【80】スターライガⅢ:その名は女神、その力は悪魔
先程スターライガチームを長距離から狙い撃ったのは、優れた戦車砲により対空砲撃が可能な旧ルナサリアン製の試作超重戦車だった。
それに加えて今度は既存の対空車両も攻撃態勢に入り、敵MF部隊が通過するであろうルートを睨みつける。
「高射部隊、対空射撃開始ッ!」
敵航空機が有効射程に入る直前、ルナサリア人の指揮官は射撃開始の合図を送る。
試作超重戦車の砲撃、対空機関砲、地対空ミサイルを織り交ぜた濃密な弾幕がレオポール・セダール・サンゴール国際空港の上空を覆い尽くす。
これを切り抜けて対地攻撃に入るのは不可能――なはずだった。
「は、速いッ!? 1機――いや全機速いぞ!?」
スターライガチームは小型で"当たり判定"が小さいMFの特性を活かし、全ての機体が臆すること無く弾幕に飛び込んだのだ。
その光景を目の当たりにしたアフリカ人有志は自分の所に突っ込んで来るような錯覚を抱いたのか、堪らず対空車両を降りて逃げ出してしまう。
この車両は程無くして撃破されてしまったので、彼の敵前逃亡は結果的に正しい判断ではあった。
「ファイア! ファイア! ファイア!」
恐れを知らない戦士たちを率いるライガのパルトナ・メガミRM(決戦仕様)はマルチロックオンで多数の目標を同時に捕捉すると、豊富な武装にモノを言わせた一斉射撃で敵部隊を圧倒。
腰部可変速レーザーキャノン、マイクロミサイル、右肩部レーザーバスターランチャー、左肩部中射程レールキャノン、12連装MF用ロケット弾――これらを惜しげも無く使うことで文字通り全てを破壊し尽くしていく。
「戦車部隊が一瞬で……!?」
「まさか、躊躇わずに突撃し火力をバラ撒いてくるとは……!」
猛吹雪のような苛烈な攻撃にノイとフタバは太刀打ちできず、味方の戦車部隊の援護よりも自分たちの安全確保を優先せざるを得なかった。
「そ、損傷甚大! 車両を放棄する!」
ただ、幸運なことに完全に破壊された車両は意外なほど少なく、基本的には行動不能になった時点で乗員のアフリカ人有志たちは勝手に脱出していた。
「(しかも、オノゴロの履帯と発動機だけを正確に破壊することで、車両を誘爆を防ぎ乗員の死傷を抑えている……それが"勇者"の慈悲か!)」
これは意図的な"てかげん"であるとフタバは見抜く。
そうでなければ彼らにとって未知の新兵器――脅威になるかもしれない存在を見逃す行動の説明が付かないからだ。
◆
「これでは一瞬で防衛線が崩壊するぞ……! 仕方が無い、積極的に前に出て迎撃する!」
「くッ……了解!」
高射部隊の迎撃による分断という目論見が崩れたノイはフタバを引き連れ、敵指揮官機を直接叩く戦術に切り替える。
陸戦改造型ツクヨミに乗る自分たちと異なり敵MF部隊は全機飛行可能だが、攻撃を仕掛けるため一時的に空中戦を挑むことぐらいはできる。
「ライガさん! ツクヨミタイプが2機突っ込んで来ます!」
「ファーストコンタクトでは手を出すなよ! これは俺の推測だが、指揮系統の頭はあの2機のどちらかだ!」
対するはクローネのシン・フルールドゥリスとスターライガチームの指揮官機であるライガのパルトナ。
"敵を知りたい"という独自の思惑を持つライガはあえて先制攻撃を控えるよう僚機に厳命する。
彼は直感と経験によりアフリカ・ルナサリアンの戦術的中心を見抜いていた。
「敵の司令官自らが……?」
「俺と同じタイプなのさ! いずれにせよ、"お話し"をする前に死なれたら困るな……!」
クローネの疑問に少しだけ微笑みながらフェイントの攻撃態勢に入るライガ。
彼の戦闘力は非常に高いため、本気を出し過ぎると容易く相手を破壊してしまう可能性があった。
「司令、私が仕掛けます! 援護射撃をッ!」
「分かった!」
一方、アフリカ・ルナサリアン側は前衛のフタバを射撃武装主体のノイが援護する戦法で勝負に出る。
「キェェェェェサァ!」
援護射撃を背にフルスロットルで急上昇し、独特な掛け声と共にルナサリアン式機動兵器用実体剣"カタナ"を力強く振りかざすフタバのツクヨミ。
「……お前じゃない!」
だが、乾坤一擲の斬撃をライガのパルトナは身を捩るように回避。
目的の相手ではないことに少し腹を立てたのか、白と蒼のMFは回避運動の直後に素早くキックを叩き込む。
「なッ――ぐッ……!?」
攻撃を外した直後の隙を突かれたフタバは身体が投げ出されそうになるのを堪え、転倒しないよう気を付けながら機体を激しくバウンドさせつつ着地するのだった。
◆
「(あの重そうな機体でユキヒメ様のような動きができるとは……しかも、奴は明らかに加減していた)」
地上に降りてきたフタバ機と合流したノイは驚愕していた。
白と蒼のMFは重装備にもかかわらず平均以上の運動性を発揮し、そのうえで繊細な力加減の足技を繰り出していたからだ。
「そっちの機体に乗っているのが最高司令官だな?」
圧倒的な力を持つ白と蒼のMFを駆るライガは通信回線を開き、無線の周波数をオープンチャンネル用の帯域に切り替えてから敵に向かって語り掛ける。
「地球-月共通回線での通信――その声と言語はオリエント人の男か」
彼が自分のことを見ていると感じたノイは同じ周波数帯域に回線を合わせ、あらゆる可能性を警戒しながら話に応じる。
オリエント人特有の訛り方と中性的な声を聞けば相手の特徴はおおむね分かる。
「ああ……私はライガ・ダーステイ。スターライガの最高経営責任者代行である」
「3年前の最後の戦い、そこでオリヒメ様を討ったという……」
普段とは全く異なる、厳かな口調で名乗り出た男の名前にノイは聞き覚えがあった。
ルナサリアン戦争の最終決戦――ホウライサン包囲戦の最中、ルナサリアン側の指導者であるアキヅキ・オリヒメを討ち取ったとされる人物もスターライガの関係者だったはずだ。
「あの戦いを"最後"と認識できているのなら、なぜ原隊復帰命令を無視して戦後の戦争を続ける?」
ライガは無線越しであっても相手の一言一句を聞き逃さない。
彼はルナサリア語で聞こえてきた"最後"というワードに着目し、自分が感じている疑問をぶつけていく。
「……確かに戦争は終わっている。我々"ルナサリアン"の敗北という結末でな」
それに対してノイは感情的になるわけでもなく、明白な事実だけを淡々と述べる。
その中であえて地球側の単語を使ったのは彼女なりの嫌味だろうか。
「だが、ここにはダカールの市民――アフリカの民がいるのだ。この地を実効支配する勢力の長として、現地住民を守ることは当然の義務であると認識している」
ルナサリアン戦争の敗北については認めざるを得ないし、当時は一介の指揮官に過ぎなかったノイに勝敗を直接論じる資格は無い。
しかし、彼女にはダカール市内に残る市民を戦火から遠ざける責任はあった。
「それは我々も同じ考えだ。地球人の同胞たちを実効支配から解放するべくこの大陸へやって来た」
無論、一般市民を戦いに巻き込むべきではないという常識はライガも弁えている。
彼はアフリカ・ルナサリアンという危険因子の排除こそダカール市民を守る方法であると告げる。
「……アフリカの民を想う気持ちが同じならば、彼らのためにも潔く退いてくれないか?」
そして、彼には敵であっても人的被害は抑えたいという慈悲の心もあった。
◆
もっとも、その言動とは裏腹にサンゴール国際空港には幾多のスクラップの山が築かれている。
「君たちの最後の砦は完全に包囲されている。そして、君たちの切り札である陸上戦艦も"蒼い悪魔"には勝てない」
立ち昇る黒煙を背にそう宣言するライガのパルトナは神々しさを纏った悪魔のように見えた。
彼が引き連れるスターライガチームのMF部隊はさしずめ悪魔軍団と言ったところか。
「今ならまだ引き返せる。国へ帰るんだな……お前たちにも残している家族がいるだろう」
「……地球人のせいで家や愛する人を失った者もいる」
ライガからの"悪魔の囁き"に惑わされること無く静かに反論するノイ。
彼女の部下の中には大切なモノが本土空襲や戦後の杜撰な占領政策で喪われたことを知り、あえて月に帰らず徹底抗戦を続ける道を選んだ者もいた。
「我々が生き残るためにはここで戦わなければならないのだ」
「……やはり交渉決裂か」
自分たちと現地住民の安全を守るためならば、誰が相手だろうと迎え撃つ――。
アフリカ・ルナサリアンの総意をノイが代表して伝えた瞬間、この結末を予感していたライガは肩をすくめながら首を横に振る。
「ならば、致し方が無い……最低限の犠牲でこの空港を奪還させてもらう!」
対機動兵器戦に向いた専用長銃身レーザーライフルを両手に持ち、再び戦闘態勢に入るライガのパルトナ。
「ッ……!」
その姿に背筋が凍りそうなほどの"オーラ"を感じ取ったノイも覚悟を決め、愛機の操縦桿を強く握り締めるのだった。
【地球-月共通回線】
ルナサリアン戦争後に整備された国際的な通信回線。
従来の国際共通通信回線(オープンチャンネル)に暫定ルナサリア共和国が加わった規格であり、これにより同国の艦船や航空機も緊急事態発生時に救難信号を送受信したり、通常の無線周波数が分からない相手との交信が可能となった。




