第9話 厄災令嬢、勧誘されるッ!
その日の放課後、ソフィアは宣言通り部活動を見て回ることにした。
技術と文化の粋を集めたこのフルール王立学園の部活動は、非常にハイレベルなものだ。
例えば図書部では、併設されている大図書館に収蔵された禁書の取り扱いを学んでおり、魔法化学部では教科書にも載っていない最先端の理論を用いた実験が行われている。
運動部は比較的カジュアルな方針の部活が多いが、そもそも魔法を扱うことに長けている生徒たちが、魔法絡みの種目で好成績を収めるのは当然のことだ。
そんな部活動が盛んに行われている別館の廊下を、ソフィアはゆっくりと歩いていく。
「みんな、頑張ってるのね。どれに参加するか迷ってしまうわ~」
歌うように呟くと、窓辺にいた小鳥がソフィアへと近づいてきて肩に停まる。
「あらあら、小鳥さん。わたくしは止まり木じゃないわよ~?」
差し出された指に小鳥は飛び移り、求愛の鳴き声を美しく奏で始める。そんな御伽噺からそのまま飛び出てきたかのような光景に、通りすがりの学生たちは思わず目を奪われて見蕩れてしまった。
「あれが厄災令嬢のソフィア様……」
「なんて美しいっ……! ぜひ絵のモデルになってもらいたい!」
「くっくっく、本当に厄災なら実験サンプルを……」
美しさに惑わされる者から、打算で舌なめずりをする者まで、彼女を見つめる人物は多岐にわたる。ソフィアは指先の小鳥としばらく戯れた後、そんな群衆たちへと声を投げかけた。
「ねぇ、皆さん。わたくし、部活動に入ってみたいのだけど、おすすめはあるかしら?」
彼女から声をかけられるという光栄を賜ったのだと瞬時に理解した学生たちは、嵐のような勢いでソフィアへと突進した。
「「「ぜひ、うちの部活にお越しください!!」」」
「まあ」
ソフィアの指から、びっくりして小鳥が飛び去っていく。学生たちは口々に自分の所属する部活のプレゼンを始めた。
「図書部はいいところですよ! 禁書が読み放題で!」
「飛行部はいかがですか!? 昔ながらの箒で空を飛ぶ部活なのですが!」
「くっくっく、魔法化学部にご興味は? 興味がなくても、髪の毛の先のほんの1センチだけでもいただきた――」
「マカ部の変態はお退きになって! ここは一緒に花を愛でる園芸部に!」
「ぐはっ」
一部変態くさい動きをしていた生徒が蹴り飛ばされたりはしていたが、ソフィアの周囲に集まった生徒たちはおおむね好意的に彼女を受け入れようとしていた。
ソフィアはうれしさで頬を緩ませてしまいながら、生徒たちに穏やかに返事をした。
「でしたら、順番に案内してくれるかしら」
「「「お任せください!」」」
忠実な騎士のように高らかに生徒たちは返事をする。そして、ソフィアの部活動巡りが始まったのだが――
「あら?」
「きゃあああ! 禁書の棚が真っ二つに!」
「あらあら?」
「魔法の箒が全て怯えて逃げてしまった……」
「くっくっく! 実験用サンプル採取へのご協力感謝する! もう帰っていいですよ」
「あら……」
「うう……」
「その、気を落とさないでください……。ソフィア様のくしゃみで花が全部散ってしまっただけですから、ははは……」
1時間後、ソフィアは土煙を上げる勢いで勧誘者たちの元から逃げ去ると、人気の無い廊下で深いため息をついた。
「はぁ……。なかなか上手くいかないわね。ねぇ、ルファはどうおも――」
いつもの癖でその場にいない従者に問いかけようとして、ソフィアはハッと正気に戻る。そしてぶんぶんと首を横に振ってから己に気合いを入れ直した。
「ダメよ。今日はルファがいなくてもできるって証明するために頑張ってるんだもの。しっかりしないと!」
そんなソフィアのことを窓の外から見守る存在がいた。
小鳥の姿をしたそれは、魔法によって駆動する魔道具の一種だ。
術者と五感を共有することによって、遠く離れた場所にいる人物の様子を探ることができる偵察用魔道具。才能と精密なコントロールを必要とするため、実戦の場では採用されていないそれを操っているのは、中庭の片隅の目立たない場所で目を閉じているルファだった。
「……」
ルファは微動だにせず無言で魔道具のコントロールに集中している。
この魔道具が実戦では採用されなかったのは、魔道具と五感共有している最中、術者が無防備な姿になることも大きな理由だ。
それをカバーするためにルファは、宮廷魔法師によって作られた人払いの護符で、自分の存在を気づかれないように対策していたのだが――
「ルファさん! 何してるんですかー?」
「うわっ!?」
突然至近距離からかけられた声に、ルファは文字通りひっくり返って驚く。慌てて威嚇をする猫のような姿勢で声の方を確認すると、そこにはきょとんとした顔のアステルの姿があった。
「……どうして俺が分かったんです。人払いの魔法をかけていたはずですが」
「そうなんですか? 確かにさっきピリッとしたような……。昔からそういう魔法を壊しちゃう癖があるんです。ごめんなさい!」
どういうことだ。護符を破壊できるのは、護符を作った人間より格上の存在だけのはずだ。まさか彼女の方が宮廷魔法師より、魔法師としての実力が上だとでもいうのか?
混乱と警戒を込めてアステルを睨みつけていると、彼女は不思議そうに疑問を口にした。
「ところでルファさん。ソフィア様はどうしたんです? いつも一緒にいるのに……」
「何だっていいでしょう。あなたには関係ありません」
「あ、そっか分かりました! ルファさん、とうとうソフィア様にウザがられてしまったんですね!」
「うぐっ……! な、何故それを!?」
図星を突かれて冷や汗をかきながら、ルファはアステルから一方後ずさる。アステルは天真爛漫な笑顔のままズバズバと続けた。
「分かりますよ〜。ルファさんって、ソフィア様のそばからずーっと離れないんですもん! 粘着質すぎていつか捨てられるぞーってうちのクラスの方々が陰口を言っていました!」
「ぐぅっ……」
陰口だと分かってるなら本人に伝えるな、だとか、そもそもそんな明るく報告することじゃないだろ、だとか、ルファの内心には棘のある言葉が渦巻いていたが、実際に彼の口から出たのは情けない言い訳だけだった。
「違うんです、俺はただ、ソフィア様が心配で……」
その時、まだパスが繋がっていた小鳥から、ソフィアが動き出したという情報がルファへともたらされる。
慌てて小鳥と意識をリンクさせると、ソフィアがとある部屋の前で立ち止まっている姿が目に入った。
「あら、ここは――」
ドアにかけられた大仰なデザインの看板にはデカデカと『優雅部』と書かれており、どこからどう見ても怪しい団体の根城であることは間違いない。
ソフィアはドアに貼られた張り紙を熟読し、うんと迷った末に、そのドアをノックして部屋へと入っていく。
小鳥もそれを追いかけて、その部屋の中が覗けるような位置を探して回り込んだが――バチッと火花が爆ぜるような音とともに、ルファに送られてきていた情報の全てが突然途絶した。
「っ……!」
衝撃を感じた目を押さえて、ルファの意識は本体へと戻ってくる。そして視界が回復した直後、ルファは弾け飛ぶように別館に向かって走り出した。
「ソフィア様っ……!」
「わわっ!?」
それまで硬直していたルファが、突然風のような勢いで去っていったのを見送り、アステルは首を傾げた。
「何だったんでしょう……。まあいっか!」