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大樹の下で  作者: 飛鳥
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08.理由

「クインス回だよ」と言った私に、友人は「恋愛要素ktkr!」と言った後、読み進めるに伴いとても残念そうな顔になりました。

私に恋愛を求めるとかプークスクス。

 死屍累々と積み上げられた、どこから湧いて出たのか心底不思議になるゴキブリ共を見上げる。黒かった体表は今やほとんどか肌色か、もしくは赤いか、ドス黒い紫色だ。

 どうして衣服を剥いだのかを尋ねようとは思わなかった。傍らに立つ巨塊が満足げにたわわな胸を張っていたせいだ。何かこう、リンデンには理解も納得もし難い美意識が働いたのだろう。


 結局、ほとんどの敵は金の侍女が叩きのめした。

 最初こそ使用していたレイピアは、いつの間にか拳に取って変わられていたようだ。後半倒れた刺客には、刺痕の代わりに青あざが目立つ。

 痛々しい痕跡に思わず顔を顰めるリンデンに、ジャスミンたちは朗らかに礼を述べた。


「リンデンさん、今回は本当にありがとうございました。私一人だったら今頃どうなっていたことか……」

「うーん、案外トレニアがかすり傷負ったくらいにブチ切れて、どうにでもなってた気はするな」

「まあ、リンデンさんたら控えめね」

「私は本気で言ってるんだが」


 彼女たちの中でリンデンの株は赤丸急上昇したらしい。

 こちらから見れば、ご謙遜を、などと美しい笑みで言われても、今となってはジャスミンこそ謙遜しているようにしか見えないわけで。

 それ以上は言葉の応酬だけで済みそうになかったので、礼の気持ちはひとまず受け取ることにした。

 片手を上げて、どういたしまして、と返すと、乙女のようなはにかみ顔が返される。侍女の肉体を視界から追い出せば、世の男共が血の涙を流してリンデンに憎悪を向けるほどの可愛らしさだった。


「それにしても……吸盤矢の襲撃に加え、暗殺者まで襲来するだなんて、随分と物騒になったわねえ」

「今までが物騒じゃなかったとでも言いたげな口振りには万にひとつも同意しかねる」


 心外そうに向けるトレニアの眼差しに同様の視線を返す。どこが危険じゃなく、どこが穏やかだったのか是非とも教えて欲しいものだ。 


「まあ、進展と言えば進展だった。方向は悪いものの、多分ふざけた方の襲撃は減るはずだ」

「確証が?」

「いや。でも、多分な」


 遠くでガシャガシャと重たい金属音がした。やっと衛兵が到着したらしい。

 襲撃から10ミニリット。致命的な対応の遅さである。一斉休暇とかいう悪さしか引き起こさない習慣を取っ払うよう、早急に手配する必要があるだろう。

 じゃあ、とリンデンは片手を上げた。


「私はこれで。また対策については後日」

「ええ、本当にありがとうございました。……あの、アキレア様は」

「ここから見た限りでは爆発後は動きがないようだし、大丈夫だろう。逆に心配させたみたいで悪い」

「そんな」


 苦笑で返すと、慌てたように手を振ったジャスミンが、続いて深刻な顔で俯いた。

 俯いても身長差がある分、表情はまるで隠れることなく晒されている。秀麗な細面の顔が悩むように歪む。

 やがて上がった蜂蜜色は、真っ直ぐにリンデンを射抜いて。


「アクナイトさんには気を付けて下さい」


 はっきりと告げられた忠言に首を傾げた。


「警戒心は人一倍あるつもりだが」

「思うにリンデンさんは人一倍情に厚い方ですから、度々顔を合わせるアクナイトさんへの警戒心が緩んでいる気がしますので。いいですか、気を付けて下さいね」

「……そうか、わかった」


 心配性な子である。真剣に諭す表情の愛らしさに、眉尻が下がる代わりに口角が上がった。

 どうでも良い話だが、顔にくっ付いている鋼の肉体のせいで年齢不詳であるジャスミンは、まさかのリンデンより4つ若い22歳らしい。

 というか、アキレアたちとの雑談の中あっさり流された言を真実とするならば、側室と筆頭侍女の中ではリンデンが最年長だという衝撃の事実を知ってしまったわけだが、自分は次回マリーゴールドに出会ったとき、どういう対応をすれば良いのだろう。怖過ぎて具体的な年齢は聞かなかった。万が一未成年だとか言われたら、その後の襲撃に耐えられる自信がなかったので。

 閑話休題。


「うーん、その、心配してくれて良い子だなあ、みたいなふとした微笑は危険だわ」

「かといって、キリリとした眼差しを真っ直ぐに注ぐのも危ないかと」

「何だそれ」


 疑問に答える声はなかった。よく分からないが、とにかくジャンルを問わず総合的に気を付けておけば問題ないだろう。

 そうしてフローラルが一転血なまぐさくなった部屋を後にして、リンデンは早足に自室へと向かった。今日も今日とて奴らは中央のリンデンの部屋に集まっていたし、撃退用の罠のあれこれはリンデンの部屋に集中しているのである。

 遠目に見えた部屋の外壁に損傷はなく、何だかんだで安堵をこぼす。

 信頼と現実はまた別のものだ。クインスの腕を信頼しているとは言ったが、人である以上は足を滑らせる可能性はいくらでもある。

 まして今は、少しばかりクインスの戦闘スタイルに思うところがあった。ジャスミンの様子を見るまでは思いもしなかった、久しぶりに見た人の弱さ。

 もし、クインスがあの時、頑なにああ(・・)であったことに理由があるならば──。


「あ、リンデン様、お疲れさまッス!」

「ああ、お勤めご苦労さん」


 わらわらと集まっていた衛兵を挨拶がてら押し退けて、開いた扉の中を覗く。途端に鼻を突く鉄錆びた臭い。白い壁に施されたまだらのアートに顔を顰めた。

 黒子の団子の前に立つ、酷く珍しい凛々しい横顔。いつもああしていればイケメンを自称しても突っ込んだりはしないのに。いや、あのツラで自称されても真面目が過ぎて怖いだけか。

 リンデンの気配に気付いたらしく、ふと衛兵との話を中断してこちらを向く。


「お疲れ。壮健そうで何よりだ」

「丈夫で元気は否定しないけどよ、お前、この怪我見て言うのか」


 左腕の関節部が、大きな血色で染められていた。

 だらりと落ちた太い腕を拾い上げ検分するが、随分上手く貫通しているらしい。内損は表層では知れないものの、指示の通り指は動いていたので、後遺症の心配は少ないだろう。


「四肢が揃っていて真っ直ぐ立てるなら十分だろう。治癒師はいないのか?」

「それが昨日の夜から海まで集団旅行に行ってるみたいでなぁ」

「これまで問題なかったのが奇跡じゃないのか、この国」

「げに恐ろしきは運の良さだよなー」


 人がどうのじゃなくて国ごと平和ボケとは誠にもって恐れ入る。今までは襲撃される事態がなかったのか、それとも襲撃者がわざわざ律儀に休日は外してくれていたのか、どちらだろう。

 案外後者な気がして堪らない。となれば内部犯が染み着いた常識に従っていたことになるが、余所の国がひたすら襲撃を忌避する国ってのは一体──いや、理解した。筋肉がメイド服を来て当然の顔で闊歩している国を乗っ取ろうとは思わないよな、普通。

 非常識もあまりに度を過ぎると国を守る布石になり得るのか。良い国王の皆は、是非真似しないことをお勧めする。

 降って湧いた頭痛を振り払い顔を上げた。既にいつも通りの抜けた顔に切り替わっているクインスに、アキレアの所在をうかがう。


「あー……」

「何だよ」


 途端に目を泳がせて頬を掻く様子に眉を顰めた。

 まさか隣で戦乱の間ずっと寝転けていたというわけでもないだろう。深刻ではなさそうなので心配は失せたが、余程の言い辛い理由があるのかと耳を寄せるリンデンに。


「いや実は、騒動の後すぐに王様が乗り込んで来てな、脇目も振らずに連れてっちまって……」

「はあ!? ──あ、いや、何でもない。どうぞ現場処理続けてくれ」


 思わず腹筋に力が入った。飛び出た声に集まった視線を愛想笑いで散らして、クインスの肩を抱くように壁際に寄る。男はリンデンより10セランチほど背が高いので、中腰で移動することになったのは申し訳ないと思う。


「連れて行ったって、良いのかそれは。心情はバレバレだとしても、決着が付くまでは中立でいるよう心掛けるべきだろう」

「あんま良くないんじゃねェかなとは思ったんだけどよ。止めれる勢いじゃなかったんだよな」

「そこは身体張れよ。害被るのはアキレアだぞ──無事なんだね?」

「俺を盾にして傷一つねェよ。姫さんに向かって飛んできた短剣見て、『クインス危ないですわ!』で俺を引っ張ったんだぞ。ヒデェと思わね?まあそれは弾いたけど」

「……お疲れさん」


 アキレアは想定外に王族の鑑だったらしい。同情するべきか誉めるべきかを迷って、言葉を濁すことにした。クインスが防御できると見越しての鬼の所行だったと信じたい。

 ともあれ無事であることは良いことだ。更に王の部屋にいるのであれば、それ以上の守りはないだろう。あえて言うならば、完全防御地帯にアキレアが身を置いている間、リンデンの胃がギリギリと痛覚に訴え続けるのがネックだが。

 現場検証が一通り終わったようで、引き上げにかかる兵士たちを手を振って見送った。

 どうせリンデンは心行くまで金色主従の住まいで襲撃者共の検分を終えている。回収された武器やら人間やらは無用の産物であるので、勝手に騒動跡を片付けてくれる職場は普通に嬉しい。


「治癒師はいつまでいないって?」

「休みは今日一日だそうだから、明日の勤務時間までには戻るだろ」


 それまで怪我を放置して置くのはさすがに辛いか。

 椅子の残機が1脚のみだったので、適当に避けてクインスを毛足の長い絨毯の上に座らせる。あぐらをかいてどっかりと座り込んだ男が鎧を脱ぐ間に荷物を漁った。

 四苦八苦しながら肩当てを外す。その視線は、自分のことに集中すれば良いのに、リンデンの手元を眺めていた。


「戦争屋って、治療道具とか供給されるんじゃねぇの? 国家に属したりしてるわけだし」

「道具があるなら自領の人間に先に渡るよ。国に付いているときなら正規兵士の治療が優先される。雇いの人間は自己責任だが、兵士は家族への賠償が発生することも多いしな」


 それと、言うまでもないが治療手段の不足しがちな戦場だ。手当の道具多ければ多いほど重宝する。戦争に勝つための戦争屋なのだから、勝率を上げようとするのは当たり前のことである。

 運良く欠損一つなかった私物に満足しながら、クインスの鎧を蹴り転がしてスペースを上け、同じく床に尻を落とす。

 怪我に障らないようにしながら、残る左腕の防具を手早く外した。

 袖を引き上げて改めて検分する。防具の隙間を縫う場所を見事に穿たれた穴。そういえば血濡れのスティレットが転がっていた気がする。横目で思い出を確認すると、絨毯が黒く色を変えていた。


「念のため聞くが、痺れや違和感はないんだな」


 頷き一つ返して口を閉ざした男に、リンデンは溜息を吐いた。


「……殺しに掛かってきている相手に手加減をするのは、いくら何でも傲慢だろう」

「あー……わかるか」

「お前の実力でこれだけの怪我負うっていうのはそういうことだろ」


 消毒液を取り上げてぶちまける。声なき悲鳴が部屋を満たした。破毒と治癒力を高める術式が込められた高級品だが、異常に沁みるのがご愛敬。リンデンは緊急時以外恐ろしくて使用していなかったので、もったいないことにそろそろ使用期限が切れるのである。捨てるのは忍びなかったので丁度良かった。


「人間相手が苦手なのか?」

「い──ッ、うー、まあ、そ……ッ」


 悶えていないではっきり答えろ。

 腕をひっくり返して貫通側の傷口まで一頻り液体を振り撒いて、更に薬を染み込ませたガーゼを容赦なく押し当てる。ぎゃああ、と野太い悲鳴が上がったところを見るに、まだ余裕がありそうだ。少し慣れてきたかな。

 1ミニリットほど身を捩る様を見物し、傷口の赤みが僅かに引いたことを確認。止血の軟膏を上塗りして乾いたガーゼと交換する。


「殺すのが嫌なのか」


 目尻に涙を溜めた美丈夫が、上目遣いにリンデンを見た。


「……そ、だな」

「ふうん」

「え、何その気のない相槌」


 事実確認のために問い掛けただけなのに、どうして気を込めて相槌を打たなければならない。

 首を傾げる様に憮然としていたクインスは、リンデンの無関心さを確かめた後、むしろほっとしたように肩を落とした。

 視線を合わせないままモゴモゴと口を歪ませて。


「俺なー、臆病者なんだ」


 やがてぽつりと呟かれた言葉を皮切りに、静かな室内にとりとめのない雨だれが降り注いだ。


「人を殺すのすげえ嫌なんだ。一回も殺したことねェの。剣振りかぶってさ、完璧に手加減できる相手は良いんだけど、手加減の効かない相手だともう全然ダメ。リンデンは強いだろ。全力は殺すかもしれなくて怖いから攻勢に移れないし、手加減ぶれるくらいの相手も手ェ抜き過ぎて怖い」

「そうか。ちなみに私はお前のこと、ハラワタくり貫いてやろうかと思う程度に腹が立ったから考慮しておけ」


 クインスが顔を青褪めさせて身震いした。どうやら傷口を辿る手に思いの外力が籠もっていたらしい。

 貫通した割に綺麗な傷口だった。剣を捻らせる間も与えず打ち倒したのだろう。止血の軟膏ごときで緩和された出血は、簡単な処置で済みそうである。

 無用な力を抜くかわり、裏側の様子も確かめながら新しいガーゼを薬で湿らせる。


「魔物は平気なのか」

「おう。魔物討伐は騎士隊で頻繁に行ったし、アレにはそう、禁忌的な……なんつったら良いんだ。罪悪感?とか感じないんだけどな。人間を殺すってなると、どうにも切っ先が安定しなくてな」


 苦い顔で笑ったクインスは、ばつが悪そうにちらりと視線を寄越した。

 でかい図体で上目遣いされると途端に目潰ししたくなるので止めた方が無難であると忠告すべきかを迷い、ひとまず自分の理性を強化することにする。


「要は坊ちゃんなんだよ。修羅場もなんもなく、何がしたいってこともなく、家の意向で騎士になっただけだから、人を殺す覚悟もできてない。人よりちっとばかり技量が上だもんでこんな場所にいるけどよ。……情けねェな」


 抜けるかと思うほど落ちた肩を不憫に思わないほど、いくら対クインスだとてリンデンは薄情にはなれなかった。

 金色の前髪の陰に透ける俯けた顔を見ないよう、ざっくばらんな注意を払いながらガーゼを患部に当てて包帯を引き伸ばす。

 思うに──。


「初めてっていうのは特殊でね。怖くて動けない状態が収まると、今度は無我夢中で戦い方を覚えようとして、相手の動きへの対応吸収の効率がやたらと良くなる。初陣を過ぎると一旦死亡確率が低下するのは、本能が仕事をして反射的に殺してしまって、吹っ切れる場合が多いせいだ」


 考え過ぎなのだ。平気なような顔をして、実の所行き着くまで切迫している。

 こういう人間は分かりにくい。おちゃらけた様子が本心なのか誤魔化しなのかは、余程良く観察していないと判別がし難い。なまじ腕が立つせいで、どこかでこぼした本心ですら、それが本気だと受け取られなかったのだろう。

 ゆるゆると上がった視線がリンデンの目を捉えた。内心を探るような青色に溜息を吐く。

 治療の手を留めて視線を合わせてやる仕草は、本来警戒態勢の獣に向けるものだ。


「初めて真剣を向けたのは、父親か何かか?」

「いや、魔物だった。8つくらいの頃、庭に迷い込んだ子供のウサルギ。弟が襲われそうになって、近くにあったナイフで応戦して……結局あのウサルギ、どうなったんだったかなー……」

「そりゃ良いな。子供と子供が戦うってのが良い。幼体殺すのに耐性を付けるのは、大人になってからだと妙に面倒だからな」


 何事も子供の内に済ませておくと刷り込みしやすい。善し悪しはあるが、戦いに生きる選択肢が存在していたのならば、その相対は行幸だっただろう。

 案外、親の教育方針に寄ってはウサルギ自体が仕込みだったりもするかもしれない。臆病な性質だからこそ人を襲うことも多い低ランクの魔物。長い耳とつぶらな瞳が愛らしいウサルギであるから、殺傷を躊躇う人間は意外と多い。

 庇護欲を掻き立てる最たる魔物を殺せるならば、罪悪感に振り回されることも少なくなろうて。

 複雑そうな顔をしたクインスに、リンデンは何でもないことのように言葉を落とした。


「私の初めての戦いは、賊退治だったんだよ」


 見張られた目を見なかったのは、別に後ろ暗かったわけではない。単純に治療を優先させるだけの開き直りがあっただけの話なのだが、後から思えば視線は合わせて話すべきだった。視線を落としたまま話すなど、まるで脆い内心を吐き出しているようである。

 傷はとうの昔に塞がっている。裏返せば、当時の柔らかいリンデンは確かに傷付いたのだけれども。

 リンデンは商人の子だった。戦闘とは全く無縁な、繁殖力旺盛な木々に囲まれた小さな村で生まれた3人兄弟の長女であった。弟妹はそれぞれ方向性は違えどもリンデンを慕ってくれる出来た子たちだったが、いかんせん、親は少しばかり粗悪な出来だったのだと思う。

 商売においては堅実で真摯であったが、両親揃って商売馬鹿だったのだ。商いに身を入れ過ぎて、一日の内一食すらまともに与えられた例が少ない。

 お陰で子供たちは近所の大人に育てられたようなものだった。家事を手伝う代わりに食事を貰い、年の離れた弟妹と分ける毎日。

 幼心にも分かる歪な日々は、勿論善良な村人たちにも激高を与えた。一部の声高な大人は正面からいかに両親がしていることが非道かを諭し、大体の大人は陰で両親を非難しながらリンデンたち兄弟を援助し、一部の大人は何もせず、残りの大人は両親のみならずリンデンたちまで厭って罵った。

 境遇が境遇だったので、罵られる理由は朧気ながら理解した。つまり、自分たちは他人に迷惑を掛ける親子であったのだ。

 納得をしながら、しかし弟妹たちにその泥濘が飛ばないように考えた。それなりに擦れてはいたが、結局リンデンは単純に子供だった。効果的な何かなど思いつくほどの頭はなかった。

 となればまずは知識を深めるが吉。幸い家には書物が大量に存在していた。商品を汚すと拳どころか刃が飛んでくるのは承知していたので、手袋をはめて口に布を当て、45度以上ページを開かないよう細心の注意を払いながら読み耽った。字を読むのは嫌いではないものの、ひたすら黒点を追う作業はさすがに苦痛だった。

 商いは自分に向いていないことを理解するのは早かった。ならばジャンルは問うまいと次から次へと島を渡り、それなりに楽しめたのが戦術書だった辺りで将来が決まったようにも思う。

 見よう見まねで罠を作り、火薬を調合し、握りきれない木刀を振った。


「戦いとは無縁に生きて13年。近所に賊が居座った。村の兄さんたちが先に討伐に出たんだが、あっさり返り討ち。残る戦い向きじゃないおっさんたちと、私も一緒に出陣したんだ。私は実に弟妹思いの姉だったから、負ければあの子たちがただじゃ済まないとなれば行くしかないだろう?」


 村の人間は勿論止めてくれた。大人がどうにかするから、子供は隠れていろと。

 だがそんな言葉は気休めにもならない。身軽な青年部隊が命からがら帰って来たのだ。中には当然ながら命を落とした不幸な者もいた。帰らなかった者もいた。そんな連中に対して、今の戦力が何をできると期待すれば良い。

 藪を突けば蛇が出る。蜂の巣を突いた村に報復が訪れるのは恐らくすぐのことだ。逃げることすらできない。引いても無駄なら、残る戦力を消費して何が悪いのか。案じる心はありがたいが、それより女子供の行く末を考えてみろということだった。

 震える手で調合した爆薬を示し、息苦しさの中作戦を提案し、この期に及んで小さな店を守ろうとする親から一本の小刀をどうにか強奪し、泣いて縋る弟妹を残してリンデンは年齢層の高い人々と山を登った。


「妙に巧く嵌って、大きな怪我もなく退治が完了した。賊は全員死んだよ。こっちも必死で、同族殺しなんて考えてられたのは向かう間だけで、対峙してからはそんな余裕もなくなって、終わった頃には人間の脆さにぞっとするくらいだった」


 賊が相手とはつまり、人間だった。

 覚悟をする暇もなく訪れた決断のときは、ふと気付けば終わっていた。横たわる人間だったものの一部を踏み砕き、煤けた空気に鼻を擽られながら、いつの間にか麻痺した脳はいっそ明瞭ですらあった。

 リンデンにとっての問題はそこからだった。それまでリンデンを庇ってくれていた人は怯えた目を向けるようになり、無関心は嫌悪に変わり、嫌悪は憎悪にまで進化した。村では異端扱いで、その悪感情が弟妹にまで向きそうになったことこそが悲惨だった。

 躊躇なく人を殺せる人間は、いつ他に牙を向くかわからない。ああも簡単に──実際は必死に総力をもって神風特攻した結果であるが──賊を討伐する術を披露した子供など碌でもない。

 結局リンデンは、追い出されるようにして村を出ることになった。弟妹は泣き叫んで両足を拘束したが、親愛なる彼らは、そこまで歪んでも未だリンデンを擁護してくれていた希少な近所の家人が引き取ることになっていたので、無理矢理引き剥がしてポイ捨てた。厭っても仕方がないと思うのに全くありがたいことだった。

 両親は面倒が減るとばかりに笑顔を浮かべていたので、夜中にトンボ帰りしていくらかの商品を拝借することを復讐とした。何せ最後なので何も怖くない。薄く頑丈なカマラキルリ素材のナイフやら獣避けの魔石やら、店の規模の割に良いものを扱っていた。遠慮なくザックに詰め込んで、バレない内に改めて出立した。

 紆余曲折もなく戦争屋を選んだのは、初戦が対人戦であったせいだろう。あるいは対魔物の間合い取りに馴染めなかったのが理由か。

 今ではあの騒動も、親から離れる良い切っ掛けになったのだと思える。リンデンは傷を作りながらも元気でやっているし、弟妹は世話になった村人と共にアキルスで商売をしている。親憎しの感情は健在のようだが、見本を見続けたせいか血は争えないのか、商人である。売り上げは好調で、立派な店を構えていた。顔を出すといつも暖かに迎えてくれるあの店は、根無し草のリンデンにとって、最早マイホームと言っても過言ではないだろう。

 蛇足は省き、必要部分だけを極端に端折って羅列する。


「人を殺すのは好きじゃないが、何ら忌避することでもない。そういう人間からしてみると、人殺しが嫌いな坊ちゃんなんて種類は見てて苛々する───反面、妙に安心する。敵じゃないんだと思える。そういう綺麗な人間もいるんだと思う。人を殺すことをタブーとしない私たちが人を殺すことで、そういう人間が死ななくて良い、前線に出なくて済むという事実は、少しだけ誇りに思える。だから」


 遊ばせていた指先で、裂いた包帯の両端を結わった。上からバンドを掛けて完成。腕を上げさせて、可動に問題がないことを確認。

 治療の出来栄えに満足して、リンデンは緩く目を細める。


「殺すのが怖い、嫌い。そういう気質は、別に嫌いじゃないよ」


 ぼんやりとした眼差しに少したじろいで、終わったよ、と患部から外れた場所を軽く叩いた。

 腰を上げて茶器を取り上げる。随分と経過した時間の分、やたら色を濃くした茶が鎮座していた。恐らく襲撃の前に準備してあったのだろう。試しに少量をカップに注いで口を付けると、のどを痛めるほどの渋みが味覚を焼いた。水で薄めて再チャレンジ。美味ではないが、飲めなくはない。


「飲むか?」

「貴族の坊ちゃんにはそんな邪道なん飲めねェ。よく飲めるな」

「泥水啜って生きるほどじゃないが、それなりに辛酸は舐めてるんだ」


 茶を入れなおしてやる義理はないので、水をそのまま注いで渡した。

 赤黒い染みの付いたベッドに腰を下ろすと、クインスは椅子を戻して場所を移した。一連の動きに淀みはない。出血は少ないし肉を痛め付けてはいないとはいえ、中々剛毅な性格をしている。

 少しは庇えよと思いながら近くにあったサイドテーブルを足で押し出して寄せてやった。せめてカップは右で持て。

 腰を落ち着けた男は、何を思ったのかまじまじと患部を観察し出した。曲げたかと思えば振ってみる。かと思えば捻ってみる。終いには指を回して軽く締めて目を瞬かせる。

 何してんだこいつは。


「おい、ガーゼがずれる」

「ん? ああ、悪い」

「痛いなら触るなよ。明日まで動かさないでいれば、少しは中身が塞がるだろう」

「いやー、あんま痛くねェ。上手いもんだな」

「戦場では自分の治療は自分でするものだからな。他人に包帯巻くことのやりやすいことやりやすいこと──だから、触るなって!」

「心配してんなら椅子蹴るなよお前!」


 可愛い忠告だろう。何を我が儘ほざいてる。

 性別と年齢に相応しくない様子で口を尖らせて椅子を揺らす男に溜息を吐いて、濁った茶を飲み干した。投げ捨てるように遠くなったテーブルに戻す。

 もう今日はアキレアを迎えに行かなくても良いだろう。王の部屋に居座らせるのはいかんと思うのだが、強烈な問題であるようなら王が何と言おうと、この国の侍女たちは恐らく追い返す。守りが厳重であることは間違いないし、完全休暇のマカダチ国民にあやかって一日くらい休んでしまおう。

 ──王の侍女まで休みってことはないよな?

 脳裏をふと過ぎった恐ろしい考えに、まさかと首を振る。さすがにそこまで脳細胞が壊滅した法ではない、はずだ。そうだろう。

 努めてそれ以上を考えないようにしながら、身を固める鎧を取り払う。耳障りな音を立てて床に落ちる装備を蹴飛ばして部屋の隅に寄せ、腕を回して緊張を取り除いた。続いて脚部のガードを取り外すべく腰を折る。


「……なあ、俺、嘘吐いてた」

「どれだ?」


 間髪入れずに返した言葉に、男はわかりやすく絶句した。


「私が女だってことを再確認して感心して見せたこと、私の存在を他人から知ったと言ったこと、私以外に適役がいないと断じたこと、私を雇うことをあらかじめ侍女に流していたこと、侍女が武闘派だと知らないフリをして輿入れに付いてきたんだろうこと──ざっと思い当たるのはそのくらいか」

「おま……」

「ああ、あと、それで言うなら怪我した侍女が全治一年も嘘だろう。この国の事情を知っていて、クインスが結果を見ないフリをするとも思えない」

「全治一年はホントなんだけど」

「マジでか!」

「うん、侍女は嘘。女装させた線細めの同僚だったんだよ。ボッコボコにされてアキルスに搬送された。階級上がったとか何とか聞いたけどな」

「死亡特進扱いじゃないかそれ」


 戦線復帰は可能なんだろうか。見も知らぬ兵士に多大な同情を覚えつつ、先を促す。

 多少言い辛そうにした男は、もごもごと口を動かして、結局開き直ったようだった。むしろスッキリとした顔でカップを置いたかと思えば、行儀悪くテーブルに肘を付いて、両手の上に顎を乗せる。

 だから、患部を労れって。


「リンデンを推薦したのな、推察の通り、俺」


 思いを馳せるように視線が空を向く。


「アキレスの戦、何度か出たことあっただろ?」

「戦争回数があれだけ多ければね。普通は2、3回出ていれば多い方だ」

「俺は姫さんの護衛軍の一員だから基本的にはお呼びじゃねェんだけど、一応戦争には何度か出撃してる。そのときにな、リンデンのことはちょこちょこ遠くから見てたんだよ」


 護衛軍が出陣するというと、どういう状況だ。姫が戦場に立っていたという話は聞いたことがない。他でもないアキルスであれば、むしろ姫の出陣は高らかに宣言するであろうから、秘匿されていたわけではないだろうし。

 訝しむリンデンに気付いたクインスのフォローは簡潔だった。いわく、ローテーションだという。それこそどういう。


「女の戦争屋って結構いんのな。リンデン以外にうちの常連だと、鎌鼬のピノに、青鬼ヴァンリ、血塗れのルルル、くらいか?」

「破壊天使ジーノジーナもそうだね。……毎度思うんだが、あの2つ名って誰が付けてるんだ?」

「俺たち」

「何やってくれてんだ護衛騎士!」

「え、違うって。戦争屋と戦場で一緒になったアキルスの兵士とかが、皆で候補上げて投票して広めるんだって。リンデンが中々決まんないんだよなー。戦争屋ってのが一番しっくりくるよなっつって」

「良いか、国家が無事でありたければ余計なことはするな。余所で『あー、あの破壊天使』とか、言われた瞬間に羞恥で人格が死ぬ」

「ええ、かっこいいじゃん破壊天使。まあ、それはともかく」

「話を逸らすなッ!」

「いや、話逸れてんだって! 戻そう!」


 掴み掛かった手は流れるように諫められた。こんなことで実感するのは非常に寒々しいことだが、本当に腕が立つ。裏表なしに真正面からまみえたら、十中八九敗北を記すだろう。

 いや待て、真正面から全力で傷口を抉りに掛かる行為は正々堂々としているよな。それなら何とか五分五分──。


「なんかすごいこわい。後生なので話戻させて下さい」


 どうぞ。


「ありがとう。えーっと、どこまで話してたっけ? 戦争屋が……あー、女の戦争屋多いよなって、そうそう、俺の知ってるだけでもそんくらいはいるんだよ。でも、俺はリンデンに頼みたかったっていう感動的な話」

「そんなに端折られても少しも感動しない」

「えー?」

「そんな不思議そうな顔をされる理由が欠片も理解できない」

「もっと具体的にとかやだ言わせんなよ恥ずかしい」

「クインス、特に含みはないが鍛錬所に出掛けないか?」

「あれは、そう、確か7、8年前くらいだったと思うんだけどな」


 わざとらしくキリリと引き締まったイケツラに免じて、クインスが抵抗できない事実を前提とした地獄巡りツアーは次回に持ち越してやった。最初からそうして話せばどこにもカドは立たんというのに、何故一々藪をつつき回すのか。

 ベッドに尻を納めて片肘を付く。やる気なさそうを体現したかのような、由緒正しい素晴らしき聞く姿勢に、男の口元が引き攣った。気にしない。


「知っての通り、アキルスの兵士は戦略ってのが苦手でな。命令して5ミニリットは陣形を保ってても、10ミニリットは持たずに後列が崩壊すんの。前線出たさで前進しまくるから」

「どうにかならないのかアレは。物凄いやりにくいんだが」


 早速口を挟んだリンデンに、クインスが首を捻る。しばしの時を置いて。


「兵士丸々傭兵と入れ替えれば何とか……」

「すまん、どうにもならんことを聞いた。続けろ」


 至極真剣な顔で返ってきた答えに片手を上げて恭順を示した。

 心得たように頷いて、話が再開する。

 

「俺たち護衛騎士は一応護衛ってのが本分だから、他より突撃思考の薄い奴が多いの。後ろから、ああまた崩れたなーって見てるだろ」

「見てるなよ。どうにかする努力をしろ」

「見てるだろ。そしたら何か、ある一定の場所だけやたらと倒れる兵士が少ない場所があったんだよな」


 滑らかにスルーしやがる男の足を踏みにじったが、いかんせんブーツの上からでは板金を汚す程度の効果しか得られない。

 爪先凹めと呪いを唱えながら踵を落とすと、感じるものがあったのか、素早く目標が姿を消した。無惨にも絨毯が抉れる。

 ものを粗末にするなど、騎士の風上にも置けない野郎である。


「他の戦争屋に比べてお前は護りを優先すんの。死にそうな奴がいれば助けに入って、分かりやすい武勲での功績とかより、そっち重視してたな。敵を殺すのに容赦はないのに、殺さなくて良ければ殺さない。場合によっては手を差し伸べてよ。リンデンはそういう経緯だから、守るってことに重点置くんだな」

「自覚はないが……まあそうかもな」


 ほんわかと浮かぶイケメンの笑み。内容は我がことながら良い話をしているのだろうし別に悪い話ではないのだが、直前までの遣り取りを思うと残念な気持ちになるのは間違っていないはずだ。

 微妙にむず痒いような胡散臭いような思いで話を聞く、リンデンの居心地の悪さは理解しているらしい。微笑みを刹那苦笑に変えて、しかし話は続く。


「名前は雇用リストで見て、概要は上司に聞いた。その頃は特に目立った功績ってなかったみたいだけど、近くで戦ってるとすげえやりやすいってんで、アキルスん中ではメチャメチャ評判良かったんだよな」

「お陰さんで血気盛んな若い集団の付近に配属させられて大迷惑だ」

「仕方ねえよ、周囲10メラトル圏内の生存率、異常に高ェんだもん。リンデンのこと知ってからは戦場出るたびリストに目通してた。いたら視線が浮付いて、いなけりゃがっかりしてさ」


 騎士を夢見る少年のような眼差しから目を逸らした。

 熱を帯びた視線が攻撃力を伴う光線を吐き出すことは明白である。網膜を焼かれたら堪らない。


「すげえなあと思ってたんだよ。守るべきものを守るために、必要なところを切り捨てられる。そういう強さに無性に憧れた。俺の弱さを克服したら、ああなれんのかって思った。ああいうふうになれたら、俺も自分を誇れるようになるんかなって、思った。だから、見たくて、間近で接したくて──」


 僅かに落ちた視線には後悔の色が乗っていた。


「マカダチ国への輿入れの話はチャンスだと思ったんだ。けど、リンデンだって当然一カ所に留まってるわけじゃないんだよな。コンタクトが間に合わなかった。他の戦争屋だって、実力ならリンデンより上の奴だっているよ。でも、俺はやっぱりリンデンが良かった。ひとまず応急処置に配置した同僚は不幸だったよな」

「不幸の元凶に痛ましがられてもなあ……」

「何とか繋ぎの人間見付けたときには、もう、どうやって無理矢理雇おうかという算段に脳が圧迫されててな。いやー、リンデンも不幸だったよな」

「不幸の元凶に痛ましがられてもなあ!」


 うっかり脚が空を飛ぶ。猛烈な勢いで飛来した踵をガードした反射神経の化け物ぶりに感嘆の吐息を漏らしながら、バランスを崩して椅子ごと倒れて行く姿を見守った。

 クインスは、リンデン以外に適役がいなかったのではなく、リンデン以外に選択肢を作らなかったという。他の奴らが一切の口出しをしなかったのは、同意であったからか、はたまた彼の独断であったのか。疑問は栓のないことだ。相手がアキルスであるのだから、あるいは全く予期せぬ頓珍漢な真実であってもおかしくはない。

 しかし、そういう事情なら。


「聞くんじゃなかったな」

「えー、何でだよ。そこは感激に瞳を潤ませて、とりあえず転がる俺に手を差し伸べるシーンだろ」


 椅子に腰掛けた体勢のまま、自力で起きあがる素振りを見せない騎士は言う。

 これに手を差し伸べると、自分は椅子ごと引っ張り起こさなければならないのだろう。宙をさまよう左手は見なかったことにした。

 ちなみにそれを引っ張ると傷口が伸びて相当痛いと思うんだが、良いのか。


「そういう綺麗な人間みたいな行動されると罵りにくいだろうが。侍女なんぞという拷問空間に放り込んでくれた恨み辛み、まだ私は昇華しちゃいないからな」

「俺たちが出会えた奇跡に乾杯!」

 類稀なる殺意を抱く機会を捧げてくれてありがとう、クインス。そしてさようなら」

「うおおお、待て待て待て、腕をひしぐな、十字は拙い、十字は!」

「なに、痛みを感じる暇なんぞ一瞬だ、安心しろ」

「ひぎぃ」


 膝の下で暴れる引き締まった身体を諌めながら軽めに絞る。平気そうなツラをしてはいたが、勿論痛いものは痛かったらしい。

 声を失って悶絶するクインスの尻から離れた椅子を戻し、粗方発動し尽くした罠の数々を補修するべく荷物を取り上げた。


「……誇れる誇れないってのは、主観だな。自分の心持ち次第の話だ」

 

 擦れる工具の雑音に紛れた音声が届いたかどうかは知らない。背を向けて窓枠に触れながら、リンデンは「主観」をこぼす。


「そうありたいと思う自分の像に、現在の自分が当てはまると感じられるかどうか。他人の評価とはまた、全く別の肖像のわけだ。他人から見てどうであろうと、自分が感じられれば誇れるし、感じられなければ誇れない。個人的な評価としては」


 強い風と金具の挨拶運動に阻まれてなおこの声が届いていたと仮定して、言おうか言うまいかを今更迷った。

 ニヤニヤ笑うか、調子に乗るか、ニヤニヤしながら調子に乗るか、はたまたリンデンの体調でも疑うか。

 眉を寄せて数秒の沈黙。動きのない背後の物体に、聞こえていないのだと判断して口を開いた。これは壮大な独り言であると結論付けて。


「クインスはそのままで、十分だと思うけどな」


 ──凶悪な質量にタックルを食らって、危うく自由落下を楽しむ羽目になるところだったので、今後は発言に細心の注意を払うことをここに宣言しよう。

 あの雑音の中で最小音量を聞き付けるとか、どういう耳介をしてやがる!

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「大樹の下で」小ネタ漫画掲載。絵が出ますのでご注意下さい。
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