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旧校舎の一番校庭に近い棟にある教室は、午後になると西日が射しこんで、かなり眩しくなる。
だから授業中の居眠りには適さないと、他の校舎ほど窓際の席が人気じゃないのは、俺にとって好都合だ。
じゃんけんで勝ち抜くまでもなく、窓際の一番後ろという特等席をゲットできる。
「東雲くん、暑くないの?」
前の席の女子が、自分はカーテンをピッタリと閉めてから、俺にも声をかけてくれるので、ゆっくり首を横に振る。
「大丈夫だよ」
実際、三月というまだ春の浅い日差しは、体温の低い俺にとっては、暑いというよりは暖かいレベルだ。
その中に包まれていると、ほっと息が楽になるような感覚さえある。
「ありがとう」
わざわざ気遣ってくれたことに笑顔でお礼を言うと、彼女は少し気まずそうに前へ向き直った。
狙って遠ざけたようで、少し後ろめたい気持ちもあるが、これで気兼ねなく窓の外を眺めるのに集中できると、俺は首を捻って自分の本懐と向き合う。
窓の向こうのグラウンドでは、揃いの体育着に身を包んだ他クラスの男子たちが、一つのボールを懸命に追いかけていた。
(今日はサッカーか……)
俺自身はあまり得意ではないけれど、いかにも活躍しそうな人物の姿が脳裏に浮かぶ。
実際グラウンドでは、その『彼』が風を切って走っていた。
(楽しそう……)
普段は何事にも関心がないような態度で、全力を出すという行為自体を億劫にさえ思っていそうなのに、こうして無心に身体を動かしていると、ついそのポーズを忘れてしまうらしい。
活き活きと、今日も集団の先頭を走っている。
長い手足を生かした伸び伸びとしたプレーに、まだ身長が高くない頃の『彼』の面影がふと重なり、俺は緩く頭を振って、それを思考から振るい落した。
(ダメだ、ダメだ)
思い出すと、それに付随して思い出したくもない記憶まで蘇ってしまう。
それが怖くて、いったん視線を教室の中へ戻すのに、グラウンドから聞こえる楽しそうな声に誘われて、また『彼』の姿を探してしまう。
その一連の流れは、この三年半、俺が何度もくり返してきた日常の縮図のようだった。
見ていたい。本当は近くへ行って、あの級友たちみたいに話しかけたり笑いあったりしたい。でもそれは出来ない。だからせめて、こうして遠くからその姿を見ていたい。それだけでいい。
深く息を吐いて、その着地点へ今日も気持ちを落ち着けようとするのに、その途中で、ふいに横から小さな声が聞こえた。
「東雲って宇津木くんが好きなの?」
「……え?」
まさかその名前が、自分に向かって発せられることがあるとは思っておらず、聞こえなかったフリをするのも、そ知らぬ態度をとり繕うのも、全てのタイミングが一瞬遅れた。
そしてそれは、俺にとって致命的な失態となった。
「そうなんだ」
意を得たように隣の席で笑っているのは、河藤理華。
黒髪ロングの美人で、見た目通りに少しキツいイメージがあり、女子の中では浮いている。
男子の集団には上手く馴染めない俺とは同族な雰囲気があって、性別の線引きを超えて、俺がクラスで一番よくしゃべる相手。
だから今回も、河藤が隣の席へ来ても特に気にすることもなく受け入れたのだったが、まさかこういう指摘が飛んでくるとは思ってもいなかった。
「何言ってんの……」
カラカラに乾いている喉をどうにか鳴らし、小声で反論を試みるけれど、あっさり跳ね返される。
「嘘つこうとしてもわかるから。だって、とっても邪魔だもの」
大きな黒い目が放つ強い光に、意識を吸い寄せられながら、俺は瞳を瞬く。
「え?」
邪魔とはどういうことだろうと、思考する間もなく、河藤はあっさりと答えを晒す。
「私が見ようとしているところに頭が丸被り。だから、ああ……同じ人を見ようとしてるのか……ってわかっちゃった」
ドキリと胸が跳ねる。
「それって……」
ドキドキと大きく鳴り始める心音が、自分の耳にうるさい。
(そんな偶然ある?)という心境と、(そういえば河藤と俺は似ているところがある。だから珍しくよく話す相手なんじゃないか)と妙に納得する思いが交互にやってきて、どうやら俺は今、とても面白い顔をしているらしい。
「なにその顔」と笑った河藤が、長い黒髪をサラリと手で払って、勝ち誇ったように笑う。
「私も宇津木君が好きだから……だから、わかっちゃった」
「………………」
俺には返せる言葉が、何もなかった。




