第10話 厄災令嬢、優雅部に襲来するッ!
一方その頃。
優雅部のドアをノックしたソフィアは、小柄ながらも凜とした雰囲気の令嬢に迎えられていた。
招かれるままに部屋に入ったソフィアの前で、流れるような動きで令嬢は一礼する。
「ようこそ、我らが優雅部へ。尊い方とお見受けいたしますが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
そう言いながらも令嬢は、ソフィアの顔を直視しないよう目を伏せ続ける。皇国においては、王族やそれに類する立場の人間の顔を、下の身分の人間が見ることは失礼に当たる。
貴人に対しての礼儀として完璧な仕草で挨拶され、ソフィアは即座に「ただの正体不明の留学生としての顔」ではなく、「王妃候補としての貴人の顔」に立ち振る舞いを切り替えた。
「面を上げなさい。今のわたくしはただの一学生に過ぎません。特別扱いは避けるように」
暗に事情があるのだと示しながらソフィアが言うと、令嬢はころりと態度を変え、まるで別人のようにぺらぺらとしゃべり出した。
「あらそう? そうしてくださると、私も助かりますわ。隣国の王妃候補なんて、どう扱うのが正解か分からないもの。国賓クラスじゃない、貴女」
「え?」
さらりと告げられた内容をすぐには飲み込めず、ソフィアはきょとんと目を丸くする。そして、遅れて己の正体をなぜか知られているという事実をソフィアが認識した瞬間、令嬢は人差し指を唇の前に立ててソフィアの言葉を制した。
「私はミニア。少し事情があるだけのただのこの学園の学生よ。あなたと同じようにね?」
言外に詮索無用だと線引きされ、ソフィアは浮かびかけた疑問を飲み込む。
つまり、こちらの秘密を言いふらさない代わりに、ミニアの正体について推測するのも止めるように牽制しているのだろう。
ソフィアが王妃候補だと知っているのは、この国の中枢に位置する人物だけだ。彼女がその関係者だとするなら、その身分を隠して学園生活を送っているということは想像に難くない。
だとすれば、お互いに知らないふりをするのが賢い選択というものだろう。
ソフィアは膝を少し折り、ミニアへと一礼した。
「分かりましたわ。わたくしはソフィア・レムレース。ミニアさんと同じように、ただのソフィアよ」
「ご理解いただけて何よりね。それで? 貴女は一体ここに何の用でいらっしゃったの?」
「うう、実は……」
困り果てたという表情で、ソフィアは話し始める。
「わたくし、従者から独り立ちして、一人で部活動に参加しようと体験入部をして回っていたの。でも、失敗ばかりで落ち込んでしまって……そんなときにこちらの優雅部のドアを見つけて、興味を持ってドアをノックしたのよ」
「へえ、従者から独り立ちを。まあ、気持ちは分からなくもないわ。おいでなさい、うちの部活に体験入部させてあげるわ」
「まあ! ありがとう、ミニアさん! 今度こそわたくし、台無しにしないように頑張るわね!」
明るく気合いを入れるソフィアに、ミニアは嫌な予感がすると顔を引きつらせる。
その時、ソフィアの後ろにある入口のドアが、控えめにコンコンとノックされた。
「あら、今日はお客様が多いわね。入ってもよろしくてよ」
ミニアが許可を出すと、ドアはゆっくりと開き、身長の高い令嬢が遠慮がちに入ってきた。
「失礼致します、私、入部希望で……」
「あらそうなの? お名前を伺ってもよろしくて?」
「ル、ルフィーヌといいます。一年生です……」
いまいち印象に残らない地味な雰囲気を纏うルフィーヌを、ミニアは上から下までじろじろと観察する。ソフィアも同じく、ルフィーヌのことをじっと凝視していた。
冷や汗をかきながら目を泳がせる彼女をミニアはじっくりと見回していたが、ふと息を吐くと、ソフィアとルフィーヌに背を向けた。
「……まあいいわ。本当は貴方のような方を入れるわけにはいかないのだけど、今回だけは許してあげます。感謝なさい」
そのまま歩き出すミニアの後を追いかけて、ソフィアは上品に歩き始める。ルフィーヌはその後ろをぎこちない動きでついていった。
優雅部の奥のドアを開けると、そこには美しい庭園に面したガーデンテラスが広がっていた。
校舎の構造から考えると、こんな広大な庭園が現実に存在できるわけがない。おそらくは空間を歪曲させる魔法がかかっているのだろう。庭園の空から降り注ぐ陽光もきっと偽物なのだろうが、本物と遜色ないほどの柔らかで優しい日差しに、ソフィアは思わず感嘆の声を上げた。
「すごい……とても綺麗な場所ね」
「当然よ。私たちが穏やかに過ごすための場所なんだもの」
ミニアは振り返らずにそう答え、ガーデンテラスで歓談していた令嬢たちに声をかける。
「皆、入部希望の方々よ。体験入部の用意をしてくださる?」
「「「はい、部長」」」
部員たちのうち、従者のような位置で立っていた数名の令嬢が、ミニアの言葉に従ってしずしずと去っていく。
それを見送りながら、ソフィアはほのぼのと言った。
「まあ、ミニアさんはこの部の部長さんだったのね。敬語を使ったほうがよかったかしら」
「フン、貴女に敬語なんて使われたら、こっちが緊張で胃が痛くなるわよ。そのままでいいわ」
気が強そうな顔で鼻を鳴らし、ミニアは皮肉っぽく答える。ソフィアはそれに穏やかな笑みで返しながら、ガーデンテラスを見回した。
「それにしても優雅部というのは、何をする部活なんですの? 運動や研究をしているわけではなさそうだけれど」
「具体的な活動は決まっていないわ。ただ普通に過ごすだけよ」
「普通に過ごすだけ?」
奇妙なことを言われ、ソフィアはこてんと首をかしげる。そんな彼女の後ろで、ルフィーヌは存在感を消して沈黙していた。
そんなルフィーヌの様子に気づきつつも、ミニアは彼女たちを示して説明する。
「ここにいる令嬢たちは皆、高貴な家柄か、将来的に高貴な家に仕える立場の人間なの。彼女たちがどちらの立場の人間なのかは、見ての通り判別できるでしょう?」
「ええ、先ほど準備に向かったのが従者の立場の方々よね?」
ソフィアの答えを受け、ミニアは凜と背筋を伸ばして誇らしげに宣言した。
「高貴な家柄の部員に、従者になる部員が仕えることによって、お互いに貴族社会に出た時の立ち振る舞いを洗練させる。それがこの優雅部の目的よ」
「まあ、とても有意義な部活動ですのね。でも、従者の方々は息が詰まらないかしら」
「そうでもないわよ? 従者は従者同士で交流できるし、高貴な家柄の部員も従者と友人関係になったりしているもの。お互いに不満や意見を伝えることもあるわ。もちろん、立場があるから一線を引いての交流だけどね?」
ミニアは体験入部の準備をしに行った従者たちへと目を向ける。その視線の先では、リラックスした様子の令嬢たちが、穏やかに会話をしながら魔法で椅子を運んでいた。
それを眺めながら、ソフィアは複雑そうな表情で目を伏せる。
「なんだかピンと来ないわ。実家の従者たちは、皆、わたくしのことを恐れるか、何でも許してくれるかの二択だったもの。意見されることなんて一度もなかったし……」
「許す? 貴女、わがままを言うようなタイプには見えないけれど、そんなにヤンチャな生活を送っていたの?」
「いえ、ヤンチャというのは少し違って……わたくしが失敗しても誰も叱らないし、何でも許してくれるのよ。よく屋敷に通ってきてくれた婚約者も、わたくしのことを全肯定するばかりで……」
しょんぼりと肩を落としながら、小声でソフィアは本音を吐露する。それを聞いたルフィーヌはびくりと肩を震わせ、言い訳をしようと口を開きかけて、すぐに閉じた。
「わたくしが、普通の人間と比べたら圧倒的強者である自覚はあるの。でも、だからって全てを許されるのって……なんだか寂しいわ。だから、もしかしたらこの優雅部で築かれている関係のことが、わたくしは羨ましいと思っているのかも」
心底眩しいという表情で、ソフィアは部員たちの様子を眺める。そんな彼女の様子をじっと見ていたミニアは、ふと大きくため息をついてから彼女に問いかけた。
「ソフィア。上に立つ人間に必要なことって分かるかしら」
「え?」
突然の質問に戸惑うソフィアに、ミニアは挑戦的な笑みを浮かべた。
「体験入部の準備ができるまで、まだ少しかかるわ。庭園を散歩でもしながら、今の質問の意味を考えてみることね」




