50.怠惰の拾った小さきもの(2)
物資には事足りていない。保温のためにあたたかな場所をツボ状に作ってそこに入れる。つんつんとつつくとピィ、とその度に鳴くので体力はありそうだ。保温していればすぐ動けるようになるだろう。
「ヒナの保温は絶対。でもこれなら大丈夫かな」
燃料になるような魔法石を使っているので温度は一定に保てるようだ。便利。人間界で言うならオートサーモ付きヒーターか。これは欲しい。
「あとは? 何するんだ?」
「ひたすら餌をあげ、出すものだしたら清潔にしておく」
「……それだけ?」
「それだけ」
しかしそれが厄介なのだ。この大きさだとものすごくマメに、という感じではなさそうだが……
「そもそもこの鳥は何? 食べるものは?」
それがわからないことには給餌はできない。
「そんなことぼくが知るわけないだろ」
「サタンかアスタロトさんに見せればわかるかなぁ」
「! それは絶対に嫌だ!」
嫌だとか嫌じゃないとかで済ませたい問題ではないのだが、おそらく自分に見つかるのが嫌だったように他の誰かに知られたくないんだろう。
巣から落ちた鳥のひなを後生大事に拾ってしまった、など。
「わかった。じゃあ図鑑持ってくる。いっしょに調べて」
と言いながら、忍は部屋を出るが……そのままアスタロトの部屋へ向かおうとして、途中で会ったネビロスに鳥のことを聞いた。
この近くでよく見かける鳥。散歩のときもよく見かける、群青と灰色の模様の……と、見た限りを説明するとすぐに答えは返ってきた。
「あぁ、黒ルリビタキですね」
「黒ルリビタキ?」
「ごく一般的な……日本で言ったら雀のような身近な鳥です。日本にもルリビタキというほぼ同名の鳥がいますが、実際は全く別のものです」
「エサも違うんですか?」
「ワームや雑穀。……やはり雀と同じですかね?」
一度で用事が済んだ。礼を言うと戻ることにする。
「ベール、小さなワームは手に入る? 人間界ではペットショップにも売ってるんだけど……」
「顎にハサミがついたやつ?」
「なるべく物騒じゃない感じの。小さくて柔らかい……ハチの子みたいなのでも、っていうか魔界のハチがわからないな」
ここへきて、異世界とのギャップすらわからず戸惑う。ハチの子と言ってハチ自体が人間界の100倍くらいある大きさだったらどうするのか。
……手に余るどころか逆に取って食われる。忍が。
「具体的な大きさ」
「あっ、えっと1,2センチかな」
「そのまま口に入るくらいのだね。あとは?」
「……日本は大体エサ売ってるからな……殻なし雑穀をあげてみるか……そっちはキッチンで私が見つけてみる。ポットにお湯入れといて」
再び部屋を出て、時間外でも使える小さなキッチンへ。ここでは木べら、ストローやら小さな細長いグラスをみつける。厨房で少し穀物も分けてもらった。
「これ、どうするの?」
既にワームは用意されていた。山盛り。
……見事に新鮮だ。どこから取ってきたのかは聞かないことにするし、山盛りすぎてうにょっているので、なるべく見ないことにする。
「ピンセットでいいからあげてみて」
「……」
そしてベルフェゴールは精密作業をはじめる。忍はその間に殻のとれた穀物をグラスに入れ、お湯に浸す。ガラス製のストローを何度か突っ込み、その上から別の細いストローを入れ……
「難しいな。給餌機にしては長すぎる」
形は間違っていない。ストローの中に入った穀物を、口の中に押し込めばいいのだ。が、使い勝手が悪そうだ。とりあえず、木べらを先に試すことにする。
「ベール、何してんの?」
「だってこいつ、口開けないんだ」
まったくあげられている気配がない。鳥の世話というのはやったことのないヒトからすると、たぶんそれくらい未知の領域だ。
「おなかすいてたら自分から開けると思うんだけど……そういう時は、この口の端の黄色いところを」
横から間に少し引っ掛けるように爪を入れてみる。
カパァ。
ヒナは口をあいた。
「はい、入れて」
見事にピィピィ言って大口開けているのに、ベールの手つきはどこかあわあわとたどたどしい。それでも口の端に大物がひっかかるとヒナは自ら首を突き上げてそれを喉の奥に押し込んだ。
「食べた……」
見た目、感動は薄い。
「一応、こっちもあげるか」
木べらでなくてもいけそうだ。
忍は一度食べるとせきが切ったように鳴きだして開けるヒナの口に容赦なくストローの方を突っ込んで速攻中身を押し出した。長さがもう半分くらいだといいのだが、ちょっと難しい。
それを間髪なく繰り返す。
「すご」
「躊躇してると口を閉ざす。で、本人が要らなくなったら静かになるかここを触っていっぱい入ってるようならそこでやめとく」
レクチャーをするように忍は小鳥の「そのう」、喉の下の部分を触ってみる。いい感じに入っているのがわかる。
「元気だとお腹すけば自分からおねだりしてくるよ。あとは大体寝てると思うけど……その辺歩き回るようならひとりでエサも食べだすから……まぁあとでいいか」
どうやらひとり餌にはまだ少しかかりそうだと改めて思った。
「拾ってきたからにはちゃんと世話してね」
「言われなくたってするよ」
迅速さを重視したためテーブルの上には穀物が散らばってしまっている。ヒナ育児あるあるだ。片付けている忍をベルフェゴールはじっと見ている。
「?」
「ずいぶん、詳しいんだね」
「いっぱい助けられなかった子もいたし……この子は育てやすいタイプみたいだから、出来ることあったら協力するよ」
落ち着いたので部屋を出る。「待って」と呼び止められる。
「このことは、他の奴らには」
「わかってるよ。私もよくやった」
内緒で動物の世話をする。たぶん意味は違うが、気持ちはわかる。それに動物は好きだ。それが率先して手伝った最大の理由でもある。
「その、……感謝しておく」
言い方。
ともあれ、無事に大きくなればいい。言いなれない言葉を口にしてまともに目を合わせられないようなベルフェゴールに忍は小さく笑いかけると、今度こそその場を後にした。




