【79】スターライガⅡ:LAST STAND
ダカール港――。
レオポール・セダール・サンゴール国際空港から南東に8kmほど離れた場所に位置する、旧セネガル共和国で唯一大型艦に対応できる本格的な海港だ。
「(ルナサリアンめ……あんな物まで持って行くつもりか)」
そのダカール港に入港したレヴォリューショナミー潜水艦隊の一隻であるシチューカ級原子力潜水艦"カリマール"のロシア人艦長は心の中で愚痴る。
彼の艦がこれから向かう場所にアフリカのような砂漠は無いのだが、辺境の地で苦楽を共にした兵器にはやはり思い入れがあるのだろう。
幸いにもシチューカ級は超兵器を除いた潜水艦では世界最大級のサイズを誇るため、艦長は貨物室として使うつもりだった格納庫に機動兵器を積載することを許可していた。
「艦長、ブラックシャドー及び赤潮の出港準備完了しました」
「了解した……その2隻から先に出港させろ。本艦も人員と物資の搭載が完了次第追い付くと伝えてくれ」
「ハッ!」
副長から報告を受けた艦長は随伴艦の2隻――オリエント国防海軍のブラックタイド級と日本海軍の黒潮型潜水艦を見やりつつ、リスク分散のため先に出港させることを命じる。
カリマールの準備完了を待っていたら出港タイミングが空襲と重なる危険性があるためだ。
洋上での機動力が低い潜水艦では空襲を回避することは難しい。
「おい、そこの機体のドライバー! この艦に乗り込むならそろそろ護衛を切り上げてくれ!」
続いて艦長は船外活動用の装備品であるトランシーバーを取り出し、潜水艦隊の搬入作業を最後まで護衛してくれた砂漠迷彩の機動兵器――ミツバの陸戦改造型ツクヨミに撤収を促す。
それに対してミツバは機体の右腕を振ることで返答し、携行武装をハードポイントに戻しながらカリマールの格納庫に乗機を収める。
「さーて、新鮮な空気を沢山吸ったし俺も艦内に戻るとするか」
ダカールを出港した潜水艦隊は大西洋の深海を潜航しながらルナサリアン残党の勢力下にある中南米を目指す。
長期間に及ぶであろう航海のための"吸い溜め"を終えた艦長は開放状態のハッチに向かうのであった。
◆
同じ頃、こちらはサンゴール空港を目指して飛行中のスターライガチーム。
「パルトナより全機、これより敵飛行場への攻撃態勢に入る」
自身含めて計8機のMF部隊を率いるライガは全ての味方機に対し攻撃態勢への移行を命じる。
「迎撃機の数はまだ少ない。低空飛行を維持し、脅威となる対空兵器を最優先で排除するぞ」
針路上には陸地が見えているが彼はセオリー通り低高度を維持させ、放置しておくと厄介な対空兵器を先に叩く戦術を採っていた。
友軍艦隊が作戦行動中のダカール市域東側に敵航空戦力が向かったためか、飛行場自体の防衛が手薄になっているのは大変好都合だ。
「了解! こういうシンプルな作戦でこそ腕が鳴るってね!」
敵戦力を上手く分断し、その隙に敵司令部を一気に攻め落とす――。
専属契約を結んだ傭兵で編成されるθ小隊の3番機、ダズル迷彩が特徴的な"YM-GER74D ヴェノムアラーネア"を駆るアレニエ・ヴァリエソワールは地力が求められる状況をむしろ喜んでいた。
それほどまでに自らの操縦技術と愛機の機体性能に自信があるのだろう。
「この射程から攻撃してくる高射砲のことは聞いてないけどな!」
「ただの高射砲ではなさそうだ……!」
一方、彼女の僚機であるリュンクスとパルトネルは高射砲のものと思われる対空攻撃に驚いていた。
実戦経験豊富なこの二人の反応からも分かる通り、普通の高射砲では狙えないはずの高度と距離で攻撃を受けたからだ。
「怯むなよ。的が小さくて素早いMFへの直撃は不可能だ」
もっとも、θ小隊の3人以上に経験豊富なライガは全く動じていなかった。
それを証明するかのように彼のパルトナ・メガミ(決戦仕様)は無駄な回避運動を一切取らず、なるべく速度を殺さないことを心掛けていた。
「……それに敵の対空射撃はハッキリ言ってヘタクソに見える」
そして、前線指揮官に相応しい観察眼を持つライガは薄々ながら勘付いていた。
敵の対空射撃の精度は決して高くないということに……。
◆
「(現代の対空兵器にはレーダーと連動した自動照準システムがある。もっとも、それを使いこなすには専門知識が必要だがな)」
電子技術の発達に伴い兵器の自動化・無人化は著しく進み、今や索敵から攻撃までAI任せにすることは決して珍しくない。
運用責任の明確化と緊急時のバックアップ体制が整えられているのなら別に問題は無い。
しかし、兵器の効率的な運用方法など"人間の知恵"が必要な余地は未だ残されているとライガは指摘する。
「(おそらく、扱っているのは正規の訓練を受けたわけではない素人か……)」
優秀な正規軍人が指揮を執っているならば、地対空ミサイルや迎撃機との連携などもっと厄介な防空網を敷いてくるはずだ。
単純な兵器の性能ではなく、その運用方法の甘さからライガはアフリカ・ルナサリアンの兵士の質を見抜いていた。
……いや、ここまでレベルが低いと兵士であるかさえ疑わしい。
「君が好きじゃないワンサイドゲームになるかもしれないな。駄目元で降伏勧告でもしてみるか?」
嘘のように鋭敏な超感覚を持つとされるイノセンス能力者としての直感で察したのだろう。
リリカは年下の"リーダー"に対しちょっとした提案を行う。
「そうですね……正規軍はテロリストの降伏など認めないだろうが、俺たちは違うアプローチを取ることもできる」
高校・大学時代の先輩からの意見具申に前向きな反応を示すライガ。
依頼主からは遠回しに《テロリストは皆殺しにしろ》という指示を受けているが、オリエンティア的騎士道精神を信念とする彼はそれを望んでいなかった。
たとえ戦時国際法の対象とされない敵であっても、無用な犠牲を生むことは"勇者"の条件ではない。
「呼び掛けが無駄だとしても敵の司令官がどんな人物かぐらいは知っておきたいんです」
ライガもまたイノセンス能力を持つ者の一人だ。
彼はそのチカラで少し先の未来を感じたのかもしれないが、全くの無駄にはならないだろうと意外なほど楽観的であった。
「ライガさん……」
原隊復帰命令に従わない残党軍への降伏勧告など無駄に決まっている――。
上司の決意を目の当たりにしたクローネは喉まで出掛かっていた正論を飲み込むしかなかった。
◆
「ここが私たちの最後の戦場ね……悪くない」
サンゴール空港の敷地内に展開する、愛機陸戦改造型ツクヨミのコックピットからフタバは西の空を見上げる。
「本拠点防衛のために残ってくれた、勇敢なる有志たちに告げる」
その隣に立っているのはアフリカ・ルナサリアン司令官サクヅキ・ノイの専用陸戦改造型ツクヨミ。
既に敵航空部隊に対する迎撃が始まっている中、彼女は機上から全軍に向けて最後の訓示を行う。
同胞たるルナサリア人のうち、非戦闘員の大半と一部の将兵はレヴォリューショナミーの支援で脱出させた。
今、ダカール市域の戦場に残っているのは年長の軍医や整備兵、最前線で戦闘中のごく僅かな兵士――そして地元から徴用したアフリカ人有志たちだ。
「迫りつつある敵の力は強大だ。おそらく、我々の戦力では太刀打ちできないだろう」
サンゴール空港に接近する敵の戦力は航空戦艦1隻と1個大隊規模のMF部隊にすぎない。
だが、それを補って余りある質を敵は持っているとノイは現実を突き付ける。
「しかし、彼女たちは――スターライガは本質的に"勇者"である。戦う意思が無い者の命まで刈り取ることはしない」
世界最強の英雄集団に付け入る隙は無い。
強いて挙げるとすれば……戦う意思を捨てれば命だけは見逃してもらえるかもしれない。
スターライガの祖国オリエント連邦では"勇者"は無用な破壊を好まないという。
「長命種たる我々から見た君たちはまだ若すぎる。私よりも先に死ぬな」
また、100年以上の時を生きられるノイらルナサリア人に比べて地球在来種の寿命はあまりにも短く、しかも徴用されたアフリカ人たちは全体的に10代後半~30代前半の若者が多い。
彼女は自分たちよりも太く短い命を与えられた者たちに死を強いることはできなかった。
「そして……最後の命令を伝える。もしも私が討たれたら、その時は潔く投降せよ」
アフリカ・ルナサリアン司令官として最後になるであろう命令を下すノイ。
自らが倒れるまでは全身全霊を以って戦う。
しかし、その後は残された者たちが自らの意志で最善の選択をしてくれることを望んでいた。
【地球在来種】
古来より蒼い惑星で繁栄し、総人口の90%以上を占める地球人(ホモ・サピエンス・サピエンス)のことを指す。
逆に21世紀初頭に"この世界"に現れ、地球上に定着したオリエント人(ホモ・ステッラ・トランスウォランス)やルナサリア人は外来人種と呼ばれるが、こういった呼称は差別的と捉えられる可能性もあるため注意が必要。




