【84】スターライガⅦ:DRAGON BREATH
スターライガチームといえばトップ層の圧倒的な戦闘力に目が行きがちだが、実際には中堅層も優れた実力を持つ平均レベルが極めて高い組織である。
事実、中堅層のエース格であるヒナ率いるΗ《イータ》小隊は単独で敵陸上戦艦を小破させ、味方部隊の合流後は戦闘の流れを完全に掌握していた。
「(そろそろだと思うけど……)」
敵艦の兵装を地道に潰しながら自身が必要とされる時を待つヒナ。
「アドミラル・エイトケンCICよりレンオアム、聞こえますか? これより艦載機を発艦させます」
その時はすぐにやって来た。
友軍の短距離戦術打撃群艦隊旗艦アドミラル・エイトケンのメルト艦長から通信が入り、発艦する艦載機を守るための援護を要請される。
「……来たわね! みんな、悪いけどこの場は任せるわ!」
「友軍艦隊を援護するんだろ! 分かった、任せておけ!」
友軍艦の位置を確認したヒナはすぐに愛機トリアキスFを加速させ、僚機たちと先程合流したコマージのΖ《ゼータ》小隊に対艦攻撃を任せつつ自身の仕事に取り掛かる。
「(あの艦の手際の良さは想定以上だった。撃ち漏らしの対空兵器があるのが気掛かりね……)」
作戦自体は比較的順調に進んでいる。
強いて言えばアドミラル・エイトケンが艦載艇の発艦準備をかなり手早く済ませてしまったため、敵艦の対空兵器を全て処理し切れなかったことが懸念材料だ。
ヒナ自身としては杞憂に終わるだろうと考えているが……。
「こちらブフェーラ1、速度が出るまでの間だけ――私よりも僚機の援護を優先してやってくれ」
母艦のCIC(戦闘指揮所)に続いて今度は発艦するMF部隊の小隊長であるブフェーラ1――リリスからも通信が入る。
彼女は指揮官としての意識が非常に高いのか、援護の方針について一言申し入れを行う。
「私は自分自身の面倒を見られるだけの技量はあると思っているからね」
「フフッ、私は3人の後輩全員を援護できるだけの技量があるのよ?」
部下への配慮と同時に自分の能力に対する自信を覗かせるリリスのことが気に入ったのか、元オリエント国防空軍アグレッサーとして珍しく対抗心と不敵な笑みを見せるヒナ。
「(若いって良いわね……まあ、私もライガさんたちと比べたら全然ヒヨッコだけど)」
一番気に入ったのは20代後半という若さに由来する良い意味での傲慢さだ。
もっとも、年長者気取りのヒナ(43歳)もオリエント人としては若者の年代に属するのだが。
「スモークグレネード、投下! 投下!」
今まさに艦載機を発艦させようとしているアドミラル・エイトケンに接近したヒナのトリアキスは、同艦のブリッジ付近を掠めながら小型マルチランチャーに装填された複数のスモークグレネードを投下。
意図的にタイミングをずらして甲板上に投下することで散布範囲を拡大し、全長約170mのミサイル巡洋艦を覆い隠すように濃密な煙幕を纏わせるのだった。
◆
一方、こちらは最大最強の敵と対峙している陸上戦艦バクリュウのCIC。
「煙幕による妨害です! 目標の捕捉ができません!」
CICの全天周囲スクリーンに映っている敵艦――アドミラル・エイトケンは灰色の煙幕に包まれており、その効果なのかレーダー画面上での反応が弱くロックオンすることができない。
そこに存在しているのに照準システムが目標を認識しないため攻撃困難な状況に陥っていた。
「やるな、スターライガ……!」
ハイテク化が極まっている現代兵器の数少ない弱点を突くトリックにレーヴェンタール将軍は思わず唸る。
「ロックオンできないなら直接照準で攻撃するまでだ! 使用可能なVLS――垂直発射管を全て開け!」
しかし、彼はあくまでも冷静に対抗策を編み出して指示を飛ばす。
たとえロックオンができずとも兵器自体の"攻撃判定"が無くなるわけではない。
コンピュータに頼らず人の手による制御で照準を行えばいいだけの話だ。
「近接信管と時限信管の比率を5:5に設定! 直撃せずとも至近弾でバランスを崩させればいい!」
超電磁砲の完封に端を発する猛攻で大半の兵装を失っている中、数少ない使用可能な兵装である艦隊空ミサイルの発射準備を命じるレーヴェンタール。
対空攻撃用の弾頭では巡洋艦の装甲は貫けないが、彼の狙いはそちらではなかった。
「艦隊空誘導弾、フォイアーッ!」
ドイツ語交じりの号令が繰り出された次の瞬間、火の手が回りつつあるバクリュウの甲板上から多数のミサイルが一斉発射される。
おそらく、艦のダメージを考えるとこれが最後のミサイル攻撃になるだろう。
「高度2000フィートまで上昇した後、反転して対艦攻撃に入るぞ!」
母艦アドミラル・エイトケンからカタパルト射出されていたリリスのブフェーラ隊はフルスロットルで上昇。
ミサイルを振り切りつつ反撃態勢に移ることを狙っていたが……。
「……ブフェーラ2、遅れているぞ! メカニカルトラブルか!?」
僚機の出遅れに気付いたリリスの表情に焦りが浮かび上がる。
「スラスターに何か異物が挟まっている感じがします! 機首を上げると速度が出せませんわ……!」
隊長機からの問い掛けにブフェーラ2――ローゼルはスラスター周辺の異常を報告する。
彼女の視線はカウル内側の全天周囲スクリーンに表示されている警告灯に向けられていた。
◆
「ミサイル接近! 機首を下げて速度を稼げ!」
「くッ、とにかく加速が鈍すぎる……!」
ブフェーラ隊の3番機ヴァイルはミサイル接近を警告すると同時にE-M理論に基づいたアドバイスを送るが、それに従い早めに急降下へ移行したにもかかわらずローゼルのオーディールM3は速度があまり伸びていない。
「(一機明らかに遅い機体がいる……マズいわね……!)」
ブフェーラ隊の異変を察知したヒナは援護のために動き出す。
これは予め与えられた任務ではないものの、本来の任務である《友軍艦隊の支援》の延長線だと捉えればいい。
艦載機は艦隊が擁する重要な戦力の一つだ。
「ミサイル! 回避、回避ッ!」
遅れて急降下に入ったリリスも回避を叫ぶが、直撃は避けられても完全回避は厳しそうだと感じていた。
……"彼女"が本格的に加勢するまでは。
「CF散布!」
煙幕を迂回し誘導能力を取り戻したミサイルが蒼い可変型MFに向かい始めたその瞬間、クリムゾンとビリジアンの可変型MF――ヒナのトリアキスが間一髪で乱入しミサイルを引き付ける。
捨て身の覚悟でターゲティングを自分に変えさせるだけなら誰でもできるが、彼女はより高度なテクニックを駆使することで自分自身が背負うリスクを軽減していた。
ポイントはMFが標準装備している2種類の防御兵装――レーダー波を乱反射させる"チャフ"と赤外線センサーを撹乱する"フレア"だ。
「デコイを撒きつつ射線上に割り込むことでミサイルのロックを外したのか……!?」
同僚の危機を華麗に救ってみせたスターライガ機のスマートな立ち回りにヴァイルは驚きを隠せない。
「理論的には確かに可能だが……それを実戦で咄嗟に行えるのは相当の技量を持つエースドライバーだけだ」
部下とは対照的にリリスは一連のアクションを冷静に分析していた。
やろうと思えば自分も同じことはできるはずだ。
しかし、ロービジ塗装ながら鮮血のような赤をメインカラーとするMFは動きに全く躊躇が無かった。
「(自分に攻撃を誘引しつつ、その全てを回避する――理想的な援護防御と言えるな)」
味方機を敵の攻撃から庇う行動全般をMFの分野では"援護防御"と言う。
一般的に庇う側は被ダメージを想定すべきとされているが、その常識を覆すやり方を目撃したリリスはスターライガチームの平均レベルの高さを改めて思い知らされた。
「あの機体……前の戦争でも間近で見たことがある……」
「3年前のオデーサ以来かしら? その時からそれなりに腕を上げたみたいね」
そして、危機を回避したローゼルのオーディールを気遣うようにヒナのトリアキスが接近してくる。
両者は直接対面こそ無かったが、ルナサリアン戦争終盤の戦いにて今回のように共闘した経験があった。
【アグレッサー】
本来の意味は英語で"侵略側"。
そこから転じて軍隊においては仮想敵国の戦術・戦法をシミュレートし、その研究成果を基に一般部隊への訓練を行う専門性の高い部隊を指す。
演習では主に敵部隊役を演じることが多く、そのため高い操縦技術と同時に訓練相手に対する指導能力も求められる。
平時はアグレッサー専任の部隊としてはアメリカ海軍管轄で映画の題材にもなった"TOP GUN"や日本空軍の飛行教導群、オリエント国防空軍で"実験飛行隊"と付く部隊が特に知られている。
【オデーサ】
ウクライナ共和国の都市。
これまでは"オデッサ"と呼ばれていたが、近年になりウクライナ語の発音に近い"オデーサ"に名称変更する動きが世界的に広まりつつある。




