナは司会による勝敗の選定理由も聞かずに、お金を受け取りロゼのもとへ行った。
「レイナさん!すごいです!」
「いやいや、今のロゼでも倒せるさきっと。彼のを聞いていろいろと思わなかった?」
ロゼは今さっきの自身の思考を思い出す。
その表情を察したのか、レイナは嬉しそうに言った。
「うんうん。それが成長っていうものだね。どんどん伸ばしていこう」
「はい!」
そうして2人は建物へ戻った。
受付の人は変わっていなかった。
手短にやり取りを済ませ、2人は去る。
「レイナさんは、本心で言うと、才能と努力どちらが重要だと思います?」
ロゼは好奇心から聞いた。
「んーこういう言い方がありなのかは分からないけれど、興味ないなぁ」
「興味?」
その言葉に、一層レイナの価値観を知りたくなった。
「才能が重要だろうと努力が重要だろうと、『学びたいから学ぶ』、『やってみたいからやる』、『強くなりたいから練習する』ってのは変わらないからね。
まああと、仮に才能のほうが重要だとして、『俺には才能がないからやめる!』みたいな風には思ってもらいたくないしね」
ある意味ではレイナらしい、ある意味ではレイナらしくない答えだった。人間としてはとてもレイナさんらしいが、論理学者らしい答えではない。
「ほおお、レイナさんからそんな言葉が聞けるとは」
「どう思われてるのさ私は」
「白黒はっきりつける......みたいな感じですかね」
「答えがあるならね。でも論理で価値判断は行えないからね。お肉が好きかお魚が好きかなんて、そんなん人の好みによるさ」
「なんか、好きです。そういうの」
さっぱりとした答えで好感が持てるとロゼは思った。
「私はたけのこの里派だが、周りには理解してくれない......」
レイナはつぶやいた。
2人は歩いていたが、目的もなく徘徊していたことに今気づいた。
「さあてと、どうしよっか?」
「講義お願いしたいです!証明とか反証って書いていた紙が気になって」
「おお、いいよお。じゃあ一回もどろっか」
「はい!」
時刻はまだ昼頃で、快晴の天気も変わっていない。
レイナは、途中ロゼに似合うアクセサリーをプレゼントして、今日のご飯を買って宿へ帰った。
ご拝読ありがとうございます!
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次回は、ディベートでも重要になる『証明』や『反証』についてを書いてまいります!




