第四話 男女の友情は成立するか?
「レイナさん、命題というのがどういうものなのかは分かったんですが、どうディベートに生かすんですか?」
ロゼはレイナに質問した。
カフェから出た2人は、役所へ向かって歩き始めた。ここからはそう遠くないらしい。それまでに、ロゼは少しでも賢くなろうとレイナに質問をした。
「相手の主張の整理に使えると思う。じゃあ例えば、『私は頭がいいから素敵な女性なんだ』という主張があったとしよう」
「事実ですもんね」
「さあどうだろうか。まとめてみよう」
レイナは溌溂と述べた。
「これは一見1つの主張だけれども、論理的にみると、2つの前提の組み合わせとして表現できる新しい命題だと言えるんだ。こう考えてみよう。
(主張)
私は頭がいいから素敵な女性だ
これを命題論理的に分解してみよう。そうすると、
(前提)
1.私は頭がいい
2.頭がいい ならば 素敵である
(結論)
私は素敵である
こう分けることができるね」
「なるほど!以前レイナさんが言っていた三段論法のようですね」
「そうなんだ。前提というのは専門的には『公理』と呼ばれる部分にあたるかな。そしてそれらを繋ぐ論理、今回の場合は『モーダスポネンス』のこと――を『推論規則』と言うんだ。公理から推論規則に従って新たな命題を作ること、これがいわゆる『証明』だね」
すこし専門性が増してきたが、ロゼはなんとか理解しようと努める。
「でもそれだと、公理があまり正しくないものなら、間違った結論になるんじゃないですか?『頭がいいなら素敵だ』とか、そう言えるのでしょうか。頭がよくても素敵でない人もいます」
「その指摘は正しいよ。確かにこの公理はあやうい。でもこの《《つなぎ方自体は》》、《《論理的には間違っていない》》よね?」
「まあ、それはそうですが......」
「間違った結論かどうかは論理的につながっているかどうかとは関係がないんだ。おかしな公理からはおかしな結論が現れるというだけ。事実、論理の世界では、公理というのは正しいものだと無条件に前提にするものなんだ。《《でもディベートの場合は違う》》。
では本題に入ろうか。ディベートの際にはどう使えるか。これはまさしく、『《《論点を見つけること》》』に使えると思う」
「論点を見つける、ですか?」
「そう。ここからは数理論理というよりも、ディベートに関する私の持論でしかないけどね。
今、『私は頭がいいから素敵な女性だ』という主張に対し、その論理を『私は頭がいい』と『頭がいいならば素敵である』という前提の2つからなると分析した。
つまりね、『私は素敵だ』という主張を崩すなら、『私は頭がいい』と『頭がいいならば素敵である』のどちらかを否定すればいいということになる」
レイナがそう言ったとき、ロゼは、はぁっとした表情になった。
「となると、否定側が言うべき指摘は2つ見えてくるね。『頭がいいのは本当か?』と『頭がいいなら素敵だと言えるのか?』というところかな」
「すごい......私がディベートするとき、いつもどうやって相手の主張を崩せばいいのか分からなかったんです。でも、こんな簡単なことだったんですね」
「そう。主張を聞くときは、どんな前提と推論規則によって結論を導いているのかを考えるとわかりやすい。逆に肯定側として立論するのなら、この関係が崩れないように主張すればいいということになるね」
ロゼはレイナの説明に感心した。いままで分からなかったディベートのやり方が、命題の考え方を取り入れるだけでこうも簡単に表現できるのかと感じた。
話していると、役所が見えてきた。ここはかなり開けた広場のようで、レイナが転生してきたところにあった噴水よりもはるかに大きい噴水があった。その奥には、石作りの大きな建物がある。
地面は石畳で、昼間ということもあり、多くの人でごったがえしている。ディベートをしている声も聞こえてくる。
「いやあ、すごいねえ。小さな村なのかなあと思ったけれど、こんなに大きいとは」
「ここは村でいちばん人が集まるところですね。商店も多くあります」
役所と思われる建物には、ラッセル村役場と書かれていた。
「ラッセルというのはこの村の名前です」
「ラッセルねえ」
レイナは感慨深そうにその名前をつぶやいた。
「名前がどうかしたのですか?」
「数理論理学の1分野に集合論というのがあるんだけど、そこにラッセルのパラドックスというものがあってね。まあ簡単に言うと、このパラドックスのおかげで現代数学の根底をなすZF公理系ってのが考えられて......」
そこまで言った時、レイナは、ロゼがぽかんとした表情をしていることに気付いた。
「ああ、すまないね。つい興奮してしまった」
「は、はあ。なんかすごいですね」
「集合論は私も結構好きな分野でね。いつか教えられたらいいねぇ」
と、その時、後ろからロゼを呼ぶ声が聞こえた。男の声で、乱暴さがある。
「おう?ロゼじゃないか。まだ生きてたとはね」
ロゼはその男を認めた瞬間、怯えたような表情をした。
「隣のお姉ちゃん、すごい美人だな。ディベート下手でも顔だけで生きていけそうだ」
「ねえほんと。頭使わなくても生きていけるなんて羨ましいわねえ」
男はスーツのような、それでいてラフさを感じさせるような服装だった。隣には肩が露出した派手な格好の女がいる。
レイナは臆することなく、不思議そうな顔で平然と答えた。
「えーと、どなた?」
「嘘でしょうあなた!ニックを知らないの!?ニック・コンフォート。コンフォート家の次男よ」
コンフォート......ロゼの名前と同じだ。つまり彼が、この村で最もディベートが強い家の1人なのだろう。
周りには人だかりができていた。ひそひそと話している声が聞こえる。
女の言い方や周りの反応を見るに、ニックは有名な人らしい。
「レイナさん......」
ロゼのその反応で、レイナはいろいろなことを察した。
「へへっ。ちょうどいい。なあ、ちょっとストレス発散を兼ねた暇つぶしに付き合ってくれよ。俺とディベートしようや」
明らかにレイナたちを見下したような言い方だった。ロゼも怯えている。しかしレイナは、あっけらかんと答えた。
「いいよー。ねっ、ロゼ。ちょうどいい練習相手なんじゃない?」
「ああ?練習相手だあ?」
その瞬間、まわりの人たちが急に集まりだした。
――おい!ニックが討論仕掛けたぞ!
――相手は女だ!こりゃおもしれえぞ!
――まじかよ。美人がどんな泣き顔晒す見物だな!
そんな声も聞こえる。
ニックは、自分を練習相手と言われたことに腹が立ったようだった。
「てめえ。なめてんのか?」
「まあねぇ。こんな美女にああも高圧的に出るんだからね。叩けば埃がいっぱい出そう」
ニックに全く怯まない謎の美女の出現に、周りの者は興味津々であった。もっとも、この女がどう辱められるのかという興味だろう。
「おもしれえ。やってやるよ。俺はここ数年、村の者には負けなしなんだ」
ある男性が司会を申し出た。急な出現にレイナは驚いたが、この世界がそういうルールなのだろう。誰でも司会を申し出ることは可能なようだった。
「お二方はディベートに同意したと、それでよろしいですね?」
ニックはうなずいた。しかしレイナはある提案をした。
「私はロゼと2人で参加するよ」
「えっ」
その発言に最も驚いたのはロゼだろう。
「レ、レイナさん!私は......」
「大丈夫。メインの部分は私がやるからさ。ロゼは発言してくれればいいよ」
レイナの申し出に、ロゼはしぶしぶうなずくしかなかった。
「ほお、ロゼとやるのか。こりゃ勝ったな」
ニック、対戦相手がロゼだと知り、より勝ちを確信したようだった。
「では、テーマや立場はどうなさいましょうか」
司会がそう言った時、ニックの隣にいた女が口を開けた。
「男女の友情は成立するか、とかはどう?大人の討論みせてあげましょうよ」
レイナがそういったディープな話題が苦手だと思ったのだろう。しかし全く問題なかった。
「いいよ。立場は?」
全く効かなかったようで、ニックは少し怯んだが、すぐ立て直した。自身で立場を選べることになり、ニックは自信のある方を選んだ。
「俺は成立しないと思うね。反対の立場をとろう。立論もこっちでいいか?」
「ああ、構わないよ」
こうして、レイナとロゼのディベートが始まった。
ターン数制ではなく時間制で、勝敗は司会が決めるというルールとなった。時間はそこまで長くは取らなかった。あくまで暇つぶしという体裁をとるのだろう。
――第一ターン、否定側、ニックの立論――
「男女の友情なんか成立するわけねえ。どんな男女でも、いずれはいい雰囲気になるんだ。そうしたら友情とは言えねえだろう?なあ。
そういえばさ、知ってるか?最近クリスとティアラが不倫してたらしい。お互い結婚してたのにな。いい雰囲気になってしまったらしい。信じられないよな」
クリスとティアラは、村で有名な俳優と女優らしい。
「もっと小さいところならたくさんあるだろう。なんにせよ、どんな男女でもいずれは相手に魅力を見出すものだ。だから友情は成立しない。以上」
――第一ターン終了――
「レイナさん.....どうしましょう」
「落ち着いて。いやあ、本当に練習相手にぴったりだね。まずはさっき言ったように、命題を考えよう。まあこの場合いろんな崩し方があるだろうけど、まずは単純にいこう」
「はい......」
ロゼは自信なさそうにしている。発言は自分だという観念もあるのだろう。
しかし、今はレイナがいる。なるべく冷静に、彼女の言うように分解を始めた。
「えーと、『どんな男女もいい雰囲気になり魅力を感じるから、友情は成立しない』だから......ここにどんな前提があるかを考えると......
(主張)
どんな男女も性的魅力を感じることがあるから友情は成立しない。
(前提)
1.男女である ならば 良い雰囲気になる
2.良い雰囲気になる ならば 魅力を感じる
3.魅力を感じる ならば 友情ではない
(結論)
男女であるならば、友情は成り立たない
こうでしょうか?」
「うん、いいね。まあ、述語論理的に全称量化子を否定すればもっと簡単に反論できるが......まあいい。じゃあこの3つの前提に対する反論をしようか」
「分かりました。えーと、具体的にはどうすれば......」
「そこは任せるよ」
レイナは成長を促すためにも、ロゼに任せた。
ロゼは途中で出てきた知らない単語にすこし驚いたが、気にせずに考え、反論を始めた。
――第二ターン、肯定側の反論―
ロゼは緊張しながらも、深呼吸して答えた。
「ニックの論理には、男女ならいい雰囲気になるという前提と、魅力を感じるなら友情でないという前提があります。しかしこれは正しいのでしょうか?
第一に、男女ならいい雰囲気になるというのは、必ずしもそう言えるのでしょうか。そうならないような関係も大いにあり得るでしょう。例えば家族であるとか、こういう言い方はよくないですが、お互いが容姿に優れないような方たちだった場合です。
第二に、魅力を感じるのなら友情ではないという前提も気になります。そもそも友情というものがどんな感情や状態なのか説明していないと思います。
以上です」
ロゼは話し終えた後、大丈夫だったかと不安にレイナを見た。
レイナは、多少の不備はあるものの、ディベートとして問題のない反論だと、ロゼの耳元でささやいた。
――第二ターン終了――
ニックは驚いた。あのロゼが、こうも整然と話しているのだ。隣のレイナという女のせいだとはすぐに分かった。
ロゼと戦うというよりも、この女と戦うという意識のほうがいいだろうと気を引き締め、反論を始めた。
――第三ターン、反論に対するニックの回答―
ニックは腕を組み、少しだけ真剣な表情で口を開いた。
「なに言ってんだ。母親と息子みたいな特殊な関係を持ち出されたら、そりゃ例外はあるだろうよ。でもな、ここで問題にしてるのは《《成立するかどうか》》だ。例外があるってだけで、それが成立するってことにはならねえだろ。
むしろ重要なのは、一般的な男女関係がどうなるかだ。一定の関係まで近づいた男女が、お互いに魅力を感じるようになるケースは十分に多い。そういう状況では、関係は友情のままではいられなくなる」
ニックは指を軽く立てた。
「それにもう一つ。魅力を感じるなら友情ではないって点についても、これは定義の問題だ。俺は友情ってのは、そういう感情を含まない関係だと考えてる。だからそこに魅力が入り込んだ時点で、それはもう友情とは呼べない」
わずかに口元を歪める。
「結局な、例外をいくつか挙げたところで、一般的な関係の性質は変わらねえ。男女の友情は、成立しないと考えるのが妥当だ」
――第三ターン終了――
ロゼの正確な指摘に、ニックは真っ向から応えた。聴衆は、ほらな、ニックはそう簡単には負けないんだ、どうするんだという目を向けている。
「ど、どうしましょうか」
ロゼは、用意した反論にひるまず答えたニックに対し、ぎくっとうろたえた。しかし、レイナは冷静でいた。
「たしかに、今教えたことだけでは難しいかもしれないね。これはいわば定義の指摘でしかないからね。さらに意識しているのか無意識かは分からないが、明らかな詭弁も使っている。私が引き継ぐよ」
ロゼは力不足を感じたが、
「でもね、最初の主張の分解は正しい。自身の成長を認めてあげてね」とレイナは優しい笑顔で励ました。
―第四ターン、レイナの再反論―
レイナはきっぱりと、まるで科学者の男性かのように語った。科学者なのは間違ってはいないが。
「その回答は不十分だよ。ニックは今、『例外はあるが一般的には成り立つ』と、一般性に関する議論にすり替えた。しかし今回のテーマは『男女の友情は成立するか否か』というもので、事実ニックは最初に『どんな男女もいずれはいい雰囲気になる』と、すべての男女について言及している」
レイナは、自信たっぷりに話す。
「『すべての男女は』という強い立論に対する反証であれば、家族や容姿の劣るものという、いわば特殊な例外も無視してはならない。『すべての男女』にはそういった人たちも含まれるからね。反例が1つでもあるのなら、その主張は誤りだ。
次に、友情の定義を『そういう感情をふくまない関係』と述べたね。これは説明不足と思われるから、詳しい再定義を求めたい。つまり、『そういう感情』とは具体的にどんな感情なのか、改めて明示してほしい。
私からは以上だね」
―第四ターン終了―
レイナが答えた瞬間、どよめきのような声が聞こえてきた。
彼女の反論は、ニックの発言を引用して矛盾を導くというもので、かつ毅然と理知的に話す姿に誰もが感心していた。
まさかあのニックが負けるのか......そんな感情が場に生まれる中、ニックはその雰囲気に負けないように反論した。
――第五ターン、ニックの再反論――
ニックは一瞬だけ黙り込んだが、すぐに鼻で笑った。
「『すべて』って言い方は強すぎたかもしれねえ。でもな、そんな細かい言い方を直したところで、話の中身は変わらねえ。
現実の話をしようぜ。たしかに例外はあるかもしれない。でも、それって本当に友情が成り立ってるって言えるのか?
一時的にそう見えるだけで、時間が経ってどっちかが恋愛感情や性的欲求を持った時点で関係は変わるだろう。親子だって行為をしてしまうことはあるし、ブス同士でも将来そうなる可能性がないとは言えない。可能性が1ミリでもあるだけで、友情の成立なんてしない」
何とか答えるが、その場しのぎ的なものでしかないと、ニック自身でも感じていた。
「友情があったとしても、いずれ形が変わる。だから成立しないって言ってるんだよ」
さらに続ける。
「それと定義の話だが、『そういう感情』ってのは恋愛感情とか性的な欲求のことだ。それが入った時点で、その関係はもう友情じゃなくなる。
結局、お前は『例外があるから俺の主張が成り立たない』って言いたいんだろうが、それは現実の人間関係を見てねえ。ほとんどの場合うまくいかない関係を、『成立する』なんて普通は言わねえ。
だから結論は同じだ。男女の友情は、成立しない」
――第五ターン終了――
ニックは反論を仕掛けた。
しかし、聴衆にはあまり刺さっていないように思われた。
ニックの主張には漠然とした違和感がある。それが何なのか聴衆には分からないが、レイナにはその違和感を鮮やかに言語化することを期待していた。
その期待通り、レイナは淡々とそれを指摘する。そしてここで、ディベート時間が終了したことが示された。
つまり、レイナの反論のあと、ニックそれに答え、それでディベートが終了することとなる。
――第六ターン、レイナの反論―
「詭弁だよ。それも明らかな。時間が変われば関係は変わる?なんの話をしているんだ。それこそ論点のすりかえだよ。
これは『男女の友情は成立するか』という討論であって、『いずれ友情は恋愛感情や性的欲求に変わる可能性があるか』というテーマではない。さらにいえば、ニックがそのテーマを肯定するのなら、それは友情の存在を認めていることになる。友情は存在するという前提がなければ、友情は恋愛感情に変わり得るという結論は得られない。
別の言い方をしようか。『関係が変わる』と言う以上、その前の状態――つまり友情のような関係が存在していることを前提にしている。
にもかかわらず、最終的にはその存在自体、つまり友情を否定する結論を出している。これは明らかに整合していないね」
それは論理的に記述するとこうなる。
(前提)
1.友情がある ならば 恋愛感情 または 性的欲求に変わる
2.友情がある
(結論)
恋愛感情 または 性的欲求がある
前提1が真であるとき、そこから(結論)を導くには、前提2がなければならない。しかし、前提2があるということは、『男女の友情は成立しない』という主張と矛盾する。
レイナは淡々と続ける。
「どれだけ定義を変えようと、君はそもそもの論理構造が危ういんだ。だから君は論理的に間違っている主張をしている。論理というものを勉強することだね」
――第六ターン終了――
レイナが反論を終えてたが、聴衆は静かなままだった。しかしそれは、レイナの指摘が圧巻で、あっけにとられるというものだった。
ニックが負けるというのが信じられなかった。コンフォート家の人間がディベートに負けることは、ロゼ以外ではほとんどありえない。事実、コンフォート家の者が負けるシーンを見たことのある人物は、この広場にはいないだろう。
それをここで見られるというのは、信じがたい出来事だった。
――最終ターン、ニックの回答――
ニックはしばらく黙っていた。周囲の視線が集まる中、舌打ちをひとつして口を開く。
「……理屈としては、そうかもしれねえな」
低く吐き捨てるように言う。
「でもな、それで納得できるかって言われたら別だ。現実の人間関係は、そんなきれいに割り切れるもんじゃねえ。
友情があるとかないとか、そんなはっきりした線で区切れるもんじゃないだろ。さっきも言ったが、関係なんて簡単に変わる。最初は何もなくても、時間が経てばどうなるかなんて分からねえ」
一度、言葉を探すように間を置く。
最後にレイナを見た。しかし、彼女は飄々としていた。それどころか、俺は負けたんだ、この女に勝てなかったんだと一目で分かるような雰囲気もあった。
「まあ......ああ......とにかく、男女間に友情なんてねえんだよ」
それが論理的でない立論であることはもはや明白だった。
それ以上は続かなかった。
――最終ターン終了――
ディベートが終了しても、聴衆は静かなままであった。司会により勝敗決定をいまかいまかと待ちわびている。
司会の男性がニックとレイナ、ロゼの間に立ち、勝敗を告げ始めた。
「勝敗を宣告します。勝者、肯定側。よってレイナさんとロゼさんを勝者とします。次にその理由を話します」
その瞬間、まるでクラブかのように盛り上がった。歴史的な出来事に立ちあえたことと、レイナの反論に対する感動がその場を占めた。
ニックは、信じられないというように自分の手のひらを見ていた。
ロゼも、勝った実感が湧かないというようだった。
「私たち、勝ったんですか......!」
「そうだよぉ。いやあ、反論の基盤を作ってくれたロゼには感謝だね。おかげで話しやすかった」
司会を勝敗を決めた理由を話し始めた。
「ニックさんの立論に対し、その主張を論理的にとらえ、矛盾や説明不足を淡々と指摘した点。そして、論点がずれたことに乗らず、あくまでディベートのテーマに則った論理を展開した点を評価します」
司会は続ける。
「この討論において、互いに賭けたものはありません。よってこれにて当ディベートを終了します」
聴衆は、ニックには目もくれず、レイナたちのほうに駆け寄った。
「あんたすげえなあ!まじかよ!」
「私にもディベートの仕方を教えてください!」
「ロゼさんの最初の指摘に感動しました!」
みんなレイナたちに興味津々というかたちだ。
しかしレイナは、ニックはあくまで練習相手にすぎないという態度で、当初の予定もあり、さらりとかわした。
「悪いねえ。これから用事があってね。ロゼに教えたいこともいっぱいあるからさ」
そう言って、聴衆の間をするすると抜けていった。
役所はすぐそばにあった。
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