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大樹の下で  作者: 飛鳥
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03.元凶

 さて、結論から述べよう。

 負けた。完膚なきまでに負けた。何にと聞くのか、傷心の自分に。

 ああそうだよ、侍女になることが決まったよ!

 お分かりだろうが、引き受けさせられた、というのが正しい。更に言えば、引き受けるよう脅し付けられた、というのが不足のない解答である。

 アキルス国。思い出すのも忌々しい話だが、戦闘国家たるかの国は、一言で言えば、お得意様なのだ。国境で小競り合いが起これば取り敢えず戦闘集団を派遣し、隣の国との交渉事があれば差し当たり戦闘集団を設置し、揉め事が起これば何はさて置き戦闘集団を差し向ける。

 そんな問答無用な国が世界的に許されるのかと思うだろう。……許されるのである。

 それというのも、やり過ぎない程度で兵を引き上げさせる状況判断が巧いためだ。戦意の喪失に鼻が利くのか、降伏ムードが漂い始めた辺りで降伏勧告が出される。条件は、当然のことながらアキルス国に有利とはいえ、無茶苦茶なものではない。敗戦側にとっても案外悪くない条件なら、いっそそこで折れてしまうのが良しと、結果丸く収まることが多いのである。

 勘違いはいけない。王が凄いのではない。単純に、王は戦うのが好きなだけだ。食いでのある山に挑むのが好きなのだ。刃向かう気概をブチ折るのを至上としている。王は、戦意を喪失した十把一絡げのゴミに興味がなく、放り投げているだけの気紛れ屋なのだ。

 それを知らない者は賢王と呼ぶ。知る者は蛮王と呼ぶが、まあ結果良ければ良いんじゃない、とぶっちゃける。リンデンも同様だった。

 さて、この戦闘集団だが、凡そはアキルス国の熱血兵士で構成されている。だが、そこにはちょくちょく戦争屋が加入していることが多い。

 少し事情を知る者であれば、理由など述べるまでもないだろう。戦闘が多すぎて兵士の回復が間に合わず、戦争への回転が追い付かないのである。

 初めてそれを知ったとき、馬鹿じゃないのか、と口から毀れたのは仕方がないことだ。居合わせた同業が一様に首を縦に振るのに、アキルス兵士は笑ってやはり同意した。それでもなお王に忠誠を誓うってんだから、とんだドMだと思っている。

 そんなドMのアキルスの熱血兵士の集団は、単純な戦闘能力こそ長けているものの、どうにも周りが見えない者で溢れている。

 戦争屋は、単に剣持て戦うだけが仕事ではない。戦場を判断し、勝利への道を進言することも仕事の内。勝利を重んじるかの国では、戦争屋は重宝されているのだ。異常と言って良いほどに待遇が良い。稼ぎ所であり、もう一度言うが、お得意様なのである。

 そんな国の、よりにもよって姫さんからの直々の依頼。断れる戦争屋がいるだろうか。いや、まずいない。

 そのまずいない例外になろうとして、あまりの事態に断ろうと決意していたリンデンだが──クインスからこっそり脅されて、あえなく陥落することになった。アキルス国からそっぽを向かれた戦争屋を、一体誰が徴用するのだ、と。

 憎悪で人が殺せるのなら、クインスの命光はすでに尽きているはずだ。ひとまずこの国の呪い師に、火急の仕事としてクインスの呪殺を依頼しておいた。成功しなくても良い。大方の呪い師の呪殺成功率がほぼ0%なのは知っている。そんなもんが成功するのなら、国王暗殺とかが容易になって世界が混沌と化すのでむしろ失敗して良い。

呪殺を引き受けるような呪い師は総じて心を病んでいるので、髪の毛とか爪とかを執拗に狙われて嫌な思いをすれば良いと判断しての犯行である。深刻なストーカーを生成してやった程度で済ませてやるリンデンの心優しさに感謝して生きるが良い。

 なお、辛うじてメイド服の着用義務だけは免れた。そんなもん着た自分の姿を鏡やガラスにうっかり映すような愚行を犯したら、もう日の下を二度と歩けない。丹念に練鍛したはずの鋼の心が、凝った音を立てて粉々に割れ飛ぶことだろう。

 今代では侍女は主が分かりやすいよう、髪と同じ色のメイド服を着用する義務があるらしい。それすなわち、リンデンにピンクのフリフリスカートを装備しろという死の宣告に相違ない。否、宣告なんぞ生ぬるい。一撃必殺である。即死攻撃である。一国が再起不能になるほどの破壊魔術を食らう方が生きていられる奇跡があるかもしれない。

 いかに自分という存在が役に立たなく成り下がるかを切々と語り続けたところ、クインスがこの上なく可哀想なものを見る目で口添えしてくれた。今なら彼に心からの感謝を込めてひざまづくことができる──と思ったけど、この男はリンデンを地獄に連れてきた元凶であった。危なくマッチポンプ詐欺に引っかかるところだった。


「……それで」


 柔らかなソファに遠慮なく尻を降ろし、リンデンは混沌這い寄る声音で言う。


「私は何すれば良いって?」

「生死の狭間で苦しむガマみたいな声」

「ぴったりですわ!」

「お前ら、実は私を精神的に苦しませるべく雇われた精神的苦しませ屋とかなのか」

「市井にはそんな不毛な職業がありますの?」

「物理的苦しませ屋を俗に暴力団とか呼ぶけどなー」

「猛烈に暴力団に所属したくなったんだが、出掛けてきて良いか」

「リンデンたらご冗談がお上手ですのね」


 上品に微笑む華やかな顔面に右フックを叩き込みたくなるのを、クインスの腹を全力ブローで貫くことで堪えた。近年稀に見る努力をしたと思う。装甲に包まれた膝で絨毯を潰して呻く男の姿に胸が晴れた。純然たる努力へのご褒美である。ソファに額を埋めた悶絶っぷりが心地良い。

 しばらく金色の後頭部を凪いだ心で見詰めてストレスを解消。顔を戻す。


「それで?」

「リンデンにはまず、襲い来る侍女たちを撃退して欲しいんですの」


 凪いだ心が途端に落ちた。さすが苦しませ屋である。落ちた心が地表に到達する音が聞こえない。

 おかしなことを聞いた耳に指を突っ込んで、内部の異常を確かめる。残念ながら正常だった。


「私が知る限り……」


 首を起こしている気力の減退を察知し、うずくまる男の背中に肘を置いて顔を支える。


「普通、侍女ってのは人に襲い掛かるような凶暴さを持ち合わせてはいないはずだが」

「あら、わたくし、侍女の優秀さは強さであると言いました」

「強いのと凶暴は別だろ」


 そういえば、というようにロードナイトの瞳がシャンデリアを見上げる。花弁のような唇に細い指を当てて考え込み。


「平和だと優秀さを披露できないからではないかしら」

「王宮が平和で何が悪いんだよ!」


 確信を持って告げられた言葉に、思わず付いた肘を強く捻る。ごり、と響いた背骨を抉る音に、少し溜飲を下げた。

 それが真実だとしたら、行き過ぎた争いを窘めない王は一体何をしているのか。侍女とは侍る女である。単身乗り込んで来たジャスミンの行いが普通と仮定すると、まず侍るという言葉の意味を考え直す必要があるだろう。


「とにもかくにも、優秀さをアピールしなければなりませんわ。リンデンはまだ侍女業務に不慣れなので、まずは撃退に専念して欲しいというわたくしの配慮だったのですが」

「慣れたら戦い仕掛けに赴けってことか」

「不満がありますの?」

「不満なら今すぐトンズラしたいほどある」


 何を不思議そうな顔をしているのだろう、この不思議姫は。こちとら異次元の習慣を把握するだけで精一杯だというのに。

 外して脇に置いておいた剣を引き寄せ、鞘に収めたまま柄頭を握る。座った状態だと、切っ先を床に置いて手を置くのに丁度良い高さだった。


「言っておくと私は侵略戦より防衛戦が得意だ。熟知した場所ってのは、当然だけどことを有利に運べるからな」

「──では、貴様は撃退のみに専念するが良い」


 響いた低音に、剣を持つ手を柄に滑らせた。かちりと警戒音を鳴らす鍔に、侵入者の秀麗な眉が不快を示す。

 アキレアが驚きながら扉に向き直るのに剣を抜き掛けたが、億劫そうに身を起こすクインスの悠長さに思い直した。ノブの回る音はしなかったし、蝶番は声を上げなかった。しかし扉が開く空気の動きを、この男は察していただろう。

 のったりと立ち上がった彼の身は未だ痛みにか腰が引けている。それでも偉そうに歩を進める侵入者に対して貴族らしい優雅な一礼を見せた。一応、リンデンも同様に腰を上げ、軽く頭を下げる。曖昧な礼儀作法なんぞしない方が無難だ。

 許しも得ないまま顔を上げる。じろじろとこちらを観察するアメジストが歪むのを無視して、頭から爪先までざっと目を通す。

 男の正体はすぐに察せられた。


「パルサティロ様!」


 ──は、この国の新米王である。即位はほんの半年前。思えばそこから4人も側室入れてるってんだから凄い話だ。これだから王族だの貴族だのってのは。

 アキレアに移された深い紫の瞳と、腰まである細い銀糸はそうそうお目に掛かれる風合いじゃない。というか、服装からしてもう高貴の一言であるし、ノックもなしに側室の部屋に入れる男なんぞ王くらいなもんだろう──多分。この規格外王国にはちょっと自分の常識がグラつくのでわからん。

 涼しげな目元がほんの僅か和らいだ。


「アキレア、お前に用はない。侍女を雇うと小耳に挟んだ故、どのような足掻きを探し出したのかと興味を持っただけだ」


 すぐに逸らされた視線に、アキレアの顔が悲しく歪む。瞬きの間に元の華やかな笑顔を貼り付けた。

 一連のやり取りにアホらしくなって窓枠に尻を引っ掛ける。ガタガタと音がした方を向くと、クインスが椅子を引き摺って傍らに陣地を構えていた。

 自分が言うことでは決してない。ないが、敬意とかそういうものってないのか、お前は。礼は建前か。


「聞けば噂の戦争屋だというが……」

「リンデンです。どうも」


 本日何度目の挨拶だろう。元々おざなりだった口調を改める気もなく片手を上げた。

 ひらりと手首を返すのは故郷の皇族の正式な挨拶なんだ。許せ。まあ、自分は一般人だったのでただの手抜きだが。


「……ふん、貧弱な体付きをしている。そのナリで我が国の侍女に敵うとでも思っているのか」

「ひんじゃく」


 そんなにいかつくない発言といい、初めて向けられる言語の多い日である。

 重ねるが、簡素な鎧を纏うリンデンの身体は鋼の上からでもわかる筋肉の付き方をしている。目の前の王様も鍛えてはいるが、実戦的な筋肉量であれば自分に軍配が上がるのではなかろうか。

 反論をしようと口を開きかけて、ふと思い直した。ジャスミンの見事な筋肉美と比較すれば、貧弱と言われても特に異論ない。しかしそうなると、ジャスミン以外の侍女もあんなんなのか。侍女に恐怖を抱くのは初めてだ。怖い。

 ちなみに貧弱ってのが胸だの尻だのの脂肪の話なら、命が惜しければ口を閉じておけ。


「私の入室に気付いたことは評価してやろう」

「いや、部屋にいてもあっさり襲撃食らう事実を知らなきゃ気付かなかったかもしれんが」


 言いながら、おもむろに窓を開けて剣を振り下ろす。硬質な音を立てて枠外の石壁を叩いた鞘に、ちらりと見えていた大きな手が回避に離れて落下した。数秒後、階下の芝生に重いものが降り立つ音。

 やる気なく見下ろす先、疾風の勢いで逃走するメイド服があった。達観した思いで背を見送る。当たり前のように縋り付きたくなるほど頼もしい背中だった。さらさらとこぼれる青い長髪が美しい。


「ほう、アクナイトをこうも鮮やかに撃退するとは……見掛けには寄らんようだ」

「リンデーン、窓枠は触らない方が身のためだぞ」


 窓を閉めようとした矢先の忠告に視線を動かせば、透明な液体が塗りたくられている。腰のベルトに絡げていたグラブで皮膚に触れないよう軽く拭う。

 数秒経たない内に丈夫な革に穴が開いた。


「毒にも限度があるだろ!」

「アクナイトは優秀な毒使いですの」

「追い出せ! そういう危ない奴はッ!」


 グラブを叩き付けた先で床が溶けた。恐ろしい溶解力である。


「あのレベルの毒を食事にでも盛られたら、普通に即死するぞ!」

「安心しろ。そういうのはマナー違反だからやらねェの」


 何をどう安心しろというのだろう。先の話が本当なら、狙われるのはリンデンだからって余裕ぶっこいてんじゃないだろうなこの主従。

 こうなれば確率は低いが、仲間になるとしたらスカした王様だけだ。藁に縋る気持ちで目を向けた先で。


「尻尾を巻いて国に帰るかと思っていたが、曲がりなりにも武国アキルスの姫ということか。度胸だけで終わらんと良いがな」

「ええ、アキルスの者は、決して状況に背を向けることを致しません」

「口では何とでも言える。我が国の侍女は皆優秀だ。お前の侍女の歯など羽に擽られた程度にも感じない程にな」

「イシノシシではないのです。同じ過ちを犯すことも致しませんの……わたくしは、必ず勝利してみせますわ」


 早速縋ろうとした藁が炎上していた。あれに縋るくらいならば溺れていた方が何ぼか安全だろう。そっと手を引く。


「リンデンといったな」

「……おう」


 未だ火花が散る藁に対して敬語を使おうという気は失せた。不敬罪と捕らえるなら捕らえろ。何で自分がこんな空しい思いをせにゃならんのだ。

 胡乱な目で冷徹なツラを見返す。氷の冷たさの中に情熱を内包した瞳に見据えられ、渋々だらけさせていた背筋を伸ばした。面倒さが勝ったので立ち上がりまではしなかったが。


「例えば、だ。日取りを決めて決闘を行う。そういった戦いは得意か」


 魔力による強制力を受けて重たい口が勝手に動く。なるほど、さすが王族の魔力である。

 カリスマ性を伴う魔力の放出は、一種のチャーム状態を引き起こす。抗うために必要なのは精神力と魔力だ。

 生物は皆、大なり小なり魔力を湛えているが、リンデンは全く平凡な位置に座している。すなわち中間。そしてその全てが魔術抵抗力へと変換されている。自分の意思ではなく、単純に体質だった。魔力を放出することも身体強化もできない代わり、本気で抗えば膨大な魔力量を誇る大魔術師にも完全には操られない自信がある。

 答えて困る質問ではないため本気で抵抗していない、というのも勿論あるが、それにしてもこうも自然に人を動かせるのは王筋という特異性の現れであろう。

 母国のニコニコ笑顔の皇族天然チャームとどちらが強力かな、と思考しつつ、言葉の飛び出すままに任せた。


「戦ってのは準備がものをいうものだ。相手の情報を握って、千差の準備を怠らなかった方が勝つ。それなら──」


 自信を持って浮かべた笑みは、恐らく性質悪く歪んでいるだろう。犬歯を覗かせる様を、悪鬼と評されたこともある。


「──相手が化け物じゃない限り、負ける気はしないな」


 数秒の沈黙の後、パルサティロは満足そうに一つ頷きを落とした。触れれば切れる刃の冷笑は、しかしやはり最奥に熱を孕んでいる。


「ならば、私が舞台を整えよう。3ヶ月後、我が正妃を決めるための武闘会を開催する」

「ぶとうかい?」


 舞踏会、とは聞こえなかった。物凄く血液を幻視する響きだった。

 無意識にこめかみの傷に触れた手をクインスが同情混じりに見ているのには気付いたが、それに返すリアクションも浮かばない。ただ本日の相棒たる嫌な予感から向けられる攻撃に耐えるべく、心臓周りのガードを固める作業に没頭する。


「パルサティロ様、それは!」

「勘違いをするな。侍女の優劣を決める手段が日頃の襲撃では、衆人の目に触れないからな。正妻を決定とする根拠が薄い。周知のものとすべく、伝統に手を加えることにしたまでだ」


 聞いてないよ、そんなことは。喜色を湛えたアキレアの声にちょっと綻んだ顔を逸らして素っ気ないフリを続けてないで、詳細を言え。いや、聞きたくないような気も多分にするが、でも不幸が間近に迫っているのに見ないフリをするのも怖い。

 耳を塞ごうか追求しようかを迷っている内に、両者の肌寒いやりとりは終わったらしい。

 地獄ツアーのご案内は、王の荘厳な声音で朗々と告げられた。撤回の二文字など浮かべぬ力強さが胸に痛い。


「各側室は侍女を一人選出せよ。筆頭侍女でなくとも構わん。4人の中、最後まで生き残っていた侍女の主を私の正妃として召し上げる」


 生き残るとか聞こえたが、まさかのデスマッチなのか。


「せいぜい足掻くが良い、戦争屋」

「どこの悪役」

「リンデンは負けませんわ!」

「あんたが自信満々に言っ」

「ほう……随分と信頼したものだ」

「ええ。必ずリンデンは彼女たちを血に染めてくれると、わたくしは信じておりますッ!」

「…………おい、お前の主ちょっと物騒じゃないか」

「口挟めねェからって俺に振られてもなあ」


 じっとこちらに向けられた2対の視線に気付かないフリをして、テーブルから救出したカップを口に運んだ。突き刺さる形なきものが頬を抉るのにただひたすら耐える。

 クインスがちょいちょいと服の裾を引いた。


「なあ、リアクション待ちしてるけど」

「突っ込まんぞ」

「いや、王族揃って突っ込み待ちじゃないだろ」


 決意表明待ちだろ。知ってる。だからこそ絶対に乗ったりはせんと心に決めている。


「私の人生において嫌いなものランキングで華々しくデビューして以来、ただの一度の変動もないトップスリーがある」


 じっと見詰める視線に横顔を向けたまま、リンデンは厳かに告げた。


「1つ、私に対する迷惑を生成する奴、2つ、木に実った状態のリンゴ、そして3つ、男のツンデレだ」

「1つ目の定義が広大過ぎるし、2つ目は全く理解ができないし、3つ目は今作ったんじゃないのかそれ」

「華々しくデビューして以来変動がないんだ」

「今デビューしたんじゃないのかそれ」


 ちなみにリンゴは道端歩いてたら脳天を直撃しやがって以来すこぶる嫌いである。もがれたリンゴなら食すことに躊躇いはない。瑞々しい食感と適度な甘味は旅のお供だ。

 やがて諦めたのか、不承不承視線をお互いに戻した仮夫妻に心底ほっとする。既に舞台の渦中に取り込まれているのは涙を呑んで認めるが、スポットライトを浴びて中央にて主役級の扱いを受ける気は毛頭ないので。

 飽きることなく何だかんだと健気な側室にツンデレぶりを発揮してからようやっと部屋を去る気になった王の背を見送り、ふと思い立って戸を潜る。

 王に付き従い斜め後ろを陣取るのは、控えめながらも上品なレースに縁取られた業務服を纏う筋肉塊。一歩を進めるごとに廊下が振動しているような気さえする。御付の者は王も変わらず侍女らしい、と判断して、視線を部屋の脇に動かす。

 まじまじとリンデンを見ていたらしい、純朴そうな衛兵と目が合った。


「……お前らは何が仕事なんだ?」

「え、警備ですけど」

「何を警備するんだ」

「ここのお部屋ですよ」

「具体的に何するんだ」

「入室のチェックとか」

「他のとこの侍女が来たらどうするんだ?」

「どうぞって、入れますよ」

「……部屋が空のときは何してんだ」

「何って、お部屋の警備してますよ」


 それ、警備っていうか、飾りとかチャイムって言うんだぞ。

 口をつこうとした指摘は、子犬のように無垢な目の前に、世に出る前に儚く散らせた。彼らは純然たる決意を以って己の責務を全うしているだけである。それを悪戯に刺激はすまい。

 そうか、と悟りの境地で生暖かく微笑んで、少し迷った後、大人しく部屋に戻った。

 まるでやる気は出ないのに、次の行動を脳裏でシミュレートし始めている自分の職業病に涙が出そうな心地だった。


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