【60】砂漠の龍
夜のサハラ砂漠で激闘を繰り広げるNATO連合艦隊とアフリカ・ルナサリアン。
その光景を遥か遠くから静観する男がいた……。
「(ふむ……三姉妹は手筈通りにやれているようだな)」
愛用の双眼鏡を構えている、ゲルマン系の風貌が特徴的な男の名はマティアス・フォン・レーヴェンタール。
元ドイツ陸軍所属のアフリカ・ルナサリアンの客将であり、かつては変幻自在な戦いぶりから"ゲルマン・ニンジャ"の異名を持つ戦車乗りとして知られていた。
「将軍、攻撃開始時刻――"ゼロ・アワー"です」
祖国を捨てたレーヴェンタールはいつしか将軍と呼ばれるようになり、戦車から旧ルナサリアンの超兵器陸上戦艦"バクリュウ"に乗り換えてアフリカ・ルナサリアンの重鎮となっていた。
彼のコンバートに際して副官となった旧ルナサリアン出身の女性副長は腕時計で時間を確認し、攻撃開始時刻が迫っていることを告げる。
「槍を放つ時が来た! 超電磁砲、発射用意!」
「了解! 超電磁砲、発射態勢に入ります!」
双眼鏡を下ろしたレーヴェンタールはドイツ語訛りの英語で砲撃手に指示を飛ばす。
バクリュウの同型艦が100cm単装砲を搭載していたのに対し、後から就役したバクリュウは超電磁砲――艦載用超大型レールキャノンを採用していた。
レールキャノンは高仰角による曲射ができず専用弾が必要といった欠点があるが、それ以上に実体弾射撃武装としては最高の直進性及び攻撃力が魅力的だったのだろう。
また、大気圏内ではレーザー兵器は環境の影響を受けやすいという"常識"も考慮されたと思われる。
「HVAP、装填!」
「高速徹甲弾、装填開始!」
先述の通り超電磁砲が使用するのは地球の言語でHVAP(高速徹甲弾)と呼ばれる、発射時の莫大なエネルギーに耐えて目標を撃ち抜く専用弾。
レーヴェンタールの指示の下、砲撃手はコンソールパネルを操作し自動装填装置を制御するのであった。
バクリュウ――。
旧ルナサリアンが建造した超兵器陸上戦艦タケハヅチ型の3番艦。
前大戦の緒戦からアフリカ大陸北部に投入された同艦は攻防共に圧倒的な戦闘力を発揮し、NATO軍によるアフリカ侵攻を幾度となく退けてみせた。
各戦線に余裕が無かった当時はNATO軍単独での突破は不可能とされ、アフリカ侵攻作戦が無期限延期となったのは有名な話だ。
2隻の同型艦が全て撃沈された後もバクリュウだけは生き残り、アフリカ・ルナサリアンが保有する最大戦力としてアフリカ大陸を守り続けている。
「誤差修正上2.2、左1.8!」
前大戦で数多くの敵を葬ってきた自動照準の誤差修正は、各種データを参考に砲撃手が勘と経験で行う。
どれだけ軍事技術が発展しても最後にトリガーを引くのは人間でなければならない。
さもなければ、戦争は人間による制御を完全に逸脱し収拾が付かなくなってしまうだろう。
「味方部隊に射線上より退避するよう通達!」
「バクリュウより作戦行動中の各機、計器投映装置に割り込み表示される予想射線を確認し退避行動に入れ」
CIC(戦闘指揮所)の大型モニターで超電磁砲の射線を確認したレーヴェンタールは味方部隊の退避を指示。
それを受けた通信士は通信回線を開き、最前線で行動中のミヅキ隊に退避行動を促す。
戦術データリンクシステムにより超電磁砲の射線はミヅキ隊の陸戦改造型ツクヨミでも確認できるはずだ。
「敵艦の艦上では姉さん――ミヅキ隊長が戦闘中です!」
「だから、彼女に退避を促せと言っている!」
最前線で交戦中のミヅキ隊2番機ミツバは隊長機――実姉フタバの存在を強く訴えるが、長距離通信で音質が悪いのもあってかレーヴェンタールは少し苛立ち気味に命令を繰り返す。
「敵巡洋艦、照準に捉えました!」
「超電磁砲は連射ができる代物ではない」
砲撃手の報告を聞いたレーヴェンタールは艦長席の背もたれを掴んで衝撃に備える。
「狩人のように一発で確実に決める。発射後は命中の如何問わず光学迷彩羽衣の展開を急げよ」
超長距離砲撃による奇襲というアドバンテージを活かすべく、攻撃後は"光学迷彩羽衣"なる装備を素早く使用するよう指示を出すレーヴェンタール。
「……発射!」
彼がドイツ語で"撃て"と叫んだ瞬間、超電磁砲から蒼い電流を纏った徹甲弾が勢いよく射出されるのだった。
ここで時は少し遡り、バクリュウが攻撃態勢に入る前に戻る。
「相手はたった12機だぞッ! ゲイル隊の実力なら3分も必要無いだろう!」
アドミラル・エイトケンのシギノ副長が怒鳴っているのは決して八つ当たりではない。
彼女はゲイル隊と何度も助け合い、その実力をよく知っていたからだ。
だからこそゲイル隊でも一筋縄ではいかない敵の存在にフラストレーションを感じていた。
「副長殿は無理難題を仰る! 敵機には凄く凄い奴らが混じっているようですぜ!」
事実、CICに言い返しながらもアヤネルは厄介な敵の一機――ヨツバの陸戦改造型ツクヨミと激しい撃ち合いを繰り広げていた。
両者は共に得意な射撃戦で立ち回っているためか、どちらも決め手に欠ける状況が続いていたのだ。
「メルト艦長、ブフェーラ隊を早く発艦させてください!」
そういった膠着状態を打開する手段としてスレイは発艦待機中のブフェーラ隊の出撃を要求する。
比較的自己主張が控えめな彼女が強めの口調で意見具申を行うのは非常に珍しく、逆に言えばそれだけ切迫した事態であるとも指摘できる。
「艦長! 私からも頼む! 無理にでもいいから発艦させてくれ!」
「ダメよ! カタパルト付近に敵機が纏わり付こうとしているわ!」
許可さえ下りればいつでも発艦できる状態で待機中のブフェーラ隊隊長リリスも出撃許可を求めるが、メルトは発艦する瞬間の安全を確保できないことを理由に許可を出し渋る。
「くそッ、上級大佐はこういう時に限って敵エースと遊んでいるのか!?」
こういう時にフリーで動いて脅威を排除できるのはやはりセシルだが、当の本人はアドミラル・エイトケンの甲板上で敵エースと一進一退の攻防を続けている。
シギノの表現は少々語弊があるが、要するにセシル機は徹底的にマークされ行動を制限されていた。
「(セシルに絡んでいる敵機を何とかできれば……そうだ!)」
最高の戦闘力を誇るセシルさえ自由に動ければ、ブフェーラ隊を発艦させるだけの時間は稼げる――。
メルトは何か良いアイデアを閃いたようであった。
「マオ大尉! "エスケープマニューバ6"を試すわよ!」
エスケープマニューバ――。
航空機に比べて動きが鈍重な全領域艦艇に予めインプットされている、操舵士によるマニュアル操作の補助を目的とした回避運動パターン。
この機能により操舵士は特定の操作を行うだけで艦を縦横無尽に動かすことができるのだ。
メルトは操舵士のマオに対しエスケープマニューバの一つ"モード6"の実行を命じる。
「え!? バレルロールですか!?」
モード6は航空機で言うバレルロールに相当する機動。
それ自体はアドミラル・エイトケンの運動性ならば容易に行えるが、今このタイミングで実行しろという艦長の判断にマオは驚いていた。
「本艦に乗り移っている敵機を振り落とす! 総員、速やかに作業を中断し身体を固定せよ! 安全ベルトを着用している者は必ず使用するように!」
反論は認めないと言わんばかりにメルトは指示内容に補足説明を付け加え、艦内放送のアナウンスをしながら自身も座席のシートベルトを着用する。
重力制御装置により艦内では一定ベクトル(通常は船底方向)に重力が維持されるとはいえ、何かの拍子で壁や天井に叩き付けられる可能性もあり得るからだ。
「無理難題を仰るのは艦長も大概だな……!」
「旋回開始!」
シギノが座席に着きシートベルトを着用するのを確認しながらメルトは旋回開始の合図を送る。
「了解! "エスケープマニューバ6"開始!」
マオが操舵輪を動かす際に送られる入力情報から電子制御システムが状況を自動判断し、艦の運動能力をエスケープマニューバ6に最適化する。
本来はエンジン出力と舵を複合的に操作しなければならないが、電子制御が適切に介入することで操舵士の負担は大きく軽減される。
「か、艦長! 8時方向より飛翔体接近――回避間に合いませんッ!」
艦が丁度逆さまになったその時、レーダー管制官のエーラ=サニアが切羽詰まった表情で叫ぶ。
エスケープマニューバ自体は回避運動の一種だが、想定外の攻撃には対応できないどころか被弾リスクが増す恐れがあった。
「何ですって――ぐぅッ!?」
回避不能という言葉に反応したメルトが本能的に身構えた次の瞬間、凄まじい衝撃がアドミラル・エイトケンのCICを激しく揺さ振るのだった。
【Tips】
タケハヅチ型陸上戦艦のネームシップはルナサリアン戦争の中東戦線に投入され、これはスターライガチームの活躍により撃沈された。
一方、オセアニア戦線に投入された2番艦はオーストラリア軍及び日本軍が多大な犠牲を払い撃沈寸前まで追い詰めたものの、鹵獲を避けるためか自沈したと云われている。




