20.最後の挨拶
「レディ・カタリナ、お届けものだそうです」
支配人が、そっと声をかけてきた。
見ると、その後ろに紺の制帽を目深にかぶり、同じ色の上っ張りを着た配達人が控えている。
「なにかしら?」
カタリナが頷いてみせると、少年は近寄ってきて、少し厚みのある蝋引きの茶封筒を差し出してきた。
表書きには、カタリナのフルネームが女性らしいやわらかな字で書かれている。
裏書きはない。
今日、ここに自分がいると知っているのは家の者だけなのに、なんだろう。
「受け取りをお願いします」
とりあえずカタリナは差し出された受け取りの用紙にサインし、チップとして小銀貨を一枚添えた。
「ありがとうございます」
少年は頭を下げて去っていく。
どうも中身が気になったカタリナは、ジュリエットに一応断って、その場で封を切った。
結構な厚さの書類、その一枚目を眼にして、小さく息を引く。
フランソワの悪行をまとめたものだ。
慌ててぱらぱらとめくる。
金持ちの未亡人、商会長の娘、成金男爵の娘。
フランソワに結婚を匂わされ、貢いでしまった女性たちの話が出るわ出るわ、大惨事だ。
金は非合法の賭場や娼館に流れ、怪しさ満載の投資話にもどっぷり関わっているらしい。
思わず、カタリナは夢中になって読みふけった。
「カタリナ様」
ジュリエットがそっと呼びかけてくる。
カタリナは書類から眼を離さず、少し黙れとばかりに手を軽く振った。
「カタリナ様!
今の子、オランピアじゃなかったですか?」
「へ!?」
カタリナは驚いて顔を上げた。
「きっとオランピアですよ。
雰囲気は全然違ってたですけど、泣きぼくろがちらっと見えましたもん」
「ほんとに!?」
食堂にはもう少年の姿はない。
慌てて二人でテラスに出る。
ランデ河の広々とした川面、その手前の土手道を、下流方向に向かって足早に進む少年の後ろ姿が目についた。
さっきの少年だ。
「カタリナさーーん!!」
ジュリエットが大声で呼んだ。
少年が振り返って帽子を取る。
オランピアだ。
男の子のように短く切った髪は、栗色。
これが本当の髪色なのか。
晴れやかな笑みを浮かべたオランピアは、こちらに向かって帽子を振りながら後ろ歩きで遠ざかっていく。
「お元気でーー!」
ジュリエットはテラスの手すりから身を乗り出して、大きく手を振り続ける。
つられて、カタリナも手を上げた。
それを認めたのか、オランピアはひときわ大きく帽子を振って応える。
そのままオランピアは遠ざかってゆき、離れたところで二人乗りの馬車を止めて待っていた男と合流した。
男の顔まではわからないが、赤毛でがっしりしている。
ルネのようだ。
二人はこちらに頭を下げると、馬車に乗り込んで去っていった。
「……どこか、遠いところにいっちゃうんですかね?」
遠くなっていく馬車を見つめながら、ぽつりとジュリエットが呟いた。
馬車の後ろには、大きなトランクがいくつも積まれている。
「そうかもしれないわね」
二人が去った方向に進めば、夕方には河口の港に着く。
外国航路の船も発着する大きな港だ。
死にかけて、人生観が変わったのか。
父が翻意して、彼女を潰しにかかるのを避けるためか。
次の挑戦がしたくなったのか。
しかし、どこに行くにしても、きっと、オランピアはオランピアであり続けるのだろう。
カタリナは小さくため息をつき、彼女が遺した資料をみやった。
どう見ても、事件が起きてから調べたものではない。
もともと、オランピアはこの資料を渡そうとして、父を呼び出したのだろう。
資料を渡す前に父はオランピアから離れたが、医者なり執事なり、人を介して父に渡せないことはなかったはずだ。
だが、オランピアは直接自分のところに持ってきた。
父がこれを受け取っていれば、自分には知らせず、フランソワにぎゅうぎゅうにお灸を据え、なんなら監視を送り込んだ上でそのまま結婚させただろう。
祖母も父も母もとにかくカタリナを結婚させたがっているし、もう婚約を発表してしまったのだから。
そうなれば、カタリナとフランソワの結婚生活は最初からギスギスしたものになっただろうが、結婚して跡取りさえ産めば、後は別居して愛人を持つなりなんなり、自由にすればいい、というのが祖母や父母の考えだ。
カタリナ自身、そう思っているところもあった。
特に情もなく、契約として結婚する相手なのだから、ただの女遊びならどうでもよい。
しかし、誇り高いカタリナにとって、立場が下の者を騙して食い物にするのは到底許容できない行為。
フランソワの下劣さを知ってしまった今では、結婚などありえない。
どういうつもりで、オランピアが資料をこちらに持ってきたのか、その意図はわからない。
しかしカタリナは「私の嘘を暴いた貴女なら、この資料を巧く使えるでしょ?」とオランピアに挑発されている気がした。
美貌と野心以外、なにも持っていなかった少女カタリナが、裏社交界の女王と謳われるまでになったのだ。
国一番の金持ち公爵家という恵まれた環境で生まれ育った自分が、負けてはならない。
これだけの材料を貰った以上、心のままに生きる自由を勝ち取ってみせねばならない。
それにはまず、この資料の裏を取る。
そして、事実だと確認できたら、有耶無耶にされないよう、もっとも効果的なぶつけ方を考えなければならない。
「そろそろ行きましょうか」
不敵な笑みを口元に刻みながら、カタリナはジュリエットを促した。
サン・ラザール公爵令嬢カタリナが、自邸で開かれた大舞踏会のさなか、証拠と証人をずらりと並べてフランソワに婚約破棄を突きつけた上で、「自分は好きな時に好きな相手と結婚する」と高らかに宣言し、この国だけでなく大陸の社交界に「破天荒令嬢」として名を轟かせるのは、2ヶ月後のことである。
カタリナ「つたない作品をご覧いただき、ありがとうございました! 『公爵令嬢カタリナの婚活』(仮題・長編予定)でまたお目にかかりましょう」(華麗にカーテシー)
ジュリエット「思ってたよりカタリナ様にどつかれなくてよかったです! ありがとうございました!」(かわゆくカーテシー)
カタリナパパ「次作こそ! 次作こそ結婚してくれカタリナ!!」(魂の叫び)
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この作品は異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ5作目になります。
とかいいつつ、いまだ「コレが推理小説言うてもええんじゃろうか…」と惑いながら書いております。
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