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A

 アンナ・ホールギスは知っていた。

 想い人、アーチライト・コルア・ウィットランドとアンナ自身の二人だけを中心に、この世界は在るのだという事を。

 アンナ・ホールギスは知っていた。

 その世界は、アーチライトの死と共に終わりを告げていたという事を。

 そして、アンナ・ホールギスは知っていた。

 だとしても、いまだアーチライトを諦めきれない自分自身の事を、他でもないアンナは誰よりも知っていた。

「要するに、私はアーチライトの名誉を守りたかっただけなんだ」

 アルバトロスとヨーラッドの決闘、多くの民衆の見守る前で、ヨーラッドと呼ばれていたモノが実は偽物、宝石人形であったと暴き、本物のヨーラッドはアーチライトにより討たれたという真実を世間に知らしめる。

 二人の世界の終わりを飾るため、それ以外の優先度は限りなく零に近く。ニグルを裏切る事にも欠片も躊躇はなかった。だから、彼の宝石人形とアルバトロスが決闘という名の茶番を繰り広げている最中、術者であるニグルを倒す事で人形の機能を停止させ、ローブと仮面で覆い隠されたその姿を晒させるつもりだった。

「いや、そこで失敗したのはそりゃあ私の責任だよ。その後、アルバがニグルから人形を奪ったっていうのが本当なら、それは私とは関係無いし、渡せっていう権利もない」

 そこで一度言葉を切り、アンナは大きく身を乗り出した。

「でもさぁ、ティアにあげちゃうくらいなら、私にくれても良くない!?」

「手に入れた物をどうしようと、俺の勝手だろう」

「いや、そうだけど、そうなんだけどっ!」

「それと、近い。離れろ」

 滞在場所として与えられたビルの三階層、その内の広大な一室を持て余すように、アルバトロスはアンナから鼻の触れ合う距離での糾弾を受けていた。

「大体、何て言ってティアにあれを渡したの? 指輪代わりの宝石だ、とか?」

「『一時はヨーラッド・ヌークスと呼ばれたモノだ』とだけ」

「いや、それじゃあ何が何だかわかんないでしょ。あの子、ヨーラッドが死んでる事すら知らないんだから」

「その口振りだと、やはりお前は知っていたのか」

「私はアーチライトが負けるわけないって信じてたからね。……まぁ、実際はニグルから聞かされただけなんだけど」

 あはは、と笑ってみせたアンナは、しかしすぐに思い出したかのように口を引き結ぶ。

「って、そんな事はいいんだよ。アルバは使わない、ティアは使えないどころかそもそも何だかわからない、となれば、あれは私が有効に使ってあげるべきじゃない?」

「宝石人形を世間に晒して、決闘の時にヨーラッドを名乗っていたのはこの人形だ、本物のヨーラッドはアーチライトにより討たれた、と主張するのか?」

「……それは」

 億劫そうなアルバトロスの指摘に、アンナは勢いを失ってへたり込む。

 ただ衆目の前で宝石人形を雷へと変成させてみたところで、それだけでは人形が決闘の時にヨーラッドを名乗っていた証明とするには弱すぎる。だからこそ、アンナはわざわざ決闘のタイミングに合わせてニグルに挑んだわけで。

「機会を待つしかないなら、今はあの女に答えへの糸口として預けておくのもいいだろう」

「ふーん、そういう事ね。でも、そんな回りくどい事するくらいなら、直接教えてあげた方が早いのに」

「あれに教えるなら、俺よりも適役がいる」

「……うん、そうだね。私も教えてあげるつもりはないや」

 視線のやりとりで言葉の意味を察し、アンナは苦笑する。

「アルバは、これからどうするの?」

「どう、と言われても、それを自由に決められる立場ではないと思うが」

「わかってるくせに。アルバの転生を実質的に仕切ってたニグルはもういない。管理体制が整ってない今ならアルバは簡単に逃げられるし、逆に今を逃すとその後は厳しい」

 相も変わらず近すぎる距離で、アンナの紅い瞳がアルバトロスの黒の瞳を覗き込む。

「アルバ、消えちゃうつもりなんでしょ?」

「消える? どうして――」

「このままここにいたら、アルバはこの国の為に使われ続ける。でも、アルバはそういうの嫌いだし、国を、少なくとも、今のこの国を守る事には興味無いから」

 言葉と同じ直線の視線は、アルバトロスを真中に捉え続けていた。

「随分と迷いなく断言するんだな」

「アルバは、ニグルの目的なんて何も知らない。ただ、自分を倒そうと、利用しようとしてきたから倒しただけ」

 意趣返しのように、更に断定形の言葉は続く。

「違う?」

「違いない」

 そんなアンナに、アルバトロスも肯定を返す。

「アルバって、アーチライトが誰に殺されたか覚えてる?」

「いや。おそらく、不意を討たれたんだろう。継いだ記憶の最後は、唐突に途切れている」

「そっか。なら、やっぱりニグルを信じるしかないか」

 残念そうに息を吐くも、すぐにアンナはまた口を開く。

「ニグルが言うには、アーチライトは同じヨーラッド討伐隊にいた、大陸の魔術師に殺されたんだって。その理由は、大陸がこのマレストリ王国に攻め入るため、アーチライトの存在が邪魔だったから」

 淡々と、どこか熱量のない声で語り続ける。

「そこでニグルは、一刻も早くウルマとの戦争を終わらせて、大陸の付け入る隙を無くそうとした。もしかしたら、マレストリとウルマとの併合すら考えてたのかも。アルバとヨーラッドの名前も、使えるだけ使うつもりだっただろうし」

 何に対してか、そこでアンナは笑い声を漏らす。

「でも、やっぱり、そんな事知らなかったよね。アルバは、ニグルに襲われたから返り討ちにした、それだけ。この国がどう、とかは関係ない」

「…………」

「私も、ニグルが何をしようとしてたのかなんて、本当はどうでもよかったんだ。そもそも、最初から裏切るつもりだったし」

 饒舌なアンナの語りに、アルバトロスはただ無言を返す。

「同じなんだよ、私とアルバは。二人とも大切なものを全部失くして、もう戦いしかない」

「わかったように言うじゃないか」

「わかるよ。少なくとも、私はわかってると思いたいな」

 一瞬、アンナはそこで視線を逸らしかけ、次の瞬間にはアルバトロスとの距離を零に詰め、その肩を掴んでいた。

「私は、アルバの事好きだから」

 近すぎる距離、その告白は視線を通して伝えられる。

「それは、この身体の事が好きなだけだろう」

「そうだね、関係無いとは言わないよ。私はアーチライトの事が好きだし、その身体を受け継いだアルバの事も好き。あえて深く考えてはいないけど、きっとそういう事なんだろうな、とは思う」

「正直だな」

「でしょ。アーチライトにも、良く褒められたよ」

 揶揄するようなアルバトロスの言葉を、アンナは真っ向から受け止めて返す。

「でも、それでも、私がアルバを好きだと思ってるのは本当だから。慰めでもなんでもいいから、アルバにはこれからも私の傍にいて欲しい。それじゃあ、ダメかな?」

 直線の言葉と視線に、アルバトロスはわずかに目を細め。

「……お前がそうしたいというなら、逆らえるわけでもないだろう」

 ただ、諦めにも似た声だけを絞り出した。


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