覇王と!(小ネタ集)
本編その後の小ネタ3個。
何だか覇王との絡みが少なかった気がするので、彼女も普通の女の子()だよというお話とか。
【01】
アホらしい祭典が終わって以来、待機場所が変わった。それに伴い何かと侍女たちと顔を合わせることが多くなった。視界に入り様ファイティングポーズを取らなくなるにはまだ時間が掛かりそうだったが、平常に戻る前にこの国を出られるのが理想である。
覇王と廊下で擦れ違うのも珍しくはなくなってきた。片手を上げて挨拶の念を飛ばすと、鷹揚に頷きが返る。
スカートのフリルが触れる近さをそのまま通り過ぎようとして、ふと垣間見えた毛玉に目を開いた。筋肉性の丸太に指を掛けて、石像の歩みを制止する。
「まさかその猫、食べるんじゃないだろうな!?」
巨人の手にちょっこりと納まった愛らしい塊がリンデンを見上げた。
「このように食いでのない生き物を誰が食すものか」
つぶらな瞳に恐怖の色はない。非常に意外だが、もしかして常人が失禁しそうな覇王の闘気は、対人に限るんだろうか。一応未だにリンデンの肌をチリチリと焼く程度に放出されているんだけれど。
力の加減を少しでも誤れば肉塊と成り果てそうな子猫は、己の危機に鈍感である。不安定に揺れたかと思えば突然立ち上がってバランスを崩す。
慎重な手付きで支えた覇王は、いつも通りの動かない顔を猫へと落とした。
「弱っていたのでな、しばらく面倒を見ていた」
「ああ、たまに野生の魔物が子ウサギ育ててたりするよな」
なるほど、この闘神にも庇護の情があるらしい。太い指と戯れる小動物を見下ろす目は、心なしか優しげな光を湛えている気がした。
あくまでも気がするだけなので、その裏で「胃袋の足しになるくらいに大きく育てよ」とか考えていてもあまり驚かない。
「そいつどうするんだ?」
やけに懐いているので、このまま飼うのかもしれないと思いながら手を伸ばす。
鼓膜を幸せに揺らす泣き声を上げてリンデンの手にじゃれる猫が覇王の住処に居着くなら、その内癒しを求めて邪魔させて貰おう。残念ながら、部屋の持ち主を視界に入れるだけで精神力が大幅に抉られるので、回復するほどの効能はないけれど。
「ローザ様に『元いたところに返してらっしゃい』と言われたのだ」
「……飼い主探してやるよ」
今度は感情の起伏がはっきりと分かった。
露骨なまでに落ち込んだ覇王を、まさか同情を抱いて慰める日がこようとは思わなかった。
【02】
「うーん」
日差しを避けて木の幹に背を預ける。傍らにしゃがみ込んだクインスに倣い、ずるずると座り込んだ。
「筋肉は」
『第一の富である!』
「ただ筋肉のみが」
『人生なり!』
「筋肉のためなら」
『死んでも良い!』
覇王に続けて怒鳴る筋肉軍団。ただでさえ暑いのに輪を掛けて暑苦しい集団を、リンデンは真剣な眼差しで射抜いていた。
目を閉じて熟考する。寄せた眉の間では、登山家が音を上げるほどの険しい凹凸が存在を主張している。
数秒の時を過ごし、分かった、と声を上げた。
「国歌斉唱だ」
「お、せいかーい」
「止め!」
拍手を切り裂くように覇王が国家の斉唱を止めた。
何だろうと目を丸くして熱気溢れる存在へと視線を向けると、リンデンに負けず劣らない山を築いた侍女が、非難の眼差しでこちらを刺していた。
意味が分からなかったのでクインスと顔を合わせる。肩を竦めて理解不能を示す男と同様、やはり言わんとする意図が掴めずに覇王に戻る。
「戦争屋、我らの邪魔をするのを止めよ」
「何だ人聞きの悪い。見物客がちょっと喋ったくらいで集中を乱すとか恥と知れ」
「む」
この上ない正論に、ただでさえ重い口が早々に閉じた。
渋々というように斉唱の続きに入る。訓練前の儀式らしい。目を閉じて、雄々しい叫びだけ聞いていると、彼女たちが『彼女』であることなど思いも寄らないだろう。まあ視界に入れていても理解し難いものがあるが。一見、メイド服を着用したマッチョな変態の集会であるわけだし。
どうしてこんなものを見物しようと思い立ってしまったんだろうと後悔をしながら、ギャップをなくすために目蓋を下ろした。ごろりと寝転ぼうとしたところ、どこからともなく現れたアクナイトがすかさず高い膝を差し出してきたので寸でで交わす。着地を誤って後頭部にたんこぶを製造する結果となった。
そうだ、一つ言っておきたい。
「名言の作者に謝っとけよ、お前ら」
【03】
砂を吐きそうにラブラブする主従と同席してしまった己の不幸を嘆く。うんざりとしながら、気になっていたことをせめて解消しようと口を開いた。
「薔薇姫さんは貴族だろう。子供を生む義務とか良いのか?」
不躾を承知で尋ねると、嫌な顔一つせずにローテローザは目を細めた。ぶわりと広がる魅了の力に眉を寄せる。
最近知ったことだが、基本的に魔力のコントロールが得意であるらしい赤薔薇は、ある一点において暴走させることがある。言うまでもなく最愛の侍女関連である。
「不詳の兄がいるの。もう跡継ぎは生まれているから、私はそうね、養子でも迎えようかしら」
「結構緩いんだな」
「正妃を決めるのが侍女だという時点で察して欲しいものね」
「ああ、そこまでは至らんかった。なるほど」
常識という言葉をなくして久しいこの国だが、時々奇跡的に妙な常識に添うこともあるので、念のため、というところである。跡継ぎが全く必要ないというほど異世界にあるわけではないらしい。
座っていても頭一つ分以上は上にある覇王が黙っているので横目で見ると、仄かに日に焼けた頬を染めていた。嫌なものを見たので、庭の美しい花々で視界を浄化しておく。
「ローザ様に良く似た赤子を探すとしよう」
「あら、私はマリーに似た子が良いわ」
「無茶は言わん方が世界のためだぞ」
このオーガキングに似た子供というと、恐らく悪魔信仰の対象として奉られるレベルの存在であろう。そういう存在を無暗に望むものではない。噂をすれば何とやら。実際に現れたら世界の人口の8割くらいは死滅するから自重すると良い。
桃色の空気を撒き散らしていたローテローザだが、しかしその内煩わしげに顔を歪めた。
「問題は、父が兄を認めていないことだわ」
普通の貴族らしい問題が上がったことに、悪いが感動を覚える。僅かに身を乗り出して先を促した。
「出来でも悪いのか?」
「というより」
重い溜息に、息を詰めて続きを待って。
「実子だと認めていないというか」
「おい不詳って不肖の誤字じゃなくマジで不詳なのか!」
首は突っ込むまいと心に決めた。意外と深刻な問題である。
まあ大丈夫だろう。覇王なら大丈夫だ。どうせどうなっても最後には破壊力的な感じで解決するんだろうし。ううん、信頼感とは素晴らしいものであるなあ。
そうか頑張れよ、と適当に激励を送りつつ、リンデンは席を立った。




