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幕間 私は、私のためだけに

「そうか、そうか! お前が勇者と予言された子か! ま、安心しろって! こえぇオバケなんか、おじちゃんたちがぶっ倒しちまうからな!」

「こら、乱雑な言葉遣いは慎むで御座る。幼子は影響を受けやすいので御座るよ」

 呵呵と笑う戦士と、思慮深い瞳の鍛冶師。

 それが私の、最も古い記憶だ。


 勇戦士団の敗走後――いよいよ予言に従うしかないと覚悟したフォルトット国王は、私を「勇者」にするべくありとあらゆる戦うすべを教え込むよう命じた。

 生活は鍛錬に埋め尽くされ、私がただの子供として育つ機会はなかった。

 町の人たち、師匠たち、賢者たち、同年代の子供、実の家族も――いつの間にか、誰もが私を「勇者」としてしか見なくなった。

 勝手に期待した。勝手に望んだ。勝手に羨んだ。勝手に敬った。勝手に媚びた。

 “災厄の鬼神”を倒したら、今度は勝手に私を恐れて、迫害するのだろう。


「世界のため、人々のため……私はそんな、偉い奴にはなれない。“災厄の鬼神”を倒した私を恐れて遠ざける皆に、『やっぱりな』って嘲ってやるのが――私の唯一のやる気の源なんだ。……私、だめな勇者だな」

 ある日、厳しい訓練に疲れた時、私は通りすがりの近所の子供に心情を吐露してしまった。きっとその時の私は相当弱っていたのだろう。普段の私は、弱音など吐くことはなかった。私が折れたら、死んでいった戦士たちに申し訳が立たないからだ。こんなことを言えば、どうせ「勇者らしくない」と悲しむか、「そんなの勇者じゃない」と泣かれるかのどちらかだろう。面倒なことになる前に撤回しようとすると、彼が私の手を取った。

「オレは君を怖がったりしない。約束するよ。絶対に、君を笑顔で迎える」

 そんな風に言われるなんて、予想もしていなかった。私がどうしたらいいのか分からないでいる間も、子供はヘラヘラとムカつく笑顔を浮かべていた。


――子供は、サーシャと名乗った。


 それから私は、彼と関わるようになった。私を「勇者」ではなく「友達のユリオロイダ」として扱う彼の隣は、ひどく心地よかった。諦念に染まっていた私の心はゆっくりとほぐされていき、いつの間にか、彼は私にとってすっかり大切な存在になっていた。

 しかし、それをよく見る者ばかりではなかった。私自身は彼と対等に接していたが、周囲は平凡な彼を「勇者の友」にふさわしくないと見なした。それはやがて「勇者につきまとって迷惑をかけている子供」という扱いに変わっていった。そしてある日、私の覚えをよくしようと媚びへつらっていた一派がサーシャに暴力をふるっていたのを知った。

「失せろ」

 私が一喝すると、クソ野郎どもはあっさりと逃げていった。サーシャのケガの様子を見ると、頬と膝に痛々しくあざがうかびあがっているのがわかった。彼は俯いて、ありがとう、と笑った。

 私と目を合わせたくないのだと思った瞬間、剣で胸を貫かれたかのような痛みを感じた。

 私のせいで酷い目に遭ったのだからその反応は至極当然のことだと、頭では理解できた。それなのに、私の心は狂ったように叫んだ――サーシャと離れたくない、と。「こんな事があるならもう友達はやめようか」と私の方から冷静に切り出すべきだったのに、喉からはうわごとのような言葉しか出ない。訓練の痛みも、人々の勝手さへの憤りも、いつもなら簡単に押さえ込めるのに、この叫びをどうにかすることは全くできない。どうすればいい? どうすればおさまる? ああ、とにかく、とにかく彼をこれ以上傷つけたくない。

「ユリオロイダ、ちょっとかがんで」

 サーシャの脈絡のない言葉に、先ほどまで指先一つ思い通りにならなかった身体があっさりと従った。私より少し背の低いサーシャ。目線の合う高さにしゃがんだ私の頬を、彼はむにむにと揉んだ。

「クッキー、パイ、ケーキ、タルト、ええと、羊林檎とかをなんか甘く煮たやつ……」

「サーシャ? 何を……?」

 意図を読めずにいると、彼はにかっと笑い返した。

「母さんから教わったおまじない! 涙が出るときは、お菓子の名前を唱えるといいんだって!」

 彼の言葉に、自分の目が涙を流していたことにようやく気づく。サーシャは私の涙を拭き取ると、また笑った。

「母さんは父さんから教えてもらったんだってさ」

「父さん……」

「そう、勇戦士団団長、ザリアット・ローミラー! ユリオロイダは知ってる?」

 最初はサーシャが何を言っているのか分からなかった。しかし、ザリアットさんとサーシャがつながったことに気がついたとき、全身の血が凍り付くような感覚がした。もし私が幼い子供ではなく鍛練を積んだ戦士として勇戦士団に同行できたなら、彼が家族を置いて死ぬことなど、なかったかもしれないのに。ザリアットさんの家族は、勇者である私を恨んでいるだろうと思っていたのに。彼の立場からしたら、私に思うところがあるに決まっているのに。どうして、当たり前のように私の涙を憂えてくれるんだ?

「なぜ……私にそんなおまじないを?」

 口から滑り落ちた言葉に、サーシャはきょとんとした。

「大切な人が泣いてたら悲しいじゃん」

 なんでそんなこと聞くの、という、心から疑問に思っている表情だった。


「――そうか。じゃあオレ、抜けるな。今まで迷惑かけてごめん」

 え、と声が漏れる。

 予定では私の方から抜けろと提案するはずだったのだが、結果としては計画通りだった。むしろ、旅に出てからずっと彼に罵詈雑言を浴びせていたのだから、彼の行動は当然である。それなのに、私はひどくショックを受けていた。


「がはっ……!」

 地面にたたきつけられ、喉の奥から血があふれる。

 人々に期待されない者を注視しない存在だとしても――己を討ちに目の前にまでやってきた人間を見逃すほど、奴はすっとぼけてはいないようだ。賢者の加護のひとつ「頑強な肉体」によって自動的に発動する癒しの魔術が、身体の傷を治していく。この段階まで来ればもはや必要ない、ニコ――サーシャのもとによこした使い魔の使役を停止した。ようやく、左腕を支配していた痛みが消え失せる。

「やっと本気が出せるぜ……なあ、“災厄の鬼神”!!」

 世界を滅ぼさんとする怪物を、まっすぐに見据えた。


 私は何もかもを傷つけた。蔑みの目も迫害も、喜んで受け入れよう。

 ――結局、私は私のためだけに戦ってきたのだから。


「どうか、幸せになってくれ――私の大切な人(サーシャ)

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