91 和三郎の帰還 佛淵兵庫を添えて
つうわけで纐纈城からの脱出ですね。
「我は誰ぞ?」
仮面の男は再び呟いた。和三郎が勝手に纐纈譲の城主と思い込んでいる偉丈夫である。その真偽はわからないが、偉丈夫本人は何者かによって自分が城主であるという記憶を刷り込まれたと認識している。ただ、自分が何者であったのか、については全く記憶が混濁している。
遠目塚依子が操る胴田貫との激戦で、身体を覆いし纐纈布は切り裂かれた。ヒルヒル操る7号機のレーザー光線で左肩から袈裟斬り状に焼き切られた。シュタ公のロケット弾連射攻撃でずたのぼろとなった。
紅く塗られた石壁にめり込み、痛みを噛み締めても、自分がこの城の主であること以外の、自分の記憶は蘇ることはなかった。前の自分の記憶の残滓が視界の裏で見え隠れするのに、見極めようとするともやもやと霞の様に消えてしまう。そのもどかしさも相まって、あの言葉が口をついて出てしまう。
「我は誰ぞ?」
胴田貫を肩にかけて仁王立ちする遠目塚依子が鼻で笑う。
「そんな命題誰も知らんよ」
「我々は何処から来て何処へ向かうのか的な」
「いやあ、彼が言ってるのはそういう哲学的なことではないと思うよ」
和三郎がつぶやく。
「自分が誰か判らないのは辛いねえ」
そんな和三郎の言葉が聴こえたのかは定かではない。それを確認する前に城主がめり込んだ石壁から水が勢いよくあふれ出したのだ。
ばかん。
間抜けな音と共に石壁が崩れ本栖湖の水がどっどどどどうどどどうどどどうと流れ込んできた。みるみる内に水かさが増していく。城主はそのままな水の奔流に巻き込まれて流されていった。
遠目塚依子は慌てて飛び上がり、くるくるくるっとシュタ公の肩に降り立った。シュタ公の頭上にいた和三郎が指示を出す。
「シュタっ、ヒルヒルが空けたあの穴にロケット弾だっ」
「ま゛」
纐纈城の城門前でぼーっと佇む二つの影がある。猫蚤取り武士とペルーの美少女だ。城の外へと出たはいいが、湖上故に行く当てもなく。所在無く。ただぽつねんと。本栖湖派出所の攻防戦で上がる爆発を
「綺麗だねえ」
「アナナウ!」
花火か何かかと思って眺めていたのである。
すると門扉がグラグラと揺れて、頽れ始めた。佛淵兵庫とチャンチャマイヨは逃げ惑う。その崩れた門扉の中から巨大なくまののぬいぐるみが姿を現した。その頭の上にはひょろ長い痩せ気味の男が、その肩には刀を携えた女が立っている。
驚きながらクマのぬいぐるみを見上げる佛淵兵庫とチャンチャマイヨ。
「ん? あんたらも逃げてきたのか」
口あんぐりの二人を見つけた和三郎がお気楽な口調で声をかける。
「うむっ。あの面妖な城から逃れたはいいが、水上の城だった故に立ち往生しておったのさ」
佛淵兵庫も力の抜けた声で応答する。
「そりゃあ災難だったな。ちょっと待ってな。シュタ」
「ま゛」
呼ばれたシュタ公が佛淵兵庫の方へ右掌を差し出した。この上に乗れと言うのだろう。
「かたじけない」
佛淵兵庫はチャンチャマイヨを抱き上げるとそのままひらりと掌へと飛び乗った。
「そんじゃあ派出所に向かいますか」
そう言った和三郎の横を、ヒルヒルが通り過ぎていく。
「ワサワサ、いまのシュタ公は東宝怪獣みたいだね!」
和三郎は片手を上げてそれに応える。シュタ公はじゃぶじゃぶと本栖湖へと分け入っていき、一路本栖湖派出所へと向かう。
佛淵兵庫にお姫様抱っこされたチャンチャマイヨは、きらびやかな爆発が連続する派出所方面を、きらきらとした瞳で眺めている。
「アナナウ!」
書きたいエピが数珠つなぎになっている。当初の目論見の何だかよくわかんないけど、クセの強い登場人物がわらわら溢れるお話しという形は出来てきましたねえ。公安7課のお話しのほうで、並行宇宙なのか異世界なのかの謎解きは展開するのだと思います。ほんとは富士の樹海の古のもののお話はサクッと終わって、和三郎は佐渡へと渡る予定だったのに、なかなか佐渡へ行ってくれない。おそらく行くまでに何かしらあると思います。自分でもよくわかりませんわ。