10.芽吹
1つの仮説がある。恐らく間違っていないだろうとすでに確信を持つそれは、リンデンにとって得難い手助けだった。
トレニアは勿論、シビリカやローテローザの元にも恐らくあったであろうその手助けは、しかし真実に素早く届いてしまえば反転し兼ねないものだった。すなわち妨害である。
思えば、アクナイトであればその正体に辿り着いたかもしれない。リンデンが結果から導き出した結論を、過程から見越していた可能性は高いだろう。
先の襲撃は、味方に近しい者からの忠告だ。
殺傷能力のない、ただただひたすらに鬱陶しいだけの吸着矢の雨あられ。こちらの意識の合間を縫うようにして訪れる得体のしれない気配。追えば消え、無視すれば縋る。それは偏に警備の気の緩みを指摘していた。
来るかもしれない脅威に対し、四方に気を張り巡らせて迎えねばならないこの国の侍女の在りよう。だというのに、他勢力の侍女を迎え撃つことに終始し、国外の手が伸びるなどと想像だにしていなかった。
まして今回、バルサティロは武闘会をもって決着を付けると宣言してしまっている。目先にブラ下げられた餌に釣られ、盲目になっていたのはリンデンも同じだった。
視界を広げさせるためにどうするか。その結果が擬態だったのだろう。敵に扮して引っかき回し、全方位への警戒心を強化させる。
効果は絶大だった──リンデンには。金色陣営には効いたような効かなかったような。少なくとも一時休戦を申し入れて協力態勢に入らせるまでの効果は実証されたものの、反面、お花畑休暇制度を覆すほどには至らなかった。
さて、青色陣営が早期に擬態だと察知したと仮定する。
それが忠告だと思ったのなら幸いだが、恐らく人間、危害を加えようとした他人をそう簡単に好意的に捉えはしない。精々が他所の侍女の嫌がらせだと思う程度だろう。それでは結局これまで通り、もしくは、下手をすれば気が抜ける。
舗装された道を迂回する時間を惜しみ、茂みを飛び越え、蹴散らしながらひた走る。山道を得手とするわけではないが、やたら蛇行しながら自然とふれあうほのぼの通路を馬鹿正直に進むよりは速いだろう。高い木の陰から垣間見える太陽の位置を確認しつつ腕を一閃、道を遮る枝を切り落とす。
「シビリカ、アクナイト!」
距離は近いはずだった。
だが、張り上げた声に応えは返らない。舌打ちを落としながら、飛び掛かってきた野生動物を蹴り飛ばす。何故凶暴な肉食生物なんぞが生息してやがるんだ、仮にも城の管理管轄内に。
上がった息を抑え付け、更に声を張り上げた。足音をできるだけ殺して耳を澄ます。
「アクナイト、いるなら無駄に盛った腹筋使って返事しろ! シビリカがいたらテレパシー能力にでも開花して応えろッ!」
足蹴にされた草の断末魔。風が耳を過ぎる音。飢えたオオカナミのうなり声。焦燥と共に拾い集め、一つでも多くの音に手を伸ばす。
足を止めたのは、突如開けた空間が無人だったためだった。可憐な花々が咲き乱れる一面の花畑は、無惨に踏み荒らされた跡を残すのみ。
刹那息を飲んで視線を走らせる。背の低い植物に人が身を潜ませるだけの蔭はない。敵がいる心配はないが、肝心の捜しものの不在の方が問題だった。
「ッ、アクナイ──」
「──」
音になりきらない空気の震えを聞いた気がして、吼え掛けた声帯を慌てて堪えた。目を伏せて再度周囲を探る。
視覚を抑えて増した聴力が、2度目の声を拾った──思っていたより近い。
方角は前方。しかし見渡す限りは花畑で、切れ目は断崖絶壁が待ち受けるのみである。躊躇いながらも近付いて、リンデンは思い違いに気付いた。
「また面倒なところに……!」
覗き込んだ鋭角の下、突如飛来した鋼に前髪の一部を掠られる。めげずに剣を盾にして見下ろす。
人間3人分ほどを置いた下に、そこそこ開けた足場があった。騒動までは瞠目するばかりの美しい花畑が形成されていたのだろう。今は踏み荒らされ蹴散らされ、無惨なゴミと成り果てた草花が広がるばかりだった。
躊躇いなく身を踊らせたリンデンに、すぐさま刃が寄せられた。剣で弾き、手甲で叩き落とす。
着地点の刺客が素早く身を翻すのをあえて見逃し、背後に立った男の首筋に剣筋を放つ。暗殺者というのは身のこなしがやたらと素早い。皮一枚を掠めて回避した細い体を、避けた先に投げた足で容赦なく蹴り飛ばした。
崖から転落した身が奏でる水音を待ったが、代わりに衝突音が届くのに眉を潜める。水面よりも先に岩肌が待ち受けているらしいとなれば、この高さでは万が一にも助かる術がない。崖に突き立てた剣が命を救うのは、余程の奇跡でない限りは物語の中のご都合展開であることを明記しておこう。
「戦争屋……」
「少人数であまり遠出するな、馬鹿」
驚きに目を開く侍女に僅かな笑みを流し、集中を促した。
手首を返し、絡めた剣を捻り折る。飛ぶように後退した男は、着地の瞬間、顔の側面で弾けた爆発に気をやった。死角を併走するよう投擲した爆薬に気が付かないなど修練が足りない。
膝を折った男の首筋を強く圧迫した上で、手を短刀で地面に縫い止める。今更ではあるが、物的証拠があるに越したことはない。重要な血管は外したので出血死はしないだろう。多分。
「アクナイト、姫さんはどこだ?」
厚い胸板を上下させながら、アクナイトは静かに燃える瞳のまま腕を伸ばした。
なぜだか鉤爪のように曲げた太い指が向かう先に視線を移して──すぐさま隣に並んだ肉体美に矛先を戻した。
「……どこだって?」
指の先は断崖絶壁だった。指し示す先はつまり海である。ざぶんと打ち寄せる白い波が目に眩しい。
「まさかお前、放り込んだんじゃないだろうな」
「ちがうわ。下よ……」
「いっそもっと投げてやれよ……真下とか、鬼か悪魔の所行だろう」
「人聞きがわるいわ。わたしがシビリカさまを落とすわけがないのに……」
「あ、ああ、悪い。じゃあ何だ、虚にでも入って──」
飛んでくる凶器を迎撃しながら、地形を見るべく足下に注意を払いながら下がる。
機動力を何よりの戦力とするアクナイトが崖際から動かないということは、シビリカの居場所についてはすでに敵も把握しているだろう。
踵を半分浮かせつつ横目に崖下の様子を窺うと、そこには元気に手を振るシビリカの姿が!
「……ッ、………!」
──なかった。
腰紐をフックに引っ掛けられて宙吊りになった小柄な肢体が、恐怖にガタガタ震えている。
「──可哀想だろッ! 何で当然のように主を危険に陥れてるんだ!?」
「……あそこが一番安全だったんだもの」
「口を尖らせるな、可愛こぶるな! 姫さん、今引っ張り上げてやるからちょっと待ってろよッ!」
言って、強襲してきた空気の読めない馬鹿の腕を掴んで投げ捨てる。突進の勢いも相まって大分遠くまで飛んだので、無事着水していることだろう。体勢崩してカエルダイブしてたら知らん。
隣で響いた破砕音に目を向けると、どんな手を使ったのか、地面が爆砕されてクレーターを形成していた。お前、それ、フックの超近場なんだが分かってるか。
風圧でグラグラ揺れる杭を慌てて踏み付ける。浮き掛けた楔が固定されたことに安堵の息を漏らした。
ラスト一人の追撃をアクナイトが止めているのを確認し、屈み込んでロープに手を掛け。
響く爆音。
「あっ」
「……は?」
紛れて聞こえてきた儚い声。手元を暗く染める突然の影。
反射的に視線を上げると、頭上高くに飛翔した巨体が目に入る。
何を言うでもなくただ口が開き数秒。ふと我に返って、反射的に手を伸ばした。
掴んだ手が握り返すのを見届けると同時、肉が千切れるかと思うほどの負荷が右腕全体を襲う。
「ふっ、ぐ」
脱臼しなかった自分の強靱な肉体を褒め讃えてやりたいが、危機は全く去っていない。
アクナイトの全体重がリンデンのそれを余裕で超えていることは明白である。勢い引っ張られる身体を下方へ倒して安定させ、それでも擦れる足裏をクレーターに引っ掛けて固定する。
上半身が腰から持って行かれたかと錯覚するほどの衝撃の後、辛うじて落下は止まった。
ひとまずの危機を脱した今、どうにか手にした仁王像を両腕で支えたいところだが、右半身が伸び切りすぎて左手が届かなかった。微動すら許されていないリンデンに今できることは、鉄像を手放してを楽になりたいと全力で叫ぶ魂を宥めることくらいである。
「な、に、が、あったあぁぁあ……!」
酷使された筋肉を介して絞り出される声が震えるのは致し方がないことだった。がっちりと噛み合った手が震えるのも、これまたどうしようもない。
ぶら下がったアクナイトは、ぱちくりと可愛らしくつぶらな目を瞬いた。
「さいごとひとりに試作の爆弾をためしたら、おもっていたより強力だったの。おもわずふっとんでしまったわ……」
「何をどう試行錯誤したら思わずで吹っ飛ぶんだよッ! ぼんやりしてないでさっさとよじ登れ、姫さんも回収しなきゃならんのだから!」
「それが……びっくりして身体がうごかないの……」
「どこの野生動物だお前はああああああああああッ!」
叫んだ拍子に腹筋が緩んだのか、足が砂利と戯れて動いた。血液が下がる音を聞きながら全霊を込めて踏ん張り直す。
どうにか止まったのは窪みに辛うじて引っ掛かるような位置で、これ以上は一片たりとて譲れない。高鳴る心臓に呼吸を浅くして、極めて落ち着こうと努力する。
腕が引っこ抜けそう。
「……はなしていいわ、戦争屋」
「あん?」
そう時を置かずに、半身の痛みに冷や汗さえ出始めた。
歯を食い縛りつつ思うのは、気を失わせた刺客のことだ。簡単に意識を取り戻すような甘い落とし方はしていないが、ああいう輩は障害に耐性を持つことが多い。見た目で判断できないので、今この瞬間にも目を覚ます可能性を考えれば、悠長にはしていられない。
──というようなことを考えていたので、アクナイトの蚊の鳴くようなボリュームの音声はリンデンの脳に到達しなかった。
眉間に皺を寄せて聞き返すと、相変わらずの光の乏しい目が真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「はなしていいわ、戦争屋。わたしがおちたのは自業自得だもの」
「自業自得は否定しないぞ、空気を読まないようで悪いが」
こくりと頷く主君の姿が見えた。自業自得以外の何ものでもないのでフォローもできない。
微妙な空気を華麗に避けて、アクナイトはひたすらにリンデンの目を見つめていた。
「あなたが身をはる必要はないわ。手をはなして。ライバルがへるのはいいことでしょう? ただ、できればシビリカさまをたすけてほしい」
「……あのな」
「──…!……、………っ!」
獣のように奥歯を鳴らしたリンデンの視界の中で、シビリカが必死に首を振るたび、弱い命綱がぎいぎいと揺れる。その声は相変わらずリンデンには届かないが、彼女の侍女にははっきりと伝わっているはずだった。
目を向けず、身じろぎもしない。
リンデンにはそれが気に食わない。
「ふざけるなよ、お前。馬鹿にしてんのか」
「ちがうわ、わたしは……」
「だったら口を閉じてさっさと回復しろ! ライバルがいるなら相応の場所で蹴落とす。無抵抗の女を見捨ててのうのう生きられるか。私はな、知り合いに顔向けできなくなるような真似してまで生きるほど根性があるわけじゃないんだよッ!」
ざりり、と靴底が立てる雑音に、だからといってあらがう術はない。
「主を守りたいなら自分で守れ。まずお前が助かれ。そうする努力を惜しむな。本当に大事なら悲しませないよう心掛けろ。聞こえないフリして、懇願を無視するな」
はっとした表情でアクナイトが主を振り返る。おい動くな。素早く動くな。頑張って保ってる均衡が崩れた途端に心中するハメになるから!
潤んだ瞳がかち合って数秒、リンデンは絶えがちな息を精一杯整えつつ、先を促した。
「わかったら、良いか、指先から順番に意識を移しながら、ゆっくり──」
促した──言葉は、すげなくかき消された。
水を得た魚によって。
「わかったわ──ええ、理解したわ……!」
「は」
それはあまりにも唐突だった。
お前ウソこいてたんじゃなかろうなとしばき倒したいほどの力強さで、太い五指が岩盤を貫く。巨体を支えるリンデンの腕から圧倒的な質量が消滅した。踏ん張りも解けない前兆の皆無さに、勢い余って尻を付いた。
続いて、のっこりとシビリカの小柄な肢体が持ち上がる。人形劇の人形のように空中から吐き出された身体が静かに地面に降ろされた。
脳は状況の把握に勤しんでいたが、どうやら放棄しても誰も怒らないような事態であるらしい。呆然と状況を見守りながらも、ひとまず手近に落ちていた物的証拠たる男の頭を2、3度打ち据えておく。別に尻が痛かった八つ当たりというわけではないが。
「戦争屋……いえ、リンデン……」
「!?」
至近距離で響いた鈴の音に、立ち上がりざま目を向けた。いつの間に背後に回ったのだ、この暗殺者気味な侍女は。
涙の膜を湛えた彼女の目がリンデンを見下ろす。急激な運動にか、上気した頬が常なる不健康さを撤廃していた。
が、そんなことよりその両手に凶器が滞在していない事実を確認したリンデンに、誰も抗議を唱えることはないだろうと思う。なんせ彼女はアクナイトである。一瞬前まで協力体制にあったからと言って油断できる相手ではない。部屋で歓談していると、垂れた糸から毒を滴らせてくるのがアクナイトであるので。
素早く視線を落としたリンデンに、彼女は手のひらを上向けて差し出した。毒が塗布してある様子はなかったので、少々距離を開けて顔を戻す。
「そうだ、姫さん、大丈夫だったか」
「……。……」
「……姫さん?」
空気が動く気配がしない。
アクナイトから意識を外さないように注意しながら視線を向けると、何やら一心不乱にキャンパスに手を走らせていた。
何してんだあの子。
「リンデン……」
「ん、ああ……ああ?」
ひたすら動く指先を確かめようと動く前に、筋肉質な手のひらに両手を拘束された。ぎょっとして注意を戻すが、引いても押してもびくともしない。
なればと搦め手で外そうと足を引いたところで。
「これが、恋……リンデン、わたしの王子様……!」
「公用語で頼む」
熱い瞳に声でストップを掛けて、リンデンは未来行動というものをどこかへやった。
ありえない言葉を聞いた気がした。耳に入ってきた言葉を反芻するかどうかをまず迷って、僅差で反芻することを決めた自分が正しかったかどうかを再考し、でもやっぱり考えることを放棄すべきだと撤回し、しかし見なかったフリはもしかして一番恐ろしいのではないかと考えを改めて反芻する。
わたしの王子様、と彼女は言った。
まず、私の、という所有の言葉が気に掛かる。この場合の私とはすなわち、発言者のアクナイトに相違ない。
続いて所有権を主張する具体的な対象を、彼女は王子様と指定した。玉子様とかの聞き間違いではなかったかと考えたが、思えば文語ではなく口語で認識した言葉である。近似は音であるべきだ。ではやはり王子様で間違いはなかったのだろう。王子とはつまり、王の子弟、あるいはさらにその子弟として出生し、王に即位してはいない男子のこと、またはその称号である。リンデンが好んで使用している辞書が間違っていないのであれば。
私に所有権がある王に即位してはいない男子。アクナイトの発言に心当たる対象はない。混乱の余り吐いた言葉に一番近しいのはバルサティロだが、彼は紛れもない王である。
良かった、ありえない言葉はやっぱりありえなかったんだね──とは、世の常ながら行かなかった。ぎゅうと骨が折れるほどの強さで握られた己の手が、現実を見据えろと無情に訴えてくるせいだった。リンデンの顔に穴を開けるべく、熱視線を注ぎ続ける目の前の少女のせいであったとも言える。
……王子様。己の赤子、もしくは好意を向ける異性をそう呼称する女性が世の中に存在することを、残念ながらリンデンは知っている。
そしてこの場合の対象がリンデンであることも、誠に遺憾ながら、ハナから理解していたわけで。
「…………」
「はなさないと強くにぎられた手、胸がふるえるほどあつい言葉……あんなに命がけでわたしをまもってくれようとする人、わたしは知らない。とてもとても、うれしかった……」
「………………」
そりゃ、守る必要性がなかったからだろう。普通に刃向かわれただけであれば、侍女たる彼女たちが引けを取るような事態はそうそうないはずだ。
とはいえ感動にうち震える少女に水を差すこともあるまい。現実逃避であることは重々承知ながら、リンデンはこみ上げる反語の数々をのどの奥へと封じ込めた。
言っちゃえば良かったと本心から思う。
「わたしの王子様、プロポーズ、つつしんでお受けします」
「待とう」
手を振り解く。厚い肩を掴んだのも間違いだった。
潤んだまなこが至近距離で期待をはらむのを見なかったフリをして、近年稀に見る必死さで言葉を紡ぐ。
「どうしてそうなった」
「命懸けでたすけてくれるなんて、愛しかかんじないわ……」
「世の中には愛は愛でも友愛とか慈愛とか色々あるから、片寄った思考を今すぐ正せ。私のは百歩譲って友愛だから、天地神明に誓ってプロポーズとかいう意味のわからんものじゃない」
「そう……なの……」
置いた手の下、肩が目に見えて落ちた。僅かな良心の呵責を覚えるが、ここで引いては自分の身が危ない。心に鬼を浮かべてフォローの手を抑える。
どのみちフォローなぞ必要じゃなかったと理解したのは、数秒後のことだった。
「じゃあ、あいしてるわ」
「お前うちの騎士が好きなんじゃなかったのか!」
「乙女心はうつろう秋の空……命懸けでたすけてくれた人をあいさない人なんていないわ……」
「いや待て、種々様々な場面で助力を得てる私が星の数ほどの恋愛感情を抱いている事実がない以上、その理屈はおかしい」
「…………、……」
「……そう、ええ、そうね……。恋愛に理屈なんかないって、シビリカさまが」
「お前が理屈言ったんだよ」
「わたし、人をすきになるのもきらいになるのも全部、心の自由だとおもうの……」
「……ああそうだなその通りだよ」
「あいしてるわ、王子様」
「ありがとうよ!」
反論できない自分を笑いたければ笑うが良い。精神の自由を持ち出されてまでノーサンキューを言い張れるほど狭い心を持ち合わせていないのだ、リンデンは。
そうだな、好きでいることが悪いわけじゃないもんな!見るな触るな近寄るなとけたたましく吠えまくるには相手への嫌悪感が圧倒的に足りない。アクナイトはそろそろ、いなくても困らないけどいないと物足りない存在と化してきているし。日頃のスパイス的な意味で。今日は襲撃ないけどアクナイト元気かな的な。
砂利に擦れた膝当てが耳障りな音を立てるのが、まるで嘲笑のように聞こえた。口元にほのかな笑みを浮かべた少女のかんばせの美しさに心が折れそうになる。
遠退き掛けた意識は辛うじて捕まえた。何故ならここで意識を失ったら、多分恐ろしいことが起こるからだ。何がどうと具体的には考えまい。ただ、あえて程度を言うならば、あのチャランポラン男なクインスが、ああも頑張って回避しようとしていたほどの事柄である。
一応、震える声で、告げてみる。
「……気持ちは、嬉しい。が、残念だが、応えられない、ので、ええと」
「……ええ……」
「…………ごめん」
「いいの……わたしがあなたをすきなだけだから……」
酷く心を擽られるいじらしい言葉に、思わず顔を上げたことを後悔した。
「あなたを手にいれるための努力は、おしまないわ……」
凶暴な肉食獣の瞳が、ガッツリと捕食者の攻撃性をもって獲物を見つめていた。
心を過ぎる走馬燈の中で、金色の2人の忠告が浮かび上がる。
──アクナイトさんには気を付けて下さい。
──ふとした微笑は危険だわ。
──キリリとした眼差しを真っ直ぐに注ぐのも危ないかと。
もっと。
「忠告ってのは、誰にでもわかりやすいようにだな……!」
無駄な抵抗はすまい。己を守るために、しびれ薬などのトラップには最大限に気を付けるよう心がけよう。
両方やった。その自覚があるから、リンデンはただ今後の対策に脳を働かせることにした。
シビリカがひたすら描き記す己の侍女の芽生えた恋心を、激情のまま破り捨てたら声を出すほど怒るかな、と死んだ魚の目で考えながら。
アクナイトはヒロイン。




