最終話 勇者の旅路
出発前、キルシュラ様は言った。
「人々からの期待を削いだ勇者ユリオロイダに対する“災厄の鬼神”は、勇戦士団が相対したそれより、かなり弱体化している。それでも――まだ、勝利は確実ではない」
ローミラー家の者の声に答えるという「五つ星の剣」。それはほんのわずかの迷いも見抜き、心からの言葉でなければ答えない。オレが心からユリオロイダを想っていると確信が持てない限り、伝えないことになっていた、「五つ星の剣の秘密」。オレはそれを教わった。
「これが、勇者を勝利に導く言葉。『五つ星の剣』に必殺の力を与える言葉」
ズサーク岩山を越えた先。殺風景な荒野にぽつんと存在している、一本の樹木。大小様々な枝が、触手のようにうねうねと動いている。血のように赤黒い花弁が、目くらましのごとく大量に吹き乱れていた。予想外の姿にオレは驚愕するが、ティネマとラミーは冷静だった。
「伝承通りの姿……! 間違いないわ! あれが“災や――」
ティネマが言い終わる前に、ズギン、という重低音が耳元をかすめた。追って、頬がどろりと溶けたような感覚がやってくる。胸元に血が流れ落ちた。
「狙撃です!」
ラミーが叫ぶ。オレがあっけに取られていると、ティネマが舌打ちをした。
「『人々に期待されている者だけ攻撃する』ってだけのことはあるわね……! ラミー!」
「はい! 曲折魔術、発動します!!」
ズギン、先ほどと同じ音がまた鳴り響く。しかし、今度はオレ達に届くことはなかった。ラミーの魔術が攻撃をそらしているのだ。
「サーシャさん、攻撃の対処はこちらがやります、あなたは……!」
気合いを入れるため、ぐっと拳を握りしめる。
「ああ、わかった……! 晴天鳥、地上に近づいてくれ!」
「キュルルイイィ!」
甲高い鳴き声をあげ、晴天鳥は降下していく。おびただしい数の枝を通り抜け、オレ達はついに“災厄の鬼神”と相対した。
「サーシャ!? なんで……!」
ユリオロイダの姿が見えた。枝が幹を守るように隠れさせ、彼女の道を阻んでいるようだ。動揺するユリオロイダに、オレはただ笑いかけた。そして――心を落ち着け、キルシュラ様から教わった言葉を唱えた。
「――赤。それは命を導く灯火」
瞬間、彼女はオレが何をしようとしているのか理解したらしい。意を決した様子で、ユリオロイダは“災厄の鬼神”を見据える。
「――緑。それは命を生む萌芽」
“災厄の鬼神”からの狙撃はやまない。ラミーは限界の範囲まで魔術を展開させている。
「――黒。それは命を守る変化」
ティネマが晴天鳥から飛び降り、道を阻む枝を切り刻むユリオロイダに加勢する。
「――白。それは命を癒す変化」
ついに、幹への道が切り開かれた。
「――青。それは命を育てる源」
五つの星は揃った。是を持って、滅びは終わる。
「サーシャ・ローミラーの名の下に命ず――勇者ユリオロイダに、勝利を」
――紫電が一つ、閃いた。
真っ二つに裂かれた幹から、白く清らかな花が咲き乱れる。枝も、葉も、花弁へと姿を変え――やがて、すべてが風に舞い、消え去っていった。
終わったのだ。何もかも。
「ユリオロイダ様……! サーシャさん……!」
「やっ……、やった! やったわ!! “災厄の鬼神”を倒せたわーーっ!!」
地上に降りた晴天鳥と共に、ラミーが駆け寄ってくる。ティネマは子供のようにはしゃいだ。ユリオロイダは「五つ星の剣」を握りしめたまま、ぼんやりと立ち尽くしていた。
晴天鳥の背中に乗って、ルワーノへ凱旋する。晴天鳥はオレ達を下ろすと、ひと鳴きして去っていった。
そして、“災厄の鬼神”を倒したオレ達は、フォルトット国の王――ウィルナー国王陛下に謁見することになった。
謁見するのは、勇者であるユリオロイダ、その仲間のティネマとラミー。そして、なんやかんやで最後まで事態に関わっていたオレ。その四人だ。また、賢者としてキルシュラ様とカウォ様も同席している。
オレは国王陛下の前で、他のみんなと共に跪いた。勇者として訓練を受けていたユリオロイダや賢者の館の所属であるティネマ、ラミーとは異なり、オレは作法なんかさっぱりなので、不安だ。
「“災厄の鬼神”の討伐の成功、そしてその旅から帰還したこと――心から喜ばしく思う」
国王陛下は言葉を切り、軽く咳払いをした。
「賢者の館に仕える魔術師、ティネマ・スティーア、並びにラミー・ストリーナ。勇者の力としてよく働いた」
「はい……!」
「ありがとうございます、国王陛下……!」
ティネマとラミーが、心底嬉しそうな面持ちで答える。
「サーシャ・ローミラー」
「は、はい!」
「そなたのことは、賢者達から耳に入っている。最後までおのが信を貫いたそれは、御父上の名に恥じぬ行いだった」
「あ、ありがとうござい、ます!」
オレは緊張から噛んだ。恥ずかしい。
「――そして、ユリオロイダ・ディスティアール」
国王陛下が、彼女に目を向ける。
「よくぞ、“災厄の鬼神”を討ち滅ぼした。そなたこそ、真の勇者である」
「――勿体ないお言葉にございます。国王陛下」
ユリオロイダが、恭しく頭を垂れる。
「幼き頃からの負担――さらには、此度の旅での苦痛。何人たりとも推し量れまい。そなたのような者が、卑劣な者として人々から疎まれ、憎まれることになるのは――余の望みではない」
「そ・こ・で」
キルシュラ様が手を宙にかざし、町の様子を映し出した。
「勇者ユリオロイダが発案し、我々賢者の館が協力した全てを――国王陛下から国民へ、お触れとして知らせたよ!」
「ユリオロイダを勇者でないとなじる者は、もはやいない、というわけだ」
カウォ様がウインクを飛ばす。ユリオロイダが慌てて顔を上げた。
「えっ、あの……」
「や、やった! よかったなユリオロイダ! これで、君が蔑まれることも迫害されることもないんだ!」
「ちょ、サーシャ! 陛下の御前でしょ!」
思わずユリオロイダの肩を抱いてはしゃいでしまった。ティネマにたしなめられ、慌てて姿勢を正す。
「よい」
国王陛下がユリオロイダを見つめる。
「彼のように、そなたを想う者がいるのだ。どうかこれからは、自身を大切にせよ。ユリオロイダ・ディスティアール」
もし父親がいたらこんな感じなのだろうか。そう思わせる、慈しみにあふれた瞳だった。
その後――世界の平和が取り戻されたことを祝って、国を挙げた祭が開催された。首都ルワーノの街道に数多くの出店が立ち並び、人々でにぎわっている。
「遅いなぁ」
ユリオロイダ、ティネマ、ラミーは、ルワーノの伝統的な衣装を着せてもらっている。オレはその着替え待ちをしているのだが、どうにも遅い。しかし様子を見にいくわけにも行かないので、仕方なくその場でうろうろしたりしている。
「お疲れ様だね」
待ちぼうけのオレに声をかけてきたのはキルシュラ様だった。
「え……あ、はい」
「そういえば、カウォ師匠がどうしてルワーノにいたのか、聞いた?」
「ああ、それは、ルワーノの賢者が留守にしてるって……ん? ていうか、キルシュラ様ってカシドスの担当じゃありませんでしたか? なぜヴェニルワの砦に?」
キルシュラ様はふわふわと笑う。
「ヴェニルワの砦は“災厄の鬼神”に最も近い賢者の館。ヴェニルワの砦の賢者――大賢者テルラ様は、“災厄の鬼神”の力を遮断するために常に魔術を発動し続けなければならなかったから、サーシャ達を迎えることはできなかったの。ルワーノの賢者、アリブカットデランブール様は、テルラ様に協力するため、担当の館を留守にして砦に来てくれたの。で、私はみんなの対応をするため、呼び出されたの」
アリブカットデランブール……どこかで聞いた気がするが、忘れてしまった。まあいいか。
「へえ、そういうことだったんですね」
「じゃあ、またね、サーシャ。お祭り、楽しんでね~」
そう言う彼女の手には、棒に刺さった飴が握られている。出店で買ったもののようだ。彼女のほうがよっぽど楽しんでいる気がする。
「サーシャ!」
後ろから声をかけられ振り向くと、そこにはユリオロイダがいた。
普段はきつくまとめている髪を、今日は下ろしているようだ。ふわふわの金髪が陽の光を浴びて煌めいている。膝丈のスカートには、色とりどりの花の刺繍が施されていた。
「思えば、こういう服を着るのは初めてかもな」
ユリオロイダはスカートの裾をつかんで、ひらひらと翻した。彼女を見る人々の目が、どこか色めきだっている気がする。いつもの鎖帷子姿とは全く異なる視線で、そのあからさまさに妙な苛立ちを覚えた。
「もう、走ってかないでよ! あんたの足にあたし達が追いつけるわけないんだから……」
「ふふ、サーシャさん。どうですか……? 彼女、似合っているでしょう……?」
オレが答えようとする前に、後方で誰かが声を上げた。
「あっ! 勇者様だ!」
すると、次々に人が集まり――彼女の周囲はあっという間に、握手を求める人や石を投げたことを謝罪をする人であふれかえった。
「え、えっと、どうしたらいいんだ、これ」
困惑した様子であたりを見回すユリオロイダ。オレは彼女の手を取って、その場から走った。
勢い余って、町外れの河川まで行き着いてしまった。大きな橋の上で、オレは足を止める。
「どうしたんだよ。急に」
「似合ってるよ」
先ほど遮られた言葉をようやく口にする。
「はは、そうか?」
軽く笑い飛ばしたユリオロイダに、オレはムキになって言い返した。
「ああ、似合ってる! 似合ってるよ! スカート新鮮でかわいいし? 髪の毛下ろしてるのもきれいだし? まあまとめててもきれいだけど! つーかいつもの鎖帷子にマントの格好だって決まってて好きですけど!?」
「お、おお……? なんだよ、サーシャ、どうした?」
オレは彼らの手のひらの返し方に胸がもやもやするのだ。橋の手すりに寄りかかり、ブツブツと呟く。
「……なんつーか、みんな調子いいよな」
すると、ユリオロイダが声を上げて笑った。
「えっちょっ、なんで笑うんだよ!」
「……はは、わりぃ。ただ、嬉しくて……」
「嬉しい?」
思いもかけない言葉に、オレはそのまま聞き返す。
「こんな風に迎えてもらえるなんて、思ってもいなかった」
ユリオロイダは、橋の向こう――にぎわう町の方へ目をやった。
「カウォ様は、私を気遣って言ってくれたんだろうが……私をなじる者がいなくなった、ってのはありえない。そのくらい、私の振る舞いは酷ぇものだった」
「……」
彼女の言うことは否定できない。幼馴染のオレですら彼女の行動に嫌気が差したのだから、もともとの彼女を知らない人々の中には、彼女を信用できないという意見もあるだろう。お触れが出たからといって、すぐに勇者を受け入れられるような者ばかりではない。
「だから、また旅に出るよ」
「え?」
「実際の目的はどうあれ、私は人々を傷つけた。その贖罪をしたい。――“災厄の鬼神”の力は、大陸の半分にまで及んでいた。“災厄の鬼神”を倒すことはできたが……奴に蝕まれていた地域が今どうなっているか、全く分からない。だから、調査の旅に出る」
オレは戸惑いをあらわにし、ユリオロイダに問う。
「……そ、れは……それは、ティネマやラミーも……と、とにかく、誰かしら同行者がいるんだろ?」
「いや。ティネマとラミーは、賢者の館の者として“災厄の鬼神”が消えたことで変わっていく世界への対応をしなくちゃならねえ。忙しくなるから、無理だ。あとは……そうだな。いずれは王国も正式に調査隊を組むみてえなんだが……そういうのは大がかりだからな。早急な調査となると、私のように身軽な立場の者が望ましい」
また一人で背負うつもりか? オレがそう言う前に、ユリオロイダがオレの手を握った。
「そんでさ……一緒に来てほしいんだ。サーシャ」
ユリオロイダの赤い瞳が、まっすぐにオレを見る。
「一生をかけた旅になる。何があるか分からないし、危険だし……帰れるかどうかすら分からない。身勝手な願いだってのは分かってる。それでも――そばにいてほしいんだ。サーシャ」
オレは、彼女の手を握り返した。
「もちろんだよ、ユリオロイダ」
オレの言葉に、彼女が笑みを返す。ほころぶ花のような、爽やかな笑顔だった。




