49.怠惰の拾った小さきもの(1)
朝夕の散歩が日課だ。
魔界の空は暗いが、ずっと夜というわけではない。白夜のようなものだろうか。空が白ずむ時もあれば、紫がかることも多い。その濃度が日によって違うだけだ。
空の青さがその日その日で異なるように。
透明感や高さが違って見える。雨が降った後は、透明だ。
「あれ? ベール?」
その日の朝の散歩は少し遅めの時間だった。そのせいか珍しいヒトに会った。
道はしにうずくまるように片膝をついていたベルフェゴール。どうしたのかと近づいて声をかける。
「なんでもない」
人間嫌いの彼は、顔をしかめながらそう言っただけだった。目を合わせようともしない。
しかし、何かを両手で大事そうに持っていることに忍は気が付いた。
「……」
何でもないというからには無理に何、と聞いても無駄だろう。なんとなく気にはなるが……
「早く行けよ」
行けと言われたら、行く方が良い。「じゃあ」と通り過ぎようとしたとき。
ピィ、と小さく何かが鳴いた。
立ち止まって、振り返る。
「……」
「……」
落ちる沈黙。
耐えかねたように口を開いたのはベルフェゴールの方だった。
「何だよ」
「……ひょっとして、鳥でも拾った?」
「!」
図星だ。
なぜかキッと睨みつけられる。
なるほど、両手でちょうど包み込むくらいの大きさ……人間界の小鳥くらいか。
「その大きさだと、魔界でもすごく小さいか、ヒナに近いか、じゃない? 怪我でも?」
「……怪我はしてない。でも飛べないみたいで」
観念したようにそう口を開く。忍はそれをのぞき込んだ。
「あーヒナだね」
「なんでわかるんだよ」
「口の端が黄色い。巣立ち前かな。まだ親鳥がこの辺にいると思うんだけど」
「……親鳥が?」
ごく普通の会話が成立している。別に仲良しごっこというわけではないから、ベルフェゴールも話を聞く気になったらしい。
「人間の世界なら、の話。それくらいだと親が餌を運んだりしてくれるから、拾っちゃダメだって言われてるよ」
「……ここは魔界だ」
「だからよくわからない」
ピィ、ピィ、と鳴く小鳥。弱ってもいないが、超元気!という声でもない。
「すぐに他の捕食動物にとって食われる」
「人間界も猫とかいたらアウトだけど……確かに魔界の方が危険っぽいね」
再び睨みつけられた。そうか、助けたいのか。なんとなくそれはわかったので特に怒りなどは湧いてこない。
「もっとよく見ていい?」
「お前が見たところでどうなるっていうんだよ」
「見ないとわからない」
素直に言うと渋々ながらベルフェゴールは小鳥を包んでいた手を少し手を広げる。
忍はそれに触れてみる。ピィ、とそれは反応して鳴いた。
「……助けたいなら保温してあげた方がいいよ。あとこの羽の生え方だとケガじゃなくてこの辺の巣から落ちた感じだから、巣に戻す……でも人の匂いがつくと放棄するとかもう一回落とされることもある」
「! ヒナなのに落とされるの?」
「人間界の鳥の場合はね。魔界の場合は……よくわからないけど、親に食べられる可能性もあるかも?」
脅したわけではないのだが、ネズミや何やらの雑食性の生物は人の匂いがついた子供を食い殺すこともままある。ヒナや子供の扱いは結構デリケートだ。
「なんでお前、そんなこと知ってんの?」
「拾ったことがあるから」
「……その時、そのヒナはどうしたのさ」
「自力で飛べるまで育てたよ? うち、お父さんがよく鳥育ててたから見よう見まねだけど」
「……」
沈黙するベルフェゴール。それからずっと上の方を見上げて、首を巡らすようにした。
「巣がある……」
「じゃあ、戻してあげる?」
「いや」
忍も遅れてそれを目視できた。だが未熟な親なのだろうか。すっかすかで他のひなが動いているのが下から見える。あれでは他のヒナも落ちるのは時間の問題ではないかとひやひやするくらいだ。
「あれじゃ、きっとまた落ちる。お前、わかるならちょっと一緒に来てよ」
困ったような、言いづらそうな顔でそう言われるが断る理由はもちろんなかった。




