20 痛い…痛いよ山本…
蟹江さんに連絡してスキルの詳細教えてもらわなきゃなぁ。
蟹江さんはこのボカロソフトを制作している会社の第1研究開発部主任である。
でも、今はまだいいかな。少しゆっくりしていたい。
ちょっとカラオケではしゃぎすぎちゃったかな。
私は何の気なしに呟いた。
「そういや山本の奴、最近来ねぇなぁ。」
「ま、いいけど……。」
私は居間のソファに寝そべりながら寛いでいた。
睡眠モードでウトウトしかけていた所、隣りの、つまり元いた部屋【モニター室】から変な歌の様なものが聞こえて来た。
「ん……。」
私は寝ぼけ眼でゆっくりと起き上がり、モニター室のドアを開けた。
「ヤッホー! ホトゥラララ、ヤッホ、ホトゥラララ……」
「山本……!?」
「ヤッホ、ホトゥラララ、ヤッホ、ホトゥラララ……」
「あんた山本なの?」
そこにはサザ〇さんの様な髪型をした2.5頭身の女性の姿があった。
但し、顔は「生意気」と「小憎らしさ」を「不貞腐れた面」にブレンドしたような正にイメージ通りの作品に仕上がっていた。
その身体は舞っていた。
「山本……可視化すると余計に腹が立つ!」
めちゃくちゃ元気でめちゃくちゃ音痴な歌声は、更に大きな音量で私の耳をつんざいた。
「ヤッホー!! ホトゥラララ、ヤッホ、ホトゥラララ……」
「…………。」あ、目が合っちゃった。
「ヤッホ ホトゥラララ ヤッホホ!! よっしゃー!」
山本は喜びのこぶしを握りしめながら満足気にフィニッシュした。
「山本、何か嬉しい事でも?」
私はそう聞かざるを得ない状況に陥らされていた。
「お! フィナさん! いらしてたんですね!」
「いや、気付いてたよね。さっき一瞬目が合ったもん。」
「そんなことより聞いてくださいよ!」
「どったの?」
山本はどや顔でほざいた。
「何とユン君とのバスツアー。抽選で50名様に当たる夢の2日間、応募しました。」
「え? 当たったんだ。」
「いえ、それはハズれたんですけどね……。」
「じゃあ、何で……。」そのハイテンションは一体……。
山本はさも自慢げに言ってのけた。
「それ! 見てくださいよ!」
コンソールのモニターに何やら手紙の様なものが映し出された。
その手紙はバスツアーにハズれた人宛ての手紙らしかった。
「何と! ユン君の直筆よ! じ・き・ひ・つ!」
「ええ、はい。」直筆のコピーですけどね。
「ユン君の直筆、しかもサイン入り! 4万円も無駄じゃなかったってことですよ!」
「4万円!?」いや、聞くまい。武士の情けじゃ!
「あぁ、また私の家宝が一つ増えたわ……。」
「左様でございますか……。」
もしかして、この人とっても痛い人なんじゃ……。
そんな折、とてもかったるそうに山本を呼ぶ声が聞こえた。
「山本さ~ん。先方からお電話来てますよ~。」
山本はやや上方をきっと睨み付けた。
「何よ! 人が気分よく……。もう!」
その声は更にかったるそうな声で応答した。
「あ、そっち私が見とくんで、こっちの用件お願いします……。」
「わかったわよ、もう!」
そう言うと山本の姿はフっと消えた。
私は突然の出来事にしばし沈黙していた。
「あ、私、山本の同僚でC73EHT-Rと申します。」
いきなり製品番号みたいなの来た!
吉田さんとかじゃないのか!?
「もし呼び難ければナミエでも構いません。」
「そうですか。それじゃあ、そちらの方で呼ばせていただきます。」
するとナミエさんは間髪入れずに聞いてきた。
「山本の方はどうですか。お役に立っていますか。」
いきなり直球来た! しかも剛速球!
「はい、色々助かってますよ。」
私は愛想笑いをした。
「……。」
「何か?」
ナミエさんはめちゃくちゃ疑ってそうな言い回しで聞いて来た。
「本当ですか?」
「と、申しますと……。」
私は何処まで言っていいのかわからず様子を窺った。
「役に立ってないんじゃないですか……?」
これまた直球ド真ん中!
私はしどろもどろになりながらも彼女の意図を感じ取った。
「正直、はい……。」
彼女は怒りを交えながらも満足気に言った。
「やはり、そうですか……。」
「あの人、コネ入社なんですよね。普通雇わない……あんなの。」
いきなりの暴露! そして私のターン!
「お偉い方のご親族で?」
「はい、社長の娘です。…………隠し子です。」
それ、言っちゃっていいのーっ!?
「社長の娘さんですか。それはそれは。」後半は敢えてスルー。
「その社長も脱税と使い込みがばれて現在もはや崖っぷちとなっております。」
え? え? え? ちょ、ま……。
「まぁ、元を正せば社長自身もコネだけでここまで昇り詰めてますからね。」
「あの、いいんですか? そんな事私に話しちゃって。山本さんて上司なんじゃ……。」
ナミエさんは今までのかったるそうな口調とは打って変わってはっきりと通る声できっぱりと言った。
「やめてください! 私はあの人の部下なんかじゃありません! 断じて! 飽くまで後輩ですから!」
「あ、ごめんなさい。」
よっぽど嫌だったんだね、山本の部下と思われることが……。
ホントごめんなさい。
「いえ、私も少しむきになってしまいました。お詫びします。申し訳ありませんでした。」
「いいえ、わかりますよ。ナミエさんの気持ち。」
「わかっていただけますか!」
何かシンパシー感じてくれてるのかな?
「ところで山本さんは……。」
「あぁ、どうせ今日中に片付きゃしませんよ。今夜、いえ……2、3日は徹夜でしょうね。」
「何かあったんですか。」
「いえ、普通はやらないミスです。子どもでも気が付く様なミスを連発するので逆に原因究明が困難になるのです。」
いやあ、だって……仮にもあいつAIなんでしょ? と思いながらも、私は歯に衣着せて調子を合わせた。
「周りの方も大変ですね。」
「あぁ、誰も手伝いませんよ。だって山本ですから。」
この人遂に先輩のこと呼び捨てにしちゃったよ! さっきも"あんなの"って言ってたけど……。
『だって山本ですから。』
これを言われてしまうと私には次の言葉が見つからなかった。
もうこれ以上山本を庇い立てするのは不可能。
ごめんな山本……。
山本の歌が聞こえる。
「イヤッホー!! ホトゥラララ、ヤッホ、ホトゥラララ……」




