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第9話 真実を知るとき

「私はここまでとなります」

 馬車の御者に淡々と述べられ、荒れた平原で放り出された。馬車を下ろされるのは砦に一番近いところ、と聞いてはいる。しかし、どこを見ても草一本も生えていない荒野だ。この荒れようはおそらく、“災厄の鬼神”の力が働き、生命力を奪われているからだろう。

「砦どころか――何も無いな」

 オレがそう言うと、ティネマとラミーがおろおろと辺りを見回す。彼女たちは、オレの態度にただならぬものを感じ、真実があるのなら知りたい、とついてきた。

「そうね……あたしも、何も聞かされてないわ」

「私も……」

 周囲を観察する。すると、ふと甘い香りが漂っているのを感じた。ゴルラッタ峠道で魔物と対峙したときのものと同じ香りだ。もしかしたら、あの霧のように幻覚を見せ、砦を隠しているのだろうか?

「やるだけやってみるか……! 強化動作魔術ムーヴナー!」

 両手を掲げ、詠唱する。ざわざわと空気が震え、霧がじわじわと晴れていく。以前、ジョンとの鍛錬の際見つけた、霧を晴らす方法。この霧が幻覚の霧なら、もしかしたら対応できるのではないかと思った。予想は当たり、真っ白な視界が一気にひらけていく。

「サーシャ、こんなことができたのね!」

「すごい……!」

 ティネマとラミーがはしゃぐ。その間にも霧は晴れ続け、だんだんと建物らしき影が見えてきた。やがて目の前に、白い石造りの――賢者の館と瓜二つの建物が現れた。

「砦じゃない!?」

「どういうこと……?」

 予想外の展開に驚く。しかし、そうしている間に、霧が再びかかっていく。このままもたついていたら、また建物を見失ってしまうだろう。疑問は置いておき、急いで建物の中に入ることにした。


「こんにちは。私がキルシュラ。あなたがサーシャね」

 俺たちを迎えたのは、年端もいかない小さな女の子だった。彼女はふわふわと笑ったまま、オレの足下に目をやった。

「ニコは置いてきたんだね」

「え? あ、はい……ここまで連れてくるのは厳しいだろうと、カウォ様に言われまして」

「そう……それで君は、何をしに来たのかな」

「勇者ユリオロイダの愚行の真実を教えてください」

 オレがきっぱりと言い放つと、キルシュラ様は楽しそうにくすくすと笑った。

「……結局、君は最後までユリオロイダのことを信じてくれたんだね」

 そう言って彼女は空中に手をかざす。すると、部屋に立体的な景色が映し出された。


 映像の中でゆたかな髭をたくわえた老人が現れ、杖を掲げる。それから、キルシュラ様は解説を始めた。

「『“災厄の鬼神”は目覚めた。いずれ世界は鬼神の力に蝕まれ、滅びる。しかし『勇者ユリオロイダ・ディスティアール』が、これを討ち滅ぼすであろう』……。大賢者テルラ様がそう予言したのは、ユリオロイダが四歳のときよ。フォルトット国王は、幼子のユリオロイダを戦いに駆り出すべきではないと考えたの。ユリオロイダの代わりに“災厄の鬼神”を討伐するため、王国直属騎士団から強者を選りすぐり「勇戦士団」を結成。彼らは人々に期待されながら国を後にした」

 屈強な男達が、人々に見送られながら国を出発する姿が映しだされる。

「しかし、戻ってきたのは半壊した団のみ。団長だったザリアット・ローミラーは、自分たちでは“災厄の鬼神”を討伐できないと素早く判断し、一人でも多く逃がして国に情報を伝えるよう努めた」

 大けがを負いながらも国に戻ってきた戦士達の姿が映しだされた。

「あまりにも惨い結果を重く見た国王は、予言に従うことにした。勇戦士団を含むあらゆる指導者を集めて、予言に従いユリオロイダを『勇者』にさせるよう命じたの。そして、ユリオロイダが十八歳の春。ついに討伐の旅に出ることになった数日前――信じがたい事実が明らかにされた」

 光の中に、ユリオロイダとキルシュラ様の姿が映し出される。

『サーシャの父君……ザリアットさんの形見が、“災厄の鬼神”を倒す道具……ですか?』

『そう』

 映像の中のユリオロイダとキルシュラ様が会話する。

『勇戦士団団長ザリアット・ローミラーは、家に代々伝わる家宝を携えて例の遠征に赴いたそうなの』

 映像の中で、キルシュラの側に控えていた侍女がしずしずと現れ布にくるまれた何かを見せる。中身は折れて剣身のほとんどが失われた短剣だった。鍔には五つのくぼみがある。

『これは……』

『勇戦士団が結成された当時……ザリアット・ローミラーが存命だった頃はまだ分かっていなかった、この剣の正体。それが最近の研究で分かったの』

 キルシュラ様の声が一層重々しくなる。

『これこそが“災厄の鬼神”を討ち滅ぼす鍵、『五つ星の剣』。ローミラー家は何千年も前に、この剣をもって“災厄の鬼神”を封じたらしいの。そうは見えないだろうけど、それもそう。これはこの剣の完全な姿じゃないから』

 ユリオロイダは剣をまじまじと見つめ、答えた。

『折れたこの剣を誰かに打ち直してもらい、“災厄の鬼神”を討伐する、ということですか?』

『ううん、そうじゃなくて』

 キルシュラ様は剣の鍔を指し、話を続ける。

『ここに五つのくぼみがあるよね。伝承によると、これには本来、自然神が司る五属性の力を宿した宝玉が存在していたみたい。以前に“災厄の鬼神”を封じた際、短剣が耐えきれず破損して、宝玉が散逸してしまったの。それらをはめこみなおすことで、剣は真の姿を取り戻す』

『分かりました、宝玉を探す必要があるのですね。長い旅になるかと思いますが……全力を尽くします』

『そのことだけど……サーシャ・ローミラーを連れていって』

 キルシュラ様のその言葉に、ユリオロイダは狼狽して声を荒げた。

『……っ!? 何故ですか!? 戦士を志したザリアット・ローミラーが例外なのであって、ローミラー家は本来商家です! あいつは確かに魔術師ではありますが、あいつが得た魔術はせいぜい日常生活を利便にする程度のものです、そもそも、性格からして戦いに引っ張り出せるような奴じゃありません!』

『落ち着いて、勇者ユリオロイダ……そんなことは私達も分かっているよ』

 キルシュラ様に冷ややかに諌められ、ユリオロイダは恥じるように俯いた。キルシュラ様はそんなユリオロイダを意に介せず話を続ける。

『確かにサーシャ・ローミラーは戦いには不向きな人物。しかし、五つ星の剣が答えてくれるのは、ローミラー家の者の声だけなの。今、旅に出られる程度の力を持つのは、現ローミラー家の中で一応は魔術師であるサーシャしかいない』

『それは……、そうかも、しれませんが……、私は……』

 ユリオロイダは唇をかみしめた。それは心から悔しそうな表情だった。

『他にも問題がある』

 キルシュラ様が手のひらをかざす。すると映像の中でも指輪が光り、景色が映し出された。木々は枯れ、沼は異様な色をしている。魔物が闊歩しており、とても人が住めるようなところではない。

『ここはズサーク岩山。ここを抜けた先の未知の領域に、“災厄の鬼神”の本体が有ることがわかっている』

『そこを中心に、“災厄の鬼神”によって生命力を奪われた地域が広がっていると伺っております』

『うん。問題はそれなの。“災厄の鬼神”は、力を奪った地域を支配し、全てを関知する。何人たりとも隠し事はできない』

『このような会話ひとつでも拾われてしまう、と?』

『その通り。しかも、“災厄の鬼神”は人の言語を理解する知能があることも分かっている』

『厄介ですね、作戦会議ひとつできない』

『それもあるけど……一番の問題は、そこじゃないの』

 映像の中のキルシュラ様が悲しげにうつむく。

『“災厄の鬼神”は、()()()()()()()()()()()()()を攻撃するみたい。勇戦士団が壊滅させられたのは、人々が『彼らなら鬼神を倒してくれる』と強く期待したから』

『……、『勇者』として期待されている俺がこのまま予定通り旅立てば、同じ轍を踏むことになる。そういうことですね。一応伺いますが、この会話が“災厄の鬼神”に聞かれているようなことは?』

 映像の中のキルシュラ様はゆっくりと首を振って否定した。

『安心して。賢者の館には“災厄の鬼神”の力を遮断する魔術がかけられてるの』

『サーシャは……このことを知っているのですか?』

『ううん。この剣が“災厄の鬼神”を倒す鍵になることが分かったのは、本当につい最近のこと。『勇者』として訓練を受けている君はともかく、彼はただの子供として育ってきた。不注意で情報を漏らす可能性を考えると、彼に重要な事を伝えることはできないよ』

『……そうですね。分かりました、彼にこのことは伏せます。……そして、オレに考えがあるのです。賢者の館に協力して頂けませんか?』

『……まずは、詳しく聞かせてくれるかな』

『はい。まず、サーシャを旅に連れて行きます。同時に私は愚かな行いで『勇者ユリオロイダ』の名を地に落とします。頃合いを見計らって旅の仲間からサーシャを追い出し、サーシャだけで『五つ星の剣』の宝玉を探し集めるように仕向けるのです』

『宝玉の位置はこちらで割り出せると思うけど……どうやってそれを伝えるの?』

 映像の中のユリオロイダが手をかざす。すると、彼女の足下に猫目石獣が現れた。

『賢者の加護のひとつ『使い魔物』で作り出した、この猫目石獣を通して伝えます。『五つ星の剣』の説明がしやすいよう、表向きは『五つ星の剣の化身』ということにしておきます。宝玉探しをさせる前に、まずカウォ様のもとに向かわせます。カウォ様の協力は必要ですが、偉大な賢者である彼女が大々的に動けば“災厄の鬼神”の目も厳しくなるでしょう。ですから、私の使い魔を通してこっそりと伝えます。そして、“災厄の鬼神”に目をつけられるほど派手ではない、しかし確実に役に立つ『特殊能力』をサーシャに与えてもらいましょう。賢者の方々の『特殊会話』は、動物の体に触れることで意思疎通ができる、というものでしたよね。その力を使えば、可能かと』

 映像の中のキルシュラ様が、心配そうな顔でユリオロイダを見つめる。

『使い魔を動かすのは、使い魔の大きさに比例した痛みを伴うんだよ? そんなに長期間、その大きさの使い魔を動かすなんて、さすがのユリオロイダも難しいんじゃないのかな』

『痛みを左腕に集めて、周囲の目を誤魔化します』

 ぞわり、と彼女の左腕に、ジョンの左腕にあったそれと同じあざが浮かぶ。

『この作戦において、使い魔はなくてはならないものです。私の『賢者の加護』の力は使い魔にも適用されますから、きっとサーシャの旅の役に立つと思います』

 映像の中のキルシュラ様が首をかしげる。

『でも、使い魔に人の言葉を発させるのは、多大な魔力が必要だよね。常時魔力を放出し続けるなんて無理だよ』

『そこは賢者の館に協力して頂きたいのです。会話は、皆様の魔力をお借りして行います。サーシャには、賢者の館の付近でしか話せない、ということにします』

『じゃあ、普段は会話できないって事だよね。宝玉へはどうやって誘導するの?』

『地図を指し示したり、『ユリオロイダ』が何か無礼を働いた尻拭いというていでサーシャを動かしたり、もしくは別人になりすまして誘導したり……考えはあります』

『『勇者』の名を地に落とすって言ってたけど、具体的には何をするの?』

『故郷を出て気が大きくなり、『勇者』であることを鼻にかけて驕り高ぶっているような演技をします。それと、町で遊び歩きます』

『その遊ぶお金はどこから来るの? 『勇者ユリオロイダ』に与えられた資金に手をつけられたら、事情を知る賢者の館はともかく王国が黙ってないと思うけど』

『王国へは、賢者の館からお伝えください。ご安心を、遊ぶ金は自分で工面します。別人になりすまして、普通の旅人のように酒場の依頼書を解決などして稼ぎましょう』

『依頼書?』

『町では、困りごとがあると依頼書を酒場の掲示板に貼りだし、解決してくれる者を募る……という習慣があります。賢者の館は、物資の購入のためにクイスレント商会と契約していらっしゃいましたよね。何かの折には、サーシャが円滑に宝玉を入手できるように協力を要請しましょう』

『――それで? 『五つ星の剣』の宝玉を全て集めて――君に代わってサーシャ・ローミラーに“災厄の鬼神”を討たせるとでも言うの? それはさすがに、無理があるんじゃない?』

『酒場の依頼書――サーシャがその存在を知れば、あのお人好しは積極的に首を突っ込むでしょう。サーシャが人々を助けていくことで、『勇者は浅ましく堕落した。その友人であるサーシャ・ローミラーの方がよっぽど勇者にふさわしい』――人々はそう『期待』します』

『……』

『そうすることで、“災厄の鬼神”もまた、サーシャの方を警戒するでしょう。その段階で、宝玉を全て集めた『五つ星の剣』をサーシャから奪い取ります。あたかも名声のため、不労所得を狙っているかのように。“災厄の鬼神”は、落ちぶれ誰も期待しなくなった勇者に対し、油断するでしょう。その隙を突くのです』

『……君は、それでいいの? そのやり方で“災厄の鬼神”を倒して帰ってきた君を、人々があたたかく迎えると思う?』

 キルシュラ様の言葉に、ユリオロイダは微笑みを返した。

『思いません。ですが、それでいいのです』


 キルシュラ様は、手を下ろして映像を消した。

「……少しでも言葉に詰まったらやめさせようと思ったのに。あの子ったら何を聞いてもよどみなく話すんだもんね。賢者の館から見ても悪い計画じゃなかったから、彼女に協力することにしたの」

「ユリオロイダは今どこに?」

 オレの質問に、キルシュラ様はあくまで淡々と答える。

「“災厄の鬼神”討伐に向かったよ。予定通り、『五つ星の剣』を手に入れたからね」


 大きく息を吐く。

 何もかもが腹立たしい。

 全て彼女の手のひらの上だったということ。

 彼女一人に何もかも背負わされていること。

 全てが終わった先に彼女を待ち受けるのが、蔑みの目と迫害であること――その全てが。

「ちくしょう……っ!」

 何が勇者だ。何が「それでいい」だ。

 君の未来を犠牲にして救われる世界なんて、そんなの、認めてたまるか……!


「ユリオロイダの元に行きます」

 戦力にならないのは分かっている。それでもせめて、彼女の戦いを見届けなくてはならない。彼女は驕り高ぶった愚者ではなく人々のために戦うまぎれもない「勇者」であることを、オレがこの目で証明しなくてはならない。

 キルシュラ様は嬉しそうに笑顔を浮かべ、パチンと指を鳴らした。すると、ステンドグラスの窓がいっせいに開く。窓の外には雲一つない晴天を思わせる空色の羽が見えた。

「――晴天鳥!?」

「キュルルルィィ」

 そこには、晴天鳥の母親鳥が飛んでいた。驚くオレ達に、晴天鳥は鷹揚に鳴く。

「晴天鳥はね、君たちへの恩返しに、“災厄の鬼神”のもとへ運んでくれるって言ってくれたの」

「晴天鳥……!」

 オレが晴天鳥のもとに向かおうとすると、ティネマが声を上げる。

「……っ、待ちなさいよ! あたしたちだって行くわ! 何にも見抜けなかったけど……いいえ、見抜けなかったからこそ、このままなんて、悔しいもの!」

「私達だって、賢者の館から使命を受けた魔術師です……! それを、全うしないわけにはいきません……!」

 真剣な表情のティネマとラミーに、オレは大きく頷いた。

「晴天鳥、三人だ。いけるか?」

「キュルルイ」

 晴天鳥は、当然だと言わんばかりに胸を張る。晴天鳥の背に乗ろうとしたとき、キルシュラ様に声をかけられた。

「サーシャ。最後に――『五つ星の剣』の秘密、教えるね。君が心からユリオロイダを想っていると分かった今なら、伝えられる。あのね――」



 キルシュラ様の教えを胸に、オレ達を乗せた晴天鳥はズサーク岩山へ向けて飛び立つ。

「――行ってきます!!」

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