【59】月のケルベロス
ミヅキ・フタバ率いる12機のサキモリ部隊は、スラスター噴射で短距離戦術打撃群艦隊旗艦アドミラル・エイトケンと同じ高度まで上昇。
一定高度まで到達した瞬間に始まった激しい対空砲火を躱しつつ、弾幕の間隙を抜けて対艦攻撃の態勢に入る。
ミヅキ隊が運用する陸戦改造型ツクヨミは地上戦に特化した現地改造が施されているが、原型機譲りの飛行能力が残されているため限定的ながら空中戦もこなすことができる。
「推進装置確認! 旅の途中で悪いが、まずは足止めをさせてもらうぜ!」
サキモリの火力では艦船を一気に撃沈することは難しい。
そのため、アドミラル・エイトケンの後部に回り込んだヨツバは相対的に脆い部分――例えばスラスターに相当する推進装置に狙いを定めていた。
「加農砲をぶち込んでやる!」
射撃を得意とするヨツバのツクヨミは加農砲――サキモリ用携行式榴弾砲を構え、大きく重たい火砲を保持しながら攻撃位置を模索する。
「早くしなさい! 迎撃機が上がって来るわよ!」
「くそッ! ダメだ、攻撃位置に就けねぇ! なんて対空砲火してやがる!」
敵艦に近付くため対空兵器を丁寧に破壊しているフタバから急かされるが、理想的な攻撃位置に陣取ろうとするとどうしても対空兵器の射角に入ってしまうため、ヨツバは攻撃に転じることができない。
加農砲は重力や空気抵抗の影響を強く受けるので、あまりにいい加減な照準だと命中率が低下するのだ。
「姉さん、ヨツバのために対空砲火を引き付けましょう」
シューティングゲームのような弾幕の前に攻め手を欠く中、三姉妹の次女ミツバはアタッカー以外の機体で対空砲火を引き付けることを提案する。
意図的に弾幕が薄くなる空間を作らせるというわけだ。
「ええ……くッ、せめて甲板上に乗り移ることさえできれば……!」
また、より思い切った策としてフタバは敵艦に直接乗り込むことを考える。
自分自身の方には射角を向けられない構造上、確かに甲板は対艦戦闘における最大の安全地帯ではあるが……。
「よし……乗り移れた!」
打ち上げ花火のような対空砲火を掻い潜り、敵艦甲板上に一番乗りを果たしたのは意外にもミツバであった。
存在感が薄くなりがちなほど寡黙な彼女だが、潜在的な度胸は三姉妹の中でもトップクラスと噂されている。
「やるわね! 情報が正しければ艦尾部分に艦載機運用設備があるはずよ!」
次女の機体を確認したフタバは艦載機発艦用と思われる開口部を上空から見つけ出し、そこへ辿り着けるよう誘導を行う。
「あそこか――あ!」
その開口部から上空に向けて展開中のカタパルトを発見し、近距離で確実に高火力を出せる大口径散弾銃を構えるミツバのツクヨミ。
「隊長! 敵艦から新たな飛翔体が!」
だが、彼女が攻撃態勢に入るよりも先にカタパルトから複数の飛翔体が射出。
上空で作戦行動中の僚機は報告と同時に迎撃を試みるが、対空砲火が飛び交う状況では精密射撃は不可能だ。
「違う、艦載機だわ! この状況で強引に発艦させるなんて!」
「どけ! 速度が乗る前に撃墜してやる!」
制空権を取られている状況下で発艦を強行した敵艦の判断に驚くフタバをよそに、下の姉を援護するべく加農砲を構え直すヨツバ。
「発射ぁッ!」
フルスロットルで上昇中の3機の蒼い可変型MFをH.I.S上のレティクルに捉え、ヨツバは操縦桿のトリガーを連続で引く。
「命中せず……!」
三姉妹で最高の射撃技術を持つヨツバの連射自体は極めて正確だったと思われる。
しかし、ミツバが見ていた限りでは残念ながら一発も至近弾になっていなかった。
「後ろに目でも付いてるのか――ミツバ姉、気を付けろッ!」
重力と空気抵抗の影響を強く受ける関係上、自機より高い位置にいる目標への射撃は元々難しい。
それを加味しても3機の蒼いMFの回避能力は異常であり、今日は悉く攻撃が不発になっているヨツバは唇を噛み締める。
そして、3機のうち1機は上昇中に突然急降下へ移行し、そのまま甲板上で行動中のミツバのツクヨミに襲い掛かるのだった。
「くッ……!」
蒼いMFの急降下攻撃に辛うじて反応できたミツバはバックステップでこれを回避。
それによって生じる着地の後隙を狩るつもりだったが、敵機も同じように無駄のないバックステップで隙を打ち消していた。
「(こいつが……"蒼い悪魔"……!)」
ビームソードを二刀流スタイルで構える"蒼い悪魔"の姿に異様な雰囲気を感じ取るミツバ。
「(あの部隊章――アフリカ戦線で猛威を振るい、一時期はヨーロッパ戦線でも存在が確認されていたという"月のケルベロス"か!?)」
一方、蒼い可変型MF――オーディールM3を操るセシルもまた、旧ルナサリアンの国籍マークと部隊章が描かれた砂漠迷彩のツクヨミのことを知っていた。
彼女は3年前の戦争でヨーロッパ及びアフリカを主戦場とする機会は無かったが、これらの地域で暴れ回る三位一体の敵エースの存在自体は噂で聞いたことがあったのだ。
前述の通り3機によるコンビネーションを主軸としていることから、いつしかギリシア神話に登場する三つ首の怪物に因み"月のケルベロス"と呼ばれて恐れられるようになっていた。
「ゲイル1、分かっているな! 甲板上に取り付いている敵機を速やかに排除しろ!」
「了解! あまり遊んでいられる相手ではなさそうだ!」
アドミラル・エイトケンCIC(戦闘指揮所)のシギノ副長からの指示を承諾したセシルは、愛機オーディールを残像が見えるほど素早く加速させて攻撃態勢に入る。
「(速い! でも、接近してくる相手ならば引き付けて散弾銃で……!)」
その驚異的な蹴り出しにミツバは驚愕するが、すぐに落ち着きを取り戻し大口径散弾銃によるカウンターアタックを狙う。
至近距離で攻撃を浴びせればいくら"蒼い悪魔"といえど無傷では済まないはずだ。
「(相手はショットガン持ちか……しかも、あれは大口径だが連射が利かないタイプと見た)」
ショットガンの高火力についてはセシルも警戒心を露わにしていたものの、彼女は陸戦改造型ツクヨミの大口径散弾銃は連射が利かないタイプだと看破。
当たらなければどうということは無いと判断し強気に打って出る。
「発射!」
敵機の格闘武装のリーチを見極め、それが届かないギリギリの間合いから散弾銃を発砲するミツバのツクヨミ。
大口径弾特有の強烈な反動は関節部のショックアブソーバーと立っている足場で受け流して対応する。
「(一発無駄撃ちさせて、そのタイムラグを突いて一気に間合いを詰めればいい)」
当たればただでは済まない散弾を冷静なサイドステップで回避し、次弾を発射される前に間合いを詰めるセシルのオーディール。
格闘戦が得意な彼女は近付けば近付くほど自身の強みを活かせるのだ。
「ッ! 外した!?」
「アタック!」
乾坤一擲の近距離射撃を外したミツバのツクヨミの後隙を見逃さず、セシルのオーディールは前のめり気味にビームソードを振るう。
「散弾銃が……!」
強引に押し込むような攻撃をミツバはなんとか回避できたものの、散弾銃は銃身を斬り落とされたことで使えなくなってしまった。
「噂に違わぬ実力だが……この間合いは私の距離だ!」
並程度の相手だったら今のコンタクトで容易く撃破できたはずだ。
それを許さなかった"月のケルベロス"の一員の実力をセシルは敵ながら高く評価する。
そして、自身が最も得意とするインファイトでは同じようにはいかない――とも。
「ぐッ……!」
格闘戦用の兵装である光刃薙刀を抜刀し、これを巧みに振り回すことでミツバは猛攻を耐え凌ぐ。
世界最強クラスのインファイターたる"蒼い悪魔"相手に格闘戦で渡り合えていること自体が見事なのだが、実際のところ彼女は劣勢に立たされていた。
取り回しの良さでは一般的なビームソードの方が明らかに有利であり、このままでは押し切られるのも時間の問題だろう。
「ミツバッ!」
「隊長! そちらに敵機が向かっています!」
その時、上の妹の窮地を察知したフタバはセシルの部下スレイとの交戦を即座に中止。
スレイのオーディールの追撃を気合いで振り切り、ルナサリアン式機動兵器用実体剣"カタナ"を構えながらアドミラル・エイトケンの甲板上に勢いよく降り立つ。
「ッ!」
頭上から突如舞い降りた剣に斬撃を切り払われ、セシルのオーディールは堪らず後退りしてしまう。
「ね、姉さん……!」
「役割変更よ。あれの相手は私がやる」
ミツバ機を庇うように前に立ちつつ、"蒼い悪魔"をカタナで睨みつけることで接近を許さないフタバのツクヨミ。
その姿はまるで大切な人を守ろうとする防人のようであった。
「あなたは味方機の援護に回りなさい。無論、余裕があれば対艦攻撃をしてもいいわよ」
「わ、分かりました……」
艦上という狭い戦場では2機も必要無い――。
フタバから別命を与えられたミツバは悔しさを露わにしながらも指示を受け入れ、この場から一時離脱を図るのだった。
【光刃】
ルナサリア語で軍事用高出力ビームを意味する言葉。
ビーム刀剣類は"光刃+分類名"で呼び分けられており、例えば一般的なビームソードは"光刃刀"と翻訳される。
なお、軍事用ではない低出力ビームは"射束"と呼ばれている。




