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「――げっ、ティアっ? よりにもよって……」
「さしずめ、悪戯が見つかった、といった状況か」
聞こえた自らの名前に俊敏に振り向いたアンナ、そしてやや遅れてアルバトロスが視線を向けた先、口と目を丸く開いた金髪の少女を見て、二人は各々に呟く。
「まぁ、ティアは騎士団でもバツグンに堅物だから、それも問題なんだけど……」
「こちらに向かって来るようだ、逃げるわけにもいかないだろう」
それほど急いで、というわけでもないが、しかし確実に自分達へと向かって来ているティア、そしてその隣のロシに気付き、二人は彼らを待つ形を半ば強いられる。
「ティアじゃん、おひさ。ロシも、デート楽しんでる?」
「私たちがそんな関係ではないのは知っているだろう。そっちこそ、随分と浮かれた様子じゃないか」
「まぁ、せっかくだからこのくらいはね。お祭りとか好きだし」
巨大な剣の形をした飴と、紫色の飲み物とを交互に掲げ、アンナが笑う。
「そんな事より、護衛任務の方は……」
「……あー、それは、こちらがアルバトロス卿なんだけど」
二対の複雑な思惑の籠った視線を受けながら、当のアルバトロスは焼き菓子を口に運ぶ。
「それは……なるほど、祭りに溶け込むための変装と演技か。しかし、それにしてもこんな人で溢れた場所に身を晒しては危険すぎるのでは――」
「これほどの祭り、傍からただ眺めているのはあまりに勿体無いと思ったのでな」
詰問口調のティアの勢いは、割り込むように口を挟むアルバトロスに大きく削がれた。
「アルバトロス、卿。……お気持ちはお察しいたしますが、御身の重要さを鑑みていただければ、この状況がいかに危険なものかおわかりになるかと」
「そのための変装、そのための護衛だろう。それでもここで害されるようならば、我もそれまでという事だ。王国もその程度の魔術師を必要としているわけではなかろう」
「それは……」
いかにもやり辛そうに言葉を選んでいくティアと対照的に、アルバトロスは外見こそ平凡な少年のそれでありながら、大魔術師の威厳すら感じさせる堂々たる態度を見せていた。
「護衛長とやらからも、予定にある以外は自由にしてよいとの言質を得ている。紛いなりにもそれに従っている以上、それより先の指図を受けるつもりはない」
「……出過ぎた事を口にして申し訳ありませんでした」
頭を下げたティアに視線を向ける事もなく、アルバトロスはその横を淡々と抜ける。
「何をしている、着いて来い」
「あっ……御意に、アルバトロス卿」
二人へと交互に視線を送っていたアンナも、呼び掛けを受けて足早に掛けて行き、後には頭を下げたままのティアと顔だけを背後に向けたロシの二人が残された。
「えっと、アルバトロス卿?」
ティア達と別れ、すぐにアルバトロスへと追い付き並んだアンナは、それから少しの間を空けてゆっくりと問うように声をかけた。
「今更お前にそんな呼び方をされても、もはや違和感があって気持ちが悪い。二人ならいつもの通りアルバでいい」
「うん、いや、なんとなくね。ティア達も着いて来たりしてないし、そうなんだけど」
帰って来た素の声に、アンナもどこか気の抜けたような声で返す。
「でも、ちょっと意外だったかも」
「意外? 何の話だ?」
「ティアとアルバの事。思ってた感じと違ったなー、って」
首を返して背後を見るも、すでに金髪の少女の姿は人の波に掻き消されていた。
「特にアルバはもっとティアの事避けたいのかと思ってたんだけど、なんか結局優位のまんまで終わっちゃったし」
「当たり前だろう。推測だが、今の俺のこの国での俺の立ち位置は、王を除けば最も上位に位置している。場合によっては王よりも上として扱われる事もあるくらいだろう」
誇るでもなく、ただ状況説明としてアルバトロスは述べる。
「……うーん、まぁ形式上はそうなんだろうけどさぁ。そういう事じゃなくって、アルバはティアに苦手意識とか無いのかな、って」
「苦手意識、か。それはもちろんある。だからこそ、話を早々に切り上げてあの場を去る事にしたのだから」
ただ、と言葉が続く。
「抱いている感情に関して言えば、俺からあの女よりもその逆の方がずっと強く複雑だろう。それに立場の違いを加えれば、優位に立つのは然程難しくない」
「はーん、そういうとこ客観的に見れてるんだ。そのくらいしかティアに関心が無いって事なのかもしれないけど」
溶けかけた飴を慌てて舐め取り、納得したように頷く。
「関心がないわけではない。ただ、敗北感や敵愾心などを露わにしてしまっては演技が成立しない。それらを除いた結果、ああいった対応になっただけだ」
「やっぱり、悔しいんだ?」
「否定するつもりはない。ある程度わかっていたにしても、ああして直接力の差を見せつけられた事に対して色々と感じたのは確かで、今もそれは残っている」
平然としていたアルバトロスの顔にわずかに翳りが見えるも、それはすぐに消えていく。
「ふむふむ。でも、ティアとロシはどっちもアルバの秘密を守る方の立場だし、あの二人にはもう少し素で接してもいいんじゃない? だからって別に喧嘩しろって言ってるわけじゃないんだけど」
「いや、残念だがそのつもりはない。女の方には特に、な」
アンナが何気無く口にした提案には、即座に拒否の言葉が重ねられる。
「――そっか、まぁ、アルバがそれでいいならその方がいいのかもね」
少しの間をおいて、続きが無い事を確認したアンナは小さく頷いた。
「って事は、アルバにとって私は素の自分でいられる数少ない特別な相手って事だ。いやー、そっかー、お姉さん嬉しいなぁー」
「別にそんなつもりはない。ただ関係上そうなっているだけだろう」
抱きつこうとするアンナを軽く流し、にべも無く否定する。
「いやいや、そこは嘘でも肯定しとこうよ。そうすれば私なんて簡単に落ちるのに」
「落としたところで体を許させるのが面倒な女など願い下げだ」
「うっわ、ひっどい冗談言うんだー。……冗談だよね?」
「さぁ、どうだろうな」
隣を歩くアルバトロスの口元に浮かんだ笑みの意図を計りきれず、アンナは恐る恐る笑みを返すのみに留まった。




