どうしてこうなった4
鬱陶しい。
彼--向坂泰樹は、この松向学園に入学して1ヶ月の間感じていた。
理由は明白で、付き纏ってくる奴がいるからだ。
その人物の名前は木更津日奈。幼馴染ではなく、彼が出会ったのは入学式の後のことだから余計にそう感じているのだろう。
むすっとした顔で廊下を歩いていると、彼は一人の男子生徒を目撃した。
休み時間だから生徒の往来は結構あるのだが、窓が開いている場所に1人関係なく立ち止まり、空を眺めている様子。しかも、その周りを通り過ぎる人達は気にもしていない。
相変わらずとんでもない性質だな。自分が遠巻きにされているのを棚に上げながら近付き、隣に立って「なぁ大護。ちょっと良いか?」と声を掛ける。
声を掛けられた彼は全身を震わせてから泰樹の方へ首を向け、「え、あ、うん……い、良いよ」と視線を戻して答えた。
「……ここで?」
「あ〜……昼休みで良いか?」
「えっと……いつもの場所で良いのなら」
「悪いな。頼むわ」
「だ、大丈夫だよ」
その言葉の後に予鈴が鳴ったので、2人は慌てて移動した。
泰樹にとって大護は中学からの友達であり、相談相手でもあり、勉強を教わる仲である。
その出会いの話をすると長くなるので割愛するとし、彼は昼休みになったらすぐさま教室を出た。
「よぉ、待たせたな」
「べ、別に……待ってないよ…」
校舎裏。大護が何時もの場所に陣取って弁当を食べ始めたところ、泰樹が声をかけてきたので箸の動きが止まり返事をする。
隣に座ったのを雰囲気で感じた大護は食事を再開し、泰樹は弁当を食べ始めながら話し始めた。
「俺さ……ここ最近付き纏われているんだよ」
「……そう、なんだ」
大護は思い出していた。そんな噂があるということを。
彼の性格や事情を知っているのでそうなった経緯は想像に難くなかったし、そんな状況にうんざりするのも想像できた。
だから、そのあとの彼の相談事に関しては言われる前に推測出来ていた。
「女性だから……突き放したいんでしょ?」
「ああ。やっぱり分かってたか、『見えない天才』だよ本当に」
「そうだよね……って、何その二つ名!?」
知らない情報に思いっきりそれどころじゃなかった大護は叫ぶ。それを聞いた泰樹は笑いながら卵焼きを食べつつ説明した。
「中学校にいる間在籍しているはずなのに殆どの奴らが知らない学年一位。しかも三年間。どこの委員会にも部活にも在籍せずだからそう呼ばれるようになったんだよ。というか、入学試験も全教科満点で入学したのに入学式のあいさつに呼ばれないから呼ばれるのは時間の問題だぞ」
「はぁ…………」
弁当を食べている途中だというのに頭を抱える。まさかそんな呼び名がついているとは思わなくて。
これ絶対知られている奴だ……と誰かを思い出しながら恥ずかしさに悶えていたが、時間が無くなりそうなのを腕時計で確認し、弁当を急いで食べきる。
そして水筒の飲み物で流し込んでから、大護は取り敢えず彼の悩みに答える事にした。
「君の正体は知られているんでしょ? 君がその子が嫌いならはっきり言えばいいと思う。彼女の事情を知りたいなら、部室に来てくれれば良いよ……多分」
最後の方を小さく早口で呟く。言いながら自分の現況を思い出して内心で頭を抱える。なんでこんな似た境遇に友達が成っているんだろうとも。
一方で言われた泰樹は黙っていた。あまりにも正論過ぎて。
相変わらず頭の回転早いぜ……全く。そんなことを考えながら少し空を眺める。
予報通りに晴れで、雲もそこまでない。風もそこまで強くないので気持ちのいい天気。
天気と自分の気持ちを重ね合わせるってよくやるけど、実際に合った時無いんだよな。
大護が立ち上がったのを視界に捉えた泰樹は弁当を急いでかき込み、「ご馳走さん」と手を合わせる。
「そ、そんなに急いで食べなくても……」
「もうすぐ授業だろ。移動するんだから」
なんとか飲み込んだ彼は、「ありがとな、大護。今日行くわ」と言って立ち上がった。
「うん……分かったよ」
「しっかしお前が部活ね~……って部活ぅ!?」
「うわっ!」
反芻して気付いたのか、泰樹は驚いた。
放課後。
帰る支度を終えた泰樹はそのまま大護の居るクラスへ向かう。昼休みは場所が訊けずに終わったので、クラスへ向かう事になった。
「おい大護。いるか?」
教室に入って早々に見渡しながら質問するが、本人からの返事はない。
本気出されたら見つからねぇんだよな……あいつの性格的に待ってるはずなんだが。
入り口で教室内を見渡して立っているのが他の生徒から注目を浴びているのを気にせずに、彼は彼にとって普通に近くにいた生徒に話しかけた。
「おいお前。ちょっといいか」
「な、なんですか……」
「このクラスにいる鈴城大護、今どこにいるか知らないか?」
「し、知りませんよ……いつも見てませんし」
「ああ?」
「ひぃ!」
答えた生徒に対し睨みつけたところ、「ご、ごめん泰樹。と、トイレに行ってた」と息を切らせながら大護が来た。
「えっと、ご、ごめんね?」
「悪かったな、睨みつけて」
「い、いえ!」
「じゃ、行くよ屋上に」
「おう……ん?」
少し引っかかるところはあったが、泰樹はおとなしくついていくことにした。
大護に先導されるように歩くこと数分。誰も彼らに視線を向けないまま移動して屋上に到着した。
この学校は屋上に立ち入りを禁止してはいない。昼休みに弁当を食べに来たりする生徒がいるのだ。放課後に来る生徒だっている。
いるのだが、部活となると話が変わってくるようだ。
「こ、ここだよ」
「よく許可とれたな、こんなところ」
屋上の隅にある凹っとした場所。小屋みたいだが校舎と一体化しているので元から存在している場所なのだ。用務室か物置かは定かではないが、泰樹は感心していた。
対し大護は自分がやったことではないので「部、部長が直談判したらしいよ」と他人事のように答えた。
「ところでよ、部活って何やってるんだ?」
「え、えっと……相談所?」
「なんで部員なのに首を傾げているんだよ……」
「ま、まぁ、入っていいよ。誰も居ないけど今」
そう言って大護は扉を開ける。
中は清潔にされており、入り口近くにはテーブルを挟んでソファが置かれている。その奥にはガスコンロややかん、コップに瓶詰めされた茶葉などがもう一つのテーブルに置かれていた。脚が長いからかそちらは椅子があった。
「これ、お前らが持ってきたのか?」
「えっと、テーブルとソファは前からあって、それ以外は持ってきた、かな確か」
自分が持ってきたものはない、と言外に含めた彼は「あ、す、座りなよ」とソファに座る様に促す。
泰樹が座るのを確認しながらコンロにやかんを置いて火を点ける。
「紅茶でいい?」
「ああ……って、淹れられるのか?」
「最近ね」
慣れた手つきで準備を進めながら返事をする。
この同好会に参加してから初めて紅茶を淹れているが、安物でも紅茶の味に煩い人を満足させるくらいにまで上達した。
今となっては特技の一つになっていると自負できる大護は、やかんの水温を確かめながら泰樹の状況を整理する。
……多分、女性にも免疫がないからだろうけど……それ以外にもありそうかな、原因。
落ち着かないのは何かしらの情報を肌で感じ取って警戒しているからで、苛立ちがあるのは彼が自分に近づかれたくないため。
恐らくそうだろうと当たりをつけながらお湯の温度が達したのを確認した大護は火を止め、急須にお湯を注ぎ少し蒸らす。
「にしても、よく創部なんて出来たな」
「ど、同好会だし……僕は創部に関わってないから詳しくは……」
「あーなるほど」
だとしたらどういう経緯で大護が捕まったんだろうと泰樹が内心で首を傾げていると、「はいどうぞ」と紅茶の入ったコップをテーブルに置いて反対側のソファに座った。
「お菓子はごめんね」
「いや、普通は飲み物すら渡さないだろ」
「それっぽいから」
「まぁそうか……うまいな、これ」
「ありがと……で、本題に入ろうか」
ようやくかと思いながら彼はカップを皿に置いてから話し始めた。
「昼休みに付き纏われていると言ったけど、ストーカー被害があるわけじゃないぞ。ただ、四月に助けた奴が同級生だった且つ隣のクラスだったんだ」
「そ、そうなんだ」
「しかも一回だけなのに、だ。それ以降休みの日に遇うことなんてなかったんだよ」
「あ、それは……」
不思議だな、と大護は思った。自分のことを棚に上げて。
「一目惚れでもされた?」
「いや、それはないだろ!」
「何がないんだよ?」
泰樹が否定したところ、才人が首を傾げた。
「「うおっ!」」
「なんで驚くんだよ? 後、客連れてきたぞ。どうせ関係あるんだろ、今のと」
「あ、見つけました向坂様! ありがとうございます、風馬さん」
「まぁそういう活動してるからな」
木更津の礼に何でもないという風に返事をし、コンロとかが置いてあるテーブルに座る才人。それに対して恨めしそうに泰樹が見るが、木更津が無言で隣に座ってしまったことに気づき彼はほんの少し体をずらす。
「どうしてこちらに来たんですか?」
「あー……それはな……」
「……あ、こ、これ、粗茶です……」
「え? あ、ありがとうございます……?」
彼女の質問に対して悩んでいる泰樹を助けるように、大護は紅茶を木更津に勧める。出された彼女は突然現れた大護に驚きながらも礼を述べる。
気配が全然しないのですが……本当に人なんでしょうか? そんなことを考えながら紅茶を口に含むと驚いた。
「おいしいですわね」思わず出たその言葉に「だろうな」と泰樹が自慢げになった。
そこに才人は口を出した。
「とりあえず二人の言い分纏めようぜ? そのために来たんだろ?」
「言い分、というか……真相解明?」
「真相? ああ、本人の話を聞いて擦り合わせするのか」
その才人の発言に和やかに紅茶を飲んでいた木更津は、動きを止めてから泰樹の方へ視線を向ける。
「向坂様? なぜそのようなことを確認なさるのですか?」
「……そりゃ、確認するだろ」
耐えきれなくなった泰樹は息を吐いてからそう答える。そして今まで躊躇っていたものを吐き出すように語りだす。
「……俺はたまたま且つ、たった一度だけお前を現場(抗争)から逃がした。ただそれだけなのに付き纏ってくる理由がわからねぇんだよ」
「それは、助けて下さったからですよ」
「一目惚れってことかよ」
「ええそうですよ♪」
まっすぐに言われたその言葉に詰まる泰樹。その光景を見て彼からの相談事を受けていた大護は黙って理由を考え、才人は口を滑らせた。
「警視総監の娘がヤクザの息子に恋、か……ゴシップが食いつきそうなネタだな」
「「「え」」」
「うん?」
三者三様の驚きに才人は驚くが、どちらも正体を知らなかったのかとすぐに納得する。
その推測を確証にするために大護は二人に問いかけた。
「互いに知らなかった……みたいだね?」
「ああ」「はい」
その返事に理解した大護は泰樹に自身の「予想」を教えることにした。
「泰樹」
「ん?」
「多分、本能的な部分じゃないかな……追われる側だから」
「…………」
言われた泰樹は首を傾げながらも反芻し……四回目くらいで「そういうことか!」と納得した。
「俺が苛立っていたのは警戒心か!」
「だと思うよ……女性に免疫がないのもそうだけど」
「うるせぇ!」
「えっと……もしや、向坂様に近付こうとすると雰囲気が変わっていたこと、ですか?」
彼らの会話についていこうと木更津が確認したところ、彼らの空気が凍り代わりに才人が「そういうことじゃね?」と答える。
一瞬の沈黙。
ややあって、木更津は泰樹に体を向け、質問する。
「向坂様。貴方様は私の出自が怖いのですか?」
泰樹はそれに対し少し考え、「ああ」と正直に答えた。
「警察だろ? 俺とは正反対だ。曲がりなりにも法には従っているが、警察となんて一緒にいていい気はしない。大体、一目惚れなんて大丈夫か? 恋は盲目、なんて言葉はあるがただのつり橋効果だろ?」
「夢がねぇなぁ」
「うっせ風馬。夢見るほど俺の人生希望に満ちてねぇし、この歳になって純粋でもねぇよ」
その反論に対し、誰だってそうじゃね?と才人は思ったが口にせず代わりに質問した。
「……って、言ってるけど木更津?」
「……私は、向坂様の気持ちも理解できます。ですが、私のこの気持ちは向坂様がどのような出自であっても変わりないと宣言できます」
「いや、それは悪い男に引っかかるぞ」
「そんな心配をしてくださるのですから、私の目に狂いはありませんわね?」
「……」
押してくる木更津に閉口する泰樹。
その二人を見た才人と大護は同じことを思った。
((恋の力ってすごいな))




