【47】山頂晴れて(前編)
Date:2135/10/12
Time:14:00(UTC+1)
Location:Alps
Operation Name:GORNERGRAT LEAGUE
アルプス山脈――。
オーストリア・イタリア・スイス・ドイツ・フランスといった国々に跨る、ヨーロッパ地域最大の山岳地帯。
「くそッ、降ってきたな……!」
万年雪が降り積もる雄大な山々の上空をリリスたちは飛んでいた。
オーディールM3の全天周囲モニターでは画像処理されているが、実際には視認性に影響を及ぼす程度の雪が降り始めているようだ。
「ゲイル及びブフェーラ隊、こちらはNATO軍所属AWACS"ソルシエール"。本作戦における貴隊らの管制を担当する」
今回は土地勘が無ければ危険な空域ということもあり、NATO軍が早期警戒管制機を派遣してくれていた。
コールサイン"ソルシエール"のオペレーターはなかなかに真面目そうな男だ。
「ゲイル1よりソルシエール、Ravi de vous rencontrer(よろしく頼む)」
AWACSの英語に若干のフランス訛りがあることに気付いたセシルは、相手の母国語による応答を円滑なコミュニケーション方法として駆使する。
「フランス語を話せるのか」
「Juste un petit peu(少しだけな)」
少しだけ驚いたような感じのソルシエールに対し、引き続きフランス語で言葉を返すセシル。
「私たちが分からない言語で話さないでくれよ」
「ソルシエール、早速だが攻撃目標の位置情報を寄越してほしい」
フランス語を聞き取れないアヤネルから苦言を呈されたことを受け、セシルは国際共通語の英語に切り替えて交信を継続する。
「了解。各機、戦術データリンクを更新し最新情報を確認せよ」
ソルシエールが情報確認を怠らないようアナウンスした直後、MF部隊各機のレーダー画面に敵を示す赤い光点が多数表示される。
「……10ヶ所か。ねえ、巡航ミサイルで露払いしてこれなの?」
「見れば分かるだろう。作戦エリアは雲が厚い。この天候では誘導兵器の命中率は少なからず低下する」
最重要目標――レーダーサイトが多く残っていることをスレイに指摘されると、ソルシエールは若干逆ギレ気味に事前の攻撃が上手く行かなかった理由を弁明する。
「また、遅くとも45分後には天気が崩れ始めるという予報が出ている。迅速に任務を遂行せよ」
しかも、運が悪いことに天気は下り坂になるという。
にもかかわらずソルシエールはあまり同情するつもりは無いらしい。
「雪山でのベイルアウトは悲惨だ。地面にキスだけはするなよ」
現時点における唯一のフォローといえば"墜落するな"と忠告してくれたことぐらいだろうか。
「全く、目標の位置を特定するためには接近しないといけませんのに……!」
ある意味無責任な言葉にローゼルは苛立ちを隠さなかった。
「各機、事前に決めた役割分担の通りに行くぞ」
6機という限られた航空戦力を効率良く運用するため、セシルは作戦開始前のブリーフィングで予め役割分担を決めていた。
主な攻撃目標であるレーダーサイトは高価値だが直接的な戦闘力は皆無なので、6機で1つの目標を狙うのは効率が悪い。
「アンノウン捕捉! 目標識別――UAV多数!」
そして、誰もが薄々予想していた通りレヴォリューショナミー側は迎撃機を繰り出してきた。
早期警戒管制機"E-787"の強力な機上レーダーでこれを捕捉したソルシエールはすぐにデータを更新し、敵機の識別情報をゲイル及びブフェーラ隊に提供する。
「ブフェーラ各機、これより航空優勢の確保に向かう!」
「ブフェーラ2、了解!」
「ブフェーラ3、了解」
リリス率いるブフェーラ隊は空対空装備。
彼女は同じ装備構成のローゼルとヴァイルを引き連れ、敵航空戦力を真っ向から迎え撃つように針路を取る。
「よし、私たちの仕事はレーダーサイトの破壊だ」
一方、親友の小隊が空の敵を相手している間にセシル率いるゲイル隊は主目標のレーダーサイトを攻撃する。
こちらは地上目標を効率良く撃破していくために空対地装備を選択していた。
「1人につき3基破壊すればいいですね」
現在確認されているレーダーサイトの数は10基。
スレイの計算だと1基余ることになるが……。
「先日はお前に負担を強いたからな。だから、今日は人一倍働いてやるぜ」
一人だけ作業量が増える役割に自ら志願したのは、不可抗力とはいえ先の戦闘に参加できなかったアヤネルだった。
「そう? じゃあ、アヤネルには4基やってもらおうかな」
「ゲイル3、待機中も怠けていなかったことを証明してみせろ」
一人足りなかったせいでハードワークを強いられたことを根に持っているのだろうか。
スレイもセシルも同僚の"名誉挽回"を特に引き留めようとはせず、むしろ押し付けられる仕事は全て押し付けるつもりでいる。
「一番手近なアレはお前だけで破壊しろ」
セシルが指定した攻撃目標の場所は雪雲を抜けた先の山頂。
雲に遮られている状態では正確なロックオンができないため、雲の中を突破するか高度を上げて接近する必要があった。
「雲の中か……くそッ、しょうがねえな」
前者は視界不良による墜落、後者は対空兵器に狙われるというリスクをそれぞれ孕んでいる。
上官から無理難題を要求されたアヤネルが不満を漏らしながら選んだ行動は……。
「見たけりゃ見せてやるよ……!」
アヤネルは主に中距離以下での射撃戦を得意とする、専門用語で"マークスマン"と呼ばれるタイプのMFドライバー。
正確且つ素早い射撃が求められるため、実務経験者向けの厳しい訓練カリキュラムを合格した者だけがこの上級職を名乗ることを認められている。
「ブフェーラ2、お前の近くにある目標の位置座標を送ってくれ!」
「位置情報の誤差修正ですか? 分かりましたわ!」
AWACSが提供してくれた情報は正確だったが、悪条件下での精密射撃を成功させるにはもっと誤差の少ないデータが必要だ。
そこでアヤネルは目標付近で空戦中のローゼル機の位置情報を使った誤差修正を試みる。
「しかし、いくら貴女が優れたマークスマンと言えど雲越しでの射撃は困難ですわ」
レーダーサイトを目視できる場所を飛行しているローゼルは要請通り新たな位置情報を送信するが、"無謀なチャレンジは控えるように"と念を押しておく。
「いいや、狙い撃ってみせる! お前は敵機の排除と――自分の身を守ることを考えろよ!」
アヤネルには絶対的な自信があった。
そして、戦友のことを気遣える程度の精神的余裕も持ち合わせていた。
「この程度のUAVなど……こうですわッ!」
僻地防衛のために配備されている無人戦闘機LUAV-02はそれなりに厄介だが、ルナサリアン戦争を戦い抜いたローゼルにとってはもはや脅威ではない。
彼女はフェイントを交えた変則的な機動で敵機をオーバーシュートさせると、無防備な後部めがけてレーザーライフルを撃ち込んでいく。
「(ああ言いながらデータはちゃんと寄越してくれるんだ……ツンデレお嬢様の期待に応えないとな)」
スマートな空戦の片手間に提供された位置情報を確認しながらアヤネルは微笑む。
短距離戦術打撃群で一番射撃が上手いMFドライバーはアヤネル――皆の期待を裏切るわけにはいかなかった。
レーダーサイトの主要設備である三次元レーダーは照射した電波の反射で目標を探知するが、この電波は地形を貫通することができない。
そのため、周囲に邪魔な地形が少ない山頂付近に設置されている。
「ゲイル3、命中率を高めるためには目標に接近せよ」
「(実際の攻撃位置における風速及び重力の影響はこれぐらいと仮定して――よし!)」
AWACSソルシエールからの忠告は聞き流しつつH.I.Sのキーパッドで各種パラメーターを入力していくアヤネル。
必要な数値を入れれば後は乗機オーディールの火器管制システムが自動的に補正してくれる。
完全マニュアル操作という方法もあるが、今回はデータが揃っており時間的余裕もあるので電子制御に頼るべきだろう。
「ゲイル3? まさか、その距離から雲を貫いて狙撃するつもりか?」
「ファイアッ!」
蒼いMFの射線上には現在進行形で雪を降らせている灰色の雲が浮かんでいる。
返事が聞こえなかったことをソルシエールが訝しんだ次の瞬間、アヤネルは目標を視認できない状態のまま右操縦桿のトリガーを引く。
彼女のオーディールの機体下面に装備されているレールランチャーの砲身に蒼い電流が迸り、その砲口から同じく蒼い電流を纏った徹甲弾が雷鳴のような轟音と共に高速射出される。
「雲に大穴が……!」
「め、命中……! レーダーサイト1基目の沈黙を確認!」
雷の如き一発はスレイが見ている前で灰色の雪雲を貫き、その先の山頂に設置されていたレーダーサイトに着弾する。
それをレーダー画面上で確認したソルシエールは明らかに驚愕していた。
修正を入れること無く第一撃で決めるとは全く予想していなかったからだ。
「貴機の位置からは目標を視認できなかったはずだ……しかも誤差無しの直撃弾とは畏れ入った」
「フッ、うちの部下は非常に優秀だからな。これぐらいのタスクはやってのけるさ」
驚きを隠せていないソルシエールをからかうようにセシルは笑う。
自慢の部下ならば自らが課した無理難題に必ず応えてくれると信じていたのだろう。
「ゲイル各機、散開! 天候が悪化する前に残りのレーダーサイトも叩くぞ!」
「「了解!」」
ともあれ、これで残る攻撃目標は9基となった。
セシルは効率向上のために部隊を散開させ、自由行動で各々が狙いやすい目標に向かわせるのであった。
【Tips】
セシルは母国語のオリエント語と大学(ヴォヤージュ航空宇宙大学)の必修科目として学んだ英語に加えて、ほぼ独学で習得したフランス語の3言語を話せるマルチリンガルである。
このうちフランス語は必要に迫られて習得したものではなく、セシルの幼少期からの愛読書「星の王子さま」を原語版を読破するために学んだという。




