【68】ダカール奪還作戦Ⅳ:暗雲
ゲイル及びブフェーラ隊が6機で作戦目標のブレーズ・ジャーニュ国際空港を荒らしていたのと同じ頃、彼女らの母艦を含むNATO軍連合艦隊はその遥か東方で大空襲に曝されていた。
「(ええい、砂嵐が思ったほど酷くならなかったのは予想外だったな……!)」
艦隊司令にして艦隊旗艦キング・ジョージ6世(KGVI)の艦長を務めるノリス大将の表情は険しい。
彼はこの地域特有の大砂嵐"ハルマッタン"を利用して艦隊を前進させ、視界不良に乗じて強襲を仕掛ける作戦を立案していた。
ところが、自然現象というのは人間の思い通りには動かないもので、当初の天気予報と異なり"ハルマッタン"はやって来なかった。
甲板上に砂が積もる程度には砂嵐が発生しているのだが、地元の気候に慣れているアフリカ・ルナサリアンに対する目眩ましにはならないだろう。
「艦長! 進軍速度に大きな遅れが生じています!」
「分かっておる! だから待ちの戦術を止めて前進しているのだ!」
副長からの報告に少し苛立ち気味な態度を見せるノリス。
「ぐッ……!」
その直後、至近弾を受けたのかノリスたちブリッジクルーがいるCIC(戦闘指揮所)を激しい揺れが襲う。
「対空射撃を絶やすな! この艦は戦艦ほど硬くはないぞ!」
KGVIは平均的な防御力を持つにすぎない巡洋艦。
分厚い装甲に物を言わせる戦艦のような突撃は難しいため、対艦攻撃には弾幕と回避運動で対処するようノリスは指示を飛ばす。
「空襲さえ落ち着けばフライデーから海兵隊を降ろせるのだが……!」
彼が空襲に神経質になっている理由は随伴艦にもある。
艦隊唯一の全領域強襲揚陸艦"フライデー"を上陸地点へ無事に到達させ、ヨーロッパから遠路はるばる連れて来た各国の海兵隊をダカール市街地へ降ろさなければならないからだ。
敵戦力を殲滅するだけなら艦隊や航空機の攻撃で済ませればいいが、地上施設へのピンポイントな襲撃・制圧や市街地に対する被害拡大を避けるためには歩兵部隊の特性が必要であった。
「艦長……あくまでも遠方からの観測ではありますが、敵飛行場の抵抗が鎮静化している模様です」
しかし、世の中には悪い報せがあれば良い報せもある。
他部署の乗組員と連絡を取り合っていた副長はノリスの所に戻って来ると、針路上に位置する敵飛行場の状況について報告を行う。
「アドミラル・エイトケンに打電! 『自慢のMF部隊を戻して艦隊の直掩に回せ』と伝えろ!」
これ以上飛行場に貴重な戦力を割く必要は無いと判断したノリスはオペレーターの方を振り向き、飛行場制圧に活躍したMF部隊の母艦への打電を命じるのだった。
「(あいつら……私たちがこちらへ出張っているのをいいことに、好き勝手やりやがって)」
一方その頃、飛行場の主要施設及び敵戦力の制圧を完了したセシルは、機体に乗ったままH.I.Sの望遠機能で味方艦隊の状況を確認していた。
もっとも、そんな機能を使わずとも打ち上げ花火のような対空砲火はよく見えていたが……。
「どうした? ――うむ、了解した。遠目に見ていても正直不安だからな」
その時、H.I.S上に通信の呼び出しを意味するアイコンが表示される。
それを見たセシルは発信元のアドミラル・エイトケンCICと通信回線を繋ぎ、同艦のオペレーターであるエミール中尉を介して新たな指示を確認する。
「各機、これより艦隊の直掩に向かうぞ。NATO軍のお偉いさんに『こっちに寄越せ』と捲し立てられたらしい」
交信のついでにメモ代わりに送付されてきたテキストメッセージをH.I.Sに表示しつつ、セシルは通信回線を部隊内のチャンネルに変更。
指揮下の全機にテキストの内容を反映した指示を出す。
なお、件のテキストには"NATO軍のお偉いさん"の台詞は全く記載されていなかった。
「遅れてんのはあっちの方だろうがよ……」
投降した兵士の武装解除をMFに乗ったまま進めているアヤネルが愚痴るのも無理はない。
予定通りに作戦が進行していた場合、彼女が行っている仕事は味方艦隊に乗り込んでいる憲兵に任せるべきだからだ。
「ッ! ゲイル1、西から敵増援が来るぞ! しかもかなり速いみたいだ!」
だが、空港敷地外で警戒に当たっていたリリスの報告により愚痴や文句を漏らせる状況ではなくなってしまう。
「くそッ! サンゴール空港から上がってきた連中か!」
「識別信号を確認――先日の敵部隊と同じですわ!」
ここから西にある目ぼしい飛行場といえば、ダカール市街地の中心部に位置するレオポール・セダール・サンゴール国際空港だけだ。
セシルの予想はローゼルによるデータ照合というカタチで見事的中する。
「(工兵部隊でも連れていない限り、施設の即時復旧は不可能だろう。だが、"月のケルベロス"の戦闘力は放置しておくには危険過ぎる)」
進軍速度の速さを見る限り、足が遅い部隊は引き連れていないであろう敵の目的はおそらくセシルたちだ。
アフリカ・ルナサリアンのエース部隊を無視して艦隊の直掩に戻るという選択肢もあるが、先の戦闘で乗機の右腕を斬り落とされていたセシルはリスクは取らなかった。
「CIC! そちらのレーダーでも敵増援を捉えているな?」
スロットルペダルを踏み込み、愛機オーディールM3を垂直上昇させながらCICと情報のすり合わせを行うセシル。
「我々は敵増援の迎撃に移行する! ノリス大将への言い訳は任せたぞ!」
CIC側の返答を確認した彼女は小言を浴びる前に通信回線を切り、機動力に優れる飛行機型のファイター形態へ変形して僚機たちと合流する。
「敵部隊、交戦距離に入ります!」
「あの砂煙の群れだな……各機、こちらが有利を取れる空から仕掛ける!」
先行していたスレイのオーディールを追い抜いて編隊の先頭に立ち、セシルは地上の様子が視認しやすい低高度で敵部隊の布陣をチェックしておく。
上空からでも目立つ砂煙は地上をホバー推進で疾走することで生じているものだ。
「ブフェーラ3、了解」
「奴らは自分たちのフィールドに引きずり込もうとするが、基本的には挑発に乗るなよ」
ヴァイルの落ち着いた応答を聞く限り心配は無さそうだが、念のためセシルは敵機――陸戦改造型ツクヨミが得意とする地上戦は絶対に挑まないよう注意を徹底させる。
「地上での機動力は明らかにあちらの方が高い。専用装備は当然として、接地圧などセッティングもピンポイントで仕上げているんだろう」
空中からの目測でもハッキリと分かるほど砂色のサキモリの走行速度は非常に速い。
特化型の機体が得意な局面では汎用機のオーディールは分が悪い――とセシルは考えていた。
「ミサイルアラート!」
「全機散開! 敵部隊の後方に回り込め!」
先に動いたのは対空攻撃の手段が限られており、編隊を組んで密集している状態を狙ってきた月のケルベロス。
アヤネルからの警告とほぼ同時にセシルは編隊を解き、先制ミサイル攻撃を回避して反撃態勢に移る。
「ブフェーラ各機はこっちについて来い! 敵部隊を寸断して連携を封じる!」
小隊長のリリスは自己判断でブフェーラ隊をゲイル隊とは別方向に動かし、12機編成の敵部隊の一部を自分たちに引き付ける。
「ブフェーラ2、了解!」
上官たちの優れた指揮もあり、絶好の攻撃位置に就いたローゼルは複雑な回避運動で逃げるツクヨミを完全に捕捉していた。
【Tips】
オーディールは主力量産機としての制式採用を前提に開発された汎用機であり、その方針はエース部隊向けの高性能バージョンとなるM3型も例外ではない。
世界的には汎用性に優れた機体が主流の一方で、特定の目的に特化した機体の需要も小規模ながら存在し、陸戦改造型ツクヨミはそういった要望を受け現場で生み出された機体の一つと言える。




